73話 細胞源
プシューと全ての煙を吐き出すように、カプセルが開いていく。自動的に意識が戻ると開くシステムになっているようだった。うつらうつらと眠たそうにしている椎名は、その音で現実に引き戻されると、タミキの様子を確認し始めた。瞼は開いているが、そこには彼の自我が見当たらない。紫色のもやが原因なのかもしれないが、中和剤を打つ事で、元のタミキに戻しつつ、闇を馴染ませるように対処していった。もう一つの残されたカプセルを確認する事なく、作業をしていると背後から誰かの気配を感じて振り向こうとする。 「好き勝手してくれたな。自分が何をしたのか分かっているのか?」 凄い剣幕の南がグッと椎名の首を後ろから絞めながら抵抗を阻止する。軽く締め上げた首にはくっきりと指の跡がついていた。 「やめ……」 自分の力ではない異様な力を肌で実感しながら、手を緩めると、ゴホゴホと咳き込む椎名は、崩れるように床に傾れ落ちていく。二人に吸わせた煙は少し効果は違うが、元々は同じものだった。人間の肉体と精神を改竄する為に、組み込んでいる新しい細胞源をウィルスを使い、作る事に成功してしまったようだった。 近くにあった注射器を自分の血管目掛けて刺すと、濁った血がドバドバと注射器と一体化していく。まるで何時間も経過したような赤黒い血は、南の知っているものとは程遠い存在だったんだ。 顕微鏡を使いながら、細胞の変異を確認する為に、指の肉を削ぎ落としていく。普通なら痛みを感じるはずなのに、何も感じない。切られた指から、ドットの映像のように新しい指が再生されていく。 「これは」 半端ではない再生能力を、手に入れた南は、人間とは呼べない姿へと変わっていく。彼を中心に巻き込んでいく風は、情報の渦だ。見えないものが姿を表しながら、南にこれから行動を起こす事を一つずつ教えようとしていた。グッと右手に力を入れると、怒りの感情が湧き上がっていく。自分の行動で感情が作られていく事を覚えていきながら、受け入れるしか方法がない彼がいた。<74話 夢うつつ 目が覚めた僕はウロウロと部屋を行ったり来たりしている。結局、あれから椎名が訪れる事はなかった。気を張っていたのか、寝れていないのが原因なのか、少しだるく感じてしまう。こうやって動いていないと寝てしまいそうで、仕方なかった。何度も扉を開けようとしたが、外から鍵がかかっているようで、閉じ込まれたままだ。椎名が来るまで、外に出れないと思うと憂鬱だが、仕方ない。「遅いな」 部屋に備え付けられている時計は13時を刻んでいる。どうしようと考えている時に、外から物音が耳を刺激する。ガタンと何かを壊しているような音が響きながら、ガチャガチャとドアノブが回り出した。「やっと……見つけた」 そこにいるのは赤髪の男性だった。様子を見る限り、感覚の中で感じるタミキに近い。急な出現に驚きながらも、ぺこりとお辞儀をしている自分がいた。彼にとっては近い存在でも、記憶を失くしている僕からしたら初対面に近い。「庵、会いたかった。もう大丈夫だから……俺らを邪魔する奴はいない」 ギュッと抱きしめられると、脳に電流が走るように痺れを感じた。この感覚を知っている僕は、彼と抱き合う事で、手放していた記憶を取り込んでいく。体感では何十分も進んでいるように感じていたのに、実際は2、3分経っているだけだった。 この人はずっと僕が追いかけ続けていた活動者で、僕の大切な推し様だ。その事を思い出した僕は、彼の温もりを感じるように、何度も抱きしめる。とくんとくんと心臓の音が頬に降り注がれると、安心感が襲ってくる。長い長い夢を見ていた僕は、本当の意味で彼を受け入れる事が出来た瞬間だったのかもしれない。「何処も怪我はないか? もう一人にしないでくれ」 眉を下げながら、悲しそうな瞳で何度も訴えかけてくる。その姿が愛おしくて、可愛らしくて、彼の頬にキスを落としていく。生暖かい頬の感触を感じながら、何度も何度もキスをすると、二人だけの世界が確立していった。この世界は僕とタミキしか存在しない、特別な空間なんだと実感する事が出来たんだ。 涙を零さないように我慢している彼の瞳にキスをし、瞼を舐め
73話 細胞源 プシューと全ての煙を吐き出すように、カプセルが開いていく。自動的に意識が戻ると開くシステムになっているようだった。うつらうつらと眠たそうにしている椎名は、その音で現実に引き戻されると、タミキの様子を確認し始めた。瞼は開いているが、そこには彼の自我が見当たらない。紫色のもやが原因なのかもしれないが、中和剤を打つ事で、元のタミキに戻しつつ、闇を馴染ませるように対処していった。もう一つの残されたカプセルを確認する事なく、作業をしていると背後から誰かの気配を感じて振り向こうとする。 「好き勝手してくれたな。自分が何をしたのか分かっているのか?」 凄い剣幕の南がグッと椎名の首を後ろから絞めながら抵抗を阻止する。軽く締め上げた首にはくっきりと指の跡がついていた。 「やめ……」 自分の力ではない異様な力を肌で実感しながら、手を緩めると、ゴホゴホと咳き込む椎名は、崩れるように床に傾れ落ちていく。二人に吸わせた煙は少し効果は違うが、元々は同じものだった。人間の肉体と精神を改竄する為に、組み込んでいる新しい細胞源をウィルスを使い、作る事に成功してしまったようだった。 近くにあった注射器を自分の血管目掛けて刺すと、濁った血がドバドバと注射器と一体化していく。まるで何時間も経過したような赤黒い血は、南の知っているものとは程遠い存在だったんだ。 顕微鏡を使いながら、細胞の変異を確認する為に、指の肉を削ぎ落としていく。普通なら痛みを感じるはずなのに、何も感じない。切られた指から、ドットの映像のように新しい指が再生されていく。 「これは」 半端ではない再生能力を、手に入れた南は、人間とは呼べない姿へと変わっていく。彼を中心に巻き込んでいく風は、情報の渦だ。見えないものが姿を表しながら、南にこれから行動を起こす事を一つずつ教えようとしていた。グッと右手に力を入れると、怒りの感情が湧き上がっていく。自分の行動で感情が作られていく事を覚えていきながら、受け入れるしか方法がない彼がいた。
72話 終わりと始まる夜 タミキに会ってみたい気持ちが昂っていく。そんな僕を椎名は止めると、今のタミキの状況を説明し始めた。「タミキは仮想空間から出てきて一時は意識があったんです。余波の影響で今は治療をしています。因子を除く事が出来たら、目覚めるのですが、まだ……」 因子とか余波とか分からない内容を口に出している椎名は、ふうとため息を吐くと、瞳の奥が揺らいでいく。心配しているようにも見えるが、その話が本当なのかも分からない。会ってみたいと告げると、仕方ないように治療室へと案内された。そこには大きなカプセルが二つ置いていて、そこにタミキが収納されている。苦しそうな表情を浮かべながら、口をぱくぱくと動かしている。紫のもやは彼を守るように、包み込んでいく。その姿を見ていると、胸が痛んだ。これ以上、苦しそうな彼を見る事に耐えきれない僕は、背を逸らしながら、後ろのカプセルへと視線を注いだ。「もう一人、入ってるんだね」「ええ。その人も同じ状況です。それに比べると、貴方は奇跡ですよ」 椎名の声が上擦って聞こえてくる。まるでこの状況に興奮を覚えているように。僕の事を作品を見るように、観察しながら笑みを浮かべた。「待つ事は辛いですが、明日にでもなれば目を覚ましますよ」「どうして分かるの?」 治療をしているのは理解したが、どうして目が覚めるタイミングが分かるのだろうかと不思議に感じた。まるで自分がそう仕向けているようにも、見えたからだ。事実は分からない、だからタミキの意識が戻ったら、はっきりするだろう。今は、複雑な感情を表に出さないように、保留すると、カプセル越しでタミキに触れていく。冷たさがじんわりと体に伝っていく。 複合施設のように大きい隠れ家は、色々な作業や研究をするのに向いている場所だった。これから自分がここで生活をしていく事になるだろう。どこに何が会って、自分の部屋は何処なのかを知っておく必要があった。 一通り案内されると、疲労感が蓄積されていく。ずっと寝ていたのだから、そうなるのは仕方のない事なのかもしれない。それでも、思った以上の反動に、体が限界を感じて
71話 目ざめた先には 部屋から出ようとすると、コンコンと、ノックの音がした。身を構えた僕はゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくり開けていく。「やっと起きたんですね。よかった……一年以上眠り続けていたんですよ」 見た事があるような顔をしている男性が立っている。何処かで出会ったような気がするが、記憶の中には存在しない。思い出そうとすると、吐き気が増していく。「僕の名前は椎名と言います。よろしく」 丁寧な話し方に身構えていた気持ちが少し和らいだ気がした。とりあえず今の状況を把握する為に、彼から話を聞く事にした。 彼の説明を聞いて、長い年月過去の体験を繰り返す為に仮想空間に閉じ込められていた事を理解する。本来なら記憶はそのまま、残るはずだと言うのだが、今の僕には記憶なんて残っていない。ジリジリと焼けていく熱さが喉から広がっていく感覚がする。時々、自分の声が電子音のように作られた者に変わっていくように聞こえてくる。「さっきから喉が変なんだ。ジリジリして熱くて……」 初対面の人にこんな事を言うと、怪訝な目で見られるかもしれないと思った。それでも違和感を感じる事はなるべく伝えて欲しいと言われたので、伝えたんだ。 彼はまるで医者のように診察を始める。素人から見ても、症状の理由なんて分かるはずないと思いながらも、椎名に合わせていく自分がいる。「バグを発生させた事で体に影響が出ていますね。こちらではウィルスのようなものです」「ウィルス?」 彼は僕を置き去りにして、淡々と話始める。内容からして専門用語が多いのだけど、素人の僕には掻い摘むぐらいしか理解出来ない。「インフルエンザとか?」「現実世界のものではないですね。大量のデーターとして流れてきた情報が貴方の精神に干渉したんでしょう。現実的な病原体ではなく機械的なウィルスですね。誰かが作ったウィルスが仮想空間にばら撒かれ、貴方にも影響していると言う事ですよ」 非現実的な事を口走る椎名を見ていると、自分は騙されているんじゃないかと疑ってしまう。それでも彼の口調と
70話 砂嵐 当たり前の感情が色を変えながら別物へと作り変えられていく。バグを設置した事が引き金になり、二つの世界にウィルスが流れてしまう状況に変異していた。なかなか目を覚さない僕を心配して起こした行動が、思いもよらないもう一つの未来を描いていく。中途半端な状態で二人の思考と感情で会話をした事で、リンクはより深く手を結び、マザーにも止められない状態に陥ってしまった。 最初は何が原因だったのかを知らなかったマザーは、記録のログを辿っていく。すると、一つの接触に気づいた。「会いたかった。ずっと待っているんだよ」 その様子はまるで誰かの干渉を邪魔するように砂嵐で覆われているが、その言葉が聞こえた。声の色は隠されていない事に気づいたマザーは、過去の記憶のログを辿り、誰が発したものなのかを確認していく。 壊れかけている空間に浮かび上がってきた複数の記号で示されているヒントを拾いながら、僕を守り続けている彼女がいた。「……これは」 その声はこの世界で最も脅威とされてきたタミキのものだと知ると、頭を抱えながら、眠っている僕の頭に触れ、何か異変がないかを調べていく。マザーの情報が全ての脅威から逃れれるようにプログラムを組み込んでいたが、二つの自我を持つ人間が接触する事で、マザーに対してウィルスを流す事が出来ていたようだった。「……やられたわね」 全ての事に気づいた時には、もう遅い。これ以上、僕を守れない現実を受け入れながら、最低限でも対処は出来た事を信じるしか道はない。 誰かの指がenterキーを打つと、真っ白で無垢だった存在のマザーは闇に吸われていくように、砂のように消滅していく。このままこの世界に僕を閉じ込めようとするが、全ての権限を奪われた彼女には、そんな力はもう残っていない。 中途半端な存在の僕を 止めていた者はいない 我慢するしかなかった僕は 全ての砂嵐に包まれながら ブラックホールを突き抜けていく ピッピッと電子音が響きながら、僕の意識を呼び戻そうとしている。頭には
69話 助ける存在の正体 動き出した崩壊への道筋は南が行動をする度に、作られていく。全ての起爆剤になっている事に気付けずに、自分の中の黒い影の操り人形になっていた。 吸い尽くしてしまった過去の姿が、彼の体の中で獣のように暴れ狂う。表に出せと言わんばかりに—— ドクンと心臓の音が歪み始めると、ぐらりと意識が宙に舞っていく。自分の中で何かが動き出そうとしている事に、気づきながらも、目の前にいるタミキに気づかれないように、とり繕って平静を保とうとしていた。「……おい」 急に動きを止めたマリオネットからは、見えない複数の糸に縛られている。南は自分に何が起きているのかを理解出来ずに、ただ漂う事しか出来なかった。 タミキの声が遠くに聞こえていく。近くにいるはずなのに、自分とは違う存在に感覚と狂わされているようだった。 ぐさりと首筋に痛みを感じた南は、抵抗しながら振り向こうとしていた。黒い影は、南の全てを把握しているように囁いた。「おやすみ。少し寝ようか」 その声の主は、一番知っている人物の声、そう椎名だった。 聴覚、視覚、平行感覚、ぐちゃりと体はそれらを手放すと、誰にも邪魔されない本当の自由を手に入れようとしていた。目を見開いた状態で、倒れていく南を支えると、困ったような表情をしている椎名がいた。 主導権は簡単に移り変わる 自分に有利に動いているように 見えていても真実は 他者しか知らない ビリビリと電流が空間を切り裂きながら、異空間を作り出そうとしていた。その反動でその場にいた者達の意識を取り込んでいく。「よかったよ、試しに使っておいて」 ぐったりしている南を見ているタミキは、何が起きているのか頭が追いつかない。体に電流のようなものが流れたと思ったら、南が倒れていた。そして自分も目の前で動いている椎名の動きがスローに見えている。まるで機械がショートしているような感覚を覚えながら、必死で手を伸ばそうとした。「君