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#6『嘲笑と侮蔑』

last update Fecha de publicación: 2026-11-05 18:29:22

※

「指図書の手配を疑うなど、我々に対しての冒涜もいい所だ」

「……ヒヨス一佐」

 少々小太りのその男は、胸元に『一佐』の階級章を携えており、地位は上から四番目に位置する。

 軍内では全隊員達の上官とも言える相手。

 しかし、ローズマリーは誰にも聞こえない声で「またか」と不機嫌そうに呟いた。

「アイオライト三尉。実は我々の手元の資料に、その指図書が君達の自作だという報告が来ているんだがね」

「……何?」

 あまりにも眉唾な情報に、ローズマリーは思わず眉間に皺を寄せる。

 バーベインは表情を変えずに口元で手を組んだが、「ジャスパー司令官も知っている」と話を振られた事で、心底呆れたように一瞬だけ天井を仰ぎ見た。

「ヒヨス一佐……確かにその件についても、私の耳には入っています」

 そう答えた事で、ローズマリーは若干不安そうな表情を浮かべる。

 当然、その様子に気付いた彼も「やれやれ」溜め息を吐く。

「しかし、何度も調べた末に『根も葉もない噂だった』という結論になったでしょう。証拠となる映像も、事務班に『存在している』……貴殿の部下も認めたではありませんか」

「『あれ』は司令官殿に『脅された』と申していたぞ。その心労が祟り、彼は先日、軍を退役していった」

 ローズマリーが片眉を上げ、バーベインの視線が鋭くなる。

「『部下を失った』私の立場も考えたまえ。船長本人に聞かずして、そんな結果が納得できる筈もあるまい」

「……『失った』、ですか」

「報告が上がっているものを看過するなど言語道断。議会の原則書にもそう書いてあるが、まさか知らぬ訳ではなかろう?」

 何処か得意げに意見してきたその男の言葉に、辺りからは数人の小さな笑い声が響く。

 そんな中、ローズマリーもバーベインと同じく呆れた様子で俯き首を振った。

「……一佐殿も毎度毎度、大変ご苦労な事だな。親愛なるご家族に『しつこい』と言われた事は無いのか?」

 軽蔑を込めて冗談を放った彼女に、相手は鼻で嘲笑い返した。

「負け惜しみは止したまえよ、可愛らしい船長殿」

「あん?」

「一介の三尉如きが、軍の財産である討伐船『チャーチグリム』を私物化し、あまつさえ船を危険に晒した。船員も定員以下の少人数、その上、得体の知れぬ若造ばかりで信用も出来ぬ。ここまでの大罪を犯して、お咎め無しとは行くまいぞ」

「……おいおい、一佐殿」

 仲間達の事を言われて少しだけカチンと来た彼女は、ほんの少し声を荒げた。

「『私の船』を大事に思ってくれている事は感謝するが、船を危険に晒したくないなら、もっとマシな指図書を打てば良かっただろ。禁猟区への遠征もエネルギー不足の不時着も、全部そっちの『不手際』の所為じゃないか」

「そんなに信用ならない指図書を、金目的で引き受けたのは『どなた』かな? 仮にでも部下を持つ身として、素直に『己は仕事が出来ない』と認めてはどうかね」

「はぁ? 『誰も引き受けてくれないから』と最初に指図書を持ち込んできたのはお前じゃないか! 部下をクビにした上、音声データまで持ってって……粗探しならまだ可愛いが、作られた粗でイチャモン付けられたら溜まったものじゃないぞ!」

「いやはや、嘘や戯言にはよく回る口だ。皆、聞いたか? アイオライト三尉は、およそ船長の器にあらず。船を手放し、早々に軍を去るべきだ」

「はあぁっ?」

 思わず、言葉にならない声が漏れる。

 その瞬間にも、会場内はあっという間にざわつき始めた。

 一方で、全てを大人しく傍観していた彼女の背後にいる部下は、大きな欠伸をしながらベルトポーチから小さな青い包み紙を一つ取り出す。

 徐に包装を解くと、自分の口へと運んだ。

 静かに二人の会話を聞いていたバーベインが数回に渡って木槌を打ち、「静粛に」と叫ぶ。

 少しずつ周りが落ち着きを取り戻しても尚、一佐の地位にある男の独り善がりな発言は続いた。

「そもそも、貴殿のような『女児まがい』が船長を勤めている事が気に入らぬのだ」

「おい! 見た目は関係無いだろ!」

「不老のオリヴェールといえど、その見目は頼りなく誰よりも非力……なのに、魂だけは無駄に歳を食って、今の地位に醜くしがみ付いている。貴殿に居座られては次世代も育たず、未来を生きる若者のためにならない」

「私の事はともかく、乗組員達を悪く言うな! 議長も注意なされよ、彼は議題とは違う事を話してるぞ!」

「いつまでも見苦しく『船』にしがみ付いていないで、今回を機に討伐隊を退役し、いっそ軍からも身を引いては如何かな? 貴殿が退き、汚染された部下を再教育すれば、全てが丸く収まる」

「………………っ」

 まさか、大切な『家族』をここまで悪く言われてしまうとは。

 ローズマリーは、ぐっと歯を食い縛って怒りと悔しさを呑み込んだ。

「……私が職を失ったら、誰が『子供達』を養うんだ? 私は『大家族』なんだぞ」

「孤児院は国営、貴殿は親権を放棄すればよい」

 男は尚も鼻で嘲笑う。

「職探しに困っているなら、私が屋敷で『愛玩』として囲ってやっても良いぞ?」

 会場内に響く、嘲笑と侮蔑。

 見目や性別の所為で、この男のように彼女の事をよく思わない人間は決して少なくはない。

 彼の部下だけでなく、男に賛同する者達もヒソヒソと、面白可笑しく囁き合っているのが見えた。

 長年の経験から悪く言われる事には慣れているとはいえ、流石のローズマリーでも言葉を失い、きつく眉を寄せて強い不快感を露わにする。

 なのに、ローズマリーの部下は彼女の背後でポーチから更に数個の輪ゴムを取り出し、指に掛けて引き延ばし始めた。

 数回に渡って鳴り響いた木槌の大きな音と共に、会場内に響いていた笑い声が収まっていく。「静粛に」と注意を促すバーベインの声は、明らかに怒りを孕んでいた。

「……発言には気を付けなされよ、ヒヨス一佐。本日これまでにおいて、全ての発言が彼女に対する酷い侮辱だ」

「おや司令官殿、まさか身内の『老害』に肩入れするのか?」

「……『老害』ね。『誰』の事だか」

「それとも、『先程の件』はそちらに『先約』があったのかな? それなら貴殿に謝罪せねば」

 再び小さな笑い声が所々に湧く。

 深い溜め息と共にローズマリーが俯き、バーベインが深く息を吸いながら言葉選びに数秒の間を空ける……が。

 その時、小さな風切音をローズマリーは背後に聞いた。

※

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