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貴女が涙を呑んだ理由《4》

Author: 砂原雑音
last update Last Updated: 2025-07-11 14:08:08

―――――――――――――――

――――――

元旦、朝早い新幹線はかなり空いていた。

新幹線から電車に乗り継いで、降りた駅で一言、慎さんが言った。

「あ、新しくなってる」

「駅ですか?」

「うん。昔はもちょっと古びた感じだったし、場所もずれてるかも」

構内を歩きながら、並んだ窓の外の風景に目を向けていた。

「そんなに久しぶりなんすか?」

「短大卒業してから帰ってない。家族とは、なんだかんだ会ってますけどね。姉と姪は去年の夏休みにも遊びに来てて……あ、そうか」

「なんすか?」

「いえ、その頃にはまだ、貴方とは知り合ってもいなかったんだなあと思って」

しみじみと、今度は俺の顔を見て言う。

そういえば、そうだ。

慎さんと出会ったのは、秋だったから。

「そう、すね。あれ? じゃあまだ三か月くらいしか経ってないのか……」

「なんかもう随分長い間付きまとわれてる気がしてました……」

「毎日会ってるからですね、きっと」

「この調子で会ってると半年も待たずに倦怠期とかになるんじゃないですか?」

「一年経ったら熟年カップルみたいになりますよきっと」

慎さんと、長年連れ添ったカップルみたいになれてたらいい。

阿吽の呼吸、みたいなやつ。

「貴方はどこまでも前向きですね……」

駅を出ると、天気は良いが空気が冷たく二人そろって肩を竦めた。

「寒っ、風が」

「慎さん、後ろ歩くんなら右か左かまっすぐか指示してくださいね」

「まっすぐ。行って出た坂道を上」

「了解っす」

真正面からの風避けになりながら歩いて、坂道に差し掛かったところで風向きが変わって慎さんが隣に並んだ。

何気に手を繋ぐと、何の違和感もなく握り返してくれるようになった。

ちら、と横顔を盗み見てもいつも通りの涼しい顔で、多分本当に自然に握ってくれたんだと思う。

「上り坂になるしタクシー使ってもいいんだけど、ちょっと懐かしいから歩いてもいいですか」

慎さんが、前方を指しながら此方を向いた。

ほんのちょっと頬が高揚して見えて、それが可愛い。

「いっすよ勿論。ほんと、結構坂多いですね」

「山裾なので、道によっては急なところも多くて。でも回り道していけば、緩やかなのでそれほどキツくもないですよ」

神戸だと言うから港町を想像していたけど、慎さんの実家のある町は山際で、意外に自然も多い。

大きな池の周辺を散策できるように整備された公園を横切って
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  • 優しさを君の、傍に置く   貴女が涙を呑んだ理由《4》

    ―――――――――――――――――――――元旦、朝早い新幹線はかなり空いていた。新幹線から電車に乗り継いで、降りた駅で一言、慎さんが言った。「あ、新しくなってる」「駅ですか?」「うん。昔はもちょっと古びた感じだったし、場所もずれてるかも」構内を歩きながら、並んだ窓の外の風景に目を向けていた。「そんなに久しぶりなんすか?」「短大卒業してから帰ってない。家族とは、なんだかんだ会ってますけどね。姉と姪は去年の夏休みにも遊びに来てて……あ、そうか」「なんすか?」「いえ、その頃にはまだ、貴方とは知り合ってもいなかったんだなあと思って」しみじみと、今度は俺の顔を見て言う。そういえば、そうだ。慎さんと出会ったのは、秋だったから。「そう、すね。あれ? じゃあまだ三か月くらいしか経ってないのか……」「なんかもう随分長い間付きまとわれてる気がしてました……」「毎日会ってるからですね、きっと」「この調子で会ってると半年も待たずに倦怠期とかになるんじゃないですか?」「一年経ったら熟年カップルみたいになりますよきっと」慎さんと、長年連れ添ったカップルみたいになれてたらいい。阿吽の呼吸、みたいなやつ。「貴方はどこまでも前向きですね……」駅を出ると、天気は良いが空気が冷たく二人そろって肩を竦めた。「寒っ、風が」「慎さん、後ろ歩くんなら右か左かまっすぐか指示してくださいね」「まっすぐ。行って出た坂道を上」「了解っす」真正面からの風避けになりながら歩いて、坂道に差し掛かったところで風向きが変わって慎さんが隣に並んだ。何気に手を繋ぐと、何の違和感もなく握り返してくれるようになった。ちら、と横顔を盗み見てもいつも通りの涼しい顔で、多分本当に自然に握ってくれたんだと思う。「上り坂になるしタクシー使ってもいいんだけど、ちょっと懐かしいから歩いてもいいですか」慎さんが、前方を指しながら此方を向いた。ほんのちょっと頬が高揚して見えて、それが可愛い。「いっすよ勿論。ほんと、結構坂多いですね」「山裾なので、道によっては急なところも多くて。でも回り道していけば、緩やかなのでそれほどキツくもないですよ」神戸だと言うから港町を想像していたけど、慎さんの実家のある町は山際で、意外に自然も多い。大きな池の周辺を散策できるように整備された公園を横切って

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