تسجيل الدخول「は? ……すまん。も
燦々と降り注ぐ柔らかな日差しの下、猫と老婆と園児が二人、心地良さそうに日光浴を楽しんでいる――。「ばあちゃん、ばあちゃん」 そう言っては嬉しそうに老婦の顔を見上げながら、他愛のない質問を矢継ぎ早に投げ掛ける男の子。「アレはなに? こっちのは?」 庭に咲き乱れる花を指差す小さな手に、優しい声が応じる。「あれは合歓、こっちは椿」 どの花を指差しても、まるで魔法のように答えてくれる皺まみれの顔を、男の子は尊敬の眼差しで見つめる。「ばあちゃんはすごいや! なんでも知っとるんじゃね!」 孫が生き生きとした声でそう言うと、老女は目を細めて嬉しそうにはにかむ。「伊達に年は取っとらんよ」 ひざ上に載せた白黒模様の猫を優しく撫でながらそう言う。「アキチュラもすごいけどばあちゃんには負けるね~♪」 本当はアキツラ、と言うべきところなのだが、彼が言うと呂律が回らずいつもアキチュラになってしまう。 幼児らしいたどたどしい口調でそう告げた男の子を、もう一方の少年がムッとした顔で睨み付けた。「俺、ばあちゃんには負けるけど、忠成には勝ってる」 老婆は負けん気の強そうなその子を、にっこり笑って見つめると、 「アキくんは賢いもんね。だから、っていうのも変だけど……たーくんのこと、末永くお願いね。たーくんは猫チュウのことしっかり面倒見てやってちょうだいねぇ」 刹那寂しげな笑みを浮かべてそう言った。 その言葉に、突き放されたように感じた幼子たちが息を飲んで彼女を見遣った。その視線の先で、老婆はいつものように何事もなげなのほほんとした顔で庭を見つめていた。 あれは何年前の光景だったろう。 向かい家の庭から迫り出した椿が、路上へポタリと花を落とした気配に、ふと立ち止まって思考をめぐらせる。 ニャーン。 いつの間にやってきたのか、足元にまとわりついてきた牛柄の猫を片手で抱き上げると、 「チュウ、お前、ま
「……その、この間は俺が悪かった。あんなことするつもりじゃなかったんだ。お前が俺を受け入れてくれるまで、絶対に手なんて出すつもりはなかった……」 どういう状況であれ、俺を信じ切ってくれていた忠成を、俺は裏切ったのだ。 心底申し訳ないと思っている。 「……けど」 そこまで言って、忠成には分からない程度に、俺は唇を噛み締めた。 けど、と言って言葉を区切った俺を、忠成がどこか不安げな表情で見つめてくる。 「……お前が彼女だのなんだの言うから焦ったんだ。今、何とかしとかないと取り返しが付かなくなると思って……」 そこまで言うと、無性に恥ずかしくなって、俺は初めて忠成から目を逸らした。 こんな風に感情を吐露するのは俺らしくない気がして。 「……ね、秋連、それって……ひょっとして……ヤキモチ?」 こういうときに限って、どうしてこいつは追い討ちをかけてくるんだろうな? 「……ったり前だろっ。俺だって……嫉妬くらい、する……」 言ってて物凄く恥ずかしくなった俺は、今度こそあからさまに彼から目を逸らす。こんな情けない姿、忠成には見られたくない。 俺はくるりと踵を返すと、机に置いたままの眼鏡を手に取った。それをかけると、俺は仮面をつけたような感覚に陥って、少し冷静になれる。 眼鏡をかけただけで、さっきまでの動揺なんて嘘みたいに俺は不遜な態度になれた。 俺の豹変振りに気が付いた忠成が、思わず一歩後ずさる。 そんな忠成を逃がさないよう、彼が下がった以上の距離を削ると、俺は余裕の笑みを浮かべて忠成を見下ろした。 「同性相手にいきなりこっちを見ろ、というのは難しい話だとは思ってるよ。……だから、とりあえず今はお前が逃げずに考える、と言ってくれただけでも良しとするさ」 逃げ腰の忠成をなだめるように……声のトーンを柔らかくしてそう告げる。 俺の言葉に、忠成がホッとしたように笑顔になった。
「……帰れ」 俺は忠成を振り返らないままに何とか一言、それだけを告げる。 「で、でも……」 俺の言葉が信じられないという風に、忠成が言葉を連ねる。恋愛感情で迫られるのは勘弁して欲しいけれど、俺に背を向けられるのは怖い。そんな雰囲気がまざまざと感じられて、忠成はずるい、と思った。 「……聞こえなかったのか? 帰れ、と言ったんだ」 忠成に背を向けたまま。怒っているのか悲しんでいるのか自分でも良く分からなかったけれど、心が千々に乱れて肩が震えた。 俺は我知らず、両の拳をぐっと力を入れて握っていた。 俺からの完全な拒絶に、忠成が背後で息を呑むのが分かった。 背中を向けているから見えないけれど、多分今、忠成は泣きそうな顔をしてるんだろう。 こんな状況下にあってもそんなことをつい考えてしまう俺は、相当重症だと思う。 「……秋連、ごめん。……俺、そんなつもりじゃ、なかったんだ……」 ややして、忠成が縋るような声音で一言一言区切るようにそう言った。だが、俺はあえて無反応を貫く。 「お、俺、秋連にあんなことされて……どうしたらいいか分からなくてっ。自分のことじゃないって思って逃げ出したかったんだ……。ホント、ごめん!」 そこまで言ってから、小さな声でしゅん……としたように「自分のことばっかで、秋連や結衣の気持ち、考えていなかった」とつぶやく。 その声の感じから、俺の後ろで泣きそうになっている忠成の姿が目に浮かんできて……俺は我慢できなくなって振り返っていた。
「お前が何をしたか分からない俺だと思うか?」 そればかりか、忠成の手を壁に押し付けるように押さえつけて、その身体をその場に縫いとめた。さらに空いたほうの手を彼の顔の真横について壁際に閉じ込めると、至近距離から幼なじみに詰め寄る。 「……だ、だって前に俺と妹、似てるかな?って聞いたら……秋連、うん……って言ったじゃんっ。……だからっ!」 今まで俺から視線を逸らすように俯いていた忠成が、キッと俺の顔を見上げるようにして睨みつけると、そう言った。 俺より10センチばかり背の低い忠成の、懸命な牽制。 悪いけど、俺はそんなのには怯んでやらない。 ばかりか、冷え冷えとする心を隠そうともせず、忠成を冷めた目で見つめ返した。いや、見つめ返したというより、睥睨したといったほうがしっくりくるかも知れない。 馬鹿なことを言う幼なじみに、あからさまにため息をつくと、 「兄妹が似てるのは当たり前だろう?」 視線だけは忠成から離さずにそう告げる。 「だ、だったらっ!」 俺に睨みつけられて一瞬気圧されたように視線を泳がせかけた忠成だったが、俺に掴まれていないほうの拳をギュッと握りしめて言い募る。 俺はそんな忠成を静かに見つめながら 「お前、俺がお前の外見だけを好きになったと思ってるのか?」 そう、問いかけた。 「……っ」 忠成は、一瞬瞳を見開いて俺のほうを見たけれど、何も言わなかった。ばかりか、視線はまたしても逸らされ、俺の問いから逃げるように俯いてしまう。 そういう反応を見るにつけ、また互いに言葉を重ねれば重ねるほどズレを感じてしまって、俺は心の奥底に淀んだものが、少しずつ凍り付いて冷たく
「忠成、今日、結衣ちゃんがうちに来た」 夕方、結衣ちゃんから待ち伏せをされた俺は、彼女から申し訳なさそうに「ごめんなさい」と言われた。 何を謝られているのかすぐにはピンと来なかったけれど、彼女の雰囲気から何となく察した俺は、逆に幼い彼女を巻き込んでしまったことを申し訳なく思った。 「……いや、気にしないで」 あえて前髪を掻き上げて表情が見えるようにすると、俺は努めて穏やかに微笑んでみせた。 「俺の方こそごめんね。気を揉ませて」 言いながらポンポン、と彼女の頭を撫でる。 幼い頃からそうしてきたように、二人目の兄として当然の仕草で。 俺の手に一瞬彼女がビクッとしたのを見て、本当に申し訳ないことをしたと思った。 そして同時に、可愛い妹を巻き込んだ幼なじみに対して、言いようのない怒りがこみ上げた。 ――クソッ! 何度目になるか分からない舌打ちを胸の奥で噛み殺す。 結衣ちゃんの来訪で、忠成が俺の告白に対して出した答えが何となく見えた。 でも、だからって、今更そんな形でなかったことにだけはさせられない。 いや、させて、やらない。 夜。俺の部屋。 結衣ちゃんからの訪問があった後、俺は忠成を電話で呼び出した。 『用がある。時間作って俺ん家に来い』 と。 かなり強引に。有無を言わせぬ調子で。 忠成が俺を無視できないことを知っているからこその、強気な誘い。 案の定、忠成は渋々ながらもここにいる。 「彼女、どうしても俺に伝えたいことがあるからって、暑い中ずっと外で待っててくれたみたいだ」 勉強机を背にして椅子に座っていた俺は、眼鏡を外して机の上に置くと、そう言って忠成を冷ややかな目で見つめた。 そうしておいて、無言で立ち上がると、未だ部屋の入り口付近に突っ立ったままの忠成に距離を詰める。 が、忠成には一瞥もくれず、彼のすぐそばを通り過ぎて、背後の扉を閉めた。 バタン、という扉の閉じる音に、忠成の肩が一瞬ビクッと跳ねる。 それを視界に収めながら、俺はまるで出口を塞ぐように扉に背を預けて立つと、後ろ手に鍵をかけた。 「へ、へぇ……そう、なんだ……」 背後に立つ俺を振り返ることなく、忠
6月。 そろそろ梅雨入りだろうか。鈍色の空と、湿度の高いジメジメとした空気に、正直気分が滅入りそうだった。 「暑……」 目が悪いわけではないくせに、幼なじみの忠成のことを意識し始めた時に、自分の気持ちを自制するためと、表情を悟られ難くするためのアイテムとしてかけ始めた伊達眼鏡。そのポジションを指先で軽く押し上げて直すと、俺は手にした鞄を持ち直した。 忠成に、必死の覚悟で積もりに積もった想いを伝えたのがこの五月のこと。 何の前触れもなく、半ば不意打ちをするように彼の唇を奪う形で遂げた告白は、思いのほか好感触だったと思っていた。 だが、あれからこれといった動きもなく、ましてや忠成に避けられるわけでもなく、拍子抜けするほどいつも通りの日常が続いている。 ともすると、あの日のことは俺の夢だったんじゃないかと思うほどに。 そう、あんなことさえなかったなら――。 帰宅部の俺は、このところ忠成を待たずに一人で帰宅することが多い。 夏の大会に向けて、テニス部所属の忠成は、連日のように結構真剣に部活に取り組んでいる。 蒸し蒸しと暑い中、本当に良く頑張ると思う。俺には絶対無理な芸当だ。 以前はよく、冷房の効いた図書室で適当な本を読んで時間をつぶしながら幼なじみの部活が終わるのを待ったりしていた俺だけど、ここ最近はそれもしていない。 本当は忠成を自室に呼んで、先日の告白の答えとか……色々聞きたい事はあるんだけど……。俺自身白黒付けるのが怖くて、何となく伸ばし伸ばしになっている。 「……?」 と、自宅前に見慣れた人影を発見して、俺は思わず立ち止まった。 「……結衣ちゃん?」 その声に、ボブカットの人影がこちらを向く。 俺ん家の壁にもたれて所在なげに佇んでいたのは、忠成の4つ下の妹。俺たちが高2だから、彼女は今中1か。 自分の家のほうは西日が射していて、俺の家のほうは日陰だったから、日差しを避ける形で兄を待っていたんだろうか。 (ま、日向は暑いしな) そんなことを思いながら、 「忠成ならまだ部活……」 そう言おうとしたら、 「あの……あのね、あたし……アキ兄が帰ってくるの、待ってたの」 |遮