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嗅覚の法則②

Author: 鷹槻れん
last update Last Updated: 2026-01-17 04:28:30

 勝手知ったる他人の家。

 小さい頃から入り浸ってきた秋連あきつらの部屋で、俺は幼なじみに一部始終を打ち明けた。

 薄っすらと夕焼けに染まる室内で、薄暗くなってきたことにも頓着しないで、俺たちは対峙たいじしていた。

 学習机に背を向ける格好で、椅子に胡坐あぐらをかいた俺を、ベッドに座った秋連がジッと見つめている。

 動きやすいように髪を若干短めにカットしている俺と違って、文科系の秋連はホストよろしくうっとうしげに前髪を垂らしている。

 その髪をかき上げながら溜め息を吐くと、秋連はファッションとして掛けている(らしい)伊達眼鏡を外して足を組み直した。

 スポーツ量は断然俺の方がこなしているはずなのに、どうしてこいつの方が体格がいいんだろう。

 スッと通った鼻梁びりょうに、切れ長の目。いつも伊達眼鏡と前髪に隠れていて分かり辛いけれど、秋連はかなり整った顔をしている。

 頭だって俺なんかよりずっと良いし――比べるのもおこがましいくらいだ――、だからと言ってそれを鼻に掛けたりしないところが同性の俺から見ても好感が持てる。

 きっと、女の子にも相当人気があるだろうに、何故か浮いた話が出ないのが不思議だった。

 まさか、勉強の方が楽しくて恋愛に興味が湧かない、というわけでもなかろうに。

 彼の長い足を見ながらぼんやりとそんなことを思う俺をよそに、秋連はずっと黙したままだ。

「……忠成ただなり、ちょっと、手ぇ、貸せ」

 しばし後、思案気にうつむいていた秋連あきつらが、そう言って手を差し伸べてきた。

「ん? あ、あぁ……」

 急に破られた沈黙に戸惑いつつ、彼の手に片腕を預けると、秋連は俺の服の袖口に鼻を寄せた。

「……やっぱ臭い?」

 五月の上旬。

 まだ本格的に汗をかくようなシーズンではないけれど、秋連のその仕草に、一瞬風呂入ったっけ?とか思ってしまう。

 いや、今はそれよりもフェレ臭のほうが問題か。

 そう思い直して恐る恐る問いかけると、

「自分ではどう思うんだ?」

 逆に問いかけられた。

 秋連の視線に促されるよう、自分の袖口を嗅いでみると、洗剤のニオイにまぎれて微かに俺自身の体臭が感じられた。

「洗剤と、俺のニオイがする」

 正直に感じたままを口にすると、

「お前の鼻は本当にニョロのニオイだけ除外して嗅ぎ分けるみたいだな。俺には洗剤の香りを押し退けてあいつのにおいが迫ってきたぞ」

 苦笑交じりにそう返された。

 やっぱり……。

 愛フェレの名前をサラリと交えて告げられた言葉に、俺は正直ショックを受けた。

 分かっていたけれど、明確に言葉にして告げられると、痛いな、と思った。

「どうしよう? やっぱ俺の鼻、当てになんねぇってことだよな?」

「そういうことになるな」

 こういうところ、秋連あきつらはにべもない。

 脇へ避けていた眼鏡を手にしてもてあそびながら、口の端に微笑を浮かべて即答する。

 そのセリフにうなだれる俺に、

「嫌ならニョロを誰かにやるとかすりゃ手っ取り早いんじゃない?」

「それだけは絶対嫌だ! んなことするぐらいなら恋人なんて要らねぇ!」

「……当然だな」

 どうやら俺を試したらしい。

 先程より口の端に湛えた笑みを濃くして、秋連がつぶやく。

「分かってんなら言うなよ……っ」

 その態度に、ちょっとムッとして吐き捨てると、

「俺の鼻で良けりゃ貸してやるけど? どうする?」

 願ったり叶ったりの提案が成された。

「――ただし」

 この付け加えさえなければ――。

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