登入だが、負傷した足では思うように動けなかった。洸は再び床へ崩れ落ちる。まるで追い詰められた獣のように牙を剥き、爪を振りかざしながら咲夜へ飛びかかろうとした。しかし、死の淵に立たされた獣など何の脅威にもならない。咲夜の目には、洸はただ人目を引こうと騒ぎ立てる道化でしかなかった。同情などしない。哀れな人間には、それ相応の理由がある。咲夜は高みから見下ろすように、もがき続ける洸を見つめた。「あなたはそのお金を持って、自称アーティストの男と付き合った。でも、すぐにその男に騙されてお金を巻き上げられた。人もお金も失って、そこでまた晴南を思い出したのよ。うつ病を理由に晴南のもとに戻ったのも、ただ晴南の同情を引いて彼を取り戻したかっただけ。実際、うまくいったじゃない。うつ病だから偉いとでも思ってるの?何度も何度も自殺騒ぎを起こしてきたけど、本当に死ねたことなんて一度でもあった?」咲夜は唇を歪めながら、冷ややかに笑う。「もし本当に一度でも死ぬ覚悟を見せていたなら、少しは敬意を払ったかもしれないわね。あなたはそもそもうつ病ですらない。全部、男に取り入るための芝居だっただけじゃない。女優になればよかったのに。その演技力ならアカデミー賞だって狙えたかもしれないわよ」その場にいる全員の前で、咲夜は容赦なく洸の偽善を暴いていく。咲夜はとっくに調べ上げていた。洸はうつ病など患っていない。晴南のもとに戻るため、医師を買収して偽の診断書を作らせただけだった。それなのに、晴南だけは本気で信じていた。洸にいいように利用され、振り回され続けていたのだ。うつ病を理由に彼女を世話し、気づけばベッドまで共にしておきながら、今度は責任を認めようともしない。実に吐き気のするほど偽善的だった。洸は狂ったように叫んだ。「黙りなさい!そんなことしてない!この悪女、適当なことばっかり言ってると口を引き裂いてやる!最低!私を陥れようとしてるだけじゃない!死ね!なんであんたが死なないのよ!私はただ晴南さんのところに戻りたかっただけ!それの何が悪いのよ!?悪いのはあんたでしょ!私と晴南さんが恋人同士だって知っていながら、厚かましく彼のそばに居座って!この悪女!最低の女!」ここまで来てもなお、洸は自分が間違っているとは微塵も
千暁の笑みに、晴南は鋭い視線を向けた。洸は、咲夜の常識外れな対応に完全に調子を狂わされ、どう反応すればいいのか分からなくなっていた。思わず彼女は、終始晴南のそばに立ちながら一言も発していない青音へ視線を向ける。その視線に気づいた咲夜も、同じ方向を見た。すると青音は、まるで何事もないかのようにうつむき、自分のネイルを弄っていた。洸の視線など感じていないかのような態度だった。それを見て、咲夜はおおよその事情を察した。咲夜は隣にいた消防隊員に小声で何かを伝えると、再び洸へ視線を向けた。「白羽。まさか、自分にまで嘘をついて信じ込んでるんじゃないでしょうね?だからそんなにも堂々と、全部の汚名を私に押しつけられるのかしら」そう言うと、さらに続ける。「あなたが当時、どうして晴南のもとを離れたのか、本当に私が知らないとでも思ってるの?」その一言だけで、洸の顔色は一変し、怯えたような目をしながら首を横に振る。胸の奥で、不安がじわじわと膨れ上がっていった。――まさか。咲夜が、あの頃の真相を知っているはずがない。だが、咲夜はそんな反応も予想済みだった。洸を見つめながら、意味深な笑みを浮かべる。晴南は目を細めた。「……どういう意味だ?」まさか、当時の出来事にはまだ別の真実があるというのか。彼の心臓は一気に喉元までせり上がった。晴南だけではない。ライブ配信を見ていた視聴者たちも、この瞬間には好奇心を掻き立てられていた。どんでん返しの、そのまたどんでん返し――そんな展開を期待して、誰もが固唾を呑んで見守っている。しかし咲夜は、晴南に視線を向けることすら面倒だと言わんばかりだった。当然、彼の問いにも答えない。完全な無視。その態度に、晴南の顔色は極限まで青ざめた。一方の洸は視線を泳がせ、心臓を激しく脈打たせていた。もはやどんな反応をすればいいのかさえ分からない。そして気もそぞろになっていたその時――足元を踏み外した。「きゃあっ――!」洸の体がバランスを失い、そのまま手すりの外へと傾いていく。彼女は必死に両手を振り回した。まだ死にたくない。最初から、本気で死ぬつもりなどなかったのだ。その瞬間、機をうかがっていた消防隊員が勢いよく飛び出した。洸の腕を掴み、力任せに引き
「……本当に、私のために責任を取ってくれるの?」洸は涙を流しながら、痛ましさと心配が滲んでいる晴南の目を見つめた。晴南がうなずくと、洸はすぐさま咲夜を指差した。「だったら、この女に認めさせて!私にしてきたこと全部!土下座して謝らせて!花江が自分の罪を認めて謝罪しないなら、私は飛び降りる!本当に死んでやるから!」そう言いながら体をさらに前へずらした。すでに体の三分の二以上がフェンスの外へ傾いている。もっとも、両手だけは必死に手すりにしがみついたままだった。その頃、咲夜は洸が写真を撒いた瞬間からずっと黙っていた。床に散らばった写真に視線を落とし、一枚を拾い上げる。そして細かく観察し始めた。その様子を見た晴南が口を開く。「咲夜、たとえ俺のことをどれだけ愛していたとしても、洸にこんなことをするべきじゃなかった。彼女はお前のいじめでうつ病になったんだ。まだ言い逃れするつもりか?」結局また同じだった。洸の言葉だけを聞き、何の検証もせず信じる。証拠の真偽すら確かめないまま、咲夜に罪を着せている。その時、横から冷ややかな笑い声が響いた。「本当にそうなのか?」と千暁は言った。「じゃあ俺は逆の説を提唱しようか。白羽洸がおかしくなったのは全部晴南のせいだ。晴南に片想いしすぎて頭がおかしくなったんじゃないか?晴南こそ元凶だろ」あまりにも堂々とした言い草だった。咲夜が口を開くより先に、晴南に言い返す。根拠もなく人を悪者扱いする洸の言葉が、まるで息をするように出てくる。彼女の反応を見る限り、この台本もきっと前から用意していたのだろう。何度も何度も練習し、すっかり暗記していたに違いない。「お前には関係ないだろう」晴南は苛立たしげに千暁を睨みつけた。「千暁、いちいち何を首を突っ込んでくるんだ」何度も邪魔立てされるうちに、晴南はすでに千暁を目の敵にするようになっていた。だが千暁は意に介した様子もない。「理性的な野次馬として感想を述べただけだ。何だ?意見を言う自由もないのか?ああ、悪いな。ただ、あんたたちみたいなクズ男と性悪女がいつまでも咲夜に絡み続ける、その薄汚いやり口が気に入らなかっただけだ。しつこくて、鬱陶しいのさ」言い終えると、千暁は心底嫌そうな顔をした。晴南は怒りで顔を歪め
洸の告発を受け、ライブ配信のコメント欄は咲夜への非難で埋め尽くされていた。晴南は咲夜へ視線を向ける。「咲夜……彼女の言っていることは本当なのか?」当時、洸が自分のもとを去ったのは咲夜に追い込まれたからだったのか。そう考えた瞬間、晴南の瞳にかすかな喜びが宿った。それはつまり、咲夜が今でも自分を好きだという証拠ではないのか。その可能性に思い至り、鼓動が速くなる。だが咲夜は、晴南に視線を向けることすらしなかった。「少しは自分で考えたら?彼女がそう言ったからって、そのまま信じるの?」時々、本気で感心してしまう。晴南の思考回路には。洸が言えば何でも真実。だったら洸に「死ね」と言われたら、彼は本当に死ぬのだろうか。晴南の表情がわずかに硬くなる。「もし違うなら、どうして洸はあの時俺の前から消えたんだ?咲夜、もう認めろ。お前が関わっていたんだろう?」その言葉に、コメント欄は一気に沸騰した。【え、これ本人が認めたようなものじゃない?もし本当なら、前に花江咲夜が出した暴露資料って何だったの?】【結局花江の方が略奪女だったってこと?人を追い出して自分が入り込み、本命が戻ってきたら被害者ヅラとかヤバすぎる】【被害者面の天才じゃん。花江咲夜は白羽洸に謝罪しろよ】【そうそう、謝れ。無実みたいな顔するな】【私はまだ様子見かな。全容が分からないうちは何とも言えない】【同感】【まだ判断できないな】しかし咲夜は、コメント欄など見ている余裕はなかった。洸がひとしきり泣いて訴えた程度で、自分を完全に悪者に仕立て上げられると思っているのなら、それはさすがに自惚れが過ぎる。一方の洸は、晴南が咲夜を問い詰めたことで、自分を信じてくれたと思い込んでいた。涙で潤んだ目を向ける。「晴南さん……私、本当のことを言ってるの。当時、私は離れたくなかった。でも花江は人を使って私を取り囲み、何度も嫌がらせをした。それだけじゃない。服を無理やり脱がされて、たくさんの卑猥な写真や動画まで撮られたの。証拠もあるわ」そう言うと、ポケットから一束の写真を取り出し、晴南へ投げた。写真が風に舞いながら足元に散らばる。晴南はそれを拾い上げた。そこには確かに、辱めを受けているように見える洸の姿が写っていた。服装も乱れている。
「報道に携わる人間なら、公平、公正、そして中立であるべきです。今の発言、ちゃんと覚えておいてください。公開謝罪がなければ、こちらは法的措置を取ります」咲夜はそれだけ言い残すと、周囲の反応など一切気にせず病院の中へ入っていった。その場には、顔面蒼白になった記者だけが取り残される。胸の奥に嫌な予感がじわじわと広がっていた。……病院の屋上。咲夜が到着した時には、すでに消防隊員たちが洸の説得を続けていた。洸はフェンスの外縁に腰掛けている。負傷した足は柵の外へ投げ出されていた。自らギプスを外し、包帯まで引き剥がしている。昨夜の緊急手術の痕跡が生々しく残り、長い傷口がむき出しになっていた。洸は極度に興奮した様子で叫ぶ。「あの女、花江咲夜を連れてきて!誰も近寄らないで!」ちょうどその時、咲夜が屋上の入口に姿を現した。だがすぐに職員に制止される。「関係者以外は――」「私が花江咲夜です」咲夜はため息混じりに答えた。その一言で、職員は慌てて二人を中へ案内する。屋上には消防隊員たちのほか、晴南、青音、そして駆けつけた良太の姿もあった。良太は千暁を見つけるなり一直線に歩み寄る。その顔には洸への露骨な苛立ちが浮かんでいた。咲夜の姿を確認した瞬間、洸はさらに体を外側へずらした。その動きに、現場の全員が息を呑む。緊張が一気に高まった。――ただ一人、咲夜を除いて。泣きわめき、騒ぎ立て、挙げ句の果てには自殺未遂まで起こした。洸のお得意の芝居には、咲夜はとっくに慣れ切っていた。どうせ毎回同じだ。死ぬだの消えるだの大騒ぎして晴南の関心を引いた後は、何事もなかったように元気に生きている。だからこそ咲夜には理解できなかった。今回はいったい何を演じたいのか。晴南はもともと苛立った表情をしていた。だが咲夜が現れた途端、その目にわずかな喜色が浮かぶ。しかし、その後ろに立つ千暁を見た瞬間、顔色は再び曇った。ここ数日、咲夜と千暁が一緒にいる姿を見る頻度は、この二、三年分を軽く超えている。洸は涙をいっぱいに溜めた目で咲夜を睨みつけた。「花江!昔、あんたは晴南さんのことが好きだった!だからあらゆる手段を使って私を追い出そうとした!あんたの望み通り彼の前から消えたのに、どうしてまだ
電話を切ったあとも、千暁は画面を見つめていた。その「千野千鶴」というアカウントが投稿している作品を眺めていると、なぜか妙な既視感を覚える。どこかで見たことがある気がするのだ。だが、どこだったのかまでは思い出せない。いくつか投稿を遡って確認したものの、結局答えは出ず、千暁はアプリを閉じた。再びリビングへ戻ると、咲夜がスマートフォンを片手に顔を上げた。「見物しに行く?」そう言って、手元のスマホをひらひらと振る。画面にはライブ配信アプリの映像が映っていた。千暁が「何の話だ?」と聞こうとした瞬間、咲夜はすでに彼のそばへ歩み寄っていた。「さっき電話があったの。白羽洸が病院で自殺騒ぎを起こしててね。私が彼女の男を奪ったって大騒ぎしてる。しかも私に謝罪しろって」その無茶苦茶な要求を聞いた時、咲夜は思わず笑ってしまった。加害者が被害者面をし、そのうえ全国配信の前で自分に謝罪させようというのだ。そんな都合のいい話、夢の中でしかないでしょ。とはいえ、こんな面白い見世物を見逃すつもりはない。千暁は話を聞いた瞬間、表情を冷たくした。唇の端に皮肉な笑みが浮かぶ。「よくそんなことが言えるな」まさに厚顔無恥だった。……病院へ向かう車中。ライブ映像の中では、洸が涙ながらに咲夜を糾弾していた。その様子を見ながら、咲夜は呆れたように首を振る。「なんて感動的な純愛物語なんでしょうね。もし私が当事者じゃなかったら、危うく信じて感動するところだったわ」だが千暁は終始無表情だった。咲夜の冗談にも乗らない。配信のコメント欄に流れる誹謗中傷を見るたびに、不快感が募る。そのままスマホを取り出し、良太へ立て続けにメッセージを送り始めた。昨夜、洸を病院から追い出せと言ったはずだ。ところが良太は一つの病院から追い出しただけで、他の系列病院への受け入れまでは止めていなかった。いつからあいつはこんなに仕事が雑になったのか。そもそも黒澤家系列の病院で自殺騒ぎなど起これば、黒澤グループにも悪影響が及ぶ。一方、本来なら今日は恋人と出かける予定だった良太も、緊急で呼び戻されていた。今の彼の頭の中には、洸を締め殺したいという衝動しかなかった。そして咲夜と千暁が病院へ到着した頃には、入口前に大勢の人だかりができていた。
咲夜が目を覚ました時、そこは病院だった。病室には静寂が満ちている。ベッドに横たわったまま、咲夜は真っ白な天井を見つめた。右手の甲には点滴が打たれ、全身に重い倦怠感がまとわりついている。無理やり三杯の赤ワインを飲まされ、アレルギーによるショック状態で意識を失った――そこまでは覚えている。倒れる直前、誰かの姿を見た気がしたが……咲夜が勢いよく身を起こすと、手の甲の針が引っ張られ、「っ……!」と小さく声が漏れた。鋭い痛み。急に動いたせいで、点滴のチューブに血が逆流し始めている。慌てて手を元の位置に戻した、その時――目の前に、一人の逞しい人影が現れた。顔を上げた咲夜
寝室へ戻った途端、咲夜のスマートフォンには真奈美からのメッセージが怒涛のように押し寄せていた。【咲夜、どうしてもそんなに意地を張るつもり?本当に花江家のことなんてどうでもいいの?お父さんやご先祖様が代々築き上げてきたものを、このまま潰して平気だっていうの?】【私やお父さんが死んだあと、ご先祖様にどう顔向けすればいいのよ】【分かってるわ、あなたが辛い思いをしてきたことは。でも、あの白羽さんは晴南さんにとって忘れられない人なのよ。あなたが少し我慢すれば済む話じゃない】【男なんて外で遊ぶものよ。心を繋ぎ止められないなら、せめてお金だけでもしっかり握っておけばいいの】【咲夜、お願い
晴南は景浦市でも指折りの高級レストランを予約していた。フロアを丸ごと貸し切るという、気前のいい大盤振る舞いである。だが――咲夜は目の前に掲げられた「時雨庵」の看板を見上げ、横目でそっと晴南の様子を窺った。案の定、その顔色はまるで苦いものでも飲み込んだかのように険しい。無理もない。「時雨庵」は森崎グループのライバルである荻野グループ傘下の店だ。景浦市において、晴南と千暁の折り合いの悪さを知らぬ者はいない。明らかに、洸の手落ちだった。彼女は自分がどれほど華やかに振る舞えるかにばかり気を取られ、そんな重要な事情をすっかり失念していたのだ。それでも洸は、晴南の不機嫌
咲夜が病院を後にして間もなく、真奈美から電話がかかってきた。鳴り続けるスマートフォンを、咲夜は手に取ろうともせず放置したまま、自動的に通話が切れるのを待つ。だが、着信は執拗に繰り返された。出ない限り、母が決して諦めないことなど分かりきっている。結局、咲夜は小さく息をつき、妥協するように通話ボタンを押した。「咲夜、森崎家が資金を引き揚げるって!両家の提携も全部白紙よ。これで満足なの?」電話の向こうから、激情に駆られた真奈美の罵声が飛んできた。これまでどれほど理不尽を押しつけられても耐え続けてきた咲夜が、なぜ今になって意地を張るのか、真奈美には理解できなかったのだ。







