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元カレの義姉になりました
元カレの義姉になりました
مؤلف: 三水

第1話

مؤلف: 三水
神崎煌(かんざき こう)は、界隈で知らぬ者のない放蕩な御曹司だった。危険なレース、喧嘩、命知らずな遊び。無茶と呼ばれるものなら、ひと通りやり尽くしていた。

だが、白川冬美(しらかわ ふゆみ)と出会ってから、暴れ馬のようだった煌は嘘のように大人しくなった。

冬美が「血が怖い」と言えば、煌は二度と喧嘩をしなくなった。冬美が「あなたに何かあったら怖い」と言えば、愛してやまなかったスピードとスリルさえ、あっさり手放した。

界隈の誰もが噂した。煌は今度こそ本気で落ちたのだと。あの清らかで無垢な冬美を、どうしようもないほど愛しているのだと。

けれど5年が経っても、煌は冬美にちゃんとした立場を与えなかった。

煌のそばに寄り添って5年目のある日、冬美のもとへ、煌の仲間から突然電話が入った。

「冬美さん!今すぐ来てくれ!煌が完全にイカれた。幻影峠を走る気だ!」

……

冬美は指先を震わせ、スマホを床に落とした。

ガタン、という乾いた音が足元で跳ねた。

幻影峠の魔のコース。そこは、煌がかつて命を削るように走っていた場所だ。冬美と付き合い始めてから、煌は二度とそこへ近づかなかった。

冬美が駆けつけた時、コース脇にはすでに大勢の人だかりができていた。

冬美は人波をかき分けて前へ出た。だが、目の前の光景を見た瞬間、足がその場に縫い止められた。

白いワンピースを着た若い女性が、煌の腰にしがみついている。目元は泣きはらしたように真っ赤だった。

「あのネックレス、もういらない。だから行かないで……」

煌は彼女を見下ろし、冬美がよく知る、あの奔放で不敵な笑みを口元に浮かべた。

「いい子だ。ゴールで待ってろ」

そう言い残し、煌は振り向いてスポーツカーに乗り込んだ。

エンジンが唸りを上げた瞬間、冬美の心臓が重く沈んだ。

冬美は車へ駆け寄り、窓を叩いた。

「煌!行かないで!あのコースは……」

窓が下りた。煌は冷えきった横顔のまま、短く告げた。「どけ」

たった一言が、冬美の全身を凍りつかせた。

次の瞬間、車は放たれた矢のように飛び出した。

「狂ってる!煌のやつ、完全にイカれてる!」

「あのスピード……死ぬ気かよ!」

「ネックレス一つで、そこまでやるか!?」

周囲のどよめきが耳を刺した。

冬美は両手を固く握りしめ、いつ崖下へ消えてもおかしくない車の影を、瞬きもできずに見つめていた。

かつて煌は、冬美が「怖い」と一言こぼしただけで、愛してやまなかったスピードもスリルもあっさり手放した。

それなのに今、別の女性を笑顔にするためだけに、命すら投げ出そうとしている。

最後の急カーブ。煌は減速するどころか、さらにアクセルを踏み込んだ。タイヤが白煙を噴き、車体が横滑りしながら、真っ先にゴールラインを駆け抜けた。

「勝ったぞ!」

人々の歓声が一斉に弾けた。

しかし、凄まじい勢いを殺しきれなかった車は、そのまま制御を失った。

次の瞬間、車体がガードレールに激突した。

「煌!」

「おい、煌!」

その場にいた全員が青ざめ、事故車へ向かってなだれ込んだ。

冬美は膝から力が抜けそうになりながらも、よろめく足で人々の後を追った。

大破した運転席から、煌がどうにか這い出してきた。額から血が流れているのに、痛みなど感じていないようだった。

煌はベルベットの小箱を握りしめ、駆け寄ってきた仲間に差し出した。

「これ、凛に……早く、誰かあいつを先に送ってやれ……血を見ると倒れるから……」

言い終える前に、煌の体がぐらりと傾いた。

そのまま意識を失った。

周囲の者たちは慌てて煌を受け止めた。数人が怯えきった相沢凛(あいざわ りん)を先にその場から連れ出し、残りの大勢が煌を抱え上げ、病院へ急いだ。

冬美は一言も発さないまま、黙って車に乗り込んだ。

煌が救命処置室へ運ばれてから、時間はひどく遅く流れた。

一分一秒が、じりじりと肌を焼かれるように苦しい。

突然、処置室の扉が開いた。看護師が血相を変えて飛び出してきた。

「大変です。患者さんの出血が止まりません!Rhマイナスで、院内の血液の在庫が足りないんです!」

Rhマイナス?!

煌の仲間たちは一斉に騒然となった。誰もが慌ててスマホを取り出し、心当たりへ連絡を入れ始めた。

その時、静かで冷たい声が響いた。

「私がRhマイナスです。私の血を採ってください」

全員が驚いて振り返った。

廊下の隅に、冬美が立っていた。顔色は蛍光灯の光よりも白く、生気を失っていた。

仲間たちは顔を見合わせた。その目には、隠しきれない気まずさが浮かんでいた。

「冬美さん……」

冬美は相手の言葉を遮った。

「採ってください。人命が最優先です」

その声に迷いはなかった。

冬美はそのまま看護師の後について、採血室へ向かった。

針が血管に入った瞬間も、冬美は眉ひとつ動かさなかった。

看護師が心配そうに冬美の顔を覗き込んだ。

「すでに600cc抜いています。これ以上の採血は危険です」

冬美の声はかすれていた。それでも、はっきりとしていた。

「続けてください。彼に必要な分だけ……採ってください」

赤い血がチューブを伝って流れていく。

冬美の視界は少しずつぼやけた。

1000ccに達したところで、ようやく煌に必要な血液が確保された。

同時に、冬美も限界を迎え、そのまま意識を失った。

再び目を覚ました時、冬美は病室のベッドに横たわっていた。

窓の外はすでに暗い。煌がどうなったのか、まだ分からない。

冬美は無理やり体を起こした。壁に手をつきながら、ゆっくりと煌の病室へ向かった。

病室の扉の前まで来たところで、中から話し声が聞こえた。

「煌、前は冬美さんのこと、かなり気に入ってたじゃねえか。なのに、どうして急に凛さんのためにあんな無茶をしたんだよ。

今回、冬美さんがどれだけ血を抜かれたか知ってるか?あの人、お前のこと本気で愛してるんだぞ。もう心変わりしたなんて、俺からはとても言えねえよ」

煌は頭に包帯を巻いていた。

それでも、あの大胆不敵な雰囲気は少しも薄れていない。煌はライターを指先で弄りながら、気怠げにベッドの背へもたれていた。

「前は確かに冬美のことを気に入ってた。でも、どこか物足りなかったんだ。凛に会って、ようやくこれだと思えた」

あっけらかんとした口調だった。

けれど、その一語一語が鋭い刃となって冬美の胸を抉った。

「あんなに胸がドキドキするは初めてだ。冬美と一緒にいる時は、一度も感じたことがなかった」

仲間たちは息を呑んだ。

「でも、冬美さんは5年も一緒にいたんだぞ。本当に……捨てるのか?」

煌は短く答えた。「ああ。いらない」

その冷酷な言葉を耳にした瞬間、扉の外で冬美の手が近くの消火栓に触れた。

かすかな金属音が鳴った。

「外に誰かいるのか?」

「まさか冬美さんじゃないよな?」

「ありえねえよ。冬美さんなら、煌の話を聞いた時点で泣きながら飛び込んでくるだろ。どうせ風の音か何かだ。放っとけ」

扉の外で、冬美は口元を覆っていた手をゆっくり下ろした。

だが、彼らが想像したような苦痛の表情はどこにもなかった。

冬美の顔は不思議なほど静かだった。涙も一滴も流していなかった。

彼女は黙って背を向けた。

それからスマホを取り出し、暗記している番号へ電話をかけた。

すぐに通話が繋がった。

低く、冷ややかな男の声が耳に届いた。

「もしもし」

冬美は静かに告げた。「社長。煌さんに、もっと好きな女性ができました。私ではもう、彼を繋ぎ止めておくことはできません」

電話の向こうで、神崎迅(かんざき じん)はしばらく沈黙した。

迅ほどの情報網があれば、弟が一人の女性のために大金を使い、命がけで車を走らせたことなど、とっくに把握しているはずだ。

やがて、迅が淡々と口を開いた。

「分かった。この5年間、ご苦労だった。2億円を君の口座に振り込んでおこう」

冬美は短く礼を述べた。「ありがとうございます、社長」

通話を切ると、冬美は冷たい壁にもたれ、ゆっくり目を閉じた。

5年前、冬美は何段階もの選考をくぐり抜け、神崎グループCEOである迅の秘書になった。

だが、出社初日、迅は冬美に仕事を一つも与えなかった。

スーツ姿の迅は社長椅子に腰かけ、長い指で一枚の写真を机の上に滑らせた。

「この男を知っているか?」

写真の中の男は、挑むような目をして、自由気ままに笑っていた。

神崎家の次男。迅の実の弟、神崎煌だ。

迅の声は氷のように冷たかった。

「彼に近づき、君を愛させろ。君の愛情で彼を縛りつけ、二度と命を危険に晒すような真似をさせるな」

冬美はその時、しばらく呆然としていたことを覚えている。

神崎家の兄弟は、この界隈でよく知られていた。

兄の迅は冷徹で禁欲的。若くして神崎グループのすべてを掌握している。

弟の煌は自由奔放で、誰もが目を奪われるほどの容姿を持ちながら、性格はひどく荒い。カーレース、スカイダイビング、ロッククライミング。命が危うい遊びほど、面白がって手を出した。

つい先週も、煌はレース中の事故で集中治療室へ運ばれたばかりだった。

迅の次の言葉に、冬美は思わず顔を上げた。

「報酬は2億円だ」

2億円。

幼い頃から貧しい地区で這い上がるように生きてきた冬美にとって、それは想像もできない金額だった。

だから冬美は小切手と写真を受け取り、この馬鹿げた任務も引き受けた。

迅は冬美に教えた。煌が好きなのは、何色にも染まっていない、白紙のように純真無垢な女性だという。

そこで冬美は、鮮やかな色の服をすべて処分し、白いワンピースだけを選ぶようになった。

ゆるく波打つ髪をストレートに整え、清楚な黒髪のロングヘアに変えた。

化粧はできるだけ薄くし、何も知らない可憐な花を演じた。

冬美は煌がよく通う会員制クラブへ赴き、酔客に絡まれるという芝居を入念に仕組んだ。

そして取り乱したふりをして、涙を浮かべながら、あの不遜な男の胸へ飛び込んだ。煌の服の裾を掴み、震える声で助けを求めた。

煌は、見事に罠にかかった。

その夜、冬美は流されるように煌のベッドへ連れていかれた。

それから5年、冬美はずっと煌のそばにいた。

優しさと愛情で網を編み、煌が喧嘩をすることも、危険なレースに出ることも許さなかった。

煌もまた、その束縛を楽しんでいるように、冬美を徹底的に甘やかした。

冬美が「お腹が空いた」とこぼせば、煌は深夜でも車を出し、街を大きく回って冬美の好きな夜食を買ってきた。

冬美が生理痛で冷や汗を流す時は、煌は優しく腹をさすった。

毎朝、目を覚ますと真っ先に冬美の姿を探し、腕の中へ抱き寄せてキスをした。

けれど3ヶ月前の夜、情事の最中、煌は冬美の上に覆いかぶさったまま、見知らぬ名前を呼んだ。

「凛……」

その後、冬美は凛という女性を調べた。

凛はバーでアルバイトをしている大学生だった。清楚で、か弱く、庇護欲をそそる雰囲気を持っていた。

ある夜、客に絡まれていたところを、通りかかった煌に助けられたらしい。

凛の写真を見た瞬間、冬美は自分の出番が終わったことを悟った。

本当に清らかで無垢なのは凛だ。

冬美は、ただそう見えるように作られた偽物にすぎない。

だから煌は、冬美に「物足りなかった」と感じたのだ。

今、任務は終わった。

これからは、冬美が自分の望む人生を生きる番だ。

煌については、もう関係ない。

冬美は最後に病室の方向を一瞥し、背を向けて歩き出した。

煌には凛がいる。

そして冬美は、ようやく本当の自分に戻れたのだ。

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  • 元カレの義姉になりました   第23話

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