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第139話

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家をなくしてからというもの、洵の世界にはゲームしか残っていなかった。ゲームがなければ、彼は本当に何もかも失ってしまう。だから、ゲームを完成させることに命をかけていたのだ。

しかし、この瞬間、洵の考えは変わった。

彼自身も、こんな風に変わるとは思ってもみなかった。

――彼にとっての世界は、ゲーム以外にも、何か大切なものがあるような気がした。

例えば、自尊心。

例えば……月子。

そう考えると、洵は自分がおかしくなったんじゃないかと思えた。

月子は静真と結婚した。自分自身を貶める以外に、彼女の目には弟である彼の存在など映ってはいなかった。もちろん、彼が一方的に月子を嫌って連絡を絶っていたせいもある。しかし、月子が突然結婚したことで、彼の中で何かが冷めてしまったのも事実だった。

洵は月子とは一生関わらない覚悟をしていた。まるで自分は孤児だとでもいうように。だから、月子に関するあらゆる情報に触れることを拒絶していた。たとえ月子が陽介を通して連絡をしてきても……

彼は完全に無視していた。

だけど、まさか、静真のおかげで自分と月子が再び連絡を取り合うようになるとは思ってもみなかった。

今度こそ、ただの挨拶だけで終わるわけではないのだ。

鳴という共通の敵が現れたのだから、この問題が解決するまでは、以前のように縁を切ることはできないだろう。

洵はこの状況が気に入らなかった。

そして、何よりもプライドが傷つけられたのは、あんなに長い間月子と距離を置いていたのに、再び接点を持つようになってからは、月子の心に……かなり近づいたと感じてしまったことだ。

そして、一緒にいるときはぎこちなさや気まずさを感じることもなかった。

もしかしたら月子にとって、自分はただの弟で、だから自分が何を言っても何をしても許してあげられるのかもしれない。

ここ数年、自分は一人で腹を立て、暗い部屋の隅で、月子への復讐計画を練っていた。

そして、計画に燃えているところに、月子に水を差すかのように、「今日の夕食は何にする?」と聞かれ、次の瞬間にはまるで何もなかったかのように二人で鍋をつついているのが今の状態だろう。

……そう思うとなんだか、自分のやったことすべてがばかげてきた。

「5分だけ時間をやろう、洵。このチャンスを逃したら二度とないぞ」鳴は勝ち誇ったような顔をしていた。

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Comments (2)
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おすがさま
話の内容がぜんぜん見えない……月子と洵の確執は何なの?誰か教えて!
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千恵
月子 早く〜来て〜 この2人に喝入れてー
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