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第170話

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しかし、この光景が脳裏に浮かんだ瞬間、静真の心の中に言いようのない嫌悪感が湧き上がってきた。

正雄の好意を得るために月子が画策に乗って彼女と結婚せざるを得なくなったという事実が、彼を苛立たせていたのだ。

月子が自分をこれほど不愉快な気持ちにさせているのに、なぜ自分は彼女の部屋に来て、彼女のことを思い出しているんだ?

自分が何をしているのか自覚した途端、静真は滑稽な気分になった。

普通なら、月子に怒鳴り散らすはずだ。家を出るべきなのは自分ではなく彼女の方だ。月子はあの手この手で自分のご機嫌を取り、家に戻ってくるよう懇願するべきなんだ。

しかし、今は、自分が彼女のご機嫌取りをしたくないと思っていること以外は、全てが逆転している。

静真の心の中に言い表せないほどの怒りがこみ上げてきた。この怒りは月子に向けられたものだが、しかし、全てが彼女だけのせいではないような気がした……

この怒りは、現状が自分の制御からかけ離れてしまったこと、そしてそんな自分自身に対する苛立ちでもあった。

だが、それがどうしたって言うんだ?

結局、最初から最後まで、自分は一度たりとも月子のことを好きになったことがないという事実は変わらないのだから。

月子が家を出て、二度と戻ってこないからって、自分には何の関係もないはずだ。

静真はそう思い、冷たい笑みを浮かべ、部屋を出ると、ドアを勢いよく閉めた。

毎年、結婚記念日には、月子が趣向を凝らしたお祝いをしてくれていた。

自分は電話で彼女に機会を与えた。彼女はこの機会を逃すべきではない。さもないと、自分は一生彼女を許さない。

高橋はこっそり2階の様子を伺っていた。静真が月子の部屋に入ったのを見て、彼女は驚きで言葉を失った。

静真があの部屋に入ったのは、初めてのことだ……

もし月子があの光景を見たら、どれほど感動されるだろうか。

月子が電話番号をブロックしていなければ、高橋はすぐに電話でこの朗報を伝えたに違いない。

やはり、月子がこれまでしてきたことは、無駄ではなかったのだ。

もし今、月子が家に戻ってくる気になったら、彼女と静真の関係はきっと変わるだろう。

高橋は今日、月子が出ていくのを見送った後、一日中二人のことを考えていた。霞は素敵な女性だが、高橋は少し古風な考えの持ち主なので、どちらかを選ぶとすれば、やはり月子の方が
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