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第26話

作者:
予想通り、午後になると月子は静真からのメッセージを受け取った。

【5時半、山の麓で待っていてくれ】

本家は、郊外の空気が綺麗な山の上に建てられている。

帰るたびに、静真は月子に山の麓で待つように言い、車で迎えに行ってから一緒に本家へ向かうのが習慣だった。

静真が先に月子を迎えに行くのが一番便利だ。

しかし、静真は少し遠回りになるのを面倒がって、いつも彼女を待たせるようにしていたのだ。

午後5時20分。

月子は10分前に山の麓のバス停に到着した。

今日は一日中小雨が降っていて、山に近いせいか気温は街中よりも低く、夜が近づくにつれてさらに冷え込み、風も出てきた。

10分が経ち、月子の手足はすっかり凍えてしまった。

しかし、静真の車は未だ来ない。

仕方がないので、月子は待ち続けるしかなかった。

約5分後、車のライトが夜の薄い霧を突き抜け、彼女を照らした。

山中には入江家以外にも家がいくつかあるので、月子は目を凝らして車を確認した。

ベントレーだ。

静真はマイバッハに乗っているので、迎えの車ではない。

あまりに寒いせいか、月子は静真が時間通りに来てくれることを期待していた。期待があればこそ、失望も大きくなる。今、彼女の心には少し虚しさがあった。

月子は視線を戻し、携帯を見た。

2秒後、車が止まる音が聞こえた。

月子が不思議そうに顔を上げると、窓ガラスが下り、男の横顔が現れた。

次の瞬間、男はこちらを振り返った。

月子は不意に深い瞳に見つめられた。

一瞬、空気が固まった。

「乗っていくか?」隼人の低い声が耳に響いた。

月子は言葉を失った。

3年前の出会いで、隼人は月子に極めて冷淡な印象を残した。

昨日の二度目の出会いも、その印象をさらに強めた。

月子がこれほどまでに人を恐れたのは初めてと言えるだろう。

月子は隼人のことが全く分からず、なぜ急に車に乗せてくれると言ったのかも理解できなかった。

もしかしたら、ただの親切心かもしれない……

しかし、隼人の冷たく沈んだ雰囲気はあまりにも強烈で、窓が降ろされた瞬間、その強い威圧感が押し寄せてきた。

月子は本能的に、こんな危険な人物からは距離を置きたくなった。

「ありがとうございます。結構です。人を待っているんです」

隼人は何も言わずに、車で去っていった。

ベントレーが遠
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