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第632話

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さらに愛のない結婚生活なんて、考えただけでも地獄だ。

恋愛が順調なら、結婚なんてただの紙切れ一枚にすぎない。

月子は結婚に対して、どうしても抵抗があった。

だが、彼女はまだ隼人に、この気持ちをどう伝えればいいのか分からなかった……

もし隼人の考えが自分と違っていたら、正直に話したことで二人の間に溝ができてしまうかもしれない。気にしないふりをしたとしても、二人の関係に影響が出るのは避けられないだろう。

それに、まだ付き合い始めたばかりなのに、将来のことなんて考えても仕方ない。人生何が起こるか分からないんだから。

月子はかつて、静真との未来を夢見たこともあった。でも、現実は全く違った。

結婚が嫌だというのもあるし、過去の経験からも、もう未来に希望を持つのはやめた。

月子は今この瞬間を大切にしたい。

隼人と一緒にいるこの時間、この気持ちを大切にしたい。

月子は瞬きをして、話題をそらした。「他に何かプレゼントしたら、それも身に着けてくれるの?私が買ったものは全部、今のあなたに似合うと思って選んだものよ。だから今のあなたが着ているところを見たいの」

隼人は頭の回転が速い男だ。

月子が話をはぐらかそうとしているのが分かった。

彼女はそこまで深く考えていない。

月子の自分への気持ちは、静真への気持ちとは違う……

胸にチクリと痛みが走ったが、どうすることもできない。

隼人はそれ以上、話を続けるのはやめた。月子から聞きたくない答えを聞かされるのが怖かったし、それによって互いにわだかまりができてしまうかもしれないのだ。

そう思って、隼人は逸る気持ちを抑えた。彼は月子を手に入れるためなら、どんな苦労も厭わない。

だから、彼女が心から結婚を受け入れてくれるまで、ゆっくり待つつもりだ。

「喉が渇いた」月子が言った。

隼人は月子の背後に回り、軽く手を添えると、跪いていた月子はそのまま彼の腰に座った。ぴったりと密着した体。月子は何かを感じた……これが、さっき言えなかった理由?何か言おうとした瞬間、隼人は月子の首筋に手を回した。

抵抗する間もなく、月子は隼人の腕の中に倒れ込んだ。そのまま抱きしめられ、激しく情熱的なキスをされた。

キスされた後、月子の顔は赤く染まり、潤んだ瞳で隼人を見つめた。

そんな月子の様子を見て、隼人はさらにいたずら心がくすぐられた
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