LOGINその日の夜、隼人の方からこの話を持ち出してきた。「これから、静真に関することは、なんでも俺に話してくれていい。前は彼のことを気にしすぎていたけど、今はもう違う」隼人は月子に癒され、恋愛においてますます安心感を覚えるようになっていた。静真のことで何かあるたびに、気に病んであれこれ考えることもなくなった。月子は、ようやくほっと息をついた。「仕方ないね。あなたたち、誕生日がちょうど一ヶ月違いだし、それに過去のことも……鷹司社長、分かってくれるでしょ」「もちろん分かってる。それよりも、お前が静真とのことについて何か隠し事をすることの方が俺は嫌なんだ」「約束したでしょ。なんでもあなたに話すって」と月子は言った。隼人が欲しいのは、ただそういう確たる一言だけなのだ。そして月子はいつも、それを惜しみなく彼に与えてくれるのだから。隼人は以前から新居の内装の準備を進めていた。すでに何パターンかのデザイン案を受け取っていて、彼は月子を誘って一緒に眺めた。月子は隼人の気持ちを察していたが、それでもあえて口には出さず、一緒にデザインを選ぶのだ。……一方で、一樹はA国で、静真と一緒に誕生日を過ごしていた。「一年も経ってないのに、ずいぶん変わったね。静真さん、本当にそんなに長くここにいるつもりなのか?もう仕事はとっくに片付いただろ」静真はソファに座り、冷めた目つきで無造作に酒を飲んでいた。まるで何事にも興味が湧かないというように。「帰りたくない」一樹は思わず目を細めた。実のところ、彼にはもう静真のことがよく分からなくなっていた。少なくとも今は理解できなかった。静真は彼の視線に気づいた。「言いたいことがあるなら言え」「静真さん、正直すごく不思議なんだよ。先月はどん底の状態だったじゃん。だから、しばらくは落ち込むだろうな、少なくとも少しは荒れるだろうなって思ってた。ひどい言い方だけど、あんなに感情的になってるあなたを初めて見たんだ。なのに、たったこれだけの期間で、もう平気な顔してる。だけど本当に吹っ切れているなら、どうして帰国しないで、隠れるようにしてここにいるんだ?理解できないな」愛を知ったクズ男には、それ相応の罰が下るものだ、と一樹は当初思っていた。だが今の静真の様子からは、罰を受けているようには少しも見えなかった。それとも
電話の向こうから、静真の疲れた声がした。「いや、いま海外にいて、しばらくは戻れない」「海外なんていつから行ってたの?なんで教えてくれなかったのよ」「つい最近だよ」天音にとって、静真は少し気まぐれなところはあったけど、入江家の大黒柱だった。静真にできないことなんて何もないし、自分に何かあっても必ず守ってくれる。彼さえいれば、天音は何も怖くなかった。だから天音は、普段は静真のことを心配したりしなかった。でも今日だけは、つい余計なことを言ってしまった。「今日、月子に会いに行ったの。そしたら彼女隼人と一緒にいたの」言ってしまってから、天音はハッと息をのんだ。静真が怒りだすんじゃないかと心配になったのだ。けれど電話の向こうは数秒黙り、落ち着いた声でこう言った。「ああ、知ってる」「ヤキモチ、妬かないの?」こんなこと、普通は受け入れられないだろう。静真は冷ややかに笑った。「そんなことをしても何も変わらないだろ?俺にできることはしばらく離れることくらいだよ」天音には兄の言葉の意味がよく分からなかった。でも、その言葉には棘があるように感じられた。もしかして、兄はもう本当に気にしていないの?「でも、あなたらしくない……」「お前は自分の心配だけしてろ。俺のことに首を突っ込むな」「うん、わかった!」そして、静真が電話を切ろうとしていることに天音は気が付いた。次にかけたとき、静真が出てくれるとは限らないと思うと、天音は慌てて叫んだ。「待って!」「なんだ?」「お兄さん……その、私……えっと……」「はっきり言え」「私、隼人と仲良くしてもいいかな?」静真は可笑しそうに言った。「あいつのこと、もう怖くないのか?」「まだ怖い!でも、前ほどじゃなくなったの」「急にどうしたんだ?」静真が尋ねる。「月子のためよ!じゃなかったら、自分から隼人なんかに近寄るわけないじゃない!」静真は皮肉っぽく言った。「まったくだ。月子と付き合うようになってから、あいつはどんどん幸せになっていくな」家族との関係まで良くなるなんて。以前の隼人には何もなかったのに、今や恋人ができて、おまけに元気な妹まで懐くようになったんだから。「お兄さん、怒ってるの?」静真は低い声で言った。「俺と隼人の問題に、お前が首を突っ込む必要はない
隼人にとって、月子こそが心の拠り所だった。彼女こそが、隼人にとって唯一失うことのできないものだった。それ以外のものには、とくに執着はなかった。「ありがとう」隼人は天音に言った。「二人でゆっくりしてて」そう言って、隼人は隣の部屋へ行こうとした。天音は彼が出ていくのを見て、すぐに声を上げた。「お兄さん、どこ行くの?」「すぐ隣だ」と隼人は答えた。「へぇ」天音は言った。「二人って、前はお隣さん同士だったの?」「ああ」天音はつぶやいた。「なるほどね、だからなのね」「どうした、俺が気に入らないのか?」と隼人が尋ねた。ぎょっとした天音は、すぐに愛想笑いを浮かべた。「とんでもない!気に入ってるに決まってるじゃない!」隼人はそれ以上彼女をからかうことなく、部屋を後にした。天音はまだ頭が混乱していたが、月子に向き直って尋ねた。「じゃあ、あなたは今も変わらず、私の義理の姉ってこと?」「ええ、そうよ」と月子は頷いた。天音は、月子を見る目がすっかり変わってしまい、感慨深げに言った。「月子、あなたってうちの家族と本当に不思議な縁あるのね」月子がぽかんとしていると、天音は続けた。「私と、二人の兄、みんなあなたのことが大好きなんだから」月子は言葉に詰まった。「あなたも、私のことが好きなの?」天音は、月子のためなら性別なんて乗り越えられるとさえ思っていた。これはもう恋心以外の何物でもない。しかし、さすがにそれは言えなかった。「だって、あなたは私の憧れなんだもの。そう思うのだって当たり前でしょ」これからは「義理の姉を慕う」という大義名分で月子に近づける。でも、隼人とはまだ親しくないし、あまり熱心すぎても怪しまれる。これからは、彼ともっと交流を深めなくちゃ。すべては月子のため。どんな手を使ってでも、やり遂げて見せると天音は思った。それに、隼人がこのまま優しく接してくれるなら、きっともう怖がらなくても済みそうだ。だって……隼人は実の兄なのだ。小さい頃に抱っこしてもらった記憶もある。とにかく、彼は赤の他人じゃない。あんなに怖かったのは、隼人を兄として見ていなかったからだ。でも今、彼が本当の兄だと受け入れたことで、気持ちがすっかり変わった。これで、恐怖心もほとんど消えてしまったというわけだ。その後、月子に促され、天
月子は、おどおどしている天音を見て、さくっと紹介した。「隼人さんよ」天音はと言うとすっかり怖気づいてしまった。さっきまで殴りかかろうとしていた威勢は、もうどこにもない。それでも月子がそばにいてくれたから、なんとか平静を装えた。「二人って、いつから付き合ってるの?」数ヶ月前、映画館で月子と隼人を偶然見かけたことがあった。でも、そのときは社長と秘書の付き合いだと思って、静真にも報告していたのに。静真が何も言わなかったので、面倒くさがりの天音がそれ以上突っ込んで聞くはずもなかった。ましてや、相手はあの隼人なのだから。今になって思えば、いろいろと見逃していた。月子は答えた。「おじいさんの誕生日会の後。静真にG市で拉致されそうになった、あの日からよ」「え、あなたを拉致しようとした?」天音はすごく驚いた。「あいつ、どうかしてるんじゃないの?」月子は口元だけを歪めて笑った。「彼がおかしくなってくれたおかげよ」あれがなかったら、あんな衝動的に告白することもなかっただろうな。天音は、月子に対する気持ちが変わる前だったら、きっと静真の肩を持っていただろう。でも今は、恥ずかしくてたまらなかった。自分も相当だけど、兄はいつのまに自分の知らないところで、そんなことをしてたの?一言くらい教えてくれたっていいのに。もし知ってたら、絶対に止めたのに。天音は思わず深くうつむいた。上から見られている視線を感じながら、頭が上がらない思いだった。これから月子と仲良くしたいなら、一番怖いこの人からは逃げられない。今向き合わなければ、いつか必ず向き合うことになる。もし二人が結婚したら、怖いからって式に行かないわけにはいかないし。そう思いながら、天音は息を深く吸い込んで顔を上げて、隼人を見つめた。やっぱり、その目はすごく怖い。天音は思わずズボンをぎゅっと握りしめ、震える声で言った。「お、お兄さん……」月子は傍らから見ててなんだかコントでも見ているようで面白かった。もちろん、天音のその変わり身の早さには驚かされたけど。こんなにすぐ「お兄さん」と呼ぶなんて、たいしたもんだ。そして、彼女は隼人がどう反応するのか気になった。特に驚くこともなく、隼人はその「お兄さん」という呼びかけを受け入れた。そして兄らしく振る舞おうと、こう切り出した。「お前の誕生日、
「私が騙されるとでも思ってるの?」月子は驚いて眉を上げた。かつて義理の姉だった頃、天音は自分を散々困らせてきた。なのに今自分のことを心配してか恋愛事情にまで口出してくるなんて、ずいぶんとお節介じゃない。「だってあなたが恋愛のことしか頭にないタイプじゃない?」天音は言い過ぎたと思って、慌ててご機嫌をとった。「別にバカにしてるわけじゃないの!ただ、あなたが変な男に捕まらないか心配で。相手があなたに相応しいか見てあげようと思って。兄も大概なクズだけど、クズ男っていろんなタイプがいるでしょ。口ばっかり達者な男も厄介だからね」そんな天音を見て月子はその様子を、なんだか可愛いと思ってしまった。本当は今にも切れてしまいそうなのに、自分の前では必死に抑えている。そのギャップはなんとも面白かった。「私のことはいいから」月子はくすくす笑いながら言った。「まあ、とにかく中に入って。ちょうど、彼も家にいるから」「あなたの家に住んでるっていうの?」天音の声が裏返った。それと同時に嫉妬の感情が、天音の全身にじわじわと広がっていた。カリスマ的な存在の月子と一緒に住むなんて、自分ですら夢のようで手が届かないことなのに、どこの馬の骨とも分からない男がそうやすやすとその願望を叶えているなんて、そんなことが許されるっていうの?なんなのよ、もう。せっかくいい気分で月子の家に来たのに、目障りな邪魔者がいるなんて。もし今目の前に月子がいなかったら、すぐにでも乗り込んで大暴れしてやるところだと天音は思った。「ええ、同棲してるの」月子は答えた。それを聞いて天音はすっかり言葉を失った。だけど、月子は天音の気持ちなんてお構いなしにその真実を突きつけた。そして天音はその一言一言にまるで鋭い刃物に切り裂かれたようだった。天音は昔から自己中心的で、独占欲が強かった。それは相手が憧れのアイドルであっても変わらない、厄介な性格なのだ。月子は自分には手の届かない女性だと分かっている。それでも、自分の「お気に入り」なのだ。他の誰かが彼女を好きになるのはいい。でも、同棲までして、こんないい思いをさせるなんて許せない。月子と付き合うなんて、そうさせてたまるものか。だが、彼女がそう思いを巡らせていると、月子はすでに家の中へ入ってしまっていた。どうすることもできず、天音は不機嫌極
一方で、天音もすっかり礼儀正しくなっていた。インターホンを一度だけ鳴らすと、ドアの前でおとなしく月子が出てくるのを待っていた。月子がドアを開けると、天音はちょうど手を伸ばし、もう一度インターホンを押そうとしていた。彼女の顔を見ると、その手を止めた。そして、天音はすぐに満面の笑みを浮かべた。「月子!」月子は天音の後ろに視線を移した。そこには制服を着た三人の男性がいた。彼らは両手にたくさんの紙袋を提げていて、ロゴを見る限り、どれも高級ブランド品ばかり。服やバッグ、宝飾品……さらにはアウトドアブランドのものまであった。月子は思わず頬が引きつった。天音はデパートでも丸ごと買い占めてきたのだろうか。天音はすぐに説明した。「初めてお邪魔するのに、手ぶらじゃ来られないでしょ?エクストリームスポーツが好きだって聞いて、いくつか買ってみたんだけど……それだけじゃ少ないし、他に何が好きか分からなかったから、普段使えそうなものもいろいろ買ってみたの。気に入ってくれると嬉しいな」月子が静真と一緒だった頃、天音はただ礼儀知らずで、甘やかされた令嬢というだけだった。なのに、離婚してから彼女のこんなにも、やけに気が利くような礼儀正しいどころがみられるとは正直思っていなかった。それに以前、月子と天音の関係は最悪だった。だけど彼女が変わったからといって、月子に何か影響があるわけでもない。だから過去のことは水に流すことにして、あまりに熱心な天音の気持ちを無下にはできなかった。「ありがとう。でも、次に会うときは手ぶらでいいから。本当に、こんなにたくさん……」「え、多いかな?むしろ少ないくらいだと思ってたんだけど。本当は店員さんを十人くらい呼ぼうと思ったけど、あまりにも大袈裟にすると迷惑がられるかと思ってやめたの」それには月子も返す言葉がなかった。なるほど、天音の金遣いの荒さを、自分はまだ全然理解していなかったらしい。「とりあえず、中に入って」天音は月子に会えて心底嬉しそうだった。以前はあんなに気に食わなかったのに、今では月子のすべてが魅力的に見えて仕方がないのだ。それは自分でもこの変化が信じられないほどだった。だが、その時彼女は何かに気づいた。天音はいきなり月子の腕を掴むと、その顔をぐっと近づけてきた。「ここ、虫にでも刺されたの?」月子