Mag-log in「ほら、このカード、昨日の夜にあの人から渡されたの。私はずっと、あの人は私に本気じゃないと思ってた。でもまさか......ここまでしてくれるなんて」絃葉の笑顔は、ますます明るくなった。「景の友達なら、悪い人のはずがないわ。私は景の人柄を信じているし、彼が付き合っている友達の人柄も信じてる」「いいなあ。じゃあ私も信じてみようかな」悠は頬杖をつき、幸せそうに頬を緩めた。「そうだ。ねえ、一緒に母親になるんだから、いっそのこと結婚式も一緒に挙げない?絃葉と同じ日にウエディングドレスを着て、一緒に花嫁になりたいな」絃葉はうなずいた。「いいわね。それも昔からの私たちの夢だったでしょう?一緒に花嫁になって、一緒に母親になる。将来、一人が男の子でもう一人が女の子だったら、大きくなってお互いを好きになり、そのまま結婚してくれたら素敵じゃない?」悠の表情は、ますます期待と喜びに満ちた。「それ、いいかも!今は一緒に母親になって、将来は親戚同士になれるなんて......!ふふっ」悠は少し物思いに沈んだ口調で、声を落とした。「ねえ、正直に答えて。5年前の絃葉に、今の生活が想像できた?あの頃、泣きながら私に電話してきたことを今でも覚えてるよ。電話越しに絃葉のつらい話を聞いて、私まで胸が張り裂けそうだった」絃葉は過去を思い返した。今ではもう、はるか昔のぼんやりとした出来事のように感じられ、不思議な気持ちになった。「想像できなかった、かな。あの頃の私は、長く一緒にいれば、自然と気持ちは冷めていく......それが結婚というものだと思い込んでいた。でも今になって分かった。全然違ったの。結婚だって、愛の始まりになれる。正しい相手と出会えさえすれば」「そうだね」悠はうなずいた。「昔の私も、ずっと結婚しない主義だった。女性は結婚なんかに縛られるべきじゃないと思っていたの。でも少しずつ、それも違うと気づいた。20歳の頃の私たちに、その先の人生すべての生き方を決めることなんてできない。大切なのは自分の心に従うことであって、結婚するかしないかのどちらかで、未来を最初から決めつけることじゃないのよね」「そうね。今は結婚しないほうがいいと思うなら、そうすればいい。今、落ち着いて家庭を持ちたいと思うなら、結婚すればいい。結婚することも、し
絃葉と景はその光景を見つめ、心から安堵したように顔を見合わせた。喉元までせり上がっていた不安が、ようやく消えていった。あとは二人に任せればいい。景は絃葉を連れ、軽やかな足取りでその場をあとにした。帰り道、絃葉は景に尋ねた。「さっきの質問、江越さんにもしたの?」景はうなずいた。「ああ。あいつの答えも彼女と同じだった。実は湊も、ずっと前から彼女と将来を考えたいと思っていたらしい。ただ、彼女の態度がいつも曖昧だったんだ」絃葉は笑った。「やっぱり、気持ちは正直に伝え合わないと駄目ね。そうしないと、ちょっとしたすれ違いで縁を逃してしまうもの」それを聞いた景は、彼女を腕の中へ抱き寄せた。「だから、俺たちの付き合い方が一番いい。言いたいことはいつも率直に伝えてる」「うん、そうね」互いの気持ちが通じ合えば、あとは自然とうまく進んでいく。湊の行動も早かった。翌日には、恋人が妊娠したことを両親へ伝えた。湊は一人息子で、景より3歳年上だった。これまでにも多くの女性と交際してきたが、結局、誰とも本気で身を固めることはなかった。しかし今回、悠の写真を家族に見せると、両親は彼女のすらりとした華やかな姿を大いに気に入った。そしてすぐに、悠を家へ連れてくるよう湊に求めた。悠の気持ちは、たちまち大きく変わった。彼女は待ちきれない様子で絃葉を食事に誘い、二人は焼肉店で落ち合った。親友同士で同じ時期に妊娠し、ともに結婚することは、幼い頃からの二人の夢だった。まさか今、その夢が本当にかない、しかも親友同士である二人の男性へ、それぞれ嫁ぐことになるとは思ってもみなかった。焼肉店で、悠は上品なナチュラルメイクを施していた。アイボリーのかぎ針編みニットにスキニージーンズ、厚底のダッドスニーカーを合わせ、白黒のニット帽をかぶっている。その姿は病院にいたときとは比べものにならないほど、明るく生き生きとしていた。絃葉は、週末に多磨城へ戻り、両家へ正式な挨拶をしたことを悠に話した。悠も、江越家を訪ねたときのことを語った。彼女はしみじみとつぶやいた。「ようやく長い夜が明けたって感じ。3日前まで、人生が真っ暗に思えて、もう中絶する覚悟まで決めていたの。それが3日後には、結婚の話を進めているなんてね。あのね
絃葉は悠の肩に手を添え、混乱している気持ちを整理させようとした。「とりあえず落ち着いて、悠。今からいくつか質問するから、正直に答えてね」悠はうなずいた。「分かった」「悠は、江越さんのことを愛してる?一言だけで答えて」悠は数秒間黙り込んだあと、うなずいた。「うん」絃葉はさらに尋ねた。「おなかの子は、間違いなく江越さんの子なの?ほかには何もなかった?」悠はうなずいた。「うん」「もしその彼が責任を取ると言って、悠と結婚するために自分からプロポーズしてくれたら、赤ちゃんを産んで、彼と結婚する?」悠はためらい、苦笑を浮かべた。「あの人が責任を取るはずないわ。最初から、本当の意味で私と一緒になるつもりなんてなかったもの」絃葉は悠の目をまっすぐに見つめた。「するか、しないか。それだけ答えて」今度の悠には、迷いがなかった。「する」絃葉は再び尋ねた。「じゃあ、母親になる覚悟はできている?」悠は数秒間呆然としたあと、無意識に下腹部へそっと手を置いた。その顔には、思わず幸せそうな表情が浮かんだ。「できてる、けど......」絃葉は彼女の口を手でふさぎ、首を横に振った。「『けど』はなしよ。気づいていないの?悠の心は、もうはっきりと答えを出しているじゃない」悠は言葉を失った。実は絃葉は最初から、景との通話をつないだままにしていた。悠の答えは一言残らず、湊の耳にもはっきりと届いていた。これは病院へ向かう途中、絃葉が思いついた方法だった。絃葉と景は以前から、二人が決して互いに想い合っていないわけではないと気づいていた。ただ、曖昧な関係を長く続けてきたせいで、二人の気持ちが絡まり合っていたのだ。誰かが整理する手助けをしなければ、自分たちの本心に気づけない状態だった。すべてを聞き終えた湊の顔には、抑えきれない喜びの笑みが浮かんでいた。景は何も問いたださず、余計なことも言わなかった。ただ彼の肩をたたいた。「やるべきことは分かったか?」湊はうなずいた。そこにはもう、一片の迷いもなかった。彼はまっすぐ悠のもとへ歩いていった。その前にしゃがみ込み、冷え切った彼女の手を握ると、これまでにないほど揺るぎない口調で言った。「悠ちゃん、ずっと言えなかったことがあ
絃葉は電話を切ったが、その顔は紙のように青ざめていた。異変に気づいた景は彼女の手を握り、その体をすっぽりと腕の中に包み込んだ。「悠さんに何があった?」絃葉の声はかすかに震えていた。「私と同じで、妊娠したの。でも今は病院にいる。最近はあまり連絡を取っていなかったから、彼女と江越さんの間に何があったのか、私には分からない。だけど、子どもを諦める決断までしたということは、きっと深く傷つけられたんだと思う」それを聞いた景は、迷うことなくスマホを取り出した。「俺から湊に事情を聞く。もし本当にあいつが悠さんを裏切ったのなら、俺が悠さんのためにきっちり責任を取らせる」景の落ち着いた口調を聞き、絃葉の心も少し安らいだ。彼女もスマホを取り出し、悠にもう一度メッセージを送って励ました。そして、自分が戻るまでは必ず待ち、何も決めないよう念を押した。同時に運転手には、安全を確保できる範囲で、できるだけ急いでほしいと頼んだ。景が湊に電話をかけると、すぐにつながった。「あれ?お前から電話してくるなんて珍しいな。どうした、そろそろ祝いの食事でもおごってくれるのか?」景は厳しい口調で尋ねた。「細谷悠が妊娠していること、知ってるのか?」電話の向こうで、何かが床に落ちる音がした。ひとしきり物音が続いたあと、驚愕した湊の声が再び聞こえてきた。「そんなはずが......彼女とは少し前に別れたんだ。それ、本当なのか?」景は眉をひそめた。「自分の子どもではないと言いたいのか?」「違う、そうじゃない!」湊は慌てて説明した。「俺は何も知らない。彼女からは何も聞かされていない。彼女今、どこにいる?」「海城市立病院だ」湊は数秒間、黙り込んだ。「今すぐ行く」「待て」景の口調は、さらに厳しいものになった。「先に答えろ。その子どもに対して責任を取るつもりはあるのか?」湊は一瞬ためらった。「......ちゃんと取るに決まってる!今すぐ彼女のところへ行くから」電話はすぐに切れた。景は絃葉へ顔を向け、その手に自分の手をそっと重ねた。「安心しろ。湊は責任から逃げるような男じゃない。ちゃんと彼女と向き合うはずだ」絃葉はうなずいたが、胸の中の不安は完全には消えなかった。今はただ、一刻も早く悠のもとへ駆けつ
本当に、どこまでも思いやりのある人だ。何をするにも、いつも彼女より先に考えてくれる。絃葉は少しも頭を悩ませる必要がない。しかも、すべてにおいて彼女の気持ちが最優先されていた。絃葉は口元をほころばせ、思わず景の胸に寄りかかった。どんなときも守られているという安心感と、揺るぎない信頼感。これまでの彼女が、一度も味わったことのないものだった。景が正式に西尾家を訪れたあと、絃葉も祖父の手配に従い、心を込めた贈答品を携えて築山家へ正式な挨拶に出向いた。静代は彼女が訪ねてきたことを快く思っておらず、最初から最後まで不機嫌な顔をしていた。しかし重久をはじめ、ほかの者たちは皆、絃葉を非常に温かく迎えた。絃葉は気に留めなかった。どうせこれらは、けじめとして必要な挨拶と手続きにすぎない。少し面倒ではあったが、何もしなければあまりに軽々しく見えてしまうため、彼女もすべて慣例に従った。築山家はこの縁談を重んじていることを示すため、家で食事会を開くのではなく、多磨城で最も格式の高いホテルに席を設け、晩餐会を催した。両家は仲人役も招き、その立ち会いのもとで、正式な婚約の日取りと結婚式の日取りを決めた。景の基本的な考えは、絃葉に与えるべき敬意も、人生の節目にふさわしい特別感も、一つ残らず十分に用意するというものだった。だが同時に、何よりも大切にしていたのは、絃葉に負担をかけないことだった。だから景は、何も考えず、何一つ心配しなくていいと彼女に伝えた。絃葉はただ静かに、その日を楽しみに待っていればいい。景が王子様のように迎えに現れ、生涯で最大の誠意と、偽りのない真心を携え、結納から婚礼まで正式な手順を一つ一つ踏み、盛大に彼女を花嫁として迎えるその日を。一生に一度しかない結婚式だ。景は、あらゆる形で絃葉をどれほど大切に思っているか、彼女自身に感じてもらいたかった。絃葉は、ますます強く感じるようになっていた。家で二人きりで過ごしているときの景は、日に日に甘えん坊になっていく。まるで幼い子どものように、際限なく彼女を頼り、そばを離れようとせず、いつもキスをしたり、抱き締めたり、抱き上げたりしたがる。しかし人生を左右するような大切な場面では、逆に絃葉のほうが、世間のことを何も知らない子どものようになっていた。た
依子は驚愕して顔色を変えた。彼女はとっくに、この屋敷の女主人になったつもりでいたからだ。長く暮らしているうちに、祐一郎とは事実上の夫婦になったと思い込んでいた。もっとも、祐一郎が彼女と同じ部屋で寝たことは一度もなかった。だが依子からすれば、祐一郎は長年独身を貫き、自分もすでに夫を亡くしている。しかも二人の間には、健二という共通の息子までいた。ならば当然、老後をともにする相手だと思っていたのだ。まさか祐一郎がここまで容赦なく、はっきりと出ていくよう命じるとは思ってもみなかった。依子の顔はたちまちひどくこわばった。気まずそうに箸を置くと、悔しさと悲しさで目に涙を浮かべた。「私がここに残ったのは、お世話をしたかっただけで。私は――」しかし祐一郎は首を横に振った。「私は長年一人で暮らしてきた。一人の生活にはもう慣れている。誰かがそばにいると、かえって落ち着かない。それに、私の身の回りを世話する者なら十分にいる」依子は唇を強くかみ締めた。それでもまだ諦めきれずに言った。「分かりました。戻るのは構いません。ただ......祐一郎さんに世話が必要なくても、健二の二人の子どもはまだ小さく、誰かの手助けが必要な時期です」健二がすぐに話を引き取った。「そうだよ、父さん。二人とも母さんに育ててもらったようなものだし、普段からおばあちゃんに懐いている。この屋敷には部屋も十分に余っているんだから、いっそ――」祐一郎は健二をちらりと見た。その目には複雑な感情が浮かんでいた。「それなら、お前たちも母親と一緒に出ていけばいい。私は静かな暮らしに慣れている。たまに顔を見せに来るだけで十分だ」リビングは一瞬にして静まり返った。亜由美はすぐに健二の腕を引き、それ以上話さないよう合図した。絃葉はその光景を見つめ、胸が晴れるような思いだった。先ほどの景の言葉が、祖父の心にあった不安を完全に取り除いたのだと分かったからだ。祖父は、健二を息子として心から受け入れていたわけではなかった。ただ、西尾家を継ぐ者がいないという焦りから、最後の頼みの綱として、彼をつなぎ留めようとしていただけなのだ。しかし、このところの健二の振る舞いも、世間からの評判も、期待とは程遠いものだった。若い頃の祐一郎とは、あまりにもかけ離れている。きっと祖父
凪杜は深く息を吸い、胸の中の重苦しさを押し殺してから、絃葉の隣に横になった。「会社がどんどん大きくなって、俺もますます忙しくなった。君に構う時間すら取れなくなって......」声は低く、どこか作られたような優しさを帯びている。「絃葉、何か欲しいものはあるか?何でもいい。何か罪滅ぼしをさせてくれ」家、車、宝石、バッグ――普通の女性が欲しがるものは、だいたいそのあたりだろう。けれど、それらは絃葉にとって生まれた時から当たり前にあるものだった。何一つ、欲しいとは思わない。彼女が欲しかったのは、ただ一つ――彼の心。なのに、その心はとっくに別の誰かに与えられていた。
凪杜は彼女の視線を避け、再び口調を和らげた。「子どもが何をわかる。いちいち気にするな」その言葉に滲む無意識の肩入れは、まるで強烈な平手打ちのように絃葉の頬を打った。これまで何度、その偏りに気づかないふりをしてきたのだろう。――今になって、自分の鈍さが情けない。彼女はため息のように、かすかな声で言った。「......正直に答えて、凪杜。あなた、まだ私を愛しているの?」その瞬間、凪杜の胸が大きく揺れた。彼は彼女を強く抱き寄せ、顎を彼女の髪に押し当てる。「もちろんだよ!」声は即座に返ってきた。「また変なこと考えてるのか?俺が絃葉のことを、ずっと愛してるに決
家の寝室に戻ると――絃葉は、全身の骨の隙間にまで冷気が染み込むような感覚に襲われ、立っているのもやっとだった。残されたわずかな力を振り絞り、震える手で長らく封じていた引き出しの鍵を回す。引き出しが開いた瞬間、中に詰め込まれていた「記憶」が一気に溢れ出した。ハート型の小石。色あせたポストカード。古いレコード。凪杜が不器用に磨いた銀のチェーン――そして、リボンで束ねられた手紙の束。かつて彼が彼女に書いた「ラブレター」だった。どれも、かつては宝物のように大切にしていたもの。だが、数日前に自分の目で見たすべてが、それらの思い出を虚しく、安っぽいものへと変えて
「......?」絃葉はぼんやりとした目で顔を上げる。視界の中には、端正な顔立ちでスーツを着た若い男が立っていた。その背後には、長身で引き締まった体格の男。スーツを羽織り、帽子の影で顔は見えないが、圧倒的な存在感を放っている。――ただ者じゃない。絃葉は周囲を見回す。自分は隅にしゃがみ込んでいたつもりだったのに、気づけば駐車場の入り口にいた。「すみません......」反射的に謝って立ち上がり、道を譲ろうとしたその時、強い立ちくらみが襲い、身体がぐらりと傾いた。倒れかけた彼女を、力強い腕が素早く受け止め、そのまま抱きとめる。目を開けようとするが、激しい眩