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第3章

last update publish date: 2026-09-13 08:10:32

あの夜、私はほとんど眠れなかった。

ほんの数分だけ目を閉じることができても、同じ光景が何度も蘇ってきた。

ジュリアン……ヴァネッサの腕の中にいるジュリアン。

二人の視線。

二人の笑顔。

そして、絡み合う手。

私はそのたびに、驚いて目を覚ました。

目覚ましが鳴ったとき、私はすでに目を覚ましていた。

しばらくベッドに横たわったまま、天井を見つめていた。

このまま布団の中に隠れて、世界中のすべてを忘れてしまいたい。

そんな気持ちもあった。

けれど、それでは何も変わらないと分かっていた。

前に進まなければならない。

たとえ、それが痛くても。

私はゆっくりと起き上がり、シャワーを浴びた。

冷たい水を顔に当てながら、いつもより少し長くそのまま立っていた。

この水が、悲しみまで一緒に洗い流してくれればいいのに。

鏡に映った自分を見て、私は小さくため息をついた。

目はまだ赤く、少し腫れていた。

私はメイク道具を取り出し、長すぎた夜の痕跡をできる限り隠した。

それから、シンプルで上品なベージュのスーツに着替えた。

髪を低い位置でまとめ、バッグを手に取る。

アパートを出る直前、私はドアノブに手を置いた。

「今日から……新しい人生を始めるのよ、マリー」

自分を励ますように、私は小さく呟いた。

そして、外へ出た。

---

三十分後、タクシーはTerry Groupの本社前で停まった。

私はゆっくりと顔を上げた。

その建物は圧倒的だった。

巨大なガラス張りの外壁が、朝の光を受けて輝いている。

社員たちは皆、迷いのない足取りで出入りしていた。

電話で話している人もいれば、手にブリーフケースを持っている人もいる。

私は数秒間、その場に立ち尽くした。

こんなにも名の知れた会社に来るのは初めてだった。

「お嬢さん、大丈夫ですか?」

運転手が声をかけてきた。

私は小さく笑った。

「はい……ありがとうございます」

料金を支払い、車を降りた。

自動ドアの前で、私は深く息を吸い込んだ。

大丈夫。

私ならできる。

受付では、上品な制服を着た若い女性が顔を上げた。

「おはようございます」

「おはようございます。マリー・ローズと申します。本日、面接のお約束をしています」

受付嬢はすぐにパソコンを確認し、それから再び笑顔を向けた。

「はい、ローズ様。テリー様がお待ちです。二十五階へお上がりください」

「ありがとうございます」

私はエレベーターに乗り込んだ。

階数を示す数字が次々と変わるたびに、心臓の鼓動がどんどん速くなっていった。

扉が開くと、すぐに一人の金髪の女性が近づいてきた。

「こんにちは。クラーク・テリーのエグゼクティブアシスタント、オリビア・カーターです」

彼女は手を差し出した。

「お会いできてうれしいです」

「こちらこそ、よろしくお願いします」

彼女の温かい笑顔のおかげで、少しだけ緊張が和らいだ。

「こちらへどうぞ」

私は彼女の後について廊下を歩いた。

廊下は広く、明るく、隅々まで完璧に整えられていた。

社員たちはそれぞれの仕事に集中しながら、オフィスの間を行き来している。

聞こえてくるのは、キーボードを叩く音と、時折聞こえる小さな話し声だけだった。

すべてがプロフェッショナルな雰囲気に包まれていた。

やがて、オリビアが大きな黒い木製の扉の前で足を止めた。

彼女は少しだけ私を振り返った。

「テリー様がお会いになります」

私は密かに、汗ばんだ手をスラックスで拭った。

「ありがとうございます」

オリビアが二度、扉をノックした。

すぐに、低く落ち着いた声が中から返ってきた。

「入れ」

彼女は扉を開け、私が入れるように横へ移動した。

私は社長室へ足を踏み入れた。

広大な部屋だった。

大きな窓からは、街全体を見渡せる素晴らしい景色が広がっていた。

家具は現代的で、上品でありながら落ち着いた雰囲気を漂わせている。

その奥。

重厚なダークウッドのデスクの向こうに、一人の男性が座っていた。

完璧に仕立てられた黒いスーツを身につけている。

彼は書類を見ながら、集中していた。

私を見ることもなく、目の前の椅子を指した。

「座って」

その声は静かで、低く……そして、どこか威圧感があった。

私は何も言わずに椅子へ腰を下ろした。

数秒後、彼は書類を閉じ、ようやく顔を上げた。

視線がぶつかった。

私は動けなくなった。

目の前の男性からは、自然と人を圧倒するような自信が感じられた。

真剣な顔。

ほとんど感情を見せない表情。

暗い瞳は、まるですべてを細かく分析しているようだった。

それなのに、彼が何を考えているのかは少しも読み取れない。

大声を出す必要などない。

そこにいるだけで、相手に敬意を抱かせるような人物だった。

彼は私の履歴書を手に取った。

「マリー・ローズ」

「はい、テリーさん」

彼はわずかにうなずいた。

「君の経歴は興味深い」

「ありがとうございます」

彼はそれ以上何も言わず、再び履歴書に目を落とした。

部屋は再び静寂に包まれた。

私は自分の心臓の鼓動まで聞こえてしまいそうだった。

やがて、彼は書類を机の上に置いた。

「では聞こう。なぜ前の仕事を辞めたい?」

私は反射的に目を伏せた。

昨日起きたことを、この人に話すことなんてできない。

私はゆっくりと息を吸った。

「ただ……もう一度、最初からやり直したいんです」

彼はすぐには答えなかった。

視線が私に向けられているのを感じた。

まるで、私の言葉の裏に隠されたものまで見つけようとしているかのようだった。

数秒後、彼は静かに書類を閉じた。

「私は、正直な人間を評価する」

胸の奥がきゅっと締まった。

もしかして、彼は私が何かを隠していることに気づいたのだろうか。

私が答えようと口を開いた、そのときだった。

コンコン。

誰かが扉をノックした。

許可を待つことなく、一人の若い男性がそのまま部屋へ入ってきた。

「クラーク叔父さん……」

その声を聞いた瞬間、私は気づいた。

聞き間違えるはずがない。

私の心臓が、一瞬止まった。

ジュリアン。

彼は私が叔父の向かいに座っているのを見た瞬間、その場で動きを止めた。

表情が一気に変わる。

「マリー・ローズ……どうしてここに?」

私は言葉を失った。

そして、ゆっくりとデスクの向こうに座る男性へ視線を向けた。

クラーク・テリー。

この人が……。

ジュリアンの叔父。

クラークは甥と私を交互に見た。

そして、何かに気づいたかのように、わずかに目を細めた。

部屋を重苦しい沈黙が包み込んだ。

そして、なぜなのか分からなかった。

けれど私は、この出会いが私の人生を永遠に変えようとしている。

そんな予感を覚えていた。

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