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第2章

last update publish date: 2026-09-13 08:08:26

タクシーは私の住むマンションの前で停まった。

私は数秒間、動くことができなかった。バッグを強く胸に抱きしめたまま、窓の外を見つめていた。

街の明かりはまだ輝いていた。

けれど、私の視線はその光を通り抜け、何も見ていなかった。

運転手が私のほうを振り返った。

「お嬢さん……到着しましたよ」

私は長い悪夢から目を覚ましたかのように、少しだけ身体を震わせた。

「ありがとうございます……」

料金を支払い、私はタクシーを降りた。

夜の冷たい空気が頬を撫でた。

けれど、胸を締めつける痛みを和らげることはできなかった。

私は自分の部屋のドアを開けた。

中に入った瞬間、玄関にバッグを落とした。

もう足に力が入らなかった。

私はゆっくりと壁に背を預け、そのまま床へ滑り落ちた。

そして、その瞬間。

私は完全に崩れ落ちた。

一晩中ずっとこらえていた涙が、ついに溢れ出した。

私は声を上げて泣いた。

失ったばかりの三年間の愛のために。

心を捧げた男のために。

そして、親友だと思っていた女性のために。

どちらに一番傷つけられたのか、自分でも分からなかった。

静まり返った部屋に、突然、携帯電話の振動音が響いた。

私は画面を見た。

エマ・コリンズ。

電話に出る気力などなかった。

しばらくすると、着信は止まった。

けれど、数秒後。

また鳴り始めた。

一度。

そして、もう一度。

四回目の着信で、私は震える手でようやく電話に出た。

「マリー? どこにいるの?」

エマの声には、強い心配が滲んでいた。

私は口を開いた。

けれど、声が出なかった。

「マリー……お願い、答えて。何があったの?」

その瞬間、それまで必死に保っていた心の壁がすべて崩れ落ちた。

私は泣き出した。

エマは数秒間、何も言わなかった。

電話の向こうから、彼女の呼吸だけが聞こえていた。

やがて、彼女は強い口調で、それでも限りなく優しい声で言った。

「そこから動かないで。今から行くから」

私の返事を待つことなく、彼女は電話を切った。

---

それから三十分もしないうちに、玄関を叩く音がした。

私は立ち上がることさえできなかった。

すると、エマがすでに部屋の中へ入ってきた。

壁にもたれ、赤く腫れた目で涙に濡れた顔をしている私を見た瞬間、彼女の表情が一変した。

何か重大なことが起きたのだと、すぐに察したのだろう。

何も聞かず、彼女は私の前に膝をついた。

「ジュリアン?」

私はゆっくりとうなずいた。

喉が締めつけられて、ほとんど言葉が出てこなかった。

「彼……私を裏切ってた……」

エマが動きを止めた。

「え……?」

私は視線を落とした。

「ヴァネッサと……」

彼女の目が大きく見開かれた。

「ヴァネッサ・ムーア?」

私は小さくうなずいた。

エマは完全にショックを受けたように、口元を手で覆った。

「あの子……。まさか、あなたにこんなことをするなんて……信じられない」

私は何も答えなかった。

もう何も言う力が残っていなかった。

エマはそっと私を抱きしめた。

私は抵抗しなかった。

その温かい腕に包まれると、ほんの少しだけ心が落ち着いた。

彼女は何分もの間、何も言わなかった。

私を止めようともせず、ただ肩を貸してくれた。

私は彼女の肩で泣き続けた。

やがて、私のすすり泣きが少しずつ落ち着くと、エマは立ち上がった。

キッチンへ向かい、グラスに水を入れて戻ってくる。

「少し飲んで」

私は震える手でグラスを受け取り、何口か水を飲んだ。

エマは私の隣に座った。

「大丈夫よ、マリー。あなたなら乗り越えられる」

私は悲しそうに笑った。

「人生が全部、崩れ落ちたような気がする……」

エマは静かに首を横に振った。

「違うわ」

彼女は私の手に自分の手を重ね、指を絡めた。

「崩れたのは、あなたが信じていた嘘よ。あなた自身は、まだここにいる。それに、あなたの人生はジュリアンと一緒に終わるわけじゃない」

その言葉が、冷え切っていた私の心を少しだけ温めてくれた。

あの最悪の夜が始まってから初めて、私は少しだけ落ち着いて息をすることができた。

エマはしばらく黙っていた。

それから、再び口を開いた。

けれど、その表情には迷いがあった。

「実は……あなたに話したいことがあるの」

私は顔を上げた。

「何?」

「ある会社が個人秘書を探しているの。すごく条件のいい仕事で、お給料もかなり良いわ」

私はすぐに首を横に振った。

「エマ……今の私、まともに考えることすらできないのよ。面接なんて無理……」

エマは励ますように微笑み、私の言葉を遮った。

「失うものなんて何もないでしょ?」

彼女はバッグを開け、上品な名刺を一枚取り出した。

そして、それを私の手のひらに置いた。

私は視線を落とした。

Terry Group.

その名前を見た瞬間、胸が締めつけられた。

私はすぐに名刺を返したくなった。

「無理……。そんなの、できない」

エマが眉をひそめた。

「どうして?」

私は彼女の目を見つめた。

「もう、あの家族とは一切関わりたくないの」

エマは小さく息を吐いてから、落ち着いた声で言った。

「よく聞いて、マリー。ジュリアンにこれからもあなたの未来を支配させちゃ駄目よ。この仕事は彼のためじゃない。あなた自身のためのチャンスなの」

私は黙り込んだ。

彼女の言う通りだった。

ジュリアンと同じ姓を持つという理由だけでこの仕事を断ったら、それは彼がまだ私の人生を支配しているということになる。

私は、そんな勝利を彼に与えたくなかった。

私は深く息を吸い込んだ。

そして、もう一度名刺を見つめた。

今度は、それをバッグの中にしまった。

「面接はいつ?」

エマの顔が一気に明るくなった。

「明日の朝。九時よ」

私は驚いて顔を上げた。

「明日?」

彼女は小さく笑いながらうなずいた。

「そう。あなたならできるって、私は分かってる」

私は長いため息をついた。

どうやら運命は、私に休む時間さえ与えるつもりはないらしい。

Terry Groupの扉の向こうで何が待っているのか、私は何も知らなかった。

そして、この小さな決断が私の人生を永遠に変えることになるなんて、まだ想像もしていなかった。

なぜなら翌日、私は一人の男と出会うことになるから。

圧倒的な権力を持ちながら、どこか謎めいた男。

クラーク・テリー。

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