私は初めてバラルデール帝国領に入った。
バラルデール帝国は馬車に乗りっぱなしで、マルキテーズ王国から2ヶ月以上も掛かる。
私はマルキテーズ王国の周辺諸国については、勉強したが帝国については知らないことが多い。
父も、今回の縁談がなければ、遠いバラルデール帝国まで手を伸ばそうとは思わなかっただろう。
馬車の外に見える風景が、目新しい。
夕暮れで暗くなり始めているのに、街灯が付いていて街中には沢山の人が行き交っている。
犬のモモだった前世の記憶を思い出してから、自分が人間であることに幸せを感じる。 目に映る全ての人たちと関わってみたいという好奇心が抑えきれそうにない。(初めての友人ができたりして⋯⋯)
「ルミナ⋯⋯素敵ね、親が子供の手を繋いで歩いているわ。夕暮れのお散歩は空の色が移り変わって行くから楽しいでしょうね」
ルイとお母さんが手を繋いで私に会いに来てくれた日を思い出した。
ルイのご両親は彼にとっては悪い人ではない。
ただ、犬だった私のことを家族とは思っていなかっただけだ。「姫様、ルミナは最期の時まで姫様と共にいます」
私の様子がいつもと違って、ルミナを不安にさせたようだ。
確かに私は生きる喜びを忘れて、マルテキーズ王家の為に動く道具だった。 風景はいつも白黒で、何も楽しいことなど何もなかった。令嬢たちとのお茶会も楽しめず、王家の邪魔になる人間を引き摺り下ろすネタを掴んだ時だけ心が踊った。
馬車が止まり扉を開けると、そこには見たこともない程の沢山の花々に囲まれた皇宮が見えた。花の香りが優しく私の鼻を擽り、私は思わず馬車を飛び降りた。
「素敵⋯⋯ここが私の新しいお家なのね⋯⋯」
思わず漏れた言葉に、レイ・サンダース卿がエスコートしようとした手を引っ込めた。
手を差し出してくれてたのに、美しい世界に惹かれて気が付かなかった。
「お前が、モニカ・マルテキーズだな」
低く重い声、肩までつきそうな黒髪にエメラルドグリーンの瞳が鋭く光る美しい獣のような男。
一目で彼が特別な存在の男だと分かった。
この帝国の若き君主アレキサンダー・バラルデールだ。
確か私より歳は3歳年上で、大人の色気というか雰囲気のある方だ。
流石は帝国の皇帝と言ったところで威圧感があり、私は少し緊張した。若くして彼が皇位を継いだのは、先の皇帝である彼の父親アルガルデ・バラルデールが突然死なさったからだ。
女嫌いと噂される彼も皇位を継いだことで、お世継ぎを望まれたのだろう。そこで、お声がかかったのが私だ。
「アレキサンダー・バラルデール皇帝陛下に、モニカ・マルテキーズがお目にかかります。本日からよろしくお願いします」
「美しいとの評判だったが、どこにでもいそうな女だな」
私を睨みつけると、アレキサンダー皇帝はスタスタと皇城に向かった。冷たい方だと聞いていたが噂は当てにならない。
陛下は、わざわざ私を迎えに来てくれた優しい方だ。女神のように美しいと誰もが言う私の事を、どこにでもいそうな女だと言ってくれて親しみを持ってくれている。
犬としての記憶が蘇ってから、何もかもがキラキラして見える。
確かに犬だった時の私は、人間のしてくれる事にいつも感謝ができていた。 王女として育ち、かなり傲慢になり過ぎていた気がする。「陛下、私のことはモモと呼んでください。短くて呼びやすいでしょうし⋯⋯」
「そのような、おかしな名前では呼ばん。それから、結婚式もする予定はない。とりあえず貴族どもが煩いから黙らせる為に皇妃を娶っただけだ」
私自身、陛下が「モモ」と呼んでくれるとは期待していなかった。
ただ、犬であった時の謙虚さを忘れないように主人になる彼には「モモ」と呼んで欲しかっただけだ。
「房事は月に1回で、1回目が今晩だ。準備しておけ」
「はい。分かりました。陛下⋯⋯」いわゆる初夜が今晩ということで、私は緊張してきてしまった。
もう、夜遅いので食事を取って入浴を済ませ次第、陛下をお待ちすることになった。
どうやらアレキサンダー皇帝とは別々に食事を取るらしい。食事のサーブは若草色の短い髪に憂いを帯びた薄茶色の瞳をしたメイドがしてくれた。
彼女は体がガッチリしていて、メイド服が八切れそうだ。
膝下に覗いでいる足も、筋肉質で思わず見入ってしまった。 彼女からは女性らしくない鉄のような匂いがする。 (失礼だから尋ねられないけれど、女性よね⋯⋯) 「あれ? この食事は何か草のようなもので味付けしていますか?」 私は出された白身魚のマヒマヒを食べながら、サーブしてくれたメイドに尋ねた。「いえ⋯⋯モニカ様がどのようなものを好まれるか分からないので、シェフは特別な味付けはしていないと申しておりました」
私は彼女の声が見た目からは想像できない高い女性の声で安心した。
メイドは私から目を逸らしながら呟く。
味はほとんど素材の味だが、なんだか草の匂いがするのだ。「そのような困った顔をしないで。私は美味しいと伝えたかったのよ」
「そうですか⋯⋯」先程のメイドは、食事のサーブだけでなく私の入浴の手伝いもしようとしてきた。
「私、マルキテーズ王国から、専属のメイドを連れてきているのだけれど彼女はどこに行ったのかしら?」
「すみません、私の方では分かりかねます。私が、今日から専属メイドを務めさせて頂きます。クレアと申します」
ここに来てから、ルミナともレイ・サンダース卿とも引き離されてしまっている。
クレアはやり過ぎなくらい、丁寧に私の体を洗った。 少し彼女の手の力が強過ぎて、「痛いです⋯⋯」と呟いたら触れるか触れないかの力に弱めてくれた。 (腕もムキムキなのね⋯⋯働き者なのかしら⋯⋯)「えっ? ちょっと、そんなところまで洗うのですか?」
「お体に何か隠されていないか、確認しなければならないので」私からまた目を逸らして、体を洗うクレアに申し訳ない気持ちになった。
彼女だって頼まれて仕方なく、他人の洗いたくない箇所まで手を突っ込まされている。
まるで、囚人のような扱いを私にしなければならなくて気まずいのだろう。
そのような事をされてしまうのは、私がマルテキーズ王国の姫で陛下を害する可能性があると疑われているからだ。
実際、私は犬としての記憶が蘇らなければ、陛下の命を狙っていた。
クレアが私の体に香油を塗ろうとしてきたので、私は手で制した。
「ごめんなさい。体に匂いがまとわりつくのが苦手なので何も塗らないでいただけますか?」
私の嗅覚は相当敏感になっていた。
クレアは無言で香油の蓋を閉めた。「クレア、丁寧な仕事をしてくれて、ありがとうございます」
私がお礼を言うと、彼女は俯いてしまった。「モニカ様、こちらのお部屋で陛下がいらっしゃるまでお待ちください」
「ここが、私の部屋なの? 凄く素敵ね。絨毯の刺繍も細かいわ。職人の腕が良いのね」 クレアに案内された寝室は、私がマルテキーズ帝国で使ってた部屋の3倍くらい広かった。「⋯⋯モニカ・マルテキーズ様ですよね?」
「そうですわ。もう、私の名前覚えてくれたのですね。嬉しいですクレア」 「私の名前も覚えて頂きありがとうございます」 クレアが少し照れ笑いをしながら、お辞儀をした。(よかった、少し彼女も私に打ち解けてくれたのかも⋯⋯)
私は目を瞑ってフカフカのベッドにゴロリと転がった。
「ベッドもふかふか、ネグリジェーもさらさら」
私は夢にまで見た人間になったのに、今まで何をしていたのだろう。 森の中をひたすらに寒さに耐えながら歩いてルイの影を求めた日々を思えば、このようなな幸せな時が来るとは想像もしてなかった。「私は、本当に幸せだ⋯⋯」
そう呟いて目を開けると、私を見下ろすアレキサンダー皇帝と目があった。
(私の聴覚でも全く彼がいたのがわからなかった! この人、気配を完全に消せる)
スレラリ草の毒に侵されている状態だと聞いたが、突発的な熱と不妊以外は気にする必要がないだろう。 私は私のやるべき事をやるだけだ。 私は朝から、ずっと私と過ごそうとするアレクを引き剥がして部屋で今後の対策をしていた。 アレクは私がブームなのだろう。 本当に人間とはどこの世界でもトイプードル、パグ、チワワとブームによって可愛がるペットを変える。 私はそのようなブームさえもない雑種犬だった。 今は時の皇帝のブームになっているのだから、感謝して彼に尽くすべきだろう。 ノックの音と共に、見知らぬ令嬢がやってきた。侍従に連れられてきたその少女は茶色い短い髪と瞳をした割と地味な女の子だ。 彼女からは私への敵意を感じないので、不思議な感じがした。 「モニカ・マルテキーズ皇妃殿下に、リアナ・エンダールがお目にかかります」 「エンダール伯爵の娘さん。どうぞ、入って」 私の言葉に緊張しながら部屋に入ってくる彼女をみて、私の警戒心はとけていった。「皇妃殿下、しょ、処刑されてしまったジョ、ジョージ・プ、プルメル公子よりお手紙を預かってきました⋯⋯」 泣き出すリアナ嬢はジョージが本当に死んだと思っているのだろう。 明らかに手が震えていて、今、遺言を私に託すとばかりに手紙を渡してくる。「とにかく、そこに座ってくれる?」 リアナ嬢は嗚咽を耐えながらソファーに座った。 手紙の封を開けて私は思わずため息をついた。(ジョージ⋯⋯この手紙の危険性に気がつけないの?) ジョージは私の悩みを解決しようと、私と友人になれそうな令嬢を探してくれていたようだ。 マリリンとは関係がない私の助けになってくれそうな、令嬢や夫人たちがリストアップしてある。 プルメル一族の処刑の後に建国祭があって、私が準備をしなくてはいけない事を心配してくれていたようだ。 リアナ嬢はジョージとアカデミー時代の同期だったらしい。 彼女は見るからに貴族世界で揉まれてきたとは思えない純粋そ
「アレク、起きてください! 重いです」 私の昨日の高熱の原因はスレラリ草の毒だったらしい。 もう、子が望めないと皇宮医が言っているのを聞いて泣いてしまった。 アレクは私を抱きしめて寝てしまったようだが、非常に重い。「モモ、熱は下がったのか」 起きるなり、私の額に手を当ててくる彼は心底私を心配しているようだ。「はい⋯⋯それから、アレクが私に申し訳ないと思う必要はないです。毒を盛られる可能性に気がつけなかった私に落ち度があるのですから」 私はランサルト・マルテキーズの娘で、私に子が産まれたら自分にとって危険だと感じ毒を盛るのは想像できた。 普段の私だったら予想できる事が、犬の記憶が蘇ったことで主人に対する疑念より忠誠の心が勝っただけだ。 「そんなこと言わないでくれ! 俺が毒については絶対に何とかするから」 アレクが私をキツく抱きしめてくる。 彼自身も、毒を何とかできるとは期待できないだろう。 そのような事ができていたらタルシア前皇后は死んでいない。「アレク、それよりもスラーデン伯爵の問題に集中してください。あと、おそらくマルテキーズ王国がまた刺客を送ってくると思います。レイ・サンダース卿より厄介な、ルイーザ・サンダース卿を⋯⋯」 「ルイ! ルイが来るのか?」 ルイーザ・サンダース卿はレイ・サンダース卿の双子の妹だ。 私がルミナを返したので、メイドという設定で送り込まれてくるかもしれない。 (ルイって、なぜ愛称で呼んでるの?)「アレクはルイーザ・サンダース卿をご存知なのですか? 彼女は女性ということで油断されますが、レイ・サンダース卿と並び立つ暗殺術を持っています。本当に女好きなのですね⋯⋯命が狙われるかもしれないというのに⋯⋯」「えっ? ルイーザ? 女? 違う、俺は女は好きじゃない。誤解してないでくれ、モニカだけが好きなんだ!」 アレクの言葉は嘘じゃないだろう。 確かに彼の瞳からは私への好意を感じる。 ただ、その好意はやがて気まぐれのように終わる事を私が知っているだけ
モニカとカイザーが驚く程、仲良くなっていて驚いた。 カイザーがこれ程、気を許すのは珍しい。 モニカは優しそうに微笑んでいて本当に聖母のようだ。 俺の前では気まずそうに強張っている事が増えていたのに、出会った頃のように柔らかい表情をしている。 俺のことも名前で呼んで欲しいと言ったら、「アレク」と愛称で呼ばれて心臓が止まりそうになった。 今まで誰も俺を愛称で呼んだ人間はいない。 両親も俺を帝国の次期皇帝として見ていて、どこか距離をとって接していた。 彼女が歩みよってくれたのが嬉しくて、「モモ」と呼んでみたら嬉しそう微笑んでくれた。 3人で過ごしていると、カイザーが歳が離れているせいかまるで親子で散歩しているような気持ちになった。「カイザー、こんなところにカブトムシがいました。森に行かないと中々お目にかかれない方ですよ」 モニカが手の上に焦茶色の虫を乗せて、爛々とした表情をしている。「カブトムシという虫なんですね。汚くはないのですか?」「虫の王様です。アレクと同じですよ!」「あ、兄上と⋯⋯それは失礼致しました。」 俺はよくわからない虫と同格にされてしまった。 それでも、全然嫌じゃないのはモモがその虫を尊重しているからだ。 モモは不思議な女だ。 花や子供の前では、本当に屈託ない笑顔を見せる。 俺は花の名前を全く知ろうとしたことがなかったが、モモはとても詳しかった。 カイザーに花について説明している姿は、まるで子に新しい世界を見せたい母のようだった。(子供か⋯⋯モニカは本当にもう子供を持てないのか?) 俺はモモがもう逃げようとしていないと信用していた。 約束をしても守らないのは俺の方だった。 今までの彼女の行動を見ると、俺の方がずっと約束も守らず彼女を振り回して来たのだと反省した。 自分の行動を省みることなど、モモと出会わなければ一生なかったことだ。 俺はとにかくモモと一緒にいたくて、
陛下が犬のモモだった私を肯定してくれたようで嬉しくなった。「本当にお花が綺麗てすね。紫陽花、桔梗、ブーゲンビリアにサルビア⋯⋯陛下はどのお花が好きですか?」 「俺が好きなのはモニカだ。君は本当に花が好きなんだな」 どの花が好きか聞いたのに、私が好きだと返してくる陛下ははなに興味がなさそうだ。 花が好きになったのはルイのお母さんがきっかけだ。 私を捨てた方だけれど、ルイの事を心から愛してたのが犬の私から見てもわかった。 悪いおじさんに噛みついた私をルイの安全の為にも遠ざけなければいけないと思ったのだろう。「陛下⋯⋯ミレーゼ子爵だけでなく、スラーデン伯爵の尻尾を掴まねばなりません。武器の横流しに関しても絡んでるかと思います。伯爵に接触してみようと思います⋯⋯」「ダメだ⋯⋯他の男に近づかないでくれ。スラーデン伯爵については俺が探るから」 陛下にまだ信用されてない気がした。 私は彼がずっと一緒にいたいと言った以上、主人となる彼に尽くそうと思っていた。「分かりました⋯⋯あっ! カイザー! お庭にいたのですね」私はカイザーがいたので駆け寄った。「兄上、義姉上お2人揃ってどうしたのですか?」「あなたに会いにきたのですよ」 私はカイザーに駆け寄り抱きしめた。 カイザーも私をギュッと抱きしめ返してくる。 実は私と彼はかなり仲良くなっていて、彼を名前で呼ぶことを許されていたのだ。「義姉上は実は寂しがり屋ですよね」5歳の子から言われた言葉にドキッとするが本質をつかれている気がする。「そうですよ。だから、もっと私の相手をしてくださいね」ふわふわと風に靡くカイザーの髪を撫でる。このような事も人間になったからできることだ。「モニカ、俺のことも名前で呼んで欲しいな」「アレク、じゃあ、これから私は陛下をアレクと呼びますね」私の言葉に陛下は驚いている。それでも、私はこのチャンスを逃したくなかった。今、貴族たちが寵愛を得ていない皇妃など
俺もエステラ・アーデンの罪をカイザーの罪とは思っていない。 俺がジョージア・プルメル公子に死んで欲しかったのは、モニカと親密だったからで完全に私怨からだ。「あの死体は誰なんだ」「クレアです」 微笑みを称えながら応えるモニカに、俺は自分も同じように恨まれていることが予想できた。 自分に毒を盛った人間を処刑したのだから、当然指示した俺のことも殺したいくらい憎いのだろう。 「私は先程もお伝えした通り覚悟を決めています。反逆者一族の人間を逃しました。それは極刑に値する大罪です」 目を瞑って俺に委ねるように沙汰を待つ彼女は本当にずるい女だ。 俺は彼女を手放せない。 無垢で、残酷で、賢くて愛おしくて仕方がない俺の妻だ。「モニカ⋯⋯君に罰を与えるよ。一生君が憎くてたまらない俺の隣で過ごすんだ⋯⋯」 俺は自分の願望だけを伝えて、彼女に口づけをした。 彼女が誰を好きだとか、本当は俺の敵だとかどうでも良い。 ただ、一緒にずっといたくて、彼女の笑顔がまた見たいだけだ。「一生ですか? 本当にずっと私と一緒にいたいと思っているのですか?」「だから、そう言ってる⋯⋯モニカ、君を心から愛している」 モニカがゆっくり目を開ける。 本当に無垢な色をした瞳だ。 俺は彼女の瞳が幸せそうに輝いていた瞬間を知っている。 彼女はもっと明らかに好意的な目で俺を見ていてくれていた。 今は、俺を見ると呆れたように直ぐに目を逸す。「一時的にそう思っているだけで、陛下は私を愛してなどいませんよ」「どうして、そう思うんだ⋯⋯」 感じたことのないような強い感情で彼女を求めているのに、彼女は全く俺の気持ちを信じない。 確かに、彼女に酷い事ばかりしてきた自覚はある。 本当は最初から彼女に惹かれていて、その気持ちは日に日に溢れて今抑えきれなくなったと言っても信じてもらえないだろう。 俺自身初めての感情で全くどう扱って良いか分からなかった。
モニカを連れ戻して、髪を切って貰い少しは心が近くなった気がしていた。「皇妃殿下が動きました⋯⋯」 俺は自分が愛していると言っているのに、彼女がまだ逃げて行く理由を理解していなかった。 昔から母に欲したものは全て手に入ると教えられて来て、実際にその通りだった。 対して欲してないものも、気がつけば自分の手の中にあった。 でも、今、欲しくて気が狂いそうなのに、モニカは俺から逃げて行こうとする。 真っ暗な庭園で、護衛騎士を籠絡するモニカは見た事もないくらい妖艶だった。 (本当に魔性の悪女だな⋯⋯) 俺の事を名前で呼びもしない彼女が、恋人のように騎士を名前で呼んでいるのは演技だからだ。 そう理解した時にモニカは俺の前では演技をしないで、本当に最初は慕ってくれていたのではないかとほのかな望みを抱いた。 俺は彼女に俺を慕っていた気持ちを思い出して欲しくて、彼女を抱こうとしたが拒絶された。 そして、彼女がまだ1ヶ月程度しかバラルデール帝国にいないのに、俺以上に帝国の問題点に目を向けていることに驚いた。 彼女は恐ろしく頭が切れる。 その割に出口の鍵を持たずに隠し通路に入ったり、先程も裸足で城門の外へ逃亡しようとしていた。 なんだか、彼女の行動は行き当たりばったりに見える事もある。(全く目が離せないな⋯⋯) 朝食の時に、彼女が俺を見限った訳を知った。 彼女は俺のせいで死に掛け、おそらく一生子供が産めない体になった。(子供が欲しいのに、もう叶わないと泣きそうな顔で叫んでたな⋯⋯) 俺を愛することは不可能だから離縁して欲しいと言われても、俺は彼女を手放せない。 スレラリ草の毒の解毒方法については、母が死にかけた時に散々研究したが見つからなかった。 俺は母の墓を掘り返し、その肉体を切り刻んでもモニカの体を回復させる方法を探るだろう。 色々な顔を見せて不安にさせるモニカだが、俺の子ができているかも知れないと嬉しそうにしていた彼女の姿は本物だった。