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第7話

Author: 広羽
彼女が手を上げた!

あの、ずっとステッキとして使われていた「星の杖」から、ついに強力な魔力の波動が放たれようとしている!

来るのか?来るのか!?

未知の超強力な先輩が、その高邁な魔法技術をついに披露してくれるのか!

その瞬間を目撃したライラックは、期待に胸を躍らせた。

だが、期待が大きければ大きいほど、現実は往々にして予想の斜め上を行くものだ。

漆黒の星の杖を手にしたマンダラは、唐突にそのワインレッドの瞳を上空へと向け、戦場を見下ろしていたライラックを捕捉した。

「おい、お前。降りてこい」

淡々とした口調には、拒否を許さない命令の響きが含まれていた。

「えっ!?わ、私ですか?」

空中で突然指名されたライラックはきょとんとして、自分自身を指差しながら間の抜けた声を上げた。

マンダラは頷く。その生真面目で冷ややかな顔には、「聞くな、お前だ」という六文字が貼り付いているかのようだ。

空中の少女は一瞬躊躇したが、結局は高度を下げ、マンダラから少し離れた地面に着地した。

相手の正体はまだ不明だが、先ほどの戦闘を見る限り、この全身黒ずくめという特異なカラーリングの先輩魔法少女からは、敵対的な危険信号は感じられない。

魔法少女が、同じ魔法少女を攻撃するなんてことはないはずだ。

そう信じて、ライラックは少し警戒しながらも、マンダラから十メートルほどの距離まで近づいた。

「先輩、何かご用でしょうか?」

「お前、こいつを……いや、いい。お前のコードネームは?IDナンバーは?」

開口一番の職務質問に、ただでさえ緊張していたライラックはさらに萎縮した。小柄な体をビクッと震わせ、可憐な顔に「もう死ぬんだ」と言わんばかりの悲壮な表情を浮かべると、星の杖を持っていない方の手で指を揃え、その場でマンダラに向かって敬礼した。

「報告します!先輩!私の名前は小泉莉奈、コードネームは『ライラック』、IDナンバーは11305!三ヶ月前に天海市特別災害対策局に配属されたばかりの新人です!」

「よろしい……だが、そこまで緊張する必要はない。私は悪魔ではないのだから、たまたま通りかかった『監察委員』だと思ってくれればいい」

「か、監察委員!?」

ライラックの声が裏返り、悲鳴のような金切り声になる。

たとえ入局三ヶ月の新人とはいえ、特災局の研修で魔法少女に関する常識は叩き込まれている。その中には当然、監察委員の職務権限についての記述もあった。

監察委員。正式名称「魔法王庭監察委員会」

魔法王庭における最高監察機関であり、王庭の監視機能を司る専門組織だ。

委員会から各地方へ派遣される監察委員は、地方局よりも上位の監察権、調査権、そして処置権を有している。

彼女たちは『ツァラトゥストラ血盟』および『魔法王庭監察法』に基づき、公権力を行使するすべての魔法少女および公務員を監視し、職務上の違法行為や犯罪を調査し、血盟と法律の尊厳を守る役割を担っている。

要するに、監察委員の存在は、すべての魔法少女の頭上に吊るされた「ダモクレスの剣」なのだ。魔法少女は人智を超えた力を有している。だからこそ、その強大な力を束縛するための、より厳格なルールが必要とされる。

ライラックの顔から血の気が引いていく。心の中は大パニックだ。

どうしよう?どうしよう?私がさっきボサッとしてたこと、監察委員様に怒られるんじゃ……本部の待機命令があったとはいえ、あんな無様な姿を見せちゃったし、きっと悪い印象を持たれちゃったに違いない……

終わった、終わったわ……

私の魔法少女人生、始まったばかりなのにもう終了のお知らせ?

マンダラは蒼白になった少女の顔を見つめていたが、読心能力を持たない彼女には、ライラックが心の中で何を叫んでいるのか知る由もない。

ただ、さっきまで元気そうだったのに、なぜ急に顔色が悪くなったのか不思議に思っていた。

さっきの攻撃で内臓をやられたのか?

あの程度の衝撃なら、そこまで深刻なダメージにはならないはずだが……最近の魔法少女はそこまで虚弱体質なのか?

二人の思考は完全にすれ違っていた。

ヒュンッ、ヒュンッ。

その時、背後で風を切る音が二つ響いた。

マンダラが振り返ると、着地したばかりの銀色と白色の影がこちらへ駆け寄ってくるところだ。

「ライラック、無事か!?」

救援に駆けつけた二人の魔法少女が、真っ先に広場の深坑付近へと到着した。

銀色のパニエスカートを穿いた魔法少女が、飛びつくようにしてライラックを抱きしめ、焦った様子で問いかける。

「うぅ、大丈夫です、バブル姉様、ただ……」

突然顔を胸に埋められる「ぱふぱふ」を受け、ライラックは頬を赤らめながらしどろもどろに答える。

一方、もう一人の白髪に狐耳の少女は、警戒心を露わにしてマンダラの前に立った。

彼女はまず、大穴の底で虫の息となっている穴だらけの侵蝕種を一瞥し、敵に反撃の力がないことを確認してから、目の前の謎めいた少女へと視線を移した。

「そちらの先輩、お名前を……伺ってもよろしいでしょうか?」

狐耳の少女はわずかに足をずらし、無意識に二人のチームメイトを庇うように立つ。手には星の杖が握られ、その表面には白いアーク放電のような光が走っている。

「私は魔法王庭監察委員会から派遣された監察委員だ。IDナンバー50903。コードネーム、『マンダラ』」

この狐耳の魔法少女は、自分を除けばこの場で最も強い気配を放っている。現場最強の実力者からの警戒と尋問に対し、マンダラは変わらぬ無表情で答えた。

「監察委員……ですか?」

マンダラが身分を明かした瞬間、狐耳の少女の表情がさらに険しくなった。

「では、監察委員様。ご自身の身分を証明するものはお持ちでしょうか?」

天海市で経験を積んだベテラン魔法少女であるビャッコは、ライラックのように相手の言葉を鵜呑みにはしない。一人前の魔法少女たるもの、どんな異常事態においても十分な警戒心を保つべきだ。

それに、相手の登場があまりにも出来すぎている。

天海市のような地方都市に、雲の上の存在である監察委員が目を向けること自体は疑っていない。監察委員の仕事は、地方の非日常的な力の動向を隠密に監視することだからだ。

だが、よりによって天海市のスカイネット・システム更新中という防御が最も手薄なタイミングで、長年襲撃のなかった都市に侵蝕種が侵入し、そこへ「たまたま」監察委員が通りかかり、救援到着前に「たまたま」解決してしまった……

あまりにも多くの偶然が重なりすぎている。加えて、魔法少女たちのカラフルな色彩とは一線を画す、その不気味な黒一色の装束。ビャッコの経験と直感が告げていた。相手の正体は、表面上の言葉ほど単純ではないと。

マンダラの表情は変わらない。まるで氷漬けにされたかのように微動だにしない。

彼女は手を上げ、掌を開いた。淡い白い魔力が掌の上に集まり、学生証のようなプレートを形成する。

彼女はそれを掴み、ビャッコに見えるように掲示した。

淡い金を基調とし、縁にはシンプルな花弁のラインが刻まれている。左側にはマンダラのコードネームが表示され、その上には魔力で描かれた本人の肖像が浮かび上がっている。右側には「50903」というID番号。そして番号の後ろには、小さな三日月のマークが輝いていた。

「月……月光級、やはり……」

身分証にある特別な刻印を見て、冷静沈着だったビャッコも思わず驚きの声を漏らした。

「申し訳ありません、監察委員様。先ほどの非礼をお詫びいたします」

躊躇なく数歩下がり、ビャッコはマンダラに向かって深々と頭を下げた。

「構わない。見知らぬ魔法少女に対して警戒を怠らないのは正しいことだ。君の行動に間違いはない。むしろ……」

マンダラは意味ありげな視線を、ビャッコが背に庇っていたチームメイトたちへと向けた。

「良い判断だ」

「お褒めにあずかり光栄です。私はすべきことをしたまでです。ですが、今回天海市にいらしたのは……?」

「勘ぐる必要はない。本当にただの通りすがりだ。あるいは、ここも私の巡回ルートの一部だと言ったほうがいいか。手を出したのは、私の義務と責任によるものだ」

マンダラは手を振り、心配無用だと合図した。

「だが、地元の魔法少女が到着した以上、後始末は君たちに任せよう」

マンダラは星の杖で、原形を留めないほどボコボコにされた侵蝕種を指し示した。

「ご安心ください、監察委員様。私がこの手で……」

「役職で呼ぶのはよせ、面倒だ。『マンダラ』でいい。それと、その侵蝕種の処理だが、あまり手荒な真似はしないほうがいいと忠告しておく」

マンダラは気だるげに瞼を下げ、冷徹な仮面の下にわずかな疲労の色を滲ませた。

「……なぜですか?私の目には、この侵蝕種に特別な点は見当たりませんが……」

ビャッコは振り上げかけた星の杖を止め、侵蝕種の外見を観察したが、眉をひそめることしかできなかった。

「まだわからないのか?

そいつの腹部の温度が異常に高いことに気づかないか?もし今、魔法でトドメを刺して爆発させでもしたら、外殻に守られて腹の中で孵化しかけている幼虫が、辺り一面に飛び散ることになる」

銀髪赤眼のマンダラの、どこか年寄りじみた説教口調に、ハッとさせられたビャッコはすぐさま視線を「蜂」の腹部に集中させた。魔力視界を最大感度に引き上げると、確かに腹部の外皮を通して、内部で蠢く無数の高熱源体――おぞましい幼虫の塊が見えた。

一瞬にして背筋が凍る。ビャッコは額の冷や汗を拭い、マンダラへと視線を戻した。そこには先ほどの敬意に加え、深い感謝の色が混じっていた。

もし知らずに魔法で侵蝕種の体を吹き飛ばしていたら……外殻に守られた幼虫の多くは生き残り、爆発の衝撃に乗って飛散し、都市の暗い片隅に潜んで成長し、新たな災厄の種となっていただろう。

その責任は計り知れない。

ピピッ――ピピッ――

ビャッコのヘッドセットが青く点滅する。

短い通信を終えると、彼女は真剣な表情でマンダラに手を差し出した。

「マンダラ様、局長があなたとの面会を希望しています」

「……わかった」

しばしの沈黙の後、マンダラはビャッコの手を握り返すことはせず、無表情に頷いて承諾した。

「だがその前に、私用を片付けさせてもらいたい」

そう言うと、マンダラは校舎の柱の陰にまだ残っている、あの人影へと視線を向けた。

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