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第5話

作者: 広羽
シェルターの入り口は人々の波で溢れかえっていた。遠くに見えた莉奈の後ろ姿はすでに人混みに飲み込まれ、完全に視界から消えている。

美桜は誘導スタッフに押し戻されるようにして、大勢の人々と共にシェルターの内部へと足を踏み入れた。

シェルターは地下数十メートルの深さに建設された堅牢な防衛施設だ。

侵蝕種の攻撃に耐えうる頑強な構造に加え、地上の「餌」の匂いを遮断し、怪物のターゲットにならないよう、生物反応を完全に遮断するシールド機能も備えている。

その姿は、地中深くに埋められた巨大な石の繭のようだ。

今まさに、シェルターの防護扉が閉じられようとしている。

美桜はスマホを握りしめ、必死の形相で入り口の方角を見つめ続けていたが、期待していた人影は最後まで現れなかった。

扉が閉まるまでは、まだ電波は遮断されていない。だが、何度かけても莉奈の電話は繋がらず、虚しい呼び出し音が響くだけだ。

親友への心配と同時に、彼女の脳裏にはもう一人の大切な存在が浮かんでいた。

今朝の食卓にあった温かい朝食。冷めきった家の中で、唯一微かに残る温もりの象徴。

美桜はスマホを操作し、その相手への電話をかけようとした。しかし、連絡先リストを何度スクロールしても、兄の名前が見当たらない。

長期間に及ぶ冷戦状態のせいで、かつては空で言えるほど馴染んでいた番号を忘れてしまったのだろうか。それとも、感情的になったある日、衝動的に削除してしまったのだろうか。

理由はなんであれ、今この瞬間、最も声を聞きたい相手の連絡先がわからない。その事実に、美桜は愕然とした。

ふと、恐ろしい想像が頭をよぎる。

悠人はあの時間、すでに学校へ向かっていたのではないか。

彼はもうすぐ卒業だ。就職活動のために頻繁に説明会へ出向いているはずだ。

説明会といえば、大勢の人が集まる場所だ。もし、逃げ遅れてシェルターに入れなかったとしたら?

ありえない話ではない。

天海市での襲撃は稀だが、ニュースやネットでは、他都市での侵蝕種襲撃の際、逃げ遅れたり、シェルターが満員で入れなかったりした市民が犠牲になったという報道をよく目にする。

まさか。そんなこと、あるわけがない……

悠人……お兄ちゃんに限って、そんな……

心臓が早鐘を打ち、視界がぐらつく。パニックになりながら周囲を見渡すが、目に入るのは見知らぬ他人の顔ばかりだ。人々のざわめき、押し合いへし合いする熱気、閉塞感。それらすべてが目に見えない壁となって、四方八方から彼女を圧迫してくる。

少女の顔からは血の気が失せ、冷や汗で滑る掌はスマホを取り落としそうになるほど震えている。荒い呼吸音だけが耳元で大きく響き、胸が押し潰されるように苦しい。

「ピ――防護扉が閉鎖されます。まだ入場されていない市民の方は、速やかに入場してください……」

「ピ――秩序を守り、係員の指示に従って……押し合わないでください。お子様や女性を優先し……」

無機質なアナウンスが響き渡る。感情のない声は、逆に少女の背中を押す奇妙な魔力を持っていた。

額から冷や汗が一筋、頬を伝って落ちる。

美桜の蒼白な顔に、ある種の決意が宿った。震える両手を固く握りしめ、唇を噛み締めると、彼女は突然、人の流れに逆らって走り出した。

彼女は今、狂気じみた決断を下したのだ。

激流のような人混みの中を、か細く目立たない少女がただ一人、逆流していく。

「あ、そこの学生さん!君……」

「離して!」

彼女は、すでに扉の内側へ退避しようとしていたスタッフの手を振り払い、巨大な合金の扉が閉まる寸前の隙間から、辛くも外へと飛び出した。

背後でスタッフが何か叫んでいたが、重厚な電子ロックの音と共に完全に遮断された。

美桜だって死ぬのは怖い。自分のようなただの女子高生が、空を引き裂くような怪物に勝てるわけがない。侵蝕種の前では、自分など蟻のように無力な存在だということは痛いほどわかっている。

それでも、一人きりでシェルターの中に隠れて生き延びることなど、彼女には耐えられなかった。

シェルターの中には隙間もないほど多くの人がいたけれど、彼女は猛烈な孤独を感じていた。

周囲は人だらけなのに、知っている顔は一つもない。恐怖と不安に歪んだ見知らぬ顔の中に、彼女の心の拠り所はどこにもなかった。

こんな状況だからこそ、大切な人のそばにいたい。正義の魔法少女の近くにいたい。そうでなければ、心安らかになどなれない。

莉奈、お兄ちゃん……どうか無事でいて!

……

ドォン!

鈍い爆発音が響き、粉塵と砂礫が舞い上がる。頭を抱えてしゃがみ込んでいた美桜は、恐る恐る目を開けた。指の隙間から覗いた煙の向こうに、黒い人影がぼんやりと浮かび上がっている。

シュルル……

足元の影が歪み、煙幕の中でうごめく。落下物を粉砕した長い触手が、主人の影という巣穴へと静かに戻っていく音だ。

カツ、カツ、カツ。

ヒールの底がレンガを叩く音が、澄んだ湧き水のように心に響く。規則正しく、優雅なその足音は、戦場には似つかわしくない協奏曲を奏でているかのようだ。

一陣の風が吹き抜け、見知らぬ人影を覆っていた煙のベールを晴らす。

黒いドレスが揺れ、纏わりつく薄い霧を払いのける。

そこには、風もないのに燃え盛る不気味な黒い炎が揺らめき、まるで意志を持つ漆黒の泥のように、彼女の足跡に沿って点々とまがまがしい花を咲かせていた。

美桜は無意識に見開いた目で、目の前の人物の姿を捉えた。

それは、黒い炎の中に佇む、冷ややかな表情の少女だ。まるで中世ヨーロッパの宮廷画から抜け出してきたかのような、黒いドレスの少女。

精緻なゴシック調の黒いドレス。引き締まったコルセットが完璧な曲線を強調している。ほのかに銀の蛍光を帯びた長い髪は結い上げられ、頭には小ぶりな黒いベレー帽。その縁から伸びる黒いベールが、彼女の顔を半分ほど隠している。

「警報が鳴っているのに、なぜ外にいる?」

彼女が口を開く。その声は淡々としていながらも、どこか上位者特有の威厳を帯びた、透明感のある響きだった。

「私……」

初めて見る光景、初めて会う存在に、美桜の思考は追いつかない。死にかけた恐怖からもまだ立ち直れていないのに、目の前には正体不明のミステリアスな黒いドレスの少女。

「ここが戦場だとわかっているのか?危険だと知りながら、なぜここに留まっている?」

人形のように整った顔立ちの少女が、一歩ずつ近づいてくる。その顔色は陶器のように白い。

人間離れした赤い瞳が、グラスの中で揺れる熟成された赤ワインのように、美桜を見据えている。その瞳の奥には、長い歳月を経たかのような深みと、圧倒的な強者の気配が漂っていた。

威圧感に押され、美桜はじりじりと後ずさりし、背中が冷たい壁に当たってようやく止まった。少しだけ理性が戻ってきた彼女は、途切れ途切れに答えた。

「と、友達と……お兄ちゃんを探しに来たんです……電話が繋がらなくて、心配で、だから……」

たったそれだけの理由で?

目の前の冷徹そうな黒いドレスの少女なら、きっとそう呆れるに違いない。あまりにも冷たい雰囲気に、美桜は叱責を覚悟して思わず目を閉じた。

「……」

「すまない……」

「え……?」

予想に反して聞こえてきたのは、謝罪の言葉だ。その透き通った声には、わずかだが感情の揺らぎが含まれていた。

美桜は驚いて目を開け、慌てて手を振った。

「いえいえ、私が勝手に……」

黒いドレスの少女は美桜の言葉を遮り、空に浮かぶ巨大な黒い影を見上げて静かに言った。

「まずは君を安全な場所へ送ろう。ここは一般人がいていい場所ではない」

「でも、お兄ちゃんが、それに友達も……」

「友達の名前は?」

「莉奈です。それから……悠人、それが兄の名前です!」

少女は無意識に拳を握りしめ、強調するように言った。

「魔法少女がいる限り、彼らは無事だ」

「でも……」

「まだ何か心配事が?」

少女の躊躇いに対し、黒いドレスの少女は苛立つ様子もなく、ただ静かに問いかけた。あるいは、その冷淡な仮面の下では、無表情以外の表情を作ることができないのかもしれない。

「あの大きな怪獣、まだ学校の近くで暴れてます。私一人だけ助かっても、もし周りに他の学生が残っていたら、その人たちが……」

美桜は勇気を振り絞り、空の黒い影を指差した。

「お姉さん、魔法少女ですよね?」

「……まあ、一応な」

「だったら、お姉さんの仲間を助けてあげてください!さっき『ライラック』がたった一人であの怪物と戦ってたんです。でも、吹き飛ばされて向こうの校舎に……まだ出てきてないんです!」

美桜は校舎の中腹に開いた大穴を指差し、その清らかな瞳を不安に曇らせた。

さっきの目撃情報から、彼女は空で戦っていたのが最近話題の新人魔法少女「ライラック」だと気づいていた。

美桜の考えはシンプルだ。目の前の厄介な元凶さえ片付けば、莉奈も兄も、みんな助かるはずだ。

ただ、魔法少女と対面して話すのは初めてのことだ。緊張で心臓が口から飛び出しそうになる。

自分のような無力な一般人の言葉で、このミステリアスな魔法少女の行動を変えることができるのか、不安だった。

「……」

黒いドレスの少女はすぐには答えず、ただ静かにそのワインレッドの瞳で美桜を見つめていた。美桜の不安は募るばかりだ。自分の要求は、あまりにも身勝手でわがままだっただろうか。

「わかった」

返ってきた答えは、再び予想外のものだ。

シンプルで短い「わかった」という一言が、まるで魔法のように少女に安心感を与えた。心の中にあった不安や恐怖、焦燥感が、嘘のように消え去っていく。

「ここにいろ。動くなよ」

黒いドレスの少女は背を向け、念を押すように言った。

美桜は柱に寄りかかりながら、その見知らぬ背中を見つめた。揺れ動いていた心が、波のない鏡のような湖面のように静まり返っていく。

なんて安心する背中なんだろう……

すべての恐怖を終わらせてくれるようなこの絶対的な安心感は、かつての兄から感じたものと同じだ。

黒いドレスの少女は二、三歩前に進み、ふわりと跳躍した。重力を感じさせない軽やかな動きで空中に優雅な弧を描く。その姿は、空を舞う墨色の揚羽蝶のようだ。

ドレスの裾に纏わりついていた不気味な黒い炎が手元に集まり、先端に黒いダイヤモンドが埋め込まれた「星の杖」へと凝縮される。

空間に漂う異質なエネルギー波動に、侵蝕種が反応した。翅を震わせ、巨大な体を旋回させると、二つの複眼と三つの単眼で黒い影を捕捉し、殺意を向ける。

空中で対峙する一人と一匹。一瞬、奇妙な静寂が戦場を支配した。

そして……

少女は星の杖を胸の前に掲げた。

「魔法少女、IDナンバー50903。コードネーム『マンダラ』。殲滅任務を開始する!」

マンダラの透き通った声が、張り詰めた均衡を破った。

黒い炎が疾風の渦となって星の杖の柄に収束する。

彼女が体をひねると、膨大な黒の魔力が空気を引き裂き、巨大な漆黒のドリルとなって侵蝕種の頭部へと突き進んだ。

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