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第2話

Author: 炎々上
佑人の幼い声がリビングに響いた。

翔也の母が心配そうに佑人を抱こうとしたが、翔也が止めた。

翔也は片腕で佑人を抱き上げ、もう片方で涙に濡れた萌花を抱き寄せると、私に心底失望したような目を向けた。

「一人で子どもを育てるのがどれだけ大変かわかるか?萌花は親もいなくて、お前を頼ってきたんだぞ。こんな些細なことで、そこまでいじめるのかよ」

胸の痛みすら、もう感じなかった。思わず、かすれた笑いが漏れた。

「私が萌花をいじめた?……よくそんなこと言えるね。翔也、私と付き合ってる間に萌花と海外で籍を入れて、子どもまで作ったのは翔也でしょ?話す機会はいくらでもあったのに、5年も私に嘘をついてたじゃない。

この5年間、仕事が忙しいって妊活も入籍も先延ばしにしてたくせに、佑人が自分の息子だってことを隠してうちに連れてきた。みんな本当のことを知ってたんでしょ?私にだけ隠して、ずっと騙してたんじゃない!」

翔也は顔をこわばらせ、私をにらんだ。

「だから何だよ。いくら騒いだって、佑人が俺の息子なのは変わらないだろ」

だが、私の目に浮かんだ涙に気づくと、翔也は一瞬目を見開き、少しだけ声を和らげた。

「もうこの話は終わりにしてくれよ。今週末には籍を入れるからさ」

そう言うと、翔也は佑人を母親に預けた。私の母もそばへ寄り、佑人に飴をあげながらあやした。

「ほら、もう泣かないでね」

父はお茶を注ぎ足し、うんざりしたように言った。

「もうやめろ。聞いてるだけで頭が痛くなる」

萌花はまだうつむいたまま、すすり泣いていた。

翔也は萌花のそばに行くと、袖口で涙を拭ってやり、優しく声をかけた。

「大丈夫。俺がついてるから」

私はまるで、その場に放り出されたぼろ雑巾のようだった。

誰も私には目もくれず、慰めの言葉ひとつかけてくれなかった。

手のひらにちくりと痛みが走った。顔を上げると、佑人と目が合った。

すると佑人はいきなりテーブルの上のコップをつかみ、私に投げつけてきた。

「パパ!悦美お姉ちゃんににらまれた!怖いよ……」

水がまぶたを伝って頬を流れ落ちた。

顔を上げると、翔也がものすごい剣幕で私をにらんでいた。

「悦美!相手は子どもだぞ!文句があるなら俺に言えよ!」

両親も翔也の母も、私が何かしでかすとでも思っているのか、そろってにらんできた。もうどうしようもなくて、思わず鼻で笑ってしまった。

「私が何をしたっていうの?どんな手を使ったっていうの?理由も聞かずに、どうして決めつけるの?水をかぶったのは私なのに!」

翔也の母は私をちらりと見て、ぼそっとつぶやいた。

「悪いのはあんたでしょ。子どもが嘘なんてつくわけないじゃない」

翔也は佑人の頭をなでるばかりで、何も言わなかった。

私は壁に手をつき、どうにか立っていた。ここ3日間、一睡もしていないうえに、心も体も疲れ切っていた。

ぼんやりした頭に、昔の翔也の姿が何度も浮かんだ。

あの頃の翔也は口下手で照れ屋で、私と少し話すだけですぐに顔を赤くしていた。

そんな彼が、卒業した日の夜にはギターを抱え、大勢の前で私に告白してくれた。

「悦美、一生大事にするよ」

あの夜はあんなに嬉しそうに笑っていたのに、今の翔也は私を憎むような目で見ていた。

胸が締めつけられるようで、思わずうつむいた。そのとき、いきなり髪を強く引っ張られた。

痛みに息をのみ、とっさに手を伸ばした瞬間、何かがどさっと倒れる音がした。続いて、佑人の泣き叫ぶ声が聞こえた。

佑人は唇を真っ青にして、泣きながら私を指さした。

「悦美お姉ちゃん、いじわる!パパを取って、ママをいじめて、僕まで突き飛ばしたんだよ!」

「佑人!」

翔也の母は慌てて佑人に駆け寄ると、すぐにこちらを振り返り、テーブルの果物皿をつかんで私に投げつけてきた。

「私の目の前で孫に手を出すなんて!この私を何だと思ってるの!」

皿が音を立てて割れたかと思うと、今度は頬を思いきり叩かれた。

焼けつくような痛みによろめき、後ずさった拍子に額を壁の角にぶつけた。

母は止めようともせず、私に言い聞かせるように口を開いた。

「悦美、今まで何を学んできたの!子どもに八つ当たりするなんて!」

父も湯呑みを置き、翔也の母に向かって言った。

「もっと厳しく叱ってやってください。最近はますます手に負えなくなって……」

私は頬を押さえながら、何とか言い返そうとした。

「私、何も……」

「俺がちゃんと見てたんだぞ!まだしらばっくれる気か!」

翔也は声を荒らげて佑人を抱き上げ、私を冷たくにらんだ。萌花も目を赤くしたまま、二人を抱きしめた。

そこへ母がまた前に出てきて、私に目配せした。

「悦美、悪いのはあなたでしょ。佑人に謝りなさい!」

私は思わず翔也を見た。

「私、佑人には触ってない!」

翔也は呆れたように笑った。

「は?5歳の子どもがわざわざ嘘をつくっていうのか?もう少しマシな言い訳しろよ!」

翔也は私の言い分も聞かず、佑人を抱いたまま萌花の手を引き、私たちの寝室へ入っていったかと思うと、私の枕を部屋の外へ放り出してきた。

「今日からここは萌花の部屋だ」

母は黙ったままで、父はため息をつきながら首を振った。

「まったく、情けない」

翔也の母も鼻で笑った。

「ほんと、どうしようもないわね」

照明がやけにまぶしかった。私は全身から力が抜けたように、その場に立ち尽くしていた。

私が佑人を突き飛ばしたかどうかなんて、誰も気にしていなかった。本当のことを確かめようとする人もいなかった。

私は床に落ちた枕を拾い、洗面所へ向かった。

鏡に映った自分の顔は、ひどい有り様だった。口の端が切れ、額には青黒いあざができていた。

そのとき、スマホに立て続けに通知が届いた。

【相原様、月澄ヒルズ3号棟の住宅について、名義が高崎萌花様に変更されました】

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