LOGIN私・杉本美夕(すぎもと みゆ)が炎に包まれて死んでから、3年が経った。それなのに、社長である私の婚約者・木下辰哉(きのした たつや)は、またしても妹・木下遥香(きのした はるか)の罪を私に被せようとしている。 辰哉は偽造した供述書を手に、かつて私が暮らしていたアパートへ押しかけ、遥香の代わりに放火の罪を認めろと迫ってくる。 しかし、私はもうとっくに死んでいる。 辰哉は信じようとせず、大家の肩をつかんで、怒鳴り散らした。 「杉本美夕はどこだ!」 辰哉の剣幕に怯えながらも、大家は哀れむような目を向けて告げる。 「美夕ちゃん?3年前の商業ビルの火事で亡くなったんだよ。 逃げ遅れた小さな女の子を助けようとして、落ちてきた梁に足を挟まれて、動けなくなったまま炎に巻き込まれて……」 辰哉の顔から、血の気が引いていく。けれど次の瞬間、鼻で笑った。 「俺から逃げるつもりか?どうやら、あいつは自分の立場を分かってないな。 美夕に伝えろ。今すぐ姿を見せないなら、あいつの弟の移植用の心臓は、すぐにでも他の奴に回すってな!」 大家は目の前の男を見つめた。その目は、まるで正気を失った人間を見るようだ。 「心臓って、何の話? 美夕ちゃんの初七日に、弟の律希くんは病院の屋上から飛び降りたんだよ。 姉ちゃんが向こうで一人きりだと、暗くて寂しいから、自分がそばにいてあげなきゃって……」
View Moreニュース画面に映る、ひどく寂しげで、それでいて決然とした辰哉の後ろ姿を見つめても、私の心はもう何も感じなかった。辰哉、こんなことで罪を償えたとでも思っているの?この世にはお金では償えない罪がある。どれだけ時が流れても、絶対に許されない過ちだってある。……辰哉は墓地へ向かった。彼はまず、律希の墓前に立った。小さな墓石が、ひっそりと佇んでいる。辰哉はしゃがみ込み、墓石のほこりを手でそっと拭き取る。その手つきは、まるでこの世で最も尊い宝物に触れるかのように、ひどく優しかった。「律希、ごめんな……」ひどくしゃがれた声には、鼻にかかったような響きがある。「俺……来るのが遅くなった。お前を治して、元気に生きていけるようにするって、美夕に約束したのに……俺は、約束を守れなかった。美夕がいつも言ってた。お前はイチゴケーキが一番好きだって。あとで買ってくるから。一番大きいやつを、な?」彼はまるで、生きた人間と会話しているかのように、ぽつりぽつりと語り続けている。涙が頬を伝い、冷たい墓石に落ちて、すぐに吸い込まれて消えていく。私はそこに立っている。律希の魂も、私の隣にいる。律希はまだ少年の姿のままで、どこまでも純粋で、澄んだ瞳をしている。辰哉を見下ろしているが、その顔には何の表情もない。彼も私と同じように、もう何も望んでいないのだ。辰哉は長い間、律希の墓の前から動かなかった。やがてゆっくりと立ち上がり、少し離れた場所にある、もう一つの墓へ向かって歩き出す。私の墓だ。辰哉は手を伸ばし、触れようとしたが、宙で手を止めた。私の墓を、汚してしまうのが怖いのだ。辰哉は、まるで敬虔な信者のように、ゆっくりと膝をつき、額を冷たい墓石に押し当てた。「美夕ちゃん……」彼はむせび泣きながら、私の名前を呼ぶ。「俺が悪かった。お前を疑うべきじゃなかった。傷つけるべきじゃなかった。お前を……自分の所有物みたいに扱うべきじゃなかった。もし……もし、もう一度やり直せるなら、俺は必ず、お前を大切にする。俺のすべてをやる。命も、愛も……全部、お前にやるから。だから……戻ってきてくれないか?美夕、頼むから、戻ってきてくれよ!」泣き声は次第に大きくなり、やがて絶望に満ちた叫びへと変わっていく。静まり返
辰哉の世界が、音を立てて崩れ落ちた。律希のために用意された心臓など、最初から存在しなかった。それはただ、彼が私の目の前にちらつかせるエサであり、私を繋ぎ止めるための冷たい鎖にすぎなかった。彼は偽りの希望で私を縛り、家族とともに私を傷つけ、踏みにじった。それだけではない。私が死んだあとでさえ、その嘘を使って、遥香の罪を私に着せようとした。あまりにも滑稽で、あまりにも残酷だ。「ハハ……アハハハハ!」辰哉は天を仰いで笑った。涙を流し、全身を震わせて笑い続ける。自分の愚かさを、傲慢さを、そして冷酷さを嘲笑っているのだ。辰哉は自分がすべてを支配できると思い込んでいた。しかし今になって、ようやく気づいた。彼はこの悲劇の中で、誰よりも哀れな道化にすぎなかったのだ。自分で紡ぎ出した嘘を、また自分で打ち砕く。最後には全身傷だらけになり、見るも無残な姿に成り果てた。まるで正気を失ったように笑う辰哉を見て、秘書は恐怖のあまり息を潜めている。辰哉は長いこと笑い続け、ようやくゆっくりと笑いを止めた。涙を拭うと、顔から表情が消え、死んだような静けさが戻る。そして、秘書に向けて口を開く。「当時、西園寺家との間で交わした取引について、証拠をすべて探し出せ。それから遥香だ……あいつがこれまでにやってきた、人に知られたくないことも全部だ。一つ残らず、洗い出せ」秘書は言葉を失った。「社長、いったい何を……」辰哉の顔にはぞっとするような笑みが浮かんだ。「あいつらに、償わせてやる」凄まじい嵐が、木下家と西園寺家を襲った。木下グループの社長・木下辰哉が、実の妹・木下遥香を警察に告発した。故意の放火、実の娘に対する殺人未遂、さらに、西園寺グループとの不正な臓器取引についても、すべて明らかにした。同時に、遥香の長年にわたる乱れた私生活や、会社の資金を私的に流用していた証拠まで次々と明るみに出た。この一件は、大きな波紋を広げていく。記者会見の場に、辰哉は全身黒のスーツ姿で現れた。その顔はひどくやつれているが、目だけは異様なほど強い光を放っている。彼は自身のための弁明を一切口にせず、ただ集めた証拠を一つずつ、報道陣の前に提示していく。日記、ボイスレコーダー、送金記録、カルテ……すべての証拠が重い鉄槌となり、
日記のページをめくりながら、辰哉は私に与え続けた数え切れないほどの冷たい仕打ち、屈辱、そして裏切りを思い出した。さらに、私が律希のために何度も自分の気持ちを押し殺し、彼に自尊心を踏みにじられていたことも思い出した。そして、最後の日記帳を開く。日付は、あの火事の前の日だ。【〇年〇月〇日、雨。決めた。律希を連れて、ここを出る。辰哉からも、この街からも離れよう。南のほうにある病院には、もう連絡を取ってあるし、仕事も見つけた。給料は高くないけど、律希と二人で暮らしていけば、きっとなんとかなる。今日も辰哉は、遥香のことで私に怒鳴った。彼の顔を見ていたら、突然、見知らぬ他人のように思えた。私……もう辰哉のことを愛していないのかもしれない。下の階に引っ越してきたシンママは、とても優しい人だ。娘の安奈ちゃんもすごくかわいい。ただ、母親のほうはいつも何か思い詰めているようで、人目を避けているようにも見える。二人が幸せに暮らせるといいな。明日から、新しい人生が始まる。美夕、頑張れ】日記は、そこで途切れている。その先には、何ページもの白紙が続いている。辰哉は日記を閉じると、魂が抜けたようにへたり込んだ。私はとっくに、彼のもとを去るつもりだったのだ。とっくに……彼を愛していなかった。辰哉はずっと、私が彼なしでは生きていけない、弱々しいカナリアのような女だと思い込んでいた。しかし、私がこの弱々しい翼で、自分と律希の未来を切り拓こうとしていたことなど、辰哉は知る由もなかった。もし、あの火事さえなければ、遥香の娘を助けようとしなければ、私と律希は、新しい人生を始めていたはずなのに……辰哉はボイスレコーダーを手に取り、再生ボタンを押した。そこから流れてきたのは、遥香の甲高い声だ。「美夕、言っておくけど、お兄ちゃんに近づかないで!あんたみたいな貧乏人が、お兄ちゃんには釣り合わないのよ!これ、200万よ。この金を持って、さっさと消えなさい!」続いて、私の落ち着いた声が響く。「私と辰哉のことに、木下さんが口を挟む筋合いはないよ。そのお金は、自分のために使ったら?そのイカれた頭、精神科で診てもらったほうがいいよ」録音は短く、そこで終わっている。あのとき、私はたまたま録音していた。遥香の様子がおかしいと感じていたから
辰哉は、ほこりの積もった部屋で、丸1日ただ座り続けていた。翌日の夕方になって、突然インターホンが鳴り響く。彼はまるで糸に操られる人形のようにゆっくりと立ち上がり、ドアを開ける。そこに立っていたのは、大家だ。私と律希の死を辰哉に伝えた、しわくちゃの老婦人だ。今、辰哉を見つめるその目に以前のような哀れみはなく、ただ氷のように冷たい眼差しで、彼を見据えている。「木下さん」感情の一切抜け落ちた、平坦な声だった。辰哉は唇を動かしたが、声は出ない。大家は彼の返事を待たず、使い古された段ボール箱を無造作に押しつけた。「美夕ちゃんの荷物だよ」辰哉はうつむき、腕の中の箱を見下ろす。うっすらとほこりが積もっている。「ここを出ていく前に、これを私に預けていったんだ。『3か月経っても戻らなかったら、処分してください』って。きっと、どこか遠くへ行って、新しい人生を始めるつもりだったんだろうね」大家はため息をつき、遠くを見るように目を細める。「……でも、行けなかったけどね」辰哉は箱を抱えたまま、指先が白くなるほど手に力を込める。「本当は捨てるつもりだったんだ」大家の目が再び辰哉に向けられる。今度は、鋭い光が宿っている。「でも、あんたを見て、気が変わった。木下さん、知ってるかい?うちの息子はね、あの火事のときに現場へ出動した消防士の一人なんだよ。息子が言ってた。美夕ちゃんを見つけたときには、もう全身ひどい状態だったって。でも、腕の中に小さな女の子を抱えて、必死に守っていたそうだ。その女の子が、木下遥香の娘、木下安奈だよ」辰哉の体が大きく震える。「息子は、美夕ちゃんが運び出されて、息を引き取る直前まで、何かを口にしていたって言っていた。何を言ってるのか、はっきりとは聞き取れなかったけど、いくつかの言葉だけは聞こえたって」大家は辰哉の目をまっすぐ見つめ、はっきり言う。「逃げて、と」あれは、誰かに向けた言葉ではなかった。自分自身に言い聞かせていたのだ。私はずっと前から、何かがおかしいと感じていた。危険が迫っていることにも気づいていた。だから、律希を連れて、この地獄から逃げようとしていた。辰哉の胸が、見えない大きな手で引き裂かれたように痛む。その痛みは、全身へと広がっていく。「これ、返すよ
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