LOGIN会議室では、静かに時間が過ぎた。時計の音だけが、少しだけ響く。「……ここ」浅井さんが資料を指す。TK Network。昼に聞いた名前。前にデータを精査したときにも出てきたところ。そのときも少し違和感を覚えたが。改めて、何度も出てきてなんとなく嫌な予感がした。「この法人」淡々と。「表向きはコンサルと投資」「でも」ページをめくる。「実態はプロジェクトごとの資金管理を握ってる」「……」嫌な感じが、はっきり形になる。「資金の流れを握るってことは」続く。「承認のタイミングも、実質コントロールできる」「……」昼の言葉。“触るなって言われてる”繋がる。「……」「ここ、登記情報」別の資料を差し出される。受け取る。役員名。住所。関連会社。「……」スクロールする指が止まる。名字。見覚えがある。でも。すぐに言葉にできない。「……」もう一度見る。同じ漢字。同じ並び。胸の奥が、少しだけざわつく。でも。それ以上は、まだ繋げない。「……どうした」浅井さん。「……いえ」首を振る。まだ、言葉にできない。「……」「このライン」浅井さんが続ける。「KMとも繋がってる」「……本社と?」聞き返す。浅井さんの手が、ほんの一瞬だけ止まる。それから。何事もなかったみたいに続ける。「昔の案件でも、関係があった」「……」“昔”その言い方。少しだけ引っかかる。「……どんな」思わず聞く。浅井さんは、資料を閉じた。「五年前」短く言う。「社外パートナーとの共同プロジェクト」視線は、資料の上。でも。少しだけ遠い。「研究系の案件で」「……」「一人、中心にいた人がいた」淡々と。でも。言葉が少しだけ、遅い。「……」「不正利用」その言葉が出る。「研究費の」「……」「そういう扱いにされた」「……扱い?」思わず聞く。「事実じゃなかった」即答。「……」その速さ。迷いがない。「でも」続ける。「そのまま辞めた」「……」理由は、言わない。でも。分かる。「……」「俺は、そのとき」少しだけ間。「KM側のプロジェクトリードだった」「……」繋がる。全部。「……それで」言葉が出る。「調べたんですか」「調べようとした」訂正される。「……」
支社にそのまま戻る。もうすっかり夜。明かりはかなり落ちている。残っているのは、会議室の一角だけ。ドアを開けると。浅井さんが一人で資料を見ていた。「……戻りました」顔を上げる。一瞬。視線が止まる。「遅かったね」短く言う。責めてはいない。でも、軽い感じではない。「……すみません」「いいよ」何に対しての、いいよなのか。意味を聞くほどのことでもない。けれど、視線が外れないのが引っかかる。「……何かあった?」先に聞かれる。言うか、迷う。どこまで話すか。でも。ここで隠す方が違う気がした。「……TK Networkの件です」浅井さんの目が、少しだけ変わる。「高山さんは、あそこを切った方がいいと言いました」「理由を聞いたら、濁されました」「……」「何か、言えないことに関与しているような濁し方でした」「ただ、明確には言いませんでした」浅井さんは、黙って聞いている。「でも」続ける。「“触るなって言われてる”って」「……」空気が止まる。浅井さんの手が、資料の上で止まった。「誰に?」「言いませんでした」「……」「でも、TK Networkのところで明らかに止まりました」「本社側の関与があるように見えます」「……」浅井さんが、ゆっくり息を吐く。「そうなると……」低い声。「あり得ないとは思ってたけど」一度、言葉を切る。「調べることが出てきた」「……知らなかったんですか」思わず聞く。「その言い方まではね」短く返る。「何も出ないと思ってたんだけど」「そこまで言うなら、探る必要が出てきた」「……」新しいピース。浅井さんも掴めていなかった情報。そう分かる。「新しい情報が拾えてよかった」浅井さんが言う。「……」その一言で、少しだけ息が抜ける。でも。同時に。目の前の浅井さんを見る。疲れている。表情は変わらない。いつも通り、涼しい顔をしている。でも、今日だって遅くまで会議が詰まっていた。支社の代表としての仕事もある。現場も見ている。役所とも話している。それなのに。この件まで、ずっと抱えている。「……浅井さん」「何」「最近、寝れてますか」聞いた瞬間。自分でも少し驚く。仕事の話じゃない。でも、聞かずにいられなかった。浅井さんは、少しだけ目を伏せ
その日の夕方。人気がまばらになる。その一方で。ドアの向こうでは、まだ会議が続いている。浅井さんは今日、別件の会議が遅くまで詰まっていると言っていた。支社の代表としての確認事項。現場対応。役所との調整。この件だけでも忙しいはずなのに、他の案件も抱えている。ドア越しに聞こえる浅井さんの声は、低く、切り詰めたトーンだった。抜けられなさそう。合間なく会話が続いているのが、外からでも分かる。「……」特に用があるわけではないし。ちょっと、忙しそうな様子が気になったけれども。そのまま、通り過ぎる。「愛海」ふと、呼ばれる。振り返る先にいるのは、樹。「……今、大丈夫?」「……仕事の話なら」もう、この返答にも慣れてきて。「そのつもり」即答されるのも、慣れてきた。「まだ確認したいところ、あるだろ」「……あります」事実、確認事項がいくつかあって。でも、樹は今日東京に帰るはずだから。メールで確認しようと思っていた。「タクシーで駅向かう」短く言う。「その間でいい」一歩近づく。「だから駅まで見送ってよ」「……」会議室のドアを見る。浅井さんは、まだ中にいる。でも。「……分かりました」断る理由がない。外に出て、呼んでいたタクシーに乗る。後部座席。隣に樹。「駅までお願いします」車が動く。そのまま資料を開く。樹が一箇所で止まる。「この業者の部分」指差す。そこ。TK Network。あの名前。さっき会議で引っかかった場所。嫌な予感がしたところ。「ここ、切った方がいい」「……理由は?」樹が止まる。ほんの一瞬じゃない。明らかに。考えている。いや。言うのを選んでいる。「……なんていうか」言葉を濁す。「……あそこは」そこで止まる。続けない。仕事の話で、この止まり方。私が知っている樹だと、ありえない様子だった。彼は、仕事に関しては。理路整然としていて。少なくとも、誤魔化すような言い方はしない人だったから。「……樹」「……何」「そこ、ちゃんと説明できるはずだけど」沈黙。否定しない。それが答え。樹が少しだけ視線を落とす。「……触るなって言われてる」ぽつりと、小さな声で。「……誰に」答えない。でも。それで十分だった。ちゃんと答えない。その一点で。確定
翌日、会社にて。朝から空気が少し重い。樹の滞在、五日目。「伊藤」浅井さんの声。「はい」「午前中、役所の追加資料を見る」「分かりました」いつも通り。そのとき。ドアが開く。「おはようございます」樹。仕事の顔。一瞬だけ目が合う。でも。すぐ逸らされる。会議室。三人。資料を広げる。「昨日、親会社関連のルートを確認しました」樹が口を開く。「直接の指示書はありません」「ただし、請求タイミングの調整に関与した可能性のある担当がいます」「……どこですか」浅井さん。「TK Networkです」「……」その名前。耳に残る。聞き覚えはないはずなのに。妙に引っかかる。「……」資料に目を落とす。ロゴ。会社名。(なんか、嫌な感じがする)理由は分からない。でも。直感的に。良くない方向に繋がっている。「名前は?」浅井さん。「まだ確証がない」樹が答える。「だから出せません」「確証がないのに、関与可能性は出すんだ」浅井さん。静かに詰める。「必要な共有です」樹も引かない。「本社としては押さえておく必要があります」「……」会話としては正しい。でも。まただ。「……」私は資料を見る。承認日。請求日。業者。「ここ」指を置く。「この日だけ、承認前に業者側の準備が終わってます」「通常は逆です」浅井さんが頷く。「つまり」続ける。「事前に承認予定を知っていた人がいる」「……」樹の手が、ほんの少しだけ止まる。ほんの一瞬。「……そうですね」すぐに戻る。「その可能性はあります」可能性。また、濁す。「……」(やっぱり)隠してる。「……」頭の中で整理する。TK Network。親会社。請求のタイミング。承認前の動き。(あとで調べないと)(すぐに)確信に近づく。「……」会議が終わる。昼。休憩室。コーヒーを買う。「伊藤さん」山川さん。「はい」少し迷ったように。「……なんか」言葉を選ぶ。「距離、近いですよね」「……え?」「高山さんと」さらっと。でも。ちゃんと見ている言い方。「……」何も言えない。「あと」山川さんが続ける。「浅井さんも来てからずっと」少しだけ笑う。「伊藤さんに同行っていうか」「近いですよね」「……
そのまま、時は過ぎて。夜になり、会議室。紙の資料を閉じる音。「……今日はここまででいい」浅井さん。いつも通りのトーン。「……はい」そのまま頷いて、席を立つ。でも、足が止まる。「……あの」振り返る。浅井さんはまだ席にいる。言葉を探す。「浅井さんが言ってた」「頼れるときに頼れって」「……」「どういう意味ですか」静かに聞く。「……」少しだけ沈黙。視線は資料のまま。「……別に」短く返る。「一般論」「……」違う。分かる。「……」何も言わない。でも、引けない。「……」続ける言葉がすぐには思いつかない。それでも、私が何か言いたげなことは察したのか。浅井さんがゆっくり立ち上がる。「帰る?」「……はい」外。夜の空気。「……送る」自然に言う。「……」断らない。もう、断らなくなったのだ。正確には。なぜなら、断っても。いつも、浅井さんの車に乗ることになるから。最初は抵抗していたが。今は、諦めてそのまま乗るようになった。いつからだろう。この距離に、慣れてきたのは。車の中は、静か。「……」しばらく無言が続く。でも。その沈黙が嫌じゃない。「……」ふと。浅井さんが口を開く。「昔さ」「……」珍しい。自分から。「同じこと言ったことある」前を見たまま。「……」「ちゃんと頼れって」「……」「全部一人で抱えるなって」「……」少しだけ、間。「……」「でも」言葉が止まる。「……」「聞かなかった」短く。それだけ。「……」飲み込む。でも。聞かずにいられない。「……その」「言ったお相手は」「どうなったんですか」静かに。「……」一瞬。空気が止まる。それから。「……いなくなった」それだけ。淡々と。「……」何も言えない。その人のことが気になる。なぜなら、浅井さんが。少し寂しげな目をするのは。初めてだったから。でも、何も言わないのも違う気がして。「……それでも」小さく言葉が出る。自分でも驚くくらい自然に。「言うんですね」「……」浅井さんが少しだけこちらを見る。「……」「同じこと」続ける。「もう一回」「……」「違う人である、私に」「……」視線が合う。一瞬。何かが揺れる。でも。すぐに消える。「……」
樹里が来てから、四日目。現場を浅井さんと2人で見にきた。「……あの」業者の男性が、少し距離を詰めてくる。周りを気にしている。「お伺い頂いた取引の件ですが」声を落とす。「……今回の請求タイミング」「少し、不自然だと感じてまして」「……どのあたりがですか」自然に返す。「……」言葉を選んでいる。「……通常より、承認が早すぎるんです」「それで」少しだけ、さらに声を落とす。「帳尻を合わせるように、請求のタイミングを調整しているように見えるというか」「……」完全に一致する。分析と。「それは、御社側の判断ですか?」踏み込む。「……いえ」即座に否定する。その速さ。「……」「……」一瞬、沈黙。それから。「……親会社の方から」小さく言う。「……」その言葉。空気が変わる。「……指示が?」「……」首を振る。「指示、というか」「……」「流れは決まってる、という感じで」曖昧に言う。「……」それ以上は言わない。言えない様子だった。そして、無言の圧を感じる。これ以上は答えられない。そう、言いたげな様子だ。「……」確信する。(関与してる)しかも。かなり上層部の人間が。この件には、関与している。「……」その日の夜。会議室。二人。資料を広げる。「今日の現場の件です」口を開く。「取引の請求タイミング、やっぱり調整されてます」「……」浅井さんは黙って聞く。「通常より承認が早くて」「その後に帳尻を合わせてる」「……」「あと」少し間。「親会社の方から、流れが決まってるって」「……」浅井さんの視線が一瞬だけ上がる。「……」「直接の指示ではないですけど」「関与してる可能性、高いです」「……」沈黙。それから。「樹も」言葉を続ける。「全部言ってないと思います」はっきり言う。「……」「今日の説明は」「綺麗すぎました」「……」「抜いてる部分がある」「わざと説明してないようにしか、見えません」「……」そのとき。「知ってる」浅井さん。即答。「……」一瞬、止まる。「……知ってるんですか」「うん」淡々と。「でも今は泳がせる」「……」「出し切らせた方が早い」「……」一言も迷わず。完全に、そう言い切る。「……」「親会社が絡んでる







