Masukある休日、レナータが王都の食堂で昼食を食べていると、背後から怪しい内容の会話が聞こえる。
「今夜、ここで落ち合おう。
その時に、ブツは渡す。」「ああ、わかった。
誰にもつけられないように気をつけるんだぞ。」「わかってる。
オズワルドなんかに知られたら、終わりだからな。」レナータは、オズワルド様の名前が聞こえた瞬間、二人が気になり出した。
何か怪しい取り引きの話合いだわ。
さりげなく後ろを振り返ると、髭面の男性とフードを深く被り顔を隠した、いかにも怪しげな男性達がいた。どうしよう…。
オズワルド様の目を盗んで、何かしらの犯罪を企てている者たちを目撃してしまった。けれど、肝心のブツの正体が何かわからない。
これじゃオズワルド様に報告したとしても、ただの憶測にすぎず、説得力に欠けてしまう。よし、今夜もう一度ここに来て、取引の現場を押さえよう。
それから、オズワルド様に確かな情報として報告すれば良い。レナータはそう心に決めた。
夜になり、再び食堂を訪れた。
やはり、昼間とは様変わりしており、店内はすっかり飲み屋の雰囲気になっていて、客層もどこか荒っぽく、少し不安になる。けれど、オズワルド様に報告するためにも、ここで引き下がるわけにはいかない。
そう自分に言い聞かせ、私はカウンターの空いた席に腰を下ろした。
「何飲む?」
店の店員が注文を取りに来た。
「果実水を。」
すると、店員の男性は馬鹿にしたように鼻で笑った。
「お嬢ちゃん、ここは果実水は昼間しか出さないんだよ。
悪いことは言わない。 帰りな。」「そんなわけにいかないわ。
エールでけっこうよ。」少しの間を置いて、店員は肩をすくめた。
「後悔するなよ。」
そう言って、店員の男性はなみなみと注がれたエールを目の前に置いた。
困ったわ。
エールなんて飲んだことはないのに。 でも、仕方ない。 昼間の怪しい男が来て、取り引きをするまでは、ここにいないと。私は恐る恐るエールに口をつける。
苦い。 これのどこが美味しいのかしら。そう思いながらも、しばらく飲んでいると、昼間の怪しい二人が店内に別々に入って来て、離れた席に座り、エールを飲み始める。
二人はどのタイミングでブツを渡すのかしら?
二人から目を離さないでいると、髭面の男性が先に席を立ち、もう一人の男性が座るテーブルの上にさりげなく袋を置いて、そのまま会計をして、店を後にした。なるほど。
こうやって渡すのね。 そして、あの袋がブツと言われるものらしいけれど、あいにく中身は見えない。 これからどうしようかしら?悩んでいる間に、もう一人の男性がテーブルに置かれた袋をサッと帽子の中に隠した。
せっかくここまで来たのに、取り引きを見ても、何を渡したのかわからず、ぼんやりとしかオズワルド様に報告できない。
その「何か」が一番大事なのに。何とかして、袋の中身を確認することができないかしら?
そう考えていると、その男も立ち上がり、会計を済ませ、店を後にする。
とにかく、その男性の後をつけることにする。潜伏先がわかれば、後からでも役に立つかもしれないからである。
そう決意したレナータだったが、店を出る頃には、足に力が入らず、真っ直ぐ歩くのも困難な状態だった。
まずいわ。
酒に酔って、素早く歩けない。 急がなきゃ見失ってしまうのに。焦る気持ちを支えに、ふらつきながらもなんとか男の後を追い始める。
距離を保ちつつ、目立たないように尾行するのは想像以上に難しい。
ふと、情報収集を得意とするテオドロさんの姿が脳裏をよぎる。
彼はこうやって情報収集するのね。
思った以上に大変な仕事だわ。 私は、改めて彼の凄さを実感していた。道の角を曲がった所で、突然後ろから口をふさがれて、驚きのあまり身をよじるが、体ごと抑えられて身動きが取れない。
「騒ぐな。
ここで何をしている?」低く押さえた声が耳元で囁かれる。
驚きながら、後ろを急いで振り返ると、オズワルド様だった。オズワルド様。
私は慌てて頷く。 すると、ようやく彼は手を離し、抑えていた口と体の自由を解いてくれた。「オズワルド様、見失ってしまうから、話している時間はないんです。
今、尾行中で。」私は小声で急いで説明する。
すると、不機嫌そうなオズワルド様が同じように小声で返す。「心配はいらない。
テオドロが代わりに追っているから。」「そうですか?
それなら良かったです。 私が追うより、確実ですから。 あの人、帽子に袋を隠しています。 それを探しているんですよね?」「見たのか?」
「はい、店内で見張っていましたから。」
「わかった。
帽子の中だな。 潜伏先がわかったら、その場で暴いてやる。」「お願いします。」
「だが、問題はそこじゃない。
レナータはここで何をしている?」「だから、見張りです。
あの人、昼間にブツを渡すのにオズワルド様に見つかったら、大変だって言ってたので、追跡してたんです。残念ですが、袋の中身はまだ確認できていないんですけど。」
「一人でそんな危険なことを?」
「大丈夫です。
気づかれていませんから。」「真っ直ぐ歩けないぐらいに酔っているのに?」
「それは…、彼らを待つ間、どうしてもエールを飲まないといけなくて。」
「飲めないのに、無理をしたと?」
「まあ、それはそうなんですけど…。」
追求するオズワルド様の顔つきはどんどん厳しくなり、それに伴い私の声も小さくなっていく。
ああ、私また彼に怒られてる。「僕の言いたいことがわかって来ているようだな。」
「はい、ええ、まあ…。」
その時、オズワルド様の視線が私の腕に止まった。
そこは、どこで傷つけたのかわからないけれど、皮膚の色が変わっていた。あれ、おかしいな、どうしてこんな所が赤くなっているのかしら?
「腕を見せてみろ。」
「い、いえ、大丈夫です。
ここだけだと思うし…」「見せろ。」
有無を言わせぬ低い声に、私は思わず腕を差し出す。
オズワルド様は黙って袖をまくり、私の細い腕をなぞるように見つめた。「……やっぱり他にも痣になっているな。」
「たいしたことじゃ、痛。
あれっ、おかしいな。」腕の色が変色しているのを見たら、急に痛み出す。
「レナータにとってはたいしたことじゃなくても、僕にとっては気になることだ。
きっと酔いが醒めたらもっと痛みが増すはずだ。」彼の声は静かだったが、目はまっすぐに私を見つめていた。
そのまなざしに、なぜだか胸が熱くなるのを感じた。その後も彼は私を叱り続けているけれど、私は酔っていて、ぼんやりと美しい瞳を見つめるばかり。
そんな様子の私に溜息をつくと、オズワルド様は背中を向けてしゃがみ、私はその背中にふわりと背負われる。
その後も、オズワルド様の説教は止まらず、背中から私の身体に直接声が響いてきて心地よいし、広い背中は安心感があり温かい。
ずっとこうしていたいなんて言ったら、呆れられるのはわかっている。
「あんな場所で、女性が夜一人で呑んで、もし、僕達に合わなかったら、ふらふらしながら一人で家まで帰ることになるんだぞ。
あちこちぶつけて痣も増えただろうし、第一そんなふらふらして、悪いやつに襲われたらどうするんだ?」
「はい、ごめんなさい。」
怒られているのに神妙な顔ができない私は、囁くように謝ることしかできない。
「明日、体調が悪いだろうから、王宮に出仕して来ないでいい。
休暇にしてやる。」「ありがとうございます。」
頭はまだぼんやりしているけれど、彼が言いたいことを必死に考える。
オズワルド様が怒っているのは、私が危険な目に遭うかもしれないって、心配してくれてのことだよね。
最近は、彼が不機嫌になるのは私を案じてくれている時だとわかっている。
彼の言葉や怪我を心配してくれているすべての行動が、今日はなぜか嬉しい。
おかしいな。
叱られてるはずなのに心のどこかで喜んでいる。 だって、今までの人生でこんなに真剣に、私のことを気にかけてくれた人なんて、いなかったから。叱り続ける彼の言葉を、彼の背中でにやけて聞いている私の姿を見て、ダグラスさんは笑いを堪えている。
大切にされるってこんなに幸せなことなのね。
酔っている私は、真剣な顔で怒られることすらできず、喜びを隠せないでいた。何度怒られていても、その根底には彼の役に立ちたいという思いがあって、やめようと思えないのはなぜだろう。
ごめんなさい。
出来の悪い部下で。また今日のようなことがあったら、やっぱり同じことをしちゃうのかな。
彼に見放されたくないのにね。気がついたら、家まで二人に送られ、ベッドに寝かされていた。
次の日、朝から目眩と吐き気に襲われて、仕事をお休みにしてもらえて良かったと思ったのは、言うまでもない。
その頃、あの男性達が取り引きを禁止されている宝石を売買していることが、オズワルド様達によって暴かれ、当局に連行されていた。
私の証言から帽子の中に宝石を隠しているのを指摘することで、すぐに口を割らせ、あっさりと白状させることができたそうだ。
夕暮れ時、ネバダ神父様が私たちを教会での会食へ招いてくださった。温かなスープと、素朴だけれど心のこもったお料理。私とビクトル様は思い出深い味に、心がじんわりと満たされていくのがわかった。「ネバダ神父様、あの頃、僕達が友人だったことをご存知でしたか?」「もちろんだとも。ビクトル様はオズワルド公爵夫人から託された大切な御子息だからね。」「そうでしたか。私達は王宮で共にいながらも、ちっとも気がつかなかったんですよ、お互いに。」「でも僕は、君を初めて王宮で見かけた時から、不思議と目が離せなかった。今思えば、お互いに惹かれ合うことは運命だったのかな。神父様、どうかこちらの教会で僕らの式を上げさせてください。二人が出会ったこの場所で、変わらぬ愛を誓い合いたいのです。僕はレナータと結ばれることができて、本当に幸せ者です。結婚披露パーティーは王都で開くつもりですが、式だけは二人きりで行いたいと思っておりまして。」「そうですか。私もとても光栄に思いますよ。」「良かった。」私たちはテーブルの下でそっと手を重ね合わせ、視線を交わし、胸いっぱいの喜びを伝え合った。それから、少ししてネバダ神父様に見守られながら私達は二人きりで心からの式をあげた。その日の空は雲ひとつなく、どこまでも澄み渡っていた。「緊張してるかい?とても綺麗だよ。」そっと肩に手を添えたビクトル様が、私の耳元で優しく囁く。「ちょっとだけ。」私はふわりと揺れる純白のドレスに、視線を落としながら、小さく笑った。こんなにも幸せで、こんなにも夢みたいで、彼を見つめると胸が高鳴る。彼はそんな私の手をそっと包み込み、柔らかく微笑む。「僕はずっとこの日を待っていたよ。」祭壇へと歩む私の足取りは、まるで夢の中を歩いているようだった。天窓から差し込む柔らかな光が、彼のタキシードをやわらかく照らしている。「二人は変わらぬ愛を誓いますか?」ネバダ神父の落ち着いた声が響く。ビクトル様は真っ直ぐに私を見つめ、まるでその視線で私を包み込むように、ゆっくりと頷いた。「はい。僕は彼女を愛し、守り、人生をともに歩むことを誓います。」その声は、力強く、誠実な思いが溢れていた。そして私も、彼の瞳をまっすぐに見つめ返し、優しく微笑む。「はい。私も、あなたを永遠に愛します。」彼は私の手を愛
「君が行きたいと言う養護院はここなんだね?」「はい、ビクトル様。私はここで育ちました。結婚前にぜひ、ネバダ牧師に挨拶がしたくて。」そこは王都からかなり離れた小さな村にある養護院の横に隣接された古い教会である。教会の扉を開くと、陽光が差し込むステンドグラスの前に、牧師姿の初老の男性が佇んでいた。「ネバダ牧師、ご無沙汰しております。」「レナータ、元気そうだね?」「はい、おかげ様で。それで、今日は紹介したい人をお連れしました。こちらはオズワルド公爵様です。」「やあ、オズワルド公爵様、お元気ですか?」「はい、ご無沙汰してます。ネバダ牧師様。こうしてまたお会いできて光栄です。それに、以前のようにビクトルとお呼びください。」ビクトル様の言葉は、どこまでも丁寧で温かい。「ビクトル様、お元気そうで何よりです。」「えっ、ビクトル様、ネバダ牧師とお知り合いなのですか?」「ああ、実はね、小さい頃こちらでお世話になったことがあるんだ。少年だった頃、オズワルド公爵家を継ぐ重圧に押し潰されそうに感じて、逃げ出したいと思っていた時にね。」「えっ、ビクトル様にもそんな時があったんですか?」「ああ、意外だろ?あの頃は勉学が苦手でね、朝から晩までの後継者教育の日々から、逃げ出したいと思っていたんだよ。」「そうだったんですね。」「そんな時、母の提案でしばらくこちらで身を隠して、お世話になっていたんだ。」彼の横顔は、どこか懐かしさを帯びたやわらかな微笑みで、私を優しく包む。「そんな過去があったなんて、全然知りませんでした。でも、少年の頃にここにいたのなら、私達は会っていそうなものですけどね。」「そうだね。でも、僕はそれほど長くいなかったから、会わなかったのかもしれない。」「そうですね。」「ビクトル様、レナータ、婚約おめでとう。私はあなた達がピッタリ合うのは、よくわかっていますよ。どうぞ、二人で見て回りながら、ゆっくりしていってください。」ネバダ牧師は並んだ二人を見て、微笑んだ。「ありがとうございます。」「では、ビクトル様、私のお気に入りの場所に案内しますね。ネバダ牧師、お祈りの邪魔をしてごめんなさい。ではまた後で。」「はい、行ってらっしゃい。」私はビクトル様の手を引いて、この養護院にいた頃、多くの時間を過ごしたお気に入りの
あの後、二人で邸に戻り、夕食を食べていた。その間もずっと彼の言葉が、胸の奥に熱く響いている。私達の形。オズワルド様の描く未来は、私達の願いそのものだけど、こんな私達を、誰もが祝福してくれるわけではない。だから、私達の関係が明るみ出た時、要らぬ敵を増やし、困難ばかりが生まれてしまうのだろうか?私のせいで彼まで茨の道を進もうとしているなら、彼を巻き込むことが本当に私がしたいことなの?恋をしても、愛されても、私はただの誰かの妻では終わりたくない。仕事をして、私という人間をちゃんと生きていたい。その思いが彼に負担を強いているのだとしたら、そこまでして私は自分の理想を追い求めるのだろうか?彼の優しさや我慢の上に、私の望む未来があるのだとしたら、やはり私は何かを手放さないといけないのかもしれない。彼の結婚相手となる人には、公爵夫人としての振る舞いや役割が求められる。静かに寄り添い、彼の名を傷つけず、ふさわしい言動を選び続ける人。果たして今の私が、その姿にふさわしいのだろうか。そんな思いが、ふと心を曇らせる。食事が終わると物思いに浸るまま、促されるように彼と並んで、ソファに座り、ワインに口をつける。「どうした?気になることがあるなら、僕に話して。」「…私、オズワルド様のことが好きです。でも、働きたいと思うことがあなたの重荷になるのなら…。」「それ以上言わなくていい。君の気持ちは、もちろんわかっている。君が優秀で、王宮での仕事に誇りを持っていることも。夫婦で勤める前例がないことも。」彼はそっと視線を重ねて、続けた。「でも、不安になる必要はない。それを含めて、僕達が新しく作るんだ。君が望む未来を僕も叶えたい。だから、僕が感じているのが、重荷とかそんな言葉ではないと、どうかわかってほしい。むしろ新しい挑戦に胸が躍るんだ。言ったはずだ、君といると不思議な力が湧いて来るって。それは僕の本心なんだ。」その宣言のあと、彼はそっと私を抱きしめた。彼に包まれる安心感に、心の奥からほっと涙がこぼれそうになる。私…このままでいいのね。「大丈夫、僕を信じて。」耳元で囁かれた声が優しくて、温かくて、私の不安ごと心を溶かしていく。私は思わず彼の胸に顔を埋める。「…本当に、好きなんです。でも、オズワルド様を不幸にすることだけは、絶対
しばらく二人はオズワルド邸でお世話になると思っていたが、翌日には、シシリーに迎えが来て、彼女は無事に帰って行った。シシリーの実家であるラスキン侯爵家は、潤沢な資金と警備体制が整っており、娘を守ることぐらい自分達でできるのだ。それに、自分の娘が原因のトラブルで、オズワルド公爵家にこれ以上お世話になるのも、気がひけたのだろう。でも、反対に私が帰る家はあのおんぼろな一軒家。だから、オズワルド様の帰宅の許可がおりない。「あのぅ、オズワルド様、今回のことはあくまでシシリーを狙った出来事で、私は標的でないというか、もう帰っても大丈夫かと思うのですが?」「本気で言ってるのか?」その低い声に、思わず息をのむ。けれど次の瞬間、彼は少しだけ表情をやわらげ、困ったように微笑んだ。「だったら、もう一度頭から話そう。」そう言って、オズワルド様は再びどうして家に帰ってはいけないのか、丁寧に話し始める。本当は私だってわかってる。シシリーと二人で逃げた時、悪い者達に追いかけられた。その時、顔を見られてしまったから、今では私も標的なのかもしれない。でも、それよりもオズワルド様に迷惑をかけ続ける方が私としては心苦しい。彼に好意を抱いている今、彼に煩わしい思いをさせたくない。「わかっています。わかっているけれど、オズワルド様の負担になりたくないんです。」「負担じゃない。どうしたら、僕にとって君が大切だと伝わる?」その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられる。「私、今までこんなに私を大切だと言ってもらったことがなくて。」「それもわかってる。初めてのことに戸惑っているんだよな。でも、ここに君がいた方が僕も安心する。君だってそう思えないかい?」オズワルド様の穏やかな声が、心の奥にそっと染み込んでいく。「私本当に迷惑じゃないですか?」「もちろん。だって僕は、君にとって一番信頼できる人なんだろう?」オズワルド様はふっと微笑んで、いたずらっぽく囁く。「それは…、忘れてください。」顔が熱くなるのを感じながら、私は思わず俯く。「無理だよ、あれは本当に嬉しかった。」 「えっ?」「だって真顔で、真正面から言いきったからね。あんな緊迫した話をしているときなのに、顔がにやけてくるのを我慢するのが、大変だったんだから。」冗談めかした口調とは裏腹に、彼の目はどこ
レナータとシシリーは、なんとかオズワルド様の邸にたどり着いた。けれど、この時間は彼が王宮に出向いているとわかっていた。それでも、彼が帰る頃までどこかに潜んでいるのは危険だし、王宮に近づくのはもっと危ないから、偶然通りかかった馬車を止めて、持っていた金銭を渡し、この邸まで送ってもらったのだ。さすがに、オズワルド公爵邸の前で、私達を攫うことはできないだろうと判断した。いざ来てみたものの、邸の方々も私達の扱いに困ったようで、王宮にいるオズワルド様に早馬で確認に行ってくれた。本当に部下だとわかれば、私はオズワルド様の同僚なのでもてなさないとならないし、彼を慕う変な女なら、追い出さないといけないと言ったところだろうか。とにかく、どちらにしても迷惑であることは変わりない。私達はオズワルド様が邸に戻り、応接室に入るなり、精一杯謝ることにした。「オズワルド様、すみません。」「さすがに今回は僕が怒っているとわかっているようだな。」そう言う彼の瞳は、言葉と裏腹に緩んでいた。まるで、私の無事を喜んでくれているような…。そんな気がして、胸の奥がほんの少し、熱くなった。それでも、こんな時に甘えは許されない。「はい、無断欠勤してしまったので。」「ならばすべて説明してもらおう。」「はい、まずはオズワルド様の邸にこんな形で押しかけてしまってすみません。でも、私にとって一番信じられる人は、オズワルド様ですので、こちらに来てしまいました。」「…そうか。まあ、いい。」オズワルド様は顔をふいと背ける。その横顔に、どこか照れくささのような表情が見えた気がした。そして再び落ち着いた声で話し出す。「実は我々もレナータを探し始めていたんだ。無断で休む君を不審に思ってね。」「そうだったんですか。連絡しようにも手段が見つからなくて。ご心配をおかけして、申し訳ありませんでした。」「まあ、状況によっては、それも仕方がない。ただ、そのせいでもうレナータの部屋は中までテオドロが確認しているよ。」「えっ、私のお家に入ったんですか?」「まあ、そういうことだ。どうしても確認が必要だったから。腹を立てるなら、僕にぶつけていい。僕達の仕事は事件に巻き込まれることもあるから、初動が肝心なんだ。」「えー、恥ずかしいです。でも、しょうがないですよね、安全確認のためです
「オズワルド様ちょっといいですか?」オズワルドが王宮内の自室で執務をしていると、ダグラスがいつになく険しい表情を浮かべている。「どうした?」「実は、レナータがまだ出仕していないのです。彼女が何の連絡もなく休むなんて、どうもおかしいと思いませんか?」「そうだな。レナータなら事情があって休むとしても、何らかの手段で連絡が来そうなものだよな。」「はい、僕もそう思います。」「テオドロに向かわせるか?」「はい、一応ですが、それがいいかと思います。」すぐにテオドロを呼び出し、レナータの家へ向かわせると、数刻の後、彼が戻って来た。「どうだった?」「何度か呼びかけましたが、レナータの返答がないため、念のため大家に話し、大家と一緒に確認しましたが、部屋には誰もいませんでした。」「部屋の様子は?」「荒された形跡はなかったです。」「そうか。」「それで、家の周りに住んでいる人々に聞き込みをして回りましたが、昨夜、レナータの部屋に明かりが灯ったのを見た者はいませんでした。恐らく、彼女は昨日王宮から出た後、家に戻っていないと思われます。」「そうか。ご苦労だった。」「どうしますか?引き続き、レナータの昨日の帰りの足取りを追ってみますか?」「そうだな。彼女に限って、誰かの家に泊まって、仕事を放り出して姿を消すような人間じゃない。何らかの事件に巻き込まれたと考えるのが自然だ。」「では、早速、調べて参りますね。」 「頼む。」レナータはいったい何処に行ってしまったんだ?そのことが気にかかり、仕事など全く手につかない。意識して書状に目を通そうと思っても、数行読まないうちに思考はレナータの元へと戻って行く。手を止めている僕を見て、ダグラスが心配そうに声をかける。「オズワルド様、大丈夫ですか?落ち着かないようですが。」「ああ、はっきり認めてしまえば、心配でどうにかなりそうだよ。」自分自身に問いかける。どうして僕はこんなにも、レナータを思い、心配で胸が苦しくなるんだ?彼女はただの同僚のはずなのに。仕事など投げ出して、今すぐ自ら彼女を探しに行きたい衝動に駆られる。こんな思いは初めてだった。彼女は仕事に対して真摯だからこそ、無断で休んでいる今、心配はつのる一方だ。きっと彼女は仕事に来れない状況に陥っているに違いない。そして、それは休







