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第1002話

Author: キラキラ猫
これまで凛は、琴子がしてきたことを蓮も全部知っていて、それでも黙っていたのだと思っていた。

けれど、玉希の話を聞くうちに、蓮が本当はどこまで知っていたのか分からなくなってきた。

凛はラテをもう一口飲んだ。

それでも心臓はまだ速く打っていて、カップを持つ手もかすかに震えていた。

アメリカーノをそのまま飲んでいたなら、この動悸もコーヒーのせいにできたのに。

玉希がまた口を開いた。

「そういえば、S2って名前、どうしてつけたか知ってる?」

凛は視線を落としたまま、小さく頷いた。

付き合い始めた頃、二人で将来の話をしていて、いつか会社を作るなら名前は「S2」にしようと決めたことがあった。

だから後になって、本当にS2という会社を立ち上げたと知った時も、凛はそれほど深く考えなかった。

新しい名前を考えるのが面倒で、昔二人で決めたものをそのまま使ったのだと思っていた。

蓮は昔から、新しい名前を考えるのを面倒がるほうだった。ネットで使っていた名前も、中学生の頃につけたものをずっと変えずに使っていた。

S2も、昔二人で決めた名前をそのまま使っただけだと思っていた。

けれど今、
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    玉希はスマホで、候補にしていたゴールドビーズをいくつか凛に見せた。「このへんがいいかなと思ってるの。あとで実物を何点か持ってきてもらえる?それを見て決めたいわ。全部で千点くらいになると思う」「分かりました。このあたりでしたら、どれも在庫があります」注文の確認が済むと、玉希はまた琴子のことに触れた。「母って、私たちが誰を選んでも気に入らないのよ。自分で見つけてきた見合い相手だって、結局は気に入らないんだから。兄もつい最近結婚したけど、昔、母に結婚を反対されてなかったら、今頃は子供が三人くらいいたかもしれないわね」玉希はそこで、少し遠い目をした。佐原家のきょうだいは、そろって目を引く顔立ちだった。玉希も映画女優を思わせる華やかな美人で、くっきりした目鼻立ちに、大きなウェーブのかかった髪がよく似合っていた。本人から聞いていなければ、三十五歳にはとても見えなかった。凛がコーヒーをひと口飲むと、玉希は少し真面目な顔になった。「こんなこと、私が言う筋合いじゃないのは分かってる。でも、蓮の姉としては、あの子には幸せでいてほしいの。母にも問題があるのは分かってる。あなたにだけああいう態度を取ってるわけじゃないのよ。あの人自身、そういうところがあるから」玉希は少し声を落とした。「うちのことも、あまり聞いてないでしょう?母は私と兄にとっては継母で、蓮にとっては実の母親なの。実の息子だからか、蓮には昔から特に厳しかったのよ」凛はわずかに目を見開いた。蓮からそんな話を聞いたことはなかったし、琴子から聞かされたこともなかった。玉希は小さく息をついた。「私があなたの立場でも、母とは距離を置いてたと思う。あの人が付き合いづらいのは、私もよく分かってるし、距離を置きたくなる気持ちも分かる。でも、私は蓮の姉だから、あの子のことは放っておけなくてね」凛は少し黙ってから尋ねた。「この二年、蓮は……どうしてたんですか?」「うーん……順調だった、とは言い切れないかな。起業なんて大変で当たり前だし、そのへんはあなたも分かると思うけど」玉希の表情が少し曇った。「お酒で何度か胃出血を起こして病院に運ばれたり、仕事の付き合いが続いて体を壊したりしてね。急性心筋炎で、半年以上入院してた時期もあったの」それから、少し困ったように笑った。

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    電話の向こうで、蓮が淡々と言った。「凛はブラック飲むと動悸が出るんだ。あとで仕事の話するんだろ。具合悪くなったら困る」言い方はあくまで事務的で、仕事に差し支えるから言っているだけのようだった。玉希はふっと鼻で笑った。蓮が今、凛をどう思っていたのかは、玉希にもよく分からなかった。まだ気持ちがあるのかと聞くたび、話をそらされたり、もうその話はするなと言われたりしていた。それでも、今日こうして凛に会えたことは、玉希も素直に嬉しかった。実際に話してみると、琴子から聞いていた印象とはずいぶん違った。身なりはきちんとしていて、話し方も落ち着いていた。立ち居振る舞いにも余裕があり、ふとした仕草には控えめなところも見えた。玉希自身も、仕事でもなければ積極的に人付き合いをするほうではなかった。そういうところは、凛とどこか似ている気がした。少なくとも、琴子が言っていたような人には見えなかった。琴子はこれまで、あちこちで凛のことを散々悪く言っていた。一方で、美和はいつも凛を褒めていた。琴子は家に戻るたび、頭が痛いだの具合が悪いだのと言いながら、美和や凛への不満をぶちまけていた。そのあと決まって泣きながら蓮に電話をかけ、最後は親子で言い争いになっていた。この二年、そんなことが何度も重なり、琴子と蓮の関係はずっとぎくしゃくしたままだった。どちらも譲ろうとせず、そこに凛のことが関わっていたのも、玉希にはなんとなく分かっていた。だから今日、偶然凛本人に会うと、玉希もつい、その言葉や仕草に目がいった。電話を切ると、玉希は凛が持っていたメニューを受け取り、何気なく耳たぶに触れた。「ラテに変えない?アメリカーノばっかり飲むのも、あんまりよくないでしょ」凛は一瞬、目を瞬かせた。「はい。どちらでも大丈夫です」さっきの電話は、凛にも聞こえていた。玉希がアメリカーノを変えようと言ったところで、凛の頭に蓮が浮かんだ。さっき電話をかけてきたのは、たぶん蓮だった。凛はふと玉希の手元に目をやった。薬指には、「羽化」シリーズのリングが光っていた。結婚指輪だろうかと見ていると、玉希がその視線に気づいて笑った。「私、今年三十五になるの。結婚したのはつい最近でね」そう言って、リングを指先でそっとなぞった。「前にも結婚したい

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    けれど、二人とも分かっていた。もう、昔のような関係ではなかった。凛は立ち上がった。「もう大丈夫です。先に失礼します。条件が決まったら、連絡してください」パンプスを履き直すと、蓮のほうは見ずに、そのまま社長室を出た。廊下に出たところで、向こうから歩いてきた梨々花と顔を合わせた。凛が軽く会釈すると、梨々花も同じように返した。けれど、すれ違いざまに向けられた視線には、どこか棘があった。さっき蓮を見ていた目も、話しかける声も、ほかの人に向けるものとは明らかに違っていた。しかも、琴子の名前まで出していた。凛には、琴子が気に入って、蓮の相手にと連れてきた女性のように思えた。「社長……」後ろから梨々花の甘い声が聞こえた。凛は一瞬だけ足を止めたが、振り返らず、そのまま足早にその場を離れた。オフィスのあちこちに飾られた胡蝶蘭は、どこか無機質になりがちなIT企業のフロアではかえって目を引き、白い花が空間をやわらかく見せていた。ビルを出たところで、路肩に停まっていたランドローバーの後部座席の窓がすっと下がった。中にいた女性が凛を見て、いたずらっぽく片目をつぶった。凛は思わず足を止めた。誰に向けたものか分からず周りを見たが、近くには誰もいなかった。「私ですか?」そう尋ねると、女性はすぐに笑った。「そう、あなた!相沢凛さんでしょ?ほら、乗って!」凛には、この人懐っこい女性が誰なのか分からなかった。すると女性のほうから車を降り、凛のところまで歩いてきた。「私、玉希。蓮の姉よ。あなたの話はずっと前から聞いてたの。やっと会えたし、このあとお茶でもどう?」それに、玉希にはちょうど仕事の話もあった。「実は、『アンサンブル』でまとめてお願いしたいものがあるの。社員に配るジュエリーで、八百点くらい。一点ずつは小ぶりで、そんなに重くなくていいんだけど」一点ずつは軽めでも、八百点となれば十分まとまった注文だった。それなら話を聞こうと、凛は玉希と一緒に車へ乗り込んだ。「私のこと、知ってるんですか?」「そりゃ知ってるわよ。蓮、あなたのことではずいぶん大変だったんだから」玉希は笑った。「でも、実際に会うのは今日が初めて。見たことがあるのも、『アンサンブル』の配信くらいよ」そう言いながら、玉希は

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