Masuk夜が明け始めた頃。海辺から知らせが届いた。湊は腕の中で眠る遥を優しく叩き起こし、低い声で言った。「真理、見つかったぞ」遥は彼の手を掴み、目を大きく見開いた。聞きたいけれど、怖くて聞けないような表情だ。湊はそれを察して言った。「真理は無事だった。今、隣の部屋にいる」彼は遥を抱き上げ、バスルームへと向かった。「先に顔を洗え。それから見に行こう」湊はすべてを完璧に手配していた。付きっきりで遥の身支度を手伝い、彼女を隣の部屋へ連れて行った。真理は目を覚ましていた。毛布にくるまり、ちびちびと白湯を飲んでいる。あちこち走り回って土埃にまみれた誠が、彼女の目の前にしゃがみ込み、その手を優しくこすり温めながら、時折毛布の中に手を入れて温度を確かめている。彼は振り返り、部屋のエアコンの設定温度を上げた。真理の声はひどく掠れていた。「いいよ、電気毛布も使ってるし」「低体温症寸前だったんだ。今は大事な経過観察の時期だ。まずは体温を上げないと。暑かったらすぐ言ってくれ」急な温度変化は、かえって体温低下を招きやすい。真理は一晩中外にいたせいで、体は氷のように冷え切っていた。遥は彼女が無事だと知り、ようやく胸を撫で下ろした。だが、やはり涙がこぼれ落ちてしまった。遥が泣いているのを見て、真理は慌ててなだめた。「義姉さん、私大丈夫だよ。生きてるから。誠が見つけてくれたの」美咲は昨日、すぐに誠へ連絡を入れていたのだ。彼なら間違いなく心配するだろうし、何よりこういうことに慣れている彼の方が、救助隊よりも頼りになるかもしれないと考えたからだ。誠は駆けつけるなり、何度も海に潜り、岸辺のあらゆる場所を捜索した。そして数百メートル離れた小島で、ただ一人うずくまっている真理を見つけ出したのだ彼女は意識を失っていたが、幸いにも命に別状はなかった。救助隊に連絡し、真理を連れ帰ってきたのだった。真理はニカッと笑った。「私、あそこまで泳いだんだよ、すごいでしょ?夜はちょっと寒かったから、体温が下がらないようにずっとスクワットしたりジャンプしたりしてたの。最後は力尽きて倒れちゃったけど、そしたら誠が助けに来てくれた」遥は顔の涙を拭った。だが、普段は血色の良い真理の顔が今は青ざめ、唇にも血
地面に散らばった書類も、本物だった。今夜の零時を過ぎれば信託の受付が一部締め切られ、再び手続きをするには手間がかかるのも事実だ。ただ、すべてがあまりにも都合よく出来すぎている。湊は眉をひそめ、その顔には言い知れぬ陰鬱さが漂っていた。翔へ向ける視線にも、強い不信感が滲み出ている。その時、美咲が素手で岩壁をよじ登って岸に上がり、遥に向かって首を横に振った。「見つからなかった。でも、今の潮の流れを見る限り、沖へ流されたとは思えない。もしかすると真理自身が自力で泳いで、別の場所へ向かった可能性がある」楓は生きた心地がしなかった。急いで駆け寄り、美咲にバスタオルを羽織らせる。「美咲ちゃん、どうして一人で飛び込んだりしたの?」「平気よ。人命救助が最優先だから。水難事故は他のケースと違って、タイムリミットが極端に短いの。現役時代に水上訓練も受けていたから、これくらい大したことないわ。ただ、見つからなかったのが悔やまれるけど……」しかも、今の真理は高橋家にとって目の中に入れても痛くないほど大切な存在なのだ。このことを誠にどう伝えればいいのか、美咲にも分からなかった。遥は暗い海面を見つめた。内心、不安で仕方がなかった。救助隊もすでに海で捜索を行っている。美咲は、徐々に暗く沈んでいく海面を見つめながら、冷静に言った。「警察を呼びましょう。これはただの事故じゃない。見つかるかどうかにかかわらず、通報するべきよ」翔がうなだれたように言った。「さっき、途切れがちな電波を頼りに、すでに通報を済ませておいた」しばらくして、警察が到着した。いくつか質問をした後、翔と美咲を連れて行き、現場を封鎖した。楓が心配そうに言った。「遥ちゃん、先にホテルに戻りなさい。まだ身重の体なんだから、こんなところでずっと立ちっぱなしじゃ、体が持たないわよ」遥は首を横に振った。「私は大丈夫。真理ちゃんのことが心配だから」楓は慌てて湊に視線を送った。湊は前に歩み寄り、遥の手を引いた。「救助隊も言っていたが、たとえ見つかっても連れ戻すのは難しい。ホテルに戻って待とう。医療チームもそっちに待機しているから」遥はそこでようやく頷いた。「分かったわ」この辺りは切り立った崖だ。美咲のように並
遥の声に、真理はハッと顔を上げた。海には霧が立ち込めており、夕暮れ時ということもあって、展望台から前方の曲がり角まではかなりの距離があった。向こうの様子ははっきりと見えない。真理の心臓の鼓動が早くなった。「翔兄さん、やっぱりサインはやめておく。もし本当にお父さんとお母さんが何かを残してくれていたなら、お兄ちゃんと二人でちゃんと手続きするから」翔は重々しい溜め息をついた。目の前で自分をひどく警戒している真理を見つめた。その瞬間、彼の胸の内に殺意がどす黒く膨れ上がった。彼は真理の手からファイルを力任せにひったくった。「もういい。俺がお前のために言ってるのに、どうしても俺のことが信じられないなら……」その声には明らかな怒気が混じっていた。真理が無意識に手から力を抜いた瞬間、翔は彼女の腕を乱暴に掴み、凄まじい力で手すりの方向へ突き飛ばした!古い木製の手すりが、バキッという激しい音と共にへし折れた!真理は鋭く短い悲鳴を上げた!しかし、すぐ外側は切り立った崖の淵であり、足を踏み外した彼女に、手を伸ばして掴めるようなものはもう何処にもなかった。パニックの中、真理が最後に展望台を見上げた時、彼女の目に映ったのは、口の端だけを歪めて冷笑する翔の顔だった。彼は手の中のファイルを、まるで花吹雪を撒き散らすように、彼女に向けて投げ捨てていた。彼の狙い通りになったのだ。真理は冷たい海水へと転落した。十一月の夜、海水の温度は恐ろしいほど低い。いくら真理が水泳を得意としていたとしても、この断崖下の水域から這い上がることは不可能だ。この数ヶ月間だけでも、この水域で足を滑らせて命を落としたハイカーが十数人もいるのだ。アウトドアに熟練した者でさえ生還できないような場所で、箱入り娘の真理が助かるはずがない。翔は猛然と数歩後ずさりし、水面に向かって狂ったように叫び始めた。「真理!真理っ!!」声を聞きつけた遥と美咲が、後ろの道を急ぎ足で駆け上がってきた。彼女たちが目にしたのは、周囲に散乱する無数の書類と、地面に這いつくばって絶叫している翔の姿だった。翔は鼻水と涙で顔をぐしゃぐしゃにしていた。「義姉さん!真理が、真理が落ちてしまった!救助を呼ぼうと電話したんだが、ずっと圏外で!どうしよう、義
遥は辺りを見回し、楓に尋ねた。「楓ちゃん、真理ちゃんの姿見た?」「いや、さっき翔社長に呼ばれて、展望台の方へ向かったみたいだけど」現在、グループ内には二人の「九条社長」がいるため、翔は自然と「翔社長」と呼ばれていた。遥はふと、嫌な予感がした。なぜか、胸騒ぎがする。この辺りのビーチは観光用に整備されているとはいえ、一部のエリアは危険なため、立ち入り禁止に指定されている。展望台の下が、まさにそのようなエリアだった。遥はスマホを取り出してマップを確認した。現在地から展望台までは一キロほどある。「真理ちゃんにちょっと用事があるから、探しに行ってくるわ」「付き合おうか?」遥は断った。「大丈夫よ。佳代ちゃんとご主人もいるんだから。それに、そんなに遠くないから」美咲が服についた砂を払いながら立ち上がった。「私も一緒に行くわ」彼女の息子は最近畿内に帰っており、夫も仕事で来られなかったのだ。二人とも、妊婦である遥を一人で行かせるのはどうしても心配だった。散歩がてら、島を少し歩くのも悪くない。……展望台の上。海風が吹きつけ、真理のスカートの裾を激しく揺らしていた。彼女は羽織っていた上着の襟を掻き合わせ、急かすように言った。「翔兄さん、私に用って何?」翔はひどく深刻そうな顔をしていた。彼は防水ケースを真理に手渡した。「以前、淵叔父さんから信託財産の一部を預かっていてね。お前と健がまだサインしていなかったことを急に思い出してな。わざわざ持ってきたんだ」「お父さんが?」真理はファイルを開いて中を確認した。確かに、信託基金の委託書だった。最後のページには、淵本人の確認サインも残されている。間違いなく、父の筆跡だった。真理は眉をひそめ、書類の内容を見極めようとした。海風に煽られ、書類がバサバサと音を立てる。「とりあえず、持ち帰って確認するね。わざわざありがとう、翔兄さん」「待てよ、真理。先にサインをしてくれ。今夜で窓口が閉まってしまうんだ。この書類は俺も確認したし、健のところにも一部送ってある。お前たちが淵叔父さんの信託財産を継承するための確認書類なんだよ」真理は半信半疑だった。片手を空け、健に電話をかけようとした。だが、圏外だっ
取締役会の連中など、翔は相手にする気にもなれなかった。――あんな老いぼれ共、どうせ後知恵で文句を言っているだけだ。今になって自分を責め立てたところで、何の役にも立たないのだ。真理は若すぎる。デザインの才能以外は全くの無能で、簡単なビジネスの交渉すら、そのお嬢様気質のせいでぶち壊してしまうだろう……デザインや才能といったものは、翔の目から見ればあまりにも現実味がなく、当てにならないものだった。翔はタバコに火をつけ、低く沈んだ声で言った。「マーケティングの予算を増やせ。プロモーションさえしっかりやれば、売れないゴールドなんてないはずだ」売れないのは、単にマーケティングの規模が足りないだけだ。アシスタントは言葉を選びながら答えた。「すでにかなりの額を注ぎ込んでおり、当初のプロジェクト予算を大幅に超過しています。これ以上となると、さすがに本社からお叱りを受けるかと……」巨大な九条グループにおいて、ジュエリー部門が稼ぎ出す利益は確かに大きな比重を占めてはいるが、それさえあれば万全というわけでもない。翔は眉間を揉みほぐした。「構わん。すでに金を注ぎ込んだ以上、徹底的にやれ」「かしこまりました。すぐに手配いたします」翔は椅子の背もたれに深く寄りかかった。その視線は、目の前のパソコンのモニターに釘付けになっていた。「アンサンブル」の売上を示す右肩上がりのグラフの線が、彼の眼鏡のレンズに反射して冷たい光を放ち、彼の目を刺すように痛めつけた。彼は信じている。たとえ取締役会が自分を問い詰めてきたとしても、彼らが本気で自分の手から権限を奪い、真理に与えたりはしないだろうと。ただ、湊が横槍を入れてくるかどうかが懸念だった。もし真理という存在がいなければ、湊はジュエリー部門の事業には一切口を挟まなかったはずだ。湊はビジネスにおいては常人離れした自信を持っている。自分の手の中にはすでに十分すぎるほどのカードがあると確信しているため、他人のものをわざわざ奪おうとはしないのだ。だが、厄介なことに、目の前にはあの真理が控えている。彼女がジュエリー業界で眩いばかりの光を放てば放つほど、翔の目にはそれが目障りで仕方がなかった。もし、真理がいなければ……もし……翔はタバコの煙を深く吸い込んだ。
彼女は決して一時的な衝動などではなく、真剣に結婚に向き合っているのだ。真理は言い訳を探すように言った。「彼のお母さんがね、お爺様の容態が良くなくて、心残りを抱えたまま逝かせたくないって言ったのよ。もし私の母が病気で私がウェディングドレスを着るのを見たいって言ったら、私も絶対に母の願いを叶えてあげたいって思うから」自分の立場に置き換えれば、真理にもその気持ちは痛いほど理解できた。だが、遥は容赦なく彼女の核心を突いた。「高橋のお爺さんに心残りを抱かせたくないの?それとも……誠さんに悔いを残させるのが惜しくなったの?」真理は言葉に詰まり、もごもごと言葉を濁した。手元にあったパズルのピースを、間違った場所にはめ込んでしまった。結衣がすかさずそれを指摘した。「真理お姉ちゃん、間違ってるよ!そこじゃないのよ!」真理が下を向くと、確かにまったく形の違うピースを無理やり押し込み、間違った場所に置いていた。彼女はそれを外し、正しい場所を見つけるまでにしばらく時間がかかった。遥は頬杖をつきながら言った。「本当に決心したのね?」「分かんない。でも……彼の顔を見たら、どうしても彼と結婚したくなったの」遥はふっと口角を上げた。「私が大学生の頃も同じだったわ。湊を見た瞬間、どうしても彼と結婚したいって思ったもの」今の真理の気持ちは、遥にもよく分かった。要するに、誠を目の前にしてすっかり夢中になってしまったのだ。これだけ分かりやすい態度を見せておいて、「好きじゃない」と言っても誰も信じないだろう。真理は手を伸ばし、眉間を揉みほぐした。昨夜はよく眠れなかった。そのせいで、今も頭の中がふわふわとしているような気がした。たぶん、本当に一時的に頭に血が上っているだけだ。あるいは、まだ頭が冷え切っていないのかもしれない。……「アンサンブル」と「金吾堂宝飾」のコラボレーションは、ジュエリー業界にまたたく間に大きな波紋を呼んだ。何しろ、あの有名な「金吾堂」なのだ!金吾堂の公式サイトには、大々的に「縁結び」シリーズがプロモーションとして掲載された。特設ページが公開されるや否や、多くの金吾堂の常連客の目に留まり、売上は瞬く間にうなぎ登りとなった。翔のオフィスでは、アシスタントが右肩上がりで急