LOGIN「おああ、もちろん!絶対に行くとも。そういえば湊、お爺さんがここ数日少し体調が悪いらしいが、どうしたんだ?」湊は平然と答えた。「俺が怒らせたんです」周防教授は「ほう」と声を上げ、のけぞって驚いた顔をした。顔のシワをピクピクと揺らしながら、しばらく湊をじっと見つめていた。そして再び椅子に座り直し、老眼鏡をかけ、頭痛の種である大学院生の論文に目を戻した。「君のお爺さんから私に電話がかかってきて、診に来てくれと言われたんだが。生憎こっちも忙しくてね、代わりに銀次に診に行かせたんだよ。そしたらただの風邪だったらしいじゃないか」あの老いぼれめ。銀次は心臓外科で、私は小児科だぞ。たかが風邪でどうして私たちを呼ぶんだ」電話越しに聞いた行健の愚痴を思い出し、周防教授は呆れて白目を剥いた。湊が今嫁にもらった女が気に入らない、だのなんだのと言っていたが。やれやれ。君に気に入られる必要がどこにあるのよ!湊がこれだけ優秀で、九条家の未来も安泰だというのに。もし彼が、あの家の他のどうしようもない孫たちと同じような出来損ないだったら、あの老いぼれにこんな元気よく文句を言っている余裕があっただろうか。周防教授もこれまで数え切れないほどの人を見てきた。行健が気に入っているという相沢家の娘、凛にも会ったことがある。この辺りの名家の子供たちは、小さい頃からみんな彼に診てもらっていたのだ。凛という子は、確かに優しくて素直だが、まるでお人形のように自分の意志というものがない。湊が彼女を好きになるはずがないのだ。遥は、自分の意志をしっかりと持っている女性だ。気品があり、美しく、その眼差しには自分の譲れない誇りと野望が宿っている。そして何よりも重要なのは、彼女が湊という男を完全に手懐けているということだ。これこそが、何よりも大切なことなのだ。周防教授はホッホッと笑った。「お爺さんのことなんて放っておきなさい。遥さん、君のノートをすべて読ませてもらったよ。私の新しい論文の謝辞に、君の名前を載せさせてもらうつもりだ」周防教授レベルの権威が書く論文ともなれば、権威ある賞の受賞は確実視されるほどの代物だ。そんな論文の謝辞に自分の名前が載るなんて、遥は自分にはもったいない光栄だと感じた。「ただのノ
楓は、仲良しのグループLINEにメッセージを連投していた。マスコミが撮った、湊がカメラに向けて結婚指輪を見せつけている写真も、何枚も保存してグループに送りつけてきた。【社長、マジで結婚してるわ!花嫁は私じゃないけど】それに対し、美咲が即座にツッコミを入れた。【あんただったら、社長が損しすぎでしょ】遥がスマホを開いた時、すでに二人は延々とトークを繰り広げ、凄まじい盛り上がりを見せていた。遥はその何枚かの写真をタップして拡大してみた。湊を撮ったマスコミは、もしかして全員芸能専門のプロカメラマンなのだろうか。撮られた写真は、どれもこれも一枚一枚が絵になるほど美しかった。まるで雑誌の表紙から抜け出してきた人気男優のようだ。周囲の照明も観葉植物の配置も、すべてが彼を美しく見せるために特別に用意されたセットのように見えた。だが、湊の後ろに写り込んでいる健太の顔が、ひどく歪んで変顔になっているのを見つけて、遥は思わず吹き出してしまった。湊が絶対にわざとやったに違いない。記者たちに、自分がはめている指輪をはっきりと撮らせるために。スマホにちょうど湊からのメッセージが届いた。今どこにいるかと聞かれ、これから周防教授に会いに行くから迎えに行くとのことだった。返信を済ませ、遥はスマホを脇に置いた。紗月がドアをノックして入ってきた。「社長、資材の仕入れ先はいくつか目星がついたんですが、ジュエリーのメイン部分をどの職人さんに依頼するか、まだ決まっていません」遥は頷き、指先でデスクを軽く叩いた。「スケジュールに空きのある職人さんの情報を集めておいて、私が後で判断するわ。それから、作業員の人たちにも仕事に戻るように連絡してちょうだい。寮の手配はもうできてる?」「はい、すべて手配済みです。ただ、入寮希望者のリストをまだまとめているところですが。あの……万代さんは、最近毎日会社に来ていて、大型トラックの荷下ろしにも何度もついて行って手伝ってくれてるんです。すごく真面目でいい人そうですよ」あの日、遥に会って以来、輝はほぼ毎日、立花の工場の周りをウロウロしていた。工場はつい最近、機材を運び入れて稼働を再開したばかりだ。先日、真珠のロットが届いた日の夜中、誰かが倉庫に忍び込んで盗みを働こうとした
九条グループ本社。九条グループの伝統として、照明をつけたり消したりする方がかえって電力を消費するという理由から、本社のビルの明かりは一晩中つけっぱなしにされている。湊が会社に足を踏み入れると、大勢のマスコミが彼を取り囲んだ。フラッシュが焚かれ、マイクが一斉に向けられた。投げかけられる質問は、どれも鋭く容赦のないものだった。「九条社長、現在リリースされている恋愛ゲームが、御社がリリース予定のゲームに何らかの影響を与えるとのお考えでしょうか?相手側の会社は、九条グループが彼らのゲームを盗作したと主張していますが、これは事実でしょうか?」「九条社長、以前九条グループはデータが情報漏洩されたと発表しましたが、これも事実ですか?」「九条社長、ご自身の現在の交際状況について伺えますか?先日、相沢電器の令嬢と共にリゾート島への旅行に行かれたと報じられていますが、ご結婚が近いということでしょうか?」次から次へと飛んでくる質問。彼らは皆、湊の口から少しでもスクープを引き出そうと必死だった。ボディーガードと秘書チームが湊を囲み、彼が進むための道を開いた。湊は歩みを止めなかった。冷ややかな表情を崩さず、立ち止まる気配すら見せない。その時、一人の女性記者が人混みを掻き分けて前に飛び出してきた。大きな声で問い詰めた。「社長!ゲームのデータを漏洩させたのは、御社を退職したばかりの立花遥という元社員だという内部告発がありますが、これは事実ですか?九条グループとして、この情報に対してどのような措置を取られるおつもりですか?」ロビーが、一瞬にして静まり返った。湊の足がピタリと止まり、氷のように冷たい視線が、声の主であるその女性記者に向けられた。元々眉骨が高い彼の顔立ちは、見下ろすように視線を向けると、さらに人を畏怖させ、背筋を凍らせるほどの威圧感を放つ。「立花遥が退職した時点では、ゲームは現在の仕様にはなっていませんでした。あなたの言い分だと、彼女はわざわざ苦労して、我々がすでに破棄したデータを盗み出したとでも言うのですか?」現場は、水を打ったように静まり返った。湊はネクタイを軽く引き、トップに立つ者としての絶対的なオーラを漂わせた。「我々のゲームは予定通りリリースされます。相手が盗んだのは我々が
現在の九条家の本邸は、四階建ての豪邸だ。三階の窓からは、東都の海が遠くに見渡せる。果てしなく広がる海は、静かで穏やかだった。湊は背後から遥を抱きしめた。彼女の首筋に落ちた汗が、背骨のラインを伝って滑り落ちていく。透き通るように白い肌が月明かりに照らされ、ガラス窓に反射した銀色の光が彼女の体の上に降り注いでいた。海面が満ち潮を迎えるように、遥の頬が冷たいガラスにぴったりと押し付けられ、吐き出す熱い息が白く曇った。白い肌は薄紅色に染まり、黒髪が両肩に散らばっている。肩に残る赤いキスマークとともに、それはまるで冬の日に咲き誇る梅のようだった。遥は、もう息が続かないと感じていた。耳元には荒い呼吸音が響き、その一つ一つが彼女自身の息遣いと深く交わり合っている。遥の目の前がすっかり霞み、窓の外の景色などもう何も見えなくなっていた。ただただ、意識が遠のいていく。ようやく嵐が過ぎ去った頃には、東の空が白み始めていた。遥は指一本動かす力すら残っておらず、湊の胸を軽く押し返した。「あなた、これからは私と別の部屋で寝てちょうだい」これじゃあまるで、インキュバスなんかに魅入られたみたいじゃないの。対する湊にはいささかも疲れた様子はなく、むしろ活力に満ちあふれていた。彼女は昼間、仕事に行かなければならないのだ。彼にここまで搾り取られて、どうやって仕事に集中しろと言うのだ。湊は適当な相槌を打った。身をかがめ、彼女の額にキスを落とす。「周防教授から電話があったんだ。明日、病院に来てくれとのことだ。結衣ちゃんのために薬膳のレシピをいくつか考えてくれたらしい。どれが結衣に合うか、お前にも見てほしいそうだ」周防教授は病院に戻った後も、ずっと結衣の体のことを気にかけてくれていた。生まれつきの虚弱体質というのは、そう簡単に治るものではない。だが九条家のような家庭なら、娘一人を大切に甘やかして育てることなど造作もないことだ。遥は頷いた。顔を上げて、目の前の湊を見つめる。彼の瞳の奥には優しさが何重にも広がり、遥は自分までもがその中に溺れてしまいそうだった。額の汗が顎のラインを伝って落ちる。遥は手を伸ばし、指先でその汗を優しく拭い取ってやった。「ゲームの件、私が表に出て釈明する必要はある?」
行健は話せば話すほど、内心の不安を拭えなくなっていた。互いに手の内は分かっている。湊には、これ以上行健と言葉を交わすつもりなどなかった。「承知しました。誕生会には妻を連れて出席します。では……」そう言い残し、一方的に電話を切った。湊はLINEを開き、ビデオ通話をかけた。スマホをホルダーに固定する。通話が繋がると、真剣な眼差しで車を運転する湊の横顔が画面に映し出された。遥は言った。「運転中なら、電話なんてかけてこないでよ。危ないでしょ」「大丈夫だ。俺がかけなくても、どうせ変な電話がいくつもかかってくる」遥はてっきり、九条グループの取引先からの電話のことだと思い、ビデオ通話を切ることはしなかった。「遥、来週お爺様の誕生日なんだ。顔を出さなきゃならない。お前も一緒に行こう。結衣は連れて行かないでおく」結衣はまだ小さい。湊は、結衣に祖父を会わせるのはまだ早いと考えていた。遥は頷いて承諾した。ドアを開けた時。真由美は一目で、湊が手にしている花束に目を奪われた。百合、バラ、コチョウラン、大きな花束は、色彩豊かで目を見張るほど美しい。遥に手渡された時、彼女も少し驚いたようだった。「どうして急にお花なんて買ってきてくれたの?」「通りかかった時に、綺麗だったから」真由美は笑った。「昔、私があれほど何度も女の子にはお花をプレゼントしなさいって言って聞かせて、やっとのことで買ってこさせたのに。今じゃ自分から買ってくるようになったのね」男というものは、決して気が利かないわけではないのだ。ただ、相手が誰かによって態度が変わるだけ。遥の顔が少し熱くなった。湊を一瞥し、彼のために弁解するように言った。「大学で付き合ってた頃も、湊はお花なんて買ってくれませんでしたよ」湊もそれに合わせて鼻を鳴らした。「あの頃は、金がなかったからな」当時の彼が身分を隠していたのは事実だが。本当に懐事情が寂しかったというのも、また事実だった。結衣は悠斗と一緒にカーペットの上に座り、積み木で遊んでいた。湊の姿を見つけると、「湊おじさん」と呼んだ。久美子は少し申し訳なさそうにした。「湊さん、ごめんなさいね。結衣はまだ小さいから、パパっていう呼び方にまだ慣れていないのよ。気にしないでね」
花屋を出る時、コートのポケットの中でスマホが振動した。湊は片手でスマホを取り出し、電話に出た。電話の向こうから、年老いた嗄れ声が響いた。「あいつらを別荘に行かせたのは、お前か?」「ああ」行健は重く、深いため息をついた。「お前は本当に、わしが手も足も出せないとでも思っているのか?」「お爺様は本当に、俺が九条グループの地位に執着しているとお思いですか?」行健には理解できなかった。湊がこの数年間、九条グループのためにしてきたすべてのことを、彼はその目で見てきたのだ。一つの契約を取るために、命懸けで接待をこなしてきたのは他でもない湊だ。それが今、堂々と九条グループなんてどうでもいいと言い放っているのも、また湊なのだ。行健は、湊がそんな人間ではないと信じていた。それなのに今、彼は何度も自分に逆らっていた。行健は怒りに震えた。「すべては、お前が娶ったあの女のためか?」「俺自身のためだ」車に乗り込む。先ほど買ったばかりの花束が助手席に置かれている。花束の中の百合が心を落ち着かせるような香りを漂わせていた。先ほどバーにいた時、湊は酒を飲まなかった。今の彼の頭は、恐ろしいほど冴え渡っていた。窓の外では、花屋の女将の子供が店先を走り回っていた。手にはピンク色の豚の風船を持っている。結衣が教えてくれた、「ペッパピッグ」というキャラクターだ。小さな男の子は風船を高く掲げながら走り回り、そのあどけない笑い声が、店の入り口に吊るされた風鈴の音と混ざり合って響いていた。「ママ、ありがとう!僕この風船大好き!」女将が呆れたように注意する。「あんまり走ると転ぶわよ。遠くに行かないで、この辺で遊びなさい」「分かってるよー!」その微笑ましい光景を見て、湊の口角からは自然と微かな笑みがこぼれた。彼の口調も少しだけ柔らかくなった。だが、口にする言葉は相変わらず冷徹で容赦がなかった。「お爺様。健や真理でさえ自分たちの両親を見捨てられないというのに、どうしてあなたが必要なのですか?もしお爺様がご自身の妻すら必要としないのであれば、祖母が産んだ子供たちも、そして俺も、お爺様には必要ないでしょう」その一言で、行健が言おうとしていたすべての言葉を封じ込めてしまった。湊は服についた目に
タグがついたままの、正真正銘の新品だ。以前、夜中に不審者がドアを叩いたことがあった。女所帯ゆえの不安から、遥は男性用のスリッパを買って玄関に置こうとしたのだが、わざとらしい気がして、結局カメラ付きインターホンを取り付けたのだ。スリッパは使わずじまいだった。だがそのサイズは、奇しくも湊の足にぴったりだった。湊は視線を落とした。彼女が夫のために買ったものか?タグがついたままの新品だ。さっきの住人の言葉を思い出せば、あの男はここに来たことがないようだ。湊の喉が渇いた。彼は素直にスリッパを履き、礼を言った。久美子に向き直り、愛想よく挨拶する。「初めまして。夜
悠斗がバスルームから呼んでいる。湊は足を踏み出し、そちらへ向かった。家は狭く、バスルームまでは二歩で着く。バスルームはきれいに片付いている。洗面台を見下ろすと、歯ブラシが三本、コップが二つ並んでいる。ピンクの歯ブラシと、カエルの子供用歯ブラシが仲良く並んでいる。遥はコップを使わない。湊は知っていた。彼女は手で水をすくって口をゆすぎ、ついでに顔も洗うのが好きだ。コップを洗う手間が省けるからと、学生時代はそうして時間を節約していた。四本目の歯ブラシはない。悠斗は用を足すと、結衣とおもちゃで遊び始めた。湊は部屋の中を見渡した。リビングは狭いが、日当たり
子供というのは、敏感なものだ。遥は苦笑した。「嫌いじゃないわよ」子供の世界には「好き」と「嫌い」の二つしかない。悠斗には、遥の言葉の意味が理解できなかったようだ。悠斗はまだ二歳過ぎ。ベッドに寝そべって点滴を受けている小さな姿は、親が傍にいないせいか、どことなく可哀想に見えた。遥は病室のドアを見上げた。湊はタバコを吸いに行ったきり、いつ戻ってくるか分からない。自分が母親になったせいか、子供を見るとどうしても放っておけない。遥は席を立ち、二人の子供の間に座り直した。悠斗の小さな手を握り、優しく話しかける。「手、痛くない?」悠斗は首を振った。「
帰路につく頃には、悠斗も結衣も、遥の膝の上で眠りこけていた。車がマンションの入り口で減速する。管理人がちらりと確認してゲートを開けた。川沿いのマンションだ。その時、悠斗が目を覚まし、トイレに行きたいと騒ぎ出した。近くに公衆トイレはない。遥は仕方なく、悠斗を連れて上がることにした。湊も車を降りた。悠斗はまだ二歳だからいいとしても、湊は大人の男だ。このタイミングで一緒に上がるのは、近所の人や母に見られたら言い訳が難しい。湊は遥の非難めいた視線に気づかないふりをして、薄く笑った。「俺もトイレに行きたい」「ここの街灯、壊れてますよ」つまり、その辺の茂みで







