Share

第5話

Author: キラキラ猫
大学時代、玲奈は兄である瞬の名目を使い、足繁く帝都大学へ通って湊に会いに行っていた。

そしてその頃、湊の傍らにはいつも影のように寄り添う一人の女性がいた。

長身でスタイル抜群、鮮やかな服を纏うその姿は、まるで真夏の太陽のように眩しく、華やかだった。

一目で、蝶よ花よと育てられたお嬢様なのだとわかった。

玲奈は瞬から、その子が芸術学部の立花遥であり、湊の彼女だと聞いていた。

あれほど孤高で気高く、月のように冷ややかな気質を持つ湊が、見るからに俗っぽくてワガママそうなお嬢様と付き合っているなんて、誰も想像できなかっただろう。

「湊も金には困ってるからな。たぶん立花が金積んで落としたんだろ」と瞬は言っていた。

玲奈もそれを信じていた。

しかしその後、ある提携案件を通じて、湊が実は九条家の長男であり、九条グループの後継者であることを知った。

その時、湊と遥の関係は、ただの火遊びに過ぎないのだと玲奈は悟った。

その後、湊の口から似たような言葉を聞いたこともある。

だが不思議なことに、玲奈の心は晴れなかった。

湊が顔を上げ、冷ややかな視線を向けてくる。

玲奈は背筋が凍る思いがした。

湊はすでに箸を置き、立ち上がっていた。

「俺は部屋に戻る。今後、誰かに花を贈りたいなら、俺をダシに使うな」

九条夫人はムッとして、顔を曇らせた。

「どういう意味?私が玲奈ちゃんに花をあげちゃいけないって言うの?」

湊は答えることなく、階段を上がっていった。

玲奈はその背中を見つめ、瞳に悔しそうな感情を滲ませた。

九条夫人は玲奈の手を取り、ひとしきり慰めてから切り出した。

「玲奈ちゃん、さっき言ってた立花って誰のこと?聞いたことのない名前だね」

玲奈は自分が失言し、せっかく会えた湊を怒らせてしまったことを悟っていた。

「いえ、ただの昔の同級生です。それより、おば様、さっき湊お兄様に九条グループでのインターンの件を話し忘れてしまって……反対されないでしょうか?」

「なーんだ、そんなこと。お安い御用よ。あとで私から言っておくわ」

「ありがとうございます、おば様」

二階、書斎にて。

モニターにはグループの財務レポートが流れており、各プロジェクトチームの情報が明確に表示されている。

湊の視線は、無意識のうちに最も成長率の高い立花遥のチームに吸い寄せられていた。

昼間に見た彼女は、随分と痩せていた。

以前は標準的な体型で、よく「ダイエットしなきゃ」と騒いでいたものだ。

今の彼女の肩や背中は、あまりに華奢で薄く、見ているだけで胸が痛むほど儚げだった。

認めるしかない。企画書に責任者として立花遥の名前を見つけた時、彼は奇妙な期待を抱いたのだ。

同姓同名の別人かとも思ったが、やはり彼女だった。

芸術学部にいた遥は、昔から勉強嫌いだった。

「うちは使いきれないほどお金があるから、働く必要なんてないの」と豪語したこともある。

それが今や、よりによって自分の会社できちんと働いているとは、予想外だった。

さらに驚いたことに、彼女の企画案は他のどのチームよりも優れている。

最初、遥と付き合い始めたのは、賭けのようなものだった。

遥の猛アタックに根負けし、恋人になった。

大学を卒業して九条家に戻ったら、彼女とは別れるつもりだった。

だがその遊びのつもりだった関係も、いつしか本気の恋へと変わっていった。

彼女は情熱的で、明るく、強くてしなやかな花のような女性だった。

彼女を見るだけで、自然と口元が緩んでしまう。

人前では高慢なお嬢様だが、二人きりの時は従順で、愛くるしかった。

幾度となく体を重ねるうち、遥が自分のあらゆる癖を完璧に受け入れてくれることに驚き、そして溺れていった。

まるで治らない病にかかったかのように、湊は彼女を手放せなくなっていた。

彼女を愛していたのだ。

思わずに、二人の未来を描いていた。

卒業後に一度別れ、正式に身分を明かして彼女に告白しようとさえ考えていた。

もし許してくれないなら、一生困らないだけの金と、ありったけの愛を注いで償おうとさえ思っていた。

以前、遥のトラブル解決法はすべて「金」だった。

授業の代返も、課題の代筆も、宅配便の受け取りも、すべて金で人を雇っていた。

彼女の目には、金で買えないものなどない。

湊を口説く時も「お金をあげるから、付き合って」と高飛車に言ってきたほどだ。

だが、立花家の全財産をかき集めたところで、九条グループが動かす金の足元にも及ばないのだが。

結果として、振られたのは彼の方だった。

遥の去り際は鮮やかだった。

彼の連絡先をすべてブロックし、荷物を運び出し、ある日突然、蒸発するように消えた。

湊が人を遣って調べさせると、遥はすでに海外へ行っていた。

一言の別れも告げず、鮮やかに湊の世界から消え失せた。

瞬でさえ彼女の出国を知っていたというのに、それどころか、彼女は重課金して装備を最強にしたゲームアカウントも、瞬に売りつけていた。

湊は怒りを通り越して笑ってしまった。

彼を挑発し、あらゆる手段を使って彼の世界に侵入してきたのは彼女だった。

それなのに、今になって勝手に出て行くとは、あまりにも馬鹿げている。

九条湊が、ミスター帝大であり、九条家の後継者として、幼い頃からちやほやされて傅かれてきた。

女に捨てられるなど信じられるものか?

彼は遥を探したこともあった。

何度もメッセージを送り、連絡を取ろうと試みたが、すべて梨のつぶてだった。

彼は遥の身に何かあったのではないかと疑い、九条家の情報網を使って彼女を探し出そうとさえした。

その矢先、寮の部屋で、隣のベッドにいた瞬が受話口を手で覆い、声を潜めて電話に出ているのが聞こえた。

遥からだった。

あの一瞬、湊の心には野火のような憎しみが広がり、彼自身の理性さえも焼き尽くそうとしていた。

その通話は、まるで湊をあざ笑っているかのようだった。

それ以来、誰も遥の話をしなくなった。

会社を継ぐことは既定路線だったが、まさか遥も自分の会社にいるとは思いもしなかった。

彼女を見た瞬間、湊は呆然とした。

彼女は以前より落ちぶれていたが、湊の心に快感はなく、むしろ棘が刺さったように胸が詰まった。

彼女は結婚した。

時期は、彼と別れてすぐのことだった。

自分との別れを急いだのは、他の男と結婚するためだったのか?

湊はそう疑わずにはいられなかった。

しかも子供まで産んでいた。

遥は昔、「二人の時間を楽しみたいから、子供なんて当分いらない」とよく言っていたはずだ。

欲しくないのは俺の子供だけで、他の男のガキなら、喜んで産むというのか。

湊の胸に重い鉛がのしかかり、言いようのない窒息感だけが残った。彼は苛立ち紛れに机を蹴り飛ばした。

「立花遥……やってくれたな」

書斎のドアがノックされ、九条夫人が夕食の載ったトレーを手に部屋に入ってきた。

「玲奈ちゃんが気に入らないの?普段、瞬くんとも仲良くしてるんだから、親戚付き合いも悪くないと思ったんだけど」と単刀直入に言った。

食事もせずに部屋を出て行くなんて、九条夫人は母として息子を心配しているのだ。

普通の母親なら、とっくに匙を投げているだろう。これでも、彼女なりに湊の気難しい性格に耐え、歩み寄ろうとしているのだ。

湊と九条夫人は、昔からあまり親しくなかった。

幼少期、湊は祖父の元で育てられ、成人してからは事業に忙殺されていた。

近年、湊が実権を握るようになると、その身に纏う冷徹な威厳が増し、九条夫人でさえ湊に畏怖を抱くようになっていた。

「気に入らないんじゃない。嫌いだ」湊は箸を取り、一口食べた。

湊はああいう女を嫌というほど見てきた。

その瞳の中に、彼への欲望が透けて見え、それを隠そうともしない。

そのような女、大嫌いだ。

ふと、別の一対の瞳が脳裏をよぎる。

かつては優しさを湛え、今は氷のように冷たい瞳だ。

湊の心は再び底へと沈み、冷え切った。

「今度客を呼ぶなら、事前に言え」

客がいるなら、俺は帰らない。

「どういう意味?たとえ気に入らなくても、少しは愛想よくしなさいよ!」

あんな風に顔を背けて出て行かれては、九条夫人の面目も丸潰れだ。

「客と俺、どっちが大事なんだ?」と湊は冷たく言い捨てた。

九条夫人は胸の中に煮えたぎる怒りを覚えたが、吐き出すことも飲み込むこともできず、半ば噎せるように言った。

「そんな可愛げのない性格じゃ、どんな子だって逃げ出すわよ!

せっかく玲奈ちゃんが好いてくれてるのに、何が不満なの?」

湊は箸を置き、口元を拭った。

「そうか」

九条夫人がふと顔を上げると、湊の首筋にある痕に気づいた。

「その首、どうしたの……」
Continue to read this book for free
Scan code to download App

Latest chapter

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第10話

    瞬が手配した寿司の出前は、かなりの量だった。玲奈はそれを配り歩いたが、秘書課は誰一人として受け取らなかった。皆の頭の中は仕事のことでいっぱいだ。それに、九条グループの高給取りたちにとって、寿司など自腹でいつでも食える程度のものだ。玲奈は午前中いっぱいかけて報告書を一つ作成したが、それもミスだらけだった。健太は辛抱強く教えていたが、彼女の視線が絶えず高層階専用エレベーターに向いていることに気づいてしまった。「寿司など結構だ。社食に行く」健太は内心の苛立ちを抑え、素っ気なく言った。誰も受け取らなかったのに、玲奈は気にする様子もなく、逆に目を輝かせた。「湊……いえ、社長はお昼まだですよね?私、届けてきます!」健太は最初止めようとしたが、ふと思い直した。この女は社長を「湊お兄様」などと呼んでいる。万が一、本当に社長と特別な関係だったら?そう考え、玲奈が寿司を持って社長室へ向かうのを黙認することにした。玲奈がウキウキと出て行った後、向かいの席の秘書が小声で言った。「さっき書類を届けに行ったんですけど、社長、機嫌が悪そうでしたよ。あの子、そのまま行きましたけど、大丈夫ですかね……」「仕事中に機嫌がいい上司なんていないさ」健太は意味深に笑った。「社長の腹の内はまだ読めない。誰かに地雷原の偵察に行ってもらうのも悪くないだろ」「社長がキレたらどうするんですか?」隣の秘書が息を呑む。健太は両手を広げて肩をすくめた。「世間知らずなインターンの暴走、ってことにしておこう」皆が納得したような顔をした。やはり人の上に立つ人間は腹黒い。健太が秘書課のトップに君臨しているのには、それなりの理由があるのだ。ノックをして部屋に入ると、玲奈は寿司をデスクに置いた。「湊お兄様、お昼をお持ちしました」湊が顔を上げ、不快そうに眉を寄せた。「誰が入っていいと言った?」「お昼をお届けに……」「下がれ。その寿司を持って、とっとと失せろ!」横暴な態度、さらには言葉に含まれる威圧感、湊が一瞥しただけで、玲奈は居たたまれないほどのプレッシャーに襲われた。「湊お兄様、私はただ……」湊は眉間を押さえると、内線電話のボタンを押し、秘書課に繋いだ。「どうして彼女をここに入れた?今後、俺の許可なく誰も

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第9話

    「文句があるなら、社長に直談判して部署を変えてもらえばいい。秘書課にいる以上は、ここのやり方に従ってもらう」放っておけば、彼女が外で恥をかくことになる。それは彼女一人の問題にとどまらず、秘書課全体の顔に泥を塗ることにもなるのだ。湊には専属秘書が何人もついているが、その全員が彼に会えるわけではない。玲奈のようなインターンの社員は、そもそも湊のオフィスとはフロアが違うから、会えるはずもない。叱られた玲奈は屈辱に顔を歪ませた。長さ出しをしたネイルが邪魔で打ちにくいキーボードを、苛立ち紛れに放り出した。スマホを取り出し、瞬に先ほどの出来事を洗いざらいぶちまけた。瞬は仕事で忙殺されており、妹の機嫌を取る余裕などなかった。「寿司の出前を頼んでおいた。お前の好きな店だ。同僚の分もあるから、大人しくしてろ。湊を困らせるなよ」玲奈はまだ若いから、職場の処世術というものをわかっていない。叱られてもしょうがない。一方、遥は定時きっかりに従業員用エレベーターで地下へと降り、駐車場の片隅にある湊の車を見つけた。「社長、お車の前に着きました」「二分待てくれ」しばらくして、湊が高層階専用エレベーターから降りてきた。車のロックが解除されると、遥は後部座席から結衣の上着を取り出した。「ありがとうございます。では、失礼します」湊は眉をひそめた。「退社後、空いているか?」「え?」「結衣ちゃんの服を買いに行こうか?昨日の埋め合わせだ」昨日、悠斗が結衣のスカートを破いてしまった件だ。遥は結衣の上着を抱きしめ、一歩後ずさった。「いえ、結構です」服など買う必要はない。結衣の服は安物だが枚数はある。どうせ子供の成長は早い、すぐに買い換えることになるだろう。何より、湊とこれ以上関わりたくない。上着には、湊の車内の香りが染み付いていた。控えめで高級感のある、冷たく澄んだウッディ系の香りだ。まるで、彼自身のような香りだ。「だめだ、彼はもう家庭を持つ身で、雲の上の存在である。仕事以外で関わってはいけないのだ」と、遥は下唇を噛んで心に念じた。「では社長、私はこれで失礼します」遥はそれだけ言うと、振り返りもせずに立ち去った。湊の顔色が沈んだ。小走りでエレベーターに乗り込む遥の背中を見つめ

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第8話

    深呼吸をして、遥は勢いよくカーテンを開け放った。怒りに任せて暴言を吐き続ける老婦人を、冷ややかな目で見据える。「口は災いの元ですよ。その悪態の報いは、お子さんたちに返ってきます」遥はマスクをしており、顔の半分以上が隠れていた。露わになったその瞳は、怒りを宿しながらも、吸い込まれるほどに美しかった。「あんたに何の関係があるんだい!」と老婦人が声を張り上げた。そこへ医師が薬を持って入ってきた。「ここは病院です。騒ぐなら外でやってください」目に入れても痛くない孫が病気になり、老婦人はその責任をすべて結衣と遥に押し付けていたのだ。そこへ見ず知らずの女に説教され、怒りは頂点に達していた。老婦人は腕を振り上げ、遥の頬を目掛けて平手打ちを食らわせようとした。あまりに突然のことで、結衣を抱いている遥には避けることなどできない。彼女はぎゅっと目を閉じ、顔を背けた。だが、痛みは訪れなかった。湊が老婦人の手首を掴んでいたのだ。彼は不快そうに眉を寄せ、その手を乱暴に振り払った。遥は目を開け、その光景に愕然とした。どうして湊がここに?さっきの通話で、自分の妻と子供がここにいると聞いて、飛んできたのだろうか?湊が現れると、先ほどまで威勢のよかった老婦人は急に大人しくなり、気まずそうに押し黙った。湊は老婦人を一瞥すると、すぐに視線を外した。「悠斗の容態は?」湊の息は少し上がっていた。走ってきたのだろう。それだけで、彼がどれほど悠斗を心配しているかが痛いほどわかった。その隙に、点滴を受けさせるため、遥は結衣を抱きかかえてその場を離れた。「夕飯を食べ過ぎてお腹を壊して、熱が出ただけよ。大したことないわ」と恵が言った。普段、恵が悠斗を叱ろうとしても、その度に義母が出てきて庇うため、悠斗は口先だけで泣き叫ぶ術を身につけてしまっていた。「湊、どうしてここに?」「アレルギーが出た。薬をもらいに来たんだ」運転中、後部座席に結衣の上着があるのに気づき、遥に電話をかけたところ、受話口から争う声が聞こえてきたのだ。湊は車を乗り捨て、急患の受付へと走ったのだ。先ほど、遥が子供を抱いたまま、目を閉じ、平手打ちを受けようとしていた姿が脳裏をよぎる。湊の胸中に、冷ややかな嘲笑が湧き上がる。かつ

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第7話

    悠斗が結衣にちょっかいを出したのは、単に彼女が可愛いからだ。「許してくれ、これから幼稚園であなたを守ってやるから!誰にもいじめさせないって約束する!」と悠斗は必死に訴えた。この件で結衣の母親が怒って、結衣を転園させてしまうのではないかと悠斗は怯えている。遥は確かにそう考えている。だが、転園したところで、また同じような目に遭わないとは限らない。「結衣ちゃんはどうしたい?別の幼稚園に行く?それとも、ここに残る?」と彼女は優しく娘に尋ねた。結衣は少し考えてから、こくりと頷いた。「先生もお友達も、みんないい人だから」遥にも打算はある。今回の件で、湊は少なからず負い目を感じているはずだ。彼が裏で圧力をかければ、幼稚園側も悠斗のようなガキ大将を厳しく監視するようになるだろう。そうすれば、結衣はかえって安全に過ごせるかもしれない。謝ることができるなら、悠斗もまだ救いようがあるのだろう。自宅近くの交差点で、遥は車を停めさせた。結衣を連れて車を降りると、彼女は湊と会話を交わすこともなく立ち去った。彼女は、話す気分ではなかったのだ。その背中を見るだけで、湊にも分かっている。遥は今、怒っている。数年前とは違い、今の遥は鎧を纏ったように心を閉ざしているが、その短気な性格や細かな癖は昔のままだ。彼女は怒ると、口を利かなくなる。以前はただ、湊に怒りをぶつけるのを嫌い、自分の機嫌が直るまでじっと我慢してから、また彼に会いに行っていただけだ。湊は周辺の景色を見渡す。築古の団地が立ち並ぶエリアだ。家賃は安いが、会社までは通勤で一時間はかかるだろう。遥は今、こんな場所に住んでいるのか?どうやら彼女の夫とやらは、本当に甲斐性のない男らしい。湊は胸の奥に広がる違和感を押し殺し、ハンドルを切った。「お前、あの子をよくいじめてたのか?」悠斗は唇を尖らせた。何度か聞き返して、悠斗がようやく口を開いた。「あいつにはパパがいない、パパに捨てられた野良犬だって言った。だって本当だもん!あいつのパパなんて一度も見たことないし。遊んでくれないから、おやつとか果物を取り上げたこともある。あと、何回か突き飛ばした。あいつのスカート、千円の安物なんだよ?おじさん、千円の服なんて見たこと

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第6話

    湊は引き出しを開け、薬のシートを破って抗アレルギー薬を飲み込んだ。「ただのアレルギーだ」湊の首の痕を見た時、ついに息子にも彼女ができ、ただ家に連れてくるのが気恥ずかしいだけなのだと期待していたのだ。まさか、ただのアレルギーだったとは。九条夫人はがっくりと肩を落とした。「そういえば、玲奈ちゃんが会社でインターンしたいって言ってるの。なんとかならない?」「正規のルートで応募させろ。面接に通れば採用する」九条夫人は不満げに眉を寄せ、愚痴をこぼした。「玲奈ちゃんは名門大学卒よ?たかがインターンくらい、少しは融通を利かせなさいよ」湊は気だるげに瞼を持ち上げた。「却下だ」玲奈は容姿も良く、家柄も釣り合っている。何より、数年も前から湊に想いを寄せているのだ。一体どこが不満なのか。九条夫人は湊をじっと見つめるうちに、ある疑念が頭をもたげ、思わず声を張り上げた。「湊、あなたまさか……男が好きなの?」「……」湊は疲れたように眉間を揉み、苛立ちを抑えながら答えた。「俺だって、女と付き合ったことくらいある」九条夫人が安堵の息を吐きかけたその時、湊が追い打ちをかけるように付け加えた。「そういうのって遺伝するらしいぞ。もしそうなら、責めるべきなのは俺じゃなくて親父だろ」九条夫人は言葉を詰まらせた。なんて屁理屈を!怒るに怒れず、かといって反論もできず、九条夫人は行き場のない拳を振り上げたような気分になった。これ以上ここにいては、寿命が縮まるだけだ。九条夫人はさっさと食器を片付け、部屋を出て行った。翌日。湊は従姉である工藤恵(くどう めぐみ)に頼まれ、彼女の息子の迎えに来ていた。車を止め、外に降り立った瞬間、周囲の保護者たちの視線が一斉に彼に注がれた。高級SUVの傍らに立つだけで、優雅かつ冷ややかなオーラを放つその姿は、どこにいても人目を引く。近くで芸能人の撮影でもあるのかと囁く声さえ聞こえてきた。肝心の甥っ子は現れず、代わりに顔を真っ赤にして恥じらう幼稚園の保育士がやってきた。「あの、工藤悠斗(くどう ゆうと)くんの保護者の方ですか?実はお友達と少しトラブルになりまして……」湊はサングラスを外し、保育士の後について園内へと入った。園内、白いワンピースを着た小

  • 再会した元カレ上司は、私の愛娘の父親でした   第5話

    大学時代、玲奈は兄である瞬の名目を使い、足繁く帝都大学へ通って湊に会いに行っていた。そしてその頃、湊の傍らにはいつも影のように寄り添う一人の女性がいた。長身でスタイル抜群、鮮やかな服を纏うその姿は、まるで真夏の太陽のように眩しく、華やかだった。一目で、蝶よ花よと育てられたお嬢様なのだとわかった。玲奈は瞬から、その子が芸術学部の立花遥であり、湊の彼女だと聞いていた。あれほど孤高で気高く、月のように冷ややかな気質を持つ湊が、見るからに俗っぽくてワガママそうなお嬢様と付き合っているなんて、誰も想像できなかっただろう。「湊も金には困ってるからな。たぶん立花が金積んで落としたんだろ」と瞬は言っていた。玲奈もそれを信じていた。しかしその後、ある提携案件を通じて、湊が実は九条家の長男であり、九条グループの後継者であることを知った。その時、湊と遥の関係は、ただの火遊びに過ぎないのだと玲奈は悟った。その後、湊の口から似たような言葉を聞いたこともある。だが不思議なことに、玲奈の心は晴れなかった。湊が顔を上げ、冷ややかな視線を向けてくる。玲奈は背筋が凍る思いがした。湊はすでに箸を置き、立ち上がっていた。「俺は部屋に戻る。今後、誰かに花を贈りたいなら、俺をダシに使うな」九条夫人はムッとして、顔を曇らせた。「どういう意味?私が玲奈ちゃんに花をあげちゃいけないって言うの?」湊は答えることなく、階段を上がっていった。玲奈はその背中を見つめ、瞳に悔しそうな感情を滲ませた。九条夫人は玲奈の手を取り、ひとしきり慰めてから切り出した。「玲奈ちゃん、さっき言ってた立花って誰のこと?聞いたことのない名前だね」玲奈は自分が失言し、せっかく会えた湊を怒らせてしまったことを悟っていた。「いえ、ただの昔の同級生です。それより、おば様、さっき湊お兄様に九条グループでのインターンの件を話し忘れてしまって……反対されないでしょうか?」「なーんだ、そんなこと。お安い御用よ。あとで私から言っておくわ」「ありがとうございます、おば様」二階、書斎にて。モニターにはグループの財務レポートが流れており、各プロジェクトチームの情報が明確に表示されている。湊の視線は、無意識のうちに最も成長率の高い立花遥のチームに吸い寄せられて

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status