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第8話

Author: 卵黄おにぎり
詩織は、自分がまだ生きているとは思わなかった。

消毒液の匂いに包まれ、長い間呆然としていたが、やがて意識がはっきりとしてきた。

医師が彼女の体を診察しながら、安堵の混じった声で言った。

「十数時間に及ぶ蘇生措置の末、ようやく鬼籍から引き戻せました。目が覚めて本当によかった」

その言葉を聞き、詩織の瞳がわずかに動いた。枯れた声で答える。

「……命を救ってくれて、ありがとう」

医師は頷き、彼女を見つめ、言いにくそうに口を開いた。

「あの日、あなたを搬送してきたのは、実のご両親ですか?」

詩織の唇が微かに震え、沈黙に沈んだ。

その表情を見て、医師もそれ以上聞くことはできず、ため息をついて去っていった。

その後二日間、彼女は一人で入院していたが、見舞いに来る者は誰一人いなかった。

退院の日になってようやく、隆史と涼子が姿を見せた。だが、彼女の体を気遣うためではない。念を押すためだ。

「明日は茉優の結婚式だ。約束通り、式の前にここを発ちなさい」

その当然のような口ぶりを聞いて、詩織は小さく頷いた。

彼女が従順なのを見て、二人の顔色が少し和らいだ。

「茉優の幸せのために、席を譲るんだ。二人の仲が安定して、子供ができたら、お前を呼び戻して一家団欒といこう。

金はカードに振り込んでおいた。海外でも元気でな」

用件だけ伝えると、二人は茉優の世話をするために慌ただしく去っていった。

詩織は彼らの背中を見送り、ポケットからイギリス行きの航空券を取り出すと、粉々に破り捨てた。

そしてスマホを取り出し、オーストラリア行きのチケットを予約した。

彼らの望み通り、全員の願いを叶えてあげるわ。

ただし、私の世界から彼らを消し去り、彼らが二度と私を見つけられない方法で。

……

病院を出た後、詩織は弁護士を訪ねて作成した「親子関係断絶誓約書」を取り出した。

彼女はその書類に厳粛に署名し、一つの箱に入れた。

一緒に収めたのは、かつて別荘で賢人に付き添っていた頃、こっそり録音していたカセットテープだ。彼が彼女に物語を読み聞かせてくれた声が記録されている。

彼女はこのテープを持って、何度も彼を訪ねた。けれど、彼は一分の時間さえくれず、聞こうともしなかった。

もう去ると決めた以上、これらも処分するつもりだった。

彼がこれを聞こうが聞くまいが、もう彼女には何の関係もない。

どうせ彼女は完全に消え去り、誰にも見つけられない場所へ行くのだから。

……

その夜、階下では結婚式の準備で騒がしく、詩織はよく眠れなかった。

早朝に目を覚まし、朝食を済ませると、スーツケースを車のトランクに積み込んだ。

出発しようとしたその時、花婿の車列が到着した。

タキシードに身を包み、堂々とした佇まいの賢人を見て、彼女は軽く会釈をした。

そして初めて、彼をこう呼んだ。

「お義兄さん」

それが、最後の一回だった。

賢人も少し驚いた様子で、彼女の後ろにある車を見て眉をひそめた。

「今日の式には出なくていい。家でおとなしくしていろ」

詩織は分かっていた。彼らは、彼女が会場に来て式をぶち壊すのを恐れているのだ。

彼女は首を横に振り、丁寧に用意したあの箱を彼に差し出した。声は凪のように静かだった。

「式には出ないわ。二人の幸せな生活を邪魔するつもりもない。

新婚おめでとう。さようなら」

言い終わると、彼女は背を向け、車に乗り込んでドアを閉めた。

賢人はエンジンがかかる車を見て、心臓が激しく脈打つのを感じた。

無意識に彼女を呼び止め、今日一体どこへ行くつもりなのか聞こうとした。

だが、口を開くより先に、純白のウェディングドレスをまとった茉優が彼を呼んだ。

「賢人、抱っこして!」

バックミラー越しに、詩織は見た。

彼が手にした箱を無造作にアシスタントへ放り投げ、笑顔で振り返り、茉優をお姫様抱っこする姿を。

車がゆっくりと別荘地を離れていく。

彼女は窓を開け、スマホを窓の外へ放り投げた。

これより先、過去の詩織は死んだ。

新しい詩織は、誰にも縛られない、新しい未来を手に入れるのだ。

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