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第2話

Auteur: るる
京介は、詩織をなだめるのに相当時間がかかるだろうと覚悟していた。

しかし、彼女があまりにも平静なため、思わず内心で動揺が走った。

「詩織、怒ってないよな?」

「嘘だって言ったでしょう? だったら怒る理由ないじゃん?」

その言葉を聞いて、京介はようやく胸をなでおろした。

無意識に彼女を腕の中に抱き寄せ、大きな手が彼女の腰をまさぐった。

指先が服の裾から滑り込もうとした時、彼女はその手をぐっと掴んで止めた。

彼は一瞬はっとした。疑問の言葉を発する前に、彼女はすでに彼の腕からすり抜けていた。

「今日は少し気分悪いから、やめておいて」

「生理か?」

京介は無理強いはせず、彼女の下腹部を優しく撫でながら、その夜はただ抱きしめて眠った。

翌朝早く、詩織が目を覚ますと、隣はすでに誰もいなかった。

彼女は気にすることなく、身支度を終えると自分でタクシーを拾って会社へ向かった。

到着するとすぐに人事部へ直行し、退職願を受け取ると、それをサインが必要な書類の束にそっと紛れ込ませ、上階の社長室のドアを開けた。

しかし、目の前の光景に、彼女は突然その場で凍りついた。

他人の前では常に威厳を持っている京介が、その時、望月清華の前に膝をつき、優しく彼女の足を揉んでいたのだ。

彼は彼女のハイヒールを脱がせて傍らに置き、そっとフラットシューズを取り出して履かせてやっていた。

「ハイヒールは疲れただろう。俺の前では無理にお洒落する必要はないんだ。君が楽でいてくれるのが一番だ」

物音に気づき、二人が同時にこちらを振り返った。そして、立ち尽くす詩織の姿を認めると、京介の顔色が一瞬変わったが、すぐに平静を取り繕った。

彼が口を開く前に、隣にいた清華が眉をひそめて言った。

「京介、あなたの秘書、失礼じゃないかしら?

入ってくるのにノックもしないなんて……」

詩織は口を開きかけたが、弁解の言葉は喉元まで出かかっているのに、どうしても出てこなかった。

どう言えばいい?これはかつて京介が彼女に与えた特権だったと?

しかし今、彼には婚約者がいる。昔の『特権』なんて、今さら持ち出せるわけがないじゃない。

彼女は視線を京介に向けた。彼は視線をそらし、軽く咳払いを一つすると、事務的な口調で尋ねた。

「何の用だ?」

「社長、いくつかご署名をいただきたい書類がございます」

しばしの沈黙の後、詩織は手にした全ての書類を彼に差し出した。

彼が受け取り、目を通しながら、さっさと自分の名前をサインした。

最後のページに差し掛かった時、彼女は思わず唇をきつく結んだ。

それは、彼女の退職願だった。

「きゃっ!」

彼女が、彼がサインに同意するかどうか不安に思っていたまさにその時、突然、甲高い声が響いた。

声のした方を見ると、清華の前のカップが倒れ、熱湯が彼女の手にこぼれていた。

熱さで彼女の瞳はみるみる赤くなり、なんとも痛ましい様子だった。

京介はすぐさま慌てふためき、手元の書類を確認する余裕もなく、急いで最後のページに自分の名前をサインすると、清華を抱きかかえてそのままオフィスを出て行った。

ドアの向こうに消えていく二人の後ろ姿を見つめながら、詩織は何とも言えない気持ちだった。

彼がこれほどまでに清華を気遣い、彼女が少し怪我をしただけで理性を失い、書類も見ずにサインしてしまうほどであることに傷つくべきなのか。

それとも、清華が絶妙なタイミングで怪我をしてくれたおかげで、京介がこれほどあっさりと自分の退職願にサインしてくれたことを幸運に思うべきなのか。

詩織はそれらの書類を全てきちんとまとめ直し、自分の退職願を持って再び人事部へ向かった。

「周防社長が同意されたとのことですので、一ヶ月の手続きが完了次第、退職となります」

その言葉に詩織は頷き、秘書室へ戻ると、携帯電話がひっきりなしに通知音を鳴らしているのが聞こえた。

京介と一緒に病院へ行った同僚たちが、グループチャットで騒いでいた。

「社長、あの望月さんには本当に甲斐甲斐しいよね。

手を火傷しただけなのに、病院のワンフロア丸ごと貸し切っちゃうなんて!」

「そうそう、望月さんが何か食べたいって言ったら、どんなに遠くてもすぐに人を買いに行かせてたし」

「社長があんな優しい目で人を見るなんて、私、初めて見た!

これで周防グループの社長夫人もあの人に決まりってわけね」

……

グループチャットのメッセージを読みながら、詩織は思わず自嘲の笑みを浮かべた。

京介は確かに清華を深く愛していた。

清華が夢を追って海外へ行くと、毎月のように彼女に会いに海外へ飛ぶだけでは足りず、

この自分を代わりにしてまで恋しさを紛らわせた。

今、清華が帰国すると、すぐさま彼女との婚約を決め、自分が丸七年間待っても得られなかった「公の関係」を彼女にあっさりと与えた。

胸が締め付けられるような痛みが心の底から広がってくるのを感じ、彼女は携帯電話の画面を閉じ、もう見たくないと目をそらした。
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