LOGINこれほどまでに差がある扱い。あからさまな肩入れ。誰が見ても、隼人の「心の中心」にいるのは桜子だ。昭子?誰それ?って感じだ。隆一は拳をぎゅっと握りしめた。体がゆっくりと強張っていく。どうして、自分はいつも一歩遅れるんだ。どうして、桜子の隣の席は、いつもあの卑しい『宮沢の落とし子』に奪われる?フレデリックの顔色は、肉眼で分かるほど暗くなった。けれど彼は、貴族育ちの余裕ある笑みを崩さない。「あなたたちの国に『惜玉憐香』という言葉があるでしょう?隼人社長が桜子様を気遣う……まさに紳士ですね。むしろ私のほうが軽率だったようです。桜子様の気持ちを考えていませんでした。では、自分への罰として一杯いただきましょう」そう言って、彼はグラスを一気に飲み干した。隼人も、黒墨のように沈んだ双眸で、まるで一歩も引く気はないと言わんばかりに、同じく飲み干す。場内には拍手が広がり、気まずさが少し和らいだ。だが、光景の顔はもう真っ黒。墨が滴りそうなほどだった。「父さん、隼人兄さんは何を考えてるの?あのフレデリック社長、どう見ても桜子様に気があるよね?そこに割って入るなんて……フレデリック社長を敵に回すだけじゃない?」白露が肩をすくめ、ぼそっと文句を言う。「女のために大局を見失うなんて、隼人兄さんって本当に落ち着きがないわ。昔から「紅顔は禍水」って言うし、桜子様ってほんと、人を惑わせる妖精みたい」「お前少しは初露を見習え。淑女らしく静かにできんのか」光景が鋭い視線を飛ばすと、白露はビクッとして黙った。そのとき、桜子が再びグラスを掲げた。満面の笑みを浮かべて――眩しいほどの笑顔で。「さあ、みなさん。アンドリューさんとフレデリックさんが来てくれたことを祝って、もう一度乾杯しましょう!Cheers!」「Cheers!」桜子の明るい声に引っ張られるように、場の空気は再び華やかになった。皆がグラスを取り、噴き上がるように飲み干す。ただ一人、秦だけが隅でグラスを握ったまま、一口も飲めずにいる。「え?宮沢夫人、どうして飲まれないんですか?」桜子の視線が、顔色の悪い秦へスッと向く。笑っているのに、どこか冷ややかさを含んだ声だった。「こんなに楽しい時なのに。それに今日はお客様もいらっしゃ
四大家族の女性の中で——いや、この国全体を見渡しても。桜子の輝きは断トツで、まさに深海の真珠のようだった。入場した瞬間から。ウィルソン Jr.の視線は、もう彼女の美しい横顔から一歩も離れない。「ふん。何を得意げにしてるのよ」白露が横目でにらみ、桜子に毒づく。「あの女……自分を何様だと思ってるの?大物と乾杯するつもり?相手があんたを知ってるとでも?」しかし——その嘲りは、最後まで言い切られなかった。「アレクサ。お前がKS財団の会長の娘だったとはね。驚かされてばかりだ」アンドリューは満足げにうなずき、桜子へグラスを掲げた。声音は上機嫌で温かい。「俺たちは初対面じゃないだろう。そんなにかしこまらなくていい」周囲の誰もが息を呑む。光景は瞳孔を見開いた。桜子が——M国商界のトップとも個人的な交流があったなんて。聞いたこともなかった。考えれば考えるほど、胸の奥がざらついた。桜子が宮沢家に嫁いでいた頃——身分を隠し、何一つ家を助ける素振りも見せなかった。息子を支えたことも一度もない。それが今はどうだ。宮沢家に牙をむき、問題を起こしてばかり。しかも、別人のように輝き放ち、才能を惜しげもなく見せつけてくる。——あの頃の宮沢黙は何だった?——俺たちはただ、侮られていただけなのか?「アンドリューさん、覚えていてくださったんですね。嬉しいです」桜子はふわりと笑った。その笑顔は余裕がありながら、どこか挑発的な艶も漂う。フレッドは目を丸くし、父へ身を寄せた。「父さん……この女性が、あの有名デザイナーアレクサ?いつ会ったんだ?俺、聞いてないけど?」「二年前だ。お前の母さんの誕生日に、ブルーダイヤのネックレスを作りたくてね。色々経由してアレクサ嬢に辿り着いた。彼女が直接デザインしてくれたんだ」アンドリューは誇らしげに笑う。「ああ!母さんが大事な場で必ず着けてる、あのネックレス?母さん、とても気に入ってるよ!」「そう、その一本だ」アンドリューはさらに桜子へ微笑みを向ける。「改めて礼を言うよ、アレクサ……いや、今は桜子さんと呼ぶべきだな」「ご夫人に気に入っていただけたなら、ネックレスも本望です」桜子は驕ることなく、むしろ柔らかな笑みを浮かべ
桜子は、ただ一瞬だけ感情が昂ってしまっただけだった。身体が少し言うことを聞かなかったのだ。「桜子、お前……何をする気だ?」肩に重みを感じ、桜子はぱっと顔を上げた。そこには、万霆の厳しく沈んだ視線。「お前、まさかあの昭子みたいに、こんな大勢の前で……あんな『手垢のついた女』みたいに髪つかんで喚き散らす気じゃないだろうな?まさか、お前の根っこもあの娘と同じで、自分を安く見ているのか?高城家の名を汚すような真似……俺にさせるな」桜子の唇はぎゅっと結ばれ、赤い唇は白くなった。その会話を、隆一はしっかりと聞いていた。口元には、影のある笑み。シャンパンを優雅に一口。そして、昭子の手が隼人のズボンに触れようとした、その瞬間——隼人がバッと立ち上がった。冷気が一気に辺りに広がる。「きゃっ!」昭子は突き飛ばされ、尻もちをついて転がった。ボディガードたちが慌てて駆け寄り、会場の後方にいた人々もついに気づく。もう完全に、派手に恥を晒した形だ。「本田のお嬢さん。ご自重ください」隼人の冷たい視線が昭子に落ちた。その威圧は、まるで頭上から雷が落ちてくるような恐ろしさ。桜子は表情を崩さない。だが、唇の端がほんの少しだけ上がる。胸の奥では、甘い喜びがふわりと広がっていた。——この世界のどこを探しても。隼人ほど、彼女に安心をくれる男はいない。周囲の人々は、笑いを堪えて唇を引き結んでいる。その姿がさらに昭子の怒りに油を注ぐ。正太は額を押さえた。だが隼人に文句をつけることはできない。最初から最後まで、昭子がしつこく食い下がっていただけ。誰もがその事実を見ていた。「ったく……本田家の教育はダメだな。俺の娘だったら、一日十回はぶん殴るぞ」達也が万霆の隣で眉をひそめ、小声でぼやく。「やっぱりうちの桜子のほうが上品でいいわ。本田家の成金娘なんて、うちの桜子みたいな名門のお嬢さんと並べるな」「ふん、名門は否定しねぇが……上品?よく言うぜ。あいつはただの暴れ猿だ」万霆は横目で娘を見る。「お前ん家のガラス、あの小娘のせいで何回割れたか覚えてんのか?」桜子「……万さん、昔のことを今ほじくり返す必要ある?」「ははっ!暴れ猿じゃない、あれは『活発』っ
ウィルソン家の到来で、会場の空気はさらに微妙に揺れた。光景と本田家の面々は、彼らにやけに熱心だ。もちろん、同じ大財閥同士。わざわざ媚びへつらう必要などない。だが周囲への態度と比べれば、十分に『特別扱い』だった。ただ一人、隼人だけが別だった。彼は光景の隣で、まるで孤高の彫刻のように静かに座り、愛する人をひたすらに見つめていた。その視線は深く、濃く、情が滲み、瞬きすら忘れているかのようだった。ちょうどその頃、万霆と桜子は何かを話し込んでいた。父娘は真剣な表情で密談中。桜子は話に夢中で、背後から向けられる熱すぎる視線にまったく気づいていなかった。ふいに、隼人の美しい顔がすっと陰る。冷たい風が吹き抜けたような気配。隆一がシャンパンを取り上げ、わざと体を前に傾け、隼人の視線を完全に遮ったのだ。そして次の瞬間。隆一はゆっくりと隼人のほうへ振り向き、唇の端をほんの少しだけ上げた。挑発めいた、気怠い笑み。軽くシャンパンを掲げてみせる。隼人の血の温度が、一気に氷点まで落ちた。握り締めたグラスの脚が、きしっと悲鳴を上げる。隆一は眉をひょいと上げ、余裕たっぷりに一口。その目つき、その笑み――挑発以外の何物でもない。――パキッ。隼人は呼吸を忘れるほどの怒気のまま、ついにグラスの脚を折ってしまった。シャンパンが彼のスーツにばしゃっと飛び散る。「え?隼人お兄ちゃん!服が汚れちゃってる!」昭子は、常に隼人ばかり見ていた。その様子に気づくやいなや、まるでバネ仕掛けのように飛び出した。そしてなんと、その場にしゃがみ込み、ハンカチで隼人のスラックスについたシャンパンを拭き始めたのだ。――一同「……?」拭く?いや、これはもう、完全に『媚び』だろ?本田家の令嬢が、こんなに価値を落とすような真似をするなんて!正太と本田夫人の顔は鉄のように青ざめ、怒りに震えていた。本田家の栄次も、自分の姪が笑い者にされているのに止めるどころか、隣でこっそり笑っている。むしろ楽しんでいる始末だ。その小さな忍び笑いを、優希は見逃さなかった。細い鳳のような目が、すっと沈む。だが、昭子を止めるつもりはなかった。優希は、昭子がこれを機に懲りればいいと思っていた。二度と、既婚者に色目を使
昭子は元気を取り戻し、すかさず茶化した。「決めるの、まだ早いんじゃない?あとで後悔して、初露お嬢様を巻き込んだら最悪よ。初露は私の中学の同級生。誰より私が一番わかってるの。あなたがこれまで付き合ってきた、あの手垢のついた女たちとは違うんだからね」光景の顔はみるみる曇った。この縁談への熱は、ほとんど消えかかっていた。「おじい様、母さん、宮沢伯父さん……皆さんが心配してることは理解しています。俺が昔、ろくでもない行動ばかりしてて、どう見ても信用できない男だってことも……わかってます」優希は深く息を吸い、隣に立つ少女をまっすぐ見つめた。その瞳には、濃くて深い愛情が溢れ、逃げ場もなく沈んでいくようだった。抑えても抑えても、声はわずかに震えた。「でも……俺は本気で初露を愛しています。初露のためなら、何だってできる。俺が持ってるもの全部……彼女にあげられる」――この女にすべてを?ふざけるな。正太は歯を食いしばり、杖で床を強く突いた。だが宮沢家の人間と客が大勢いる。今ここで怒鳴れば、ただの醜態だ。この場は飲み込むしかない。「今生、俺は初露以外、誰とも結婚しません」優希は喉を上下させ、真剣な眼差しで本田夫人を見た。「母さん、俺の行動が軽率に見えるかもしれない。でもこれは、何度考えても揺るがなかった結論です。俺は選んだ人を愛したい。愛した人を選びたい。どうか……母さんも、おじい様も、俺たちを認めてください」――その場の空気が一瞬で固まった。噂では、本田家の若君は破天荒な魔王で、手がつけられない暴れ馬――ちょっと盛られてるんじゃ?と思われていた。だが、今の姿を見ると……噂なんて、まだ控えめだったのかもしれない。盛京中を見渡しても、家族を前に真正面からぶつかっていく豪門の若様なんて、どれほどいるだろう?ちょうどその時、駆けつけた桜子は、この光景を目にしてしまった。彼女の目がじんわりと潤む。心配していたけど……もう大丈夫かもしれない。そう思えた。――いつか、どんな困難を乗り越えても、互いの手を取って結婚式に立つ日が来たら。その時は、みんなから祝福されるんじゃないだろうか。……いや、考えても仕方ない。たとえ世間がどれほど嘲り、どれ
昭子はしょんぼりとうなだれ、怒りで身体が震えているのに、何も言えなかった。さっきの騒ぎをすでに聞いていた白露は、いつも威勢がよくて何も怖くない昭子が、こんなにしょげ返っている姿を初めて見て、口元を手で隠しながらクスクス笑った。胸の中は、もう最高にスッキリだ。正太は気持ちよさそうに笑いながら言った。「父さん、そんなこと言うなよ。昭子は俺の姪っ子だぞ?俺が助けないで誰が助けるんだ。まさかよそを優先するわけないだろ?」『よそを優先』という言葉を聞いた瞬間、正太はホッとするどころか――脳裏に、優希のことが浮かんでしまった。「おじいさま、母さん、来ました」澄んだ、嬉しそうな声が届き、周囲の視線が一斉に向けられた。そこへ現れたのは――優希と初露。二人は指をしっかり絡めて歩いてきて、まるで新婚夫婦みたいに親密だった。優希は、恥ずかしそうに隣を歩く初露へ優しい視線を向け、空気に甘い雰囲気が満ちる。まさに、誰もが羨むほどのラブラブぶりだった。……けれど、全体の空気はなぜか重い。特に本田家のおじいさまと夫人。二人の、優希と初露を見るその目は冷たく、微妙に固い。「えっ……もしかして……本田家の若旦那様と宮沢家のお嬢さん、付き合ってるの?」外野の香一が、空気を読まずに最初に声を上げた。「やだ〜、お似合いじゃない!まさに美男美女だわ!二人ともおめでとう!そして本田夫人、宮沢さんもおめでとうございます〜」光景も秦も特に反応を変えなかったが、本田夫人の笑顔だけは、ひどく引きつっていた。白露の冷たい視線が初露へ突き刺さる。そして今日の初露のドレスを見た瞬間――白露の目がカッと見開き、嫉妬で目の端が裂けそうになった。初露が着ていたのは、明るいガーネットイエローの軽やかなシフォンに、黒いリボンを合わせたミニドレス。デザインしたのは、世界的なファッションデザイナーの亜矢子。その華やかさは、白露の嫉妬に火をつけるには十分すぎた。──亜矢子のオートクチュールなんて、簡単に手に入るものじゃない。白露だって何度アポイントを取って断られたか。なのに、同じ宮沢家の娘の初露が、先に着ているなんて。世間に知れれば、「姉より妹のほうが格が上」みたいに思われてしまう。