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第43話:封鎖された流通

Author: 秦江湖
last update publish date: 2026-10-01 16:08:16

南青山の『BLANC』本店アトリエ。

受話器から返ってきた冷たい電子音は、真白の耳の奥に鉛のように重く沈殿した。

都内の貴金属問屋、宝石の輸入商社、地金の精錬所――片っ端から掛け直した電話は、ことごとく同じ返答だった。

『申し訳ありません、組合の通達で……』

『黒羽副総裁のお名前が出ている以上、うちのような規模では逆らえません』

『頼むから、もう電話をかけてこないでくれ!』

最後には、受話器越しに怯えと拒絶をぶつけられ、ガチャリと切られた。

「……電話で頭を下げて回れば、石が転がり込んでくるとでも思っているのか」

振り返ると、重厚な革靴の足音とともに蓮が姿を現していた。

長身を包むスリーピースのスーツには乱れ一つなく、その眼光は冬の刃のように鋭利だった。高杉が控える背後から、冷ややかな空気がアトリエへ流れ込んでくる。

「黒羽さん……」

「征四郎の差し金だ。国内宝飾貴金属組合の理事長は、叔父の長年の飼い犬だからな。都内の流通ルートは完全に塞がれた。期日までに特級プラチナも、極上のダイヤモンドも、国内正規ルートからお前の手元に届くことはない
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  • 冷酷総帥の身代わり花嫁 〜植物状態のはずの億万長者に溺愛され、私を見捨てた偽りの家族を地獄に落とします〜   第43話:封鎖された流通

    南青山の『BLANC』本店アトリエ。 受話器から返ってきた冷たい電子音は、真白の耳の奥に鉛のように重く沈殿した。 都内の貴金属問屋、宝石の輸入商社、地金の精錬所――片っ端から掛け直した電話は、ことごとく同じ返答だった。 『申し訳ありません、組合の通達で……』 『黒羽副総裁のお名前が出ている以上、うちのような規模では逆らえません』 『頼むから、もう電話をかけてこないでくれ!』 最後には、受話器越しに怯えと拒絶をぶつけられ、ガチャリと切られた。 「……電話で頭を下げて回れば、石が転がり込んでくるとでも思っているのか」 振り返ると、重厚な革靴の足音とともに蓮が姿を現していた。 長身を包むスリーピースのスーツには乱れ一つなく、その眼光は冬の刃のように鋭利だった。高杉が控える背後から、冷ややかな空気がアトリエへ流れ込んでくる。 「黒羽さん……」 「征四郎の差し金だ。国内宝飾貴金属組合の理事長は、叔父の長年の飼い犬だからな。都内の流通ルートは完全に塞がれた。期日までに特級プラチナも、極上のダイヤモンドも、国内正規ルートからお前の手元に届くことはない」 「そんな……コンペまで、もう一ヶ月もないのに……!」 真白は唇を噛み締めた。 国家式典で用いられるティアラには、最高純度のプラチナと、傷一つない特級の宝石が不可欠だ。どれほど崇高な設計図を描こうと、形にするための金属も石もなければ、ただの机上の空論で終わってしまう。 「泣き言を言うな」 蓮は無駄のない足取りで真白の前に立つと、冷ややかに見下ろした。 「相手は貴族ぶったお嬢様ではない。生き残りのために泥水を啜ってきた老獪なハイエナだ。正攻法で来るはずがないことくらい、最初から織り込み済みで挑むのが戦場だぞ」 厳しい言葉だったが、真白を突き放す調子ではなかった。 蓮は内ポケットから万年筆を抜き、手帳に流麗な文字でいくつかのサインを走らせると、破り取って真白の作業台に置いた。 「黒羽グループのプライベートルートを動かす。アントワープのシンジケートとチューリッヒの精錬所へ直通で手配をかければ、四十八時間以内に最高純度のスイスプラチナと五カラット級のダイヤが手に入る。それで戦え」 破格の支援だった。 財閥総帥の権力を使えば、征四郎の敷いた国内の包囲

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    南青山の『BLANC』アトリエ。深夜二時を回り、静まり返った作業場には、鉛筆の先が紙を激しく擦る音だけが響いていた。カリカリ、サッ、サッ……。床には、丸められたクロッキー用紙が無残に散らばっている。真白は拡大鏡を頭上に押し上げ、真っ白な紙を睨みつけていた。目の下には濃い隈が落ち、握りしめた二〇二〇番のデッサン用鉛筆を持つ指先は、疲労でわずかに震えている。「違う……これじゃない……!」ビリリ、と乾いた音を立ててスケッチを破り捨てた。描けども描けども、紙の上に現れるのは「どこかで見たようなティアラ」だった。格式を求めれば、一条麗華が体現する王道・完璧なシンメトリーの焼き直しになり、奇をてらえば国家の式典という神聖な儀礼の品格を損なう。一条麗華という巨大な山を意識すればするほど、真白の鉛筆は迷走し、線の生気を失っていた。「……その程度の下らない落書きに、一体何時間浪費している」氷のように冷徹な声が、作業場の入口から突き刺さった。真白が息を呑んで振り向くと、コートを脱いだ蓮が腕組みをして立っていた。冷淡な眼差しが、足元に散乱する破れた紙屑を見下ろしている。蓮は無駄のない歩調で机に歩み寄ると、真白が手元に残していた唯一のスケッチを容赦なく引き抜いた。「黒羽さん……」「一条麗華の亡霊に怯えて、指先が縮こまっているな」蓮はスケッチを一瞥するなり、冷ややかに机へ放り出した。「最高級のダイヤモンドを無難に並べただけの、中身のない飾り物だ。誰の首に乗せるつもりだ? 石の価値にすがっただけの抜け殻など、一条麗華の爪の垢にも及ばんぞ」「っ……!」容赦のない言葉が、真白の胸をえぐるように抉った。寝食を忘れ、指を痛めて必死に絞り出した三日間の成果だった。涙が滲みそうになるのを、真白は唇を強く噛みしめて押し戻した。蓮の言う通りだったからだ。怖かった。国家という看板の重みに怯え、一条麗華の圧倒的な存在感に呑まれ、無意識に「減点されない無難なデザイン」へ逃げ込んでいたのだ。「泣き言を垂れる暇があるなら、頭を冷やせ」蓮は無造作に、持参していた魔法瓶から湯気の立つ濃いブラックコーヒーをマグカップに注ぎ、真白の目の前にドンと置いた。「技術や格式の歴史で、お前が一条麗華に勝てるはずがない。あの女は生まれ落ちた瞬間から美の頂点に立ち、何万時間という修練を重ねて

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    「白河真白との一騎打ち、ですか……」東條参与は苦々しい表情で額の汗を拭った。改元に伴う国家慶祝式典の公式ティアラ。それは皇室の格式と国の威信を世界に誇示する至高の象徴だ。これまでなら、名門一条家の当主にして至高の美を体現する一条麗華に特命発注が下り、無風のまま儀礼の準備が進むはずだった。「一条先生、式典の期日はすでに決定しております。失敗は万に一つも許されない。実績のない新興ブランドを巻き込んでの指名コンペなど、前例がございません」「前例なら、今ここで作ればよろしいでしょう」一条麗華は東條の懸念を一刀両断にした。真紅のスーツを完璧に着こなし、背筋を一寸の乱れもなく伸ばしたその佇まいは、まさに気高き女王そのものだった。「無風の椅子に座って手に入れた栄冠など、私には一片の価値もありませんわ。一条の誇りにかけて、私が宮内庁に納めるのは、過去の焼き直しではなく世界中の誰もがひれ伏す真の至高です。……そして今、この国で私の美意識を刺激し、私の牙を研ぐに足る気迫を持つ相手は、そこの泥臭い娘ただ一人よ」麗華の怜悧な視線が、真白へと向けられる。それは他者を蔑む目ではない。自らの高みへと挑む資格があるかを見定める、誇り高き絶対者の苛烈な光だった。「どうなのです、真白代表。私の影に隠れて安全な場所で甘んじるのかしら? それとも、この一条麗華を本気で超えにくる気概がおあり?」「一条様……」真白の喉の奥が乾き、心臓が激しく打った。一条麗華。名門の血筋、天賦の才、そして誰よりも過酷な修練によって頂点に君臨し続ける絶対の女王。技術、経験、そして研ぎ澄まされた審美眼のすべてにおいて、立ち上げたばかりの『BLANC』など遠く及ばない。勝てる見込みなど、客観的に見れば万に一つもない無謀な挑戦だった。(逃げ出したい……? いいえ、違う)真白は作業着のポケットの中で、両手を強く握りしめた。指先には、ヤスリを握り、泥まみれになりながら原石を割ったタコと無数の小さな傷痕がある。恐怖はあった。だがそれ以上に、胸の奥底でチリチリと燃え上がる熱い炎があった。あの一条麗華が、自らの地位にあぐらをかくことなく、真向勝負の土俵へ自分を招き入れてくれたのだ。「東條参与」真白は背筋をピンと伸ばし、一歩前へ踏み出した。琥珀色の瞳は澄み渡り、一条麗華の圧倒的な気迫を真正面から受け

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    合同コレクションでの『白夜の翼』発表から三日が過ぎても、クロハ・グランドシアターの熱気は冷めやらぬまま、連日メディアを賑わせていた。毒石の罠を仕掛けた白河結衣は、現行犯逮捕ののち、殺人未遂および建造物侵入の容疑で東京地検へ身柄を完全に送検された。警察の取調べに対し、結衣は取り乱して喚き散らすばかりで、もはやかつての傲慢な令嬢の面影は微塵も残っていないという。だが、南青山の『BLANC』本店アトリエの奥。真白は世間の喧騒から切り離されたように、作業台に散らばった工具や研磨剤の拭き掃除に没頭していた。キュッ、キュッと、布巾を動かすたびに無垢材の机が艶を帯びる。「……相変わらず、祝勝会のシャンパンより雑巾の絞り汁の方が性に合っているようだな」低く澄んだ声が落ちてきた。顔を上げると、仕立ての良い漆黒のスーツを隙なく着こなした黒羽蓮が、扉の脇に立っていた。鋭利な彫刻を思わせる冷淡な美貌。だが、その漆黒の瞳の奥には、真白だけに向ける微かな熱が宿っている。「黒羽さん。もうお仕事は一段落したんですか?」「結衣の件と、背後にいたオフィディアンの残党への法的手続きは、顧問弁護士団が完璧に包囲した。あの女が二度と塀の外に出ることはない」蓮は無駄のない足取りで歩み寄ると、真白の手から布巾を奪い取り、作業台の上へ放り出した。そして、ポケットから取り出した清潔なハンカチで、真白の指先に残る微かな金属粉を丁寧に拭い去っていく。「いつまでも雑用に手を焼いてはいられないぞ。……客が来ている」「客……? 今日のアポイントはすべて断ったはずですが」「断れる相手ではない。宮内庁、および内閣官房参与の特使だ」蓮の言葉に、真白は息を呑んだ。国家の中枢に関わる機関が、なぜ立ち上げたばかりの新興ブランドである『BLANC』のアトリエを直々に訪れるのか。蓮に促され、真白は奥の応接室へと足を踏み入れた。そこには、濃紺のモーニングを纏った白髪の初老の男が、背筋を凍るほど真っ直ぐに伸ばしてソファに腰掛けていた。男の横には、漆塗りの重厚なアタッシュケースが置かれている。「初めまして、白河真白代表。内閣官房参与、ならびに式典準備委員会の東條と申します」東條と名乗った男は、立ち上がると深々と頭を下げた。その視線は極めて鋭く、真白の佇まい、手の平のタコ、そして作業着の襟元にいたるま

  • 冷酷総帥の身代わり花嫁 〜植物状態のはずの億万長者に溺愛され、私を見捨てた偽りの家族を地獄に落とします〜   第39話:断ち切られた因縁

    開演まで、残り二十分。 劇場のバックヤードでは、研磨と金属加工の甲高い音が緊迫した空気の中に響いていた。 「ヤスリとピンセットを!」 「はい、こちらですわ」 控室のドレッサー前。真白の横で手際よく道具を渡しているのは、なんと一条麗華だった。 世界最高峰のデザイナーが自ら助手を務めるという異例の事態の中、真白は純白のドレスの袖をまくり、鬼気迫る表情で拡大鏡を覗き込んでいた。 ニッパーで毒石の粉末に侵された留め具をミリ単位で切断し、予備の純プラチナワイヤーを編み直していく。 指先が震えれば、極小のパライバトルマリンのセッティングに傷がつく。だが、真白の呼吸は静かに整い、手元には一切の迷いがなかった。 (壊されたなら、もっと強く美しく編み直すだけ……!) ◇ 一方、グランドシアター地下二階の機械室通路。 非常口の非常灯が薄暗く灯る中、清掃員姿の結衣は息を切らしながら鉄扉のハンドルを必死に押し下げていた。 「な、なんで開かないのよ……!?」 ガチャガチャと激しく音を立てるが、扉はびくともしない。 全館の出入口はすでに電子制御で完全封鎖されていた。 手にしたスマートフォンの画面を見るが、電波は完全に遮断されている。背後にいたはずの裏シンジケート『オフィディアン』の連絡員とも繋がらない。 「くそっ、見捨てたのね……! あいつら、私を使い捨てにしたんだわ!」 結衣が恐怖と焦燥で爪を噛んだその時――。 コツ、コツ、コツ……。 静まり返ったコンクリートの通路に、規則正しく響く革靴の足音が近づいてきた。 闇の奥から現れたのは、仕立ての良いタキシードに身を包んだ黒羽蓮だった。 冷酷に研ぎ澄まされた漆黒の瞳。その背後には、無言で通路を塞ぐ屈強な黒羽家の護衛たちが並んでいる。 「ひっ……!」 結衣は腰を抜かし、背中を鉄扉に叩きつけた。 「れ、蓮総帥……!」 「鼠の逃げ道にしては、あまりにお粗末だな」 蓮は結衣の三歩手前で足を止め、冷淡に見下ろした。 その全身から放たれる凍てつくような殺気に、結衣の歯の根がガチガチと鳴る。 「変異トパーズによる腐食工作。……真白の命を奪おうとした罪、もはや親族の情など一欠片も適用されんぞ」 「ち、違う! 私は唆されただけよ! オフィディアン

  • 冷酷総帥の身代わり花嫁 〜植物状態のはずの億万長者に溺愛され、私を見捨てた偽りの家族を地獄に落とします〜   第38話:侵入者と毒石の罠

    クロハ・グランドシアターの照明が落とされ、夜間警備の静寂が館内を包んでいた。舞台裏の最奥、特別保管室の電子ロックが赤く点滅している。指紋認証と二重暗証番号で厳重に封鎖された扉の前に、青い清掃員の作業着を纏った人影が音もなく忍び寄った。深く被った帽子の下から覗く目は、血走り、病的な光を放っている。白河結衣だった。「ふふ……黒羽蓮、いくら警備を固めたって無駄よ」結衣はポケットから、裏シンジケート『オフィディアン』から渡された特殊なハッキング端末を取り出した。端末の端子を電子錠の配線パネルに差し込むと、微小なパルス音が鳴り、わずか数秒で表示が緑へと変わる。――カチリ。防音扉がゆっくりと開いた。部屋の中央、強化防弾ガラスのケースの中に飾られていたのは、明日の合同コレクションのトリを飾る真白の最高傑作――『白夜の翼』だった。一条麗華との競演のために創り上げられた、プラチナと極上ホワイトダイヤモンド、そして透き通るようなパライバトルマリンが織りなす圧倒的な造形美。暗闇の中でも自ら発光するかのような清廉な輝きに、結衣は激しい吐き気を覚えた。「憎らしい……! こんな綺麗なものを作って、世界中から拍手を浴びて……あんただけが光の中にいるなんて、絶対に許さない!」結衣は震える指先で、懐からアルミケースを取り出した。中から取り出したのは、鈍い黒紫色の光を放つ変異トパーズ。人工的な放射線処理で内部の結晶構造を破壊された、触れる金属を腐食させる毒石。結衣はピンセットで毒石を掴むと、『白夜の翼』のメインフレーム――真白の首元に直接触れる留め具の裏側へ、毒石の鋭利な角を強く擦り付けた。目に見えないほどの微細な亀裂がプラチナの接合部に刻まれ、毒石の微粉末が金属の隙間へと染み込んでいく。「これで終わりよ、真白。明日のランウェイで、スポットライトの熱を浴びた瞬間……このフレームは砕け散り、あんたの首筋をズタズタに引き裂くわ」醜い歓喜の笑みを漏らしながら、結衣は毒石を隠し持ち、足早に保管室を後にした。◇翌朝、合同コレクション当日。グランドシアターの客席は、世界各国のVIP、ファッション誌の編集長、そして一流ジュエラーたちで超満員となっていた。開演一時間前の控室。真白は純白のシルクドレスに身を包み、ドレッサーの前で深く息を吸い込んでいた。手元には、保管庫から

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