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第3話

Auteur: 九美
佳苗が屋敷に戻ると、明彦は袋からみそ汁の入った容器を取り出し、無造作にテーブルへ放り出した。

「昨日は少し言い過ぎたが、お前が美鳥を困らせるのがいけないんだ。ほら、これは俺が直々に作ったみそ汁だ。これを食べたら、さっさと美鳥に謝りに行け」

これまで一度も包丁を握ったことさえない明彦は、今回ばかりは佳苗が感涙にむせぶに違いないと高を括っているようだった。

佳苗はただ、その冷え切ったみそ汁を見つめ、心の中で自嘲した。

――一体どこまで卑屈になれば、これほどまでに尊厳を踏みにじられることを許してしまうのだろう。

これは美鳥の食べ残しに過ぎない。

それを明彦は「褒美」として彼女に与えようとしているのだ。

佳苗は静かに見つめるだけで、何の反応も示さなかった。

明彦は苛立ちを露わにし、怒鳴りつけた。

「お前、一体何が不満なんだ?これでも俺が折れてやってるんだぞ、いい加減にしろ。外で稼いでくるだけでも十分に神経をすり減らしているというのに、家でまで騒ぎを起こしやがって……少しは器の大きい女になれないのか」

佳苗は淡々と言い放った。「私、シーフードアレルギーよ」

明彦は言葉を失った。

ようやく思い出したのか、その顔に一瞬だけ気まずさがよぎる。だが、佳苗の冷ややかな表情を目の当たりにすると、途端に逆上した。

「たかがアレルギーごときで大げさなんだよ。死ぬわけでもあるまいし、いちいち注文をつけるな!」

佳苗が何度も自分に逆らい、一向に引き際をわきまえようとしないことに激昂した明彦はみそ汁の容器を掴み取ると、抗う佳苗の口内へと無理やり流し込み始めた。

まさか彼がこれほど狂った真似をするとまでは思わず、佳苗は避けようとしたものの、すでに何口か飲み込んでしまっていた。彼女は床に這いつくばり、激しく嘔吐した。

彼女のシーフードアレルギーはクラス5で、微量に触れただけでも命に関わる。

瞬く間に呼吸が困難になり、喉には水疱が広がり、皮膚には悍ましいほどの紅斑が浮かび上がった。

明彦は鼻で笑い、無惨に横たわる彼女を見下ろした。

「悲劇のヒロイン気取りか?毎日毎日、俺に小細工を仕掛けやがって。自分が美鳥みたいな美女だとでも勘違いしているのか?今のお前なんて、若さも美貌も失った、ただの足の不自由な出来損ないだ!

こっちが歩み寄ってやってるうちにさっさと頭を下げろ。さもないと家から叩き出すぞ。後になって泣いてすがってきても遅いからな!」

「パパが美鳥さんの仇をとってくれた!すごい!」

陽彩は駆け寄ると、苦しむ佳苗を力任せに蹴りつけ、無邪気に残酷な笑い声を上げた。

「家でしっかり反省してろ。次にまた馬鹿な真似をしたら、容赦しないからな」

明彦は陽彩を連れてそのまま部屋を後にし、虫の息となった佳苗を一瞥だにしなかった。

屋敷は静まり返り、外から聞こえる車のエンジン音はまるで死の宣告のようだった。佳苗は窒息しそうになりながらも、最後の力を振り絞ってようやく119番に通報した。

そのまま十数分、地獄のような苦しみに耐え続けた後、彼女はついに意識を失った。

目を覚ますと、佳苗は病室のベッドにいた。鼻を突く消毒液の匂いを感じ、どうやら一命を取り留めたのだと悟る。

自分を床に転がしたまま、見殺しにして立ち去った明彦の冷酷さが脳裏をよぎる。

あの父娘にはとうに見切りをつけたはずなのに、それでも息ができないほど胸が痛んだ。

心の上に数千キロもの巨岩がのしかかっているかのように苦しい。

ふと、窓の外から小鳥のさえずりが聞こえてきた。枝の上で軽やかに跳ねる小鳥の姿を、佳苗は激しい羨望の眼差しで見つめる。

――あと二十八日経てば、本当の自由を手に入れられる。

あの無慈悲な父娘など存在しない場所へ。ただ青い海を眺め、春の陽だまりに咲く花々に囲まれながら、一人の人間として、平穏な幸せを掴むのだ。

主治医が病室に入ってきて、彼女の思考を遮った。医師は咎めるような口調で言った。「アナフィラキシーショックでした。救急処置が少しでも遅れていたら、命はありませんでしたよ」

佳苗が口を開く前に、医師は眉をひそめて続けた。

「スマホの緊急連絡先に電話を入れましたが……病院に駆けつけるどころか、あの方は『さっさと死ね』とまで言い放ちました。本当に、ご主人なんですか?」

佳苗は力なく首を振り、消え入りそうな声で答えた。「……あと二十数日ほどすれば、元夫になります」

医師は佳苗のひどくふさぎ込んだ様子を見て、夫婦の冷え切った内情を察したようだった。彼は重いため息をつき、声音を和らげた。

「夫婦仲がどれほど悪かろうと、命を粗末にしてはいけません。次からは十分に気をつけてくださいね」

佳苗は無理に口角を上げ、微かな微笑みを浮かべた。

――ええ、もちろん。次はもう二度とないわ。

もう、明彦に自分を傷つけさせることなど、万に一つも許しはしない。

七年もの間、従順な飼い犬のように這いつくばって尽くしてきたが、それも今日で終わりだ。これからは、ひとりの人間として、尊厳を持って生きていく。

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