第2話

悪夢のような記憶が津波のように押し寄せてきた。

彼女はほとんど錯乱したように遥を強く突き飛ばし、叫び声をあげた。「触らないで！！」

遥は大げさに車椅子から転げ落ち、顔面は真っ青になりながら苦しそうに声を漏らした。「痛い！」

「遥！」

誠矢と洋次は同時に手を伸ばし彼女を助けようとしたが、先に動いたのは誠矢だった。彼は遥を抱き上げ、そっと脇に下ろしながら尋ねた。「怪我はないか？どこが痛む？」

「誠矢さん、私は大丈夫。礼香ちゃんがきっと辛すぎたのよ。私は平気だから、お願い、礼香ちゃんのほうを見てあげて」

洋次は怒りに震えながら怒鳴った。「白石礼香！お前ってやつはなんて悪どいんだ！遥さんはお前のせいで身体が不自由になったんだぞ！それなのにまだ突き飛ばすなんて！！おじさん、俺の意見だけど、こんな奴は連れ戻すべきじゃなかった。もう一度寺に戻して懺悔させるべきだ！」

いやだ！戻りたくない！

また犯されて！殺！さ！れる！

「ドサッ」

礼香はその場にひざまずき、力いっぱい頭を床に打ちつけた。

「ゴン」

額はすぐに赤く腫れ上がった。

「ごめんなさい、私が悪かった」

「ゴン」

何度も何度も額を床に打ちつけ、ついには血が流れ出した。

その場にいた全員が、この光景に息を呑んでいた。洋次でさえ、もう何も言えなくなっていた。

あれほど気丈で高飛車だった白石家のお嬢様が、今や捨てられた犬のように、ひざまずいて頭を打ち続けている。

誠矢の目が鋭く細められ、声には冷酷さが滲んでいた。「礼香、立て」

だが、礼香は立ち上がることができなかった。膝は激しく痛み、顔は血まみれになっていた。それでも必死に頭を下げ、懇願した。「おじさん、お願い、戻さないで。私が悪かった、何でもするから、遥さんに頭を下げる、いくらでも謝るから、だからお願い、あそこには戻りたくない……」

あの山での毎日毎晩、仏像の前で受けた辱めは、まるで悪魔に喰われるかのようだった。

思い出すほどに身体は激しく震え、胃がひっくり返るような感覚に襲われた。礼香はその場で嘔吐し、腐ったような酸っぱい液体を大量に吐き出した。その中には、まだ消化しきれない木の皮のかけらが混じっていた。

彼女はひどく痩せ細っていた。あの僧たちはわざと食事を与えず、飢えた彼女は残飯をあさり、木の皮をかじって生き延びていた。

そのせいで、彼女の胃はもうとっくに壊れていた。

誠矢の顔色が変わった。「医者を呼べ！」

彼の瞳に浮かぶ不安の色を見て、礼香はほとんど反射的に声を絞り出した。「おじさん、あの僧たちが……」

その言葉を言い終える前に、胃の激痛に襲われ、そのまま意識を失った。

再び目を覚ましたとき、礼香は薄暗い部屋の中、ベッドに横たわっていた。灯りはついておらず、視界はぼやけていたが、すぐ隣に誰かが座っているのが見えた。その顔は陰鬱に沈んでいた。

苦しそうに口を開き、かすれた声で呼びかけた。「おじさん？」

「目が覚めたか」

記憶が一気に押し寄せ、礼香は思わず彼の袖を掴み、焦るように口を開いた。「おじさん、話したいことがあるの……」

「誰かにいじめられたのか？」

礼香は一瞬ぽかんとしたが、彼がすでに何かを察しているのだと思い込んだ。抑えきれず、涙が次々とこぼれ、嗚咽を漏らした。

「そう……あいつらはひどい人たちなの！」

「そうか。どうやってお前をいじめた？」

礼香はついに真実が明かされるのだと信じ、たまらず早口でまくしたてた。「いつも閉じ込められて、お経を書かされたの。指を噛みちぎって血で書けって。書かなければ殴られた！」

十本の指はどれも傷だらけで、まともな指は一本も残っていなかった。噛み痕が生々しく残り、繰り返し傷つけられたせいで、指紋さえすり減ってしまっていた。

「食べ物もくれなくて、いつもお腹が空いてて、胃が燃えるみたいに痛くて、ゴミ箱の残飯をあさるしかなくて、木の皮までかじったの。胃がもうだめになっちゃって……それに、あいつら、私を水の中に突き落として！」

頻繁に吐血するようになり、自分でも病気だとわかっていた。医者に診てもらいたくても、あの僧たちは決して行かせてくれず、彼女を冷たい雪解け水の中に押し込み、罪を洗い流すのだと嘯いた。

それ以来、礼香はひどいリウマチを患い、雨が降るたびに骨の隙間まで痛むようになった。

礼香は取り乱したまま、思いつくままに次々と言葉を吐き出した。この一年間の苦しみをすべて彼に伝えたくて、止まらなかった。

けれど、話し続けるうちに、彼女はふと口を閉ざした。

彼はずっと沈黙を守ったままだった。

その瞬間、頭から冷水を浴びせられたような感覚に襲われた。

彼女は震えながら、なんとか言葉を絞り出した。「おじさん、信じてくれないんだよね……？」

窓の外の光が少しずつ傾き、ようやく彼の表情がはっきりと見えた。その顔は氷のように冷たく、瞳は深い底なしの闇のようだった。

彼は彼女の言葉を信じていなかった。

「礼香、お前はまだ何も学んでいない」

礼香はほとんど絶望の色を浮かべ、必死に訴えた。「おじさん、嘘なんかじゃないの……お願い、調べてみて……あいつら、あいつら私を汚そうとしたの……」

「もういい！仏門の聖地を、そんなふうに貶めていいと思っているのか！」

「違う！あそこはお寺なんかじゃない！化け物の巣よ！白川遥がわざと選んだ地獄なの！私をそこに捨てたのは、最初から悪意があったんだ！あの女の言葉を信じないで……」

「パリン」

誠矢の手から投げつけられたカップが床で粉々に砕け、礼香の言葉をそのまま封じた。

飛び散る破片は、そのまま彼女の砕けた心そのものだった。

誠矢は唇を強く引き結び、瞳の奥には深い失望の色が滲んでいた。

「口を開けば汚い言葉ばかりだな。これがお経を書き続けたお前の成れの果てか？あのとき遥が情けをかけて見逃さなければ、お前はとっくに傷害罪で牢屋の中だったはずだ。その恩を忘れ、逆恨みするとは！白石礼香、俺は一度だってお前にそんな忘恩の生き方を教えた覚えはない」

その一言一言が、刃物のように彼女の胸を切り裂き、わずかに残っていた誇りすらも粉々にした。

彼女はうつむき、目に溢れそうになる涙を必死に堪えながら、かすれた声で言った。「はい、私が悪かった」

誠矢は立ち上がり、冷たく言い放った。「仏間に行って、跪け」

誠矢の命令に逆らえる者は、誰ひとりとしていなかった。

彼女は虚ろな身体を引きずりながら、ベッドから這い出し、裸足のまま一歩一歩、仏間へと向かった。

白石家の仏間は古い屋敷の裏庭にあり、そこではいつも線香が焚かれ、亡き両親が祀られていた。

十二年前、白石家の夫婦は交通事故で命を落とし、広大な財産と、まだ幼い二人の子どもだけが残された。

海城市の白石家は、親を失ったその瞬間から、誰もが食い物にしたがる無防備な獲物になった。

白石家の血筋として残された彼女だったが、女であるという理由だけで親族から見捨てられ、捨てられた。もし誠矢が海外から急いで戻ってきていなければ、彼女は八歳まで生きられなかっただろう。

道端で空腹に耐えかね、野良犬と骨を奪い合っていたボロボロの彼女を、誠矢はまるで天から降ってきたかのように現れて抱きしめ、こう言ってくれたのだ。「怖くないよ。これからは、俺がずっとお前を守る」

その言葉通り、彼は十年間ずっと彼女を守ってくれた。

白石家が混乱と争いの渦に巻き込まれた中で、すべてを背負い、両親の葬儀を執り行い、家業を引き受け、立て直したのは誠矢だった。そして、二人が大人になるその時まで、すべてを守り抜いてくれた。

この恩は、どれだけ返しても返しきれない。そしてその感謝の気持ちは、長い年月のうちに、少しずつ別の感情へと変わっていった。

誠矢を好きになることは、あまりにも自然で簡単だった。

けれど、その代償はあまりにも重すぎた。

「お嬢さん、望月さんを怒らせてはいけませんでしたよ」

側に立っていた老執事は、ため息をつきながらそう言った。その目には同情の色が浮かんでいたが、誠矢の命令には逆らえなかった。命じられた以上、跪くしかないのだ。

礼香はうつむき、じっと床を見つめながら瞬きをした。そしてぽつりと、脈絡もなく呟いた。「浅川爺さん、私、病気なの。すごく、すごく重い病気」

しかし浅川は首を振り、どこか失望した目で言った。「お嬢さん、もう嘘はやめましょう。検査の結果では、あなたは健康そのものだと書かれています」

「そう」

そういうことだったんだ。

彼らは検査結果の数字を信じて、目の前の自分の姿を信じようとはしなかった。

でも、彼女には……

もう生きられる時間は、一ヶ月も残っていなかった。