Share

第20話

Author: 青ノ序
綾はおそるおそるドアを開け、ベッドのそばへと歩み寄った。

湊の肌は、病的なまでに真っ白だった。細く長い指を布団の上で組み、手の甲の青い血管が薄い皮膚の下に透けて見える。

「体は大丈夫なの?」

綾は机に置かれたお粥に手を伸ばしたが、すっかり冷めていた。

「温め直してくるね」

「なぜだ?」

湊は鋭い目つきで、綾を見ようともしない。血の気のない薄い唇を、きつく引き結んでいた。

「あのニュースのことなら、ちゃんと説明できるから」

綾はお椀を置くと、椅子をベッドのそばまで引き寄せた。

「杉本おじさんは母の友人で、『薔薇の心』をくれた人なの」

綾はスマホの写真フォルダを開くと、樹と母が写っている数枚の写真を湊に見せた。

「こっちが母で、こっちが杉本おじさん。小さい頃、あなたにもこの写真見せたことあるでしょ?」

綾は湊の機嫌を損ねないように、優しい口調でそう説明した。

「母親の友達だからって、なれなれしく体に触れていいのか?あいつの手が、お前の体に触れていただろう!」

湊は綾の着ているワンピースに、意地の悪い視線を向けた。

「お前が離婚したいなんて騒いでいるのも、結局は
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter
Comments (1)
goodnovel comment avatar
kozakura hime
はあ?綾は家政婦じゃない母親に作らせろよ 凪も必死!!とにかく湊の側から離れない でも子供が四六時中病室いるのは余り勧められない 綾に事で嫉妬するのに自分は元婚約者と子供に好き放題させていい加減綾を解放してあげて
VIEW ALL COMMENTS

Latest chapter

  • 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった   第769話

    綾は満足げに笑うと、冬休みの課題を広げて静かに書き始めた。綾は課題を大急ぎで終わらせて、その後は難易度の高い問題に挑むつもりだ。学校の課題は基礎的すぎて、百冊やったところで成績の伸びは期待できないからだ。明里の方は、どの問題も解けないのか、質問攻めが続いている。湊は呆れた表情を見せながらも、一問ずつ丁寧に解説を続けていた。綾にとって明里は大切な友達だ。成績が悪くて騒がしいが、義理堅く学校ではよく世話を焼いてくれる。だから、これは自分なりの恩返しだった。1時間ほどして、湊は首を揉みほぐし、水を飲んでから黙々と課題に取り組む綾の方を向いた。お団子ヘアに結った綾は、襟足から少しだけ毛先が跳ねていて、性格と同じくらい愛らしい。「綾、分からないところはないのか?」「ないよ」綾は顔を上げると、冬休みの課題なんて簡単で、目を瞑っていても解ける、と言いかけた。でも、明里があれほど苦労している姿を見て、言葉を飲み込んだ。覗き込んできた明里が、綾の書き込んだ丁寧なページを見て羨ましそうに声を上げる。「綾、なんでスラスラ答えを書けるの?」「ちゃんと頭で考えてるよ。パッと分かるわけじゃないから」明里は唇を曲げた。同じような年頃なのに、なんで綾はこんなに賢いのかしら?でも、根が勉強熱心な明里は質問を続ける。「湊、続きを教えて」嬉しそうに見つめる明里と、白いニットを着た湊。垂れ下がった髪の間から覗く横顔は骨格がきれいで、淡い石鹸の香りを漂わせている。中学生にはない落ち着きと、大学生より若々しい瑞々しさを感じさせた。「そろそろ昼飯だ。座りっぱなしだと体に悪いから、外の空気でも吸いにいこう」湊は立ち上がると、綾の後ろに回り込み、その手からペンを取り上げた。「午後綾たちは泳ぐんだろ?プールの水も換えさせておいたから」「分かってるよ、湊ってばおばあさんより小言が多いんだから」綾は手首を軽く回すと、明里を立たせた。「明里、明日からは午前中に来て課題をやって、お昼を一緒に食べて、午後はプールで遊ぼうよ」綾はここが中野家だと気づき、恐る恐る湊の顔色を窺った。「湊、いいよね?」湊はさらりと返した。「ここは綾の家だ。好きなようにすればいい」課題のストレスで瀕死状態だった明里の目が、一気に輝いた。「なら、明

  • 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった   第768話

    中学校に入学した初日、湊はわざわざ綾を学校まで車で送ってくれた。綾は守られていることが実感できた反面、派手すぎて気恥ずかしくもあった。学年が上がるにつれ、湊は家では物静かな性格になったが、学校では予想外なことに交友関係が広いようだった。実は彼らの大半が、湊にお金を貰って綾の周囲を固めるために集まった学生たちだと、綾は知らなかった。彼らは本来、1年生になんて興味はない。だが湊が払う額は大きく、それに綾は愛くるしくて誰からも好かれる雰囲気を持っていた。そのおかげで、明里は一足早く先輩たちと仲良くなれたようで、後の豊かな恋愛遍歴の布石を打っていた。中学校に入ると、学習内容も一気に難しくなった。綾は東都最高峰の高校を目指していた。学力で自分の価値を証明したい一心で、とにかく勉強に打ち込んだ。出された課題はもちろん、出されていない問題集も進んでこなした。この中学校は何かと競争が激しく、普段の勉強はもちろん、さまざまな大会やコンクールにも力を入れていた。綾は努力を惜しまなかった。模試ではいつも学年トップ3に入り続けた。成績が出るたび、綾以上に喜んでくれたのが明里だ。「綾、同じ教室にいるはずなのに、どうしてそんなに頭が良いの?うちの親も今まで成績なんて気にしなかったのに、綾の入学後の順位を知ってから、急にうるさくなったのよ。いっそ名前を書き換えて提出してもいい?」綾は困り果てた笑顔で返した。「明里のご家族を騙すなんて無理だよ。冬休みにうちに来なよ、教えてあげるから」明里は顔を綻ばせた。「やった!湊も冬休みは家にいるの?」綾は頷く。「うん。私と湊の二人に教えてもらえるよ」明里は待ってましたとばかりに、冬休み2日目の朝、早速車で中野家へやってきた。綾は驚きを隠せず、目を丸くした。「信じられない、あんなに朝寝坊だったのに!」休みになると昼まで寝ているのが当たり前だったのに。明里から誘いがあっても、いつも午後からが定番だったからだ。明里はリュックを背負って一言。「勉強は早いほうがいいの。ところで、湊はどこ?」綾は眉をひそめた。「ねえ、勉強しに来たの?湊に会いに来たの?」明里は真顔で返した。「もちろん勉強だよ。綾と一緒の高校に行くの」「明里、本当に優しいね」綾は胸が熱くなり、すぐさま書斎

  • 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった   第767話

    「前を見て、真っすぐ進みなさい。きっと良いことが待っているから」和子が言ってくれたその言葉を、綾は大切にしていた。先になにがあるというのだろう?パパとママと過ごす日々より、素晴らしいことなんてあるの?でも、綾は和子を信じていた。和子は自分に可愛い服を買い与え、お正月の贈り物まで用意してくれるからだ。自分を大切にしてくれる人は、決して嘘をつかない。捨てられるのではないかと怯えていた綾だったが、中野家で三度目のお正月を迎える頃には、そんな不安はすっかり消え去っていた。和子は自分を愛し、兄たちが持っているものは自分にも用意してくれたし、それ以上のものまで贈ってくれるのだ。特に湊は、良いものを何でも分け与えようとしてくれた。中野家に来た最初の年、二人は同じ小学校に通うことになった。湊のおかげで、学校中の生徒が綾を「湊の妹」として知っていた。小学校最後の授業を終えて校門へ向かうと、遠くで白いTシャツに黒いズボン姿の湊が、こちらに向かって大きく手を振っていた。降り注ぐ陽射しを浴びて、その姿はひときわ輝いて見えた。明里が綾の肩を小突いて、照れくさそうに笑った。「ねえ、私が綾の『お義姉さん』になってもいい?」「いいよ。でも、もう少し大きくなってからね」小学6年生の綾は中野家に守られて育ち、まだ「少女の淡い恋心」など知らなかった。ただ、明里が家族になってくれるのは嬉しいことだと思っていた。「約束だよ!ゆびきり!」明里が小指を突き出すと、ちょうどそこに湊が駆け寄ってきた。湊は背負っていた綾のランドセルをさらりと取って、自分の肩に掛け直した。「陽射しが強いな。車に乗れよ。日に焼けるぞ」「明里、またね!」湊に手を引かれ、綾は車へと乗り込んだ。制服姿の湊を見て、綾は不思議そうに尋ねた。「まだ学校は休みじゃないはずでしょ?」「昼休みだけ抜け出してきたんだ。送ってから戻るよ」「だからそんなに急いでるの……別に大した日じゃないし、わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに」「自分の妹の小学校最後の授業だぞ。来ないわけないだろ?ほら、ジャジャーン!」湊は手品のように背中から花束を取り出し、綾に差し出した。綾は目を輝かせて両手でそれを受け取った。「ありがとう!」「それと、一つ残念なお知らせがある。俺

  • 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった   第766話

    和子は縁側に立ち、雪遊びをする二人を見守っていた。綾が湊を慕う姿に、ふうっと溜息をつき、安堵の表情を浮かべる。幸子が笑いながら言う。「湊様が朝から綾様を叩き起こして、雪だるまを作ろうと誘っていたんです。二人とも本当に仲がいいですね」湊は綾よりも頭一つ分背が高く、目鼻立ちもはっきりしている。子供らしい表情の中に、妹を想う時だけ時折、大人びた色が浮かぶ。和子は心温まる思いで二人を見つめた。「湊には事前に、綾ちゃんを頼むって言っておいたの。湊、いたずらっ子だけど根は優しいから」家にいて綾を構ってあげられない今、幼い湊を頼りにするしかなかった。中野グループの仕事は多忙を極める。目を離せば、中野家の重鎮たちが歳をとった者や若すぎる者を見くびり、権力争いを仕掛けてくるからだ。朝食を終えると、和子は綾を呼び寄せた。「綾ちゃん、これからおばあさんは仕事に行かなきゃならないの。お家では湊といてね。何かあったら山下さんを呼ぶのよ」綾は賢く頷いた。ほっそりした頬と、やけに大きく見える黒目が健気さを強調している。「おばあさん、パパとママはお星様になったんですか?それなら、お星様はずっとそこにいますか?」和子は絶句した。半年前に息子夫婦を亡くした時、同じ言葉で湊をなだめた覚えがあったからだ。湊は逆にそれを「嘘つき」と言った。人が死んだら何も残らず消える、と。この子は幼い頃から本ばかり読んでいて、哲学的な現実主義者だ。そんな嘘で誤魔化せるはずもなかった。自分の信じてもいない嘘で綾をなだめようとする湊を思い浮かべ、和子は苦笑いした。「ええ。ずっといるわよ」和子は身をかがめて綾の頬にキスをし、湊のところへ行かせた。綾が来たことは、案外湊にとっても良かったのかもしれない。両親を亡くしてからというもの、もともと大人びた性格だった誠はますます口数が減り、人を寄せつけなくなった。一方、湊は遊び相手もいなかったため、本ばかり読んで過ごしていた。子供向けの本ならまだしも、11歳にして哲学書を広げる日々だった。人生経験のない歳で哲学にのめり込むのは、いいこととは言えなかった。綾が呼ばれ、書斎の床に座り込んでいた湊に近づいて言った。「ねえ、山下さんが帽子とマフラーを持ってきてくれたの。雪だるまさんに着せてあげよう」「いいよ。そうし

  • 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった   第765話

    湊は綾が微笑んだのを見て、カーテンを閉めた。「さあ、おやすみ。明日は早く起きて雪だるまを作ろう」綾はウサギのぬいぐるみを抱いて布団に潜り込んだ。顔を覗かせた大きな瞳はまだ赤かったが、先ほどのような悲痛な色は消えていた。「おやすみ」と告げて部屋を出てから、湊がドアから再びひょっこりと顔を出し、小声で真剣に言った。「隣の部屋にいるから。壁をドンドンと叩いてくれれば、すぐに聞こえるよ」綾は布団の中で頷いた。けれど、壁を叩くなんてしない。良い子は何かに頼ったりしないからだ。湊がドアを閉めて去った少し後、綾のベッド横の壁を小さく叩く音がした。コン、コン、コン。続いて、辺りは再び静まり返った。壁を叩く音で綾は目を覚ました。ベッドサイドの時計は朝の6時半を指している。起きるべきか迷っていると、ドアが静かに開いた。湊が入ってきて、さっとカーテンを開け、常夜灯を消して言い放った。「早く歯を磨いて顔を洗って着替えろ。マスクと手袋、マフラーも忘れずに。風邪でも引いたら、おばあさんに怒られるからな」その急かすような真剣な口調に、綾は考え込む間もなく、体が自然と反応していた。大急ぎで身支度を済ませ、厚手のダウンを着てブーツを履き、帽子と手袋、マフラーで完全防備した。その姿はまるでおぼつかない子熊のようだった。着替え終えた湊が戻り、綾の全身をぐるりと確認してから満足げに合図を送った。「よし、出発!雪だるま作りだ!」湊に続いてリビングに向かう途中、窓の外の真っ白な景色が目に飛び込んできた。雪は止み、世界がまぶしいほど輝いていた。雪かきをしていた使用人が二人を見つけ、慌てて作業の手を止めた。「お二人、外に出るのは危ないですよ。体が冷えてしまいます」すると湊は即座に大きな声で言った。「綾が家を恋しがって泣くから、気を紛らわせようと思って雪だるまを作ることにしたんだ!」それを聞いた綾は焦って顔を赤くし、そんな理由じゃないと口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。弁解する隙も与えず、湊は綾の手を引いて雪の積もる空き地へ駆け出した。「ちょうどいい場所だ。ここで作るぞ!俺が雪を丸めるから、綾は雪を集めてきてくれるか?」そう言って、湊は素手で雪を丸め始めた。その指示に従ううちに先ほどまでの動揺もどこへやら、「分かった!」と綾は

  • 初恋と付き合ったら、車椅子の元夫が立ち上がった   第764話

    綾は頭から布団を被り、ウサギのぬいぐるみをきつく抱きしめていた。ドアが静かに開いた音にも気づかなかった。その時、被っていた布団が勢いよく剥ぎ取られた。「あ!」驚いて声を上げ、綾は身をすくませた。「しーっ」湊は人差し指を口に当てて、綾の顔をのぞき込んだ。「こっそり泣いてるんじゃないかと思ってさ」綾は鼻をすすり、涙に潤んだ瞳で湊を見つめた。まつ毛には涙の粒が残っている。鼻にかかった声で、「何……」と尋ねた。湊は答えず、ベッドの反対側へ回り込むと、布団の端をめくって自然な足取りで潜り込んだ。彼は後頭部で両手を組み、天井を見上げながら言った。「こっちも、パパとママがいなくて寂しいときはよく泣いてた。でも空の星を見ると落ち着くんだ。綾のパパとママも、俺のパパとママも、飛行機に乗って星になったんだよ」半信半疑のまま、綾は体を横に向けて湊を見た。抱えたウサギの耳が、手の中でしわくちゃになっていた。「どうして星になったの?」湊は少し考えて、いかにも大人のように答えた。「本で読んだんだけど、誰でもこの世に生まれたからには使命があるんだって。星になるのが、綾のパパとママの使命だったのさ」意味が分からなかった綾はつぶやいた。「お空にはたくさん星があるのに。私たちには、パパとママが必要なのに」言葉に詰まったのか、湊から先ほどのような余裕が消えた。彼はそのまま体を起こし、カーテンを開けた。「二人で探そうぜ」綾も立ち上がり、ウサギのぬいぐるみを抱えて湊のそばに寄った。頬にはまだ乾いていない涙の跡がある。顔を上げて夜空を見上げると、星は見えなかった。代わりに、暗闇の中を雪が音もなく舞い落ちていた。湊が嬉しそうに言った。「やった!雪だ!」綾は唇を尖らせた。「雪なんて寒いだけでしょ」舞い散る雪を見つめながら、もし和子が自分を引き取ってくれなかったら、今夜自分は雪の中に放り出されていたかもしれない、と考えた。そんな不安が浮かぶと、もっと恐ろしい想像が浮かんできた。もし明日、和子が考えを変えたらどうしよう?自分を疫病神だと思って、追い出したら……綾の胸の内など知る由もなく、湊は話を続けた。「本に書いてあったんだ。『瑞雪は豊作の兆し』っていう言葉があって、大雪の降る冬は豊作になるんだって」綾は何も答えず、ただひらひらと

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status