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第766話

Auteur: 青ノ序
和子は縁側に立ち、雪遊びをする二人を見守っていた。綾が湊を慕う姿に、ふうっと溜息をつき、安堵の表情を浮かべる。

幸子が笑いながら言う。「湊様が朝から綾様を叩き起こして、雪だるまを作ろうと誘っていたんです。二人とも本当に仲がいいですね」

湊は綾よりも頭一つ分背が高く、目鼻立ちもはっきりしている。子供らしい表情の中に、妹を想う時だけ時折、大人びた色が浮かぶ。

和子は心温まる思いで二人を見つめた。「湊には事前に、綾ちゃんを頼むって言っておいたの。湊、いたずらっ子だけど根は優しいから」

家にいて綾を構ってあげられない今、幼い湊を頼りにするしかなかった。

中野グループの仕事は多忙を極める。目を離せば、中野家の重鎮たちが歳をとった者や若すぎる者を見くびり、権力争いを仕掛けてくるからだ。

朝食を終えると、和子は綾を呼び寄せた。「綾ちゃん、これからおばあさんは仕事に行かなきゃならないの。お家では湊といてね。何かあったら山下さんを呼ぶのよ」

綾は賢く頷いた。ほっそりした頬と、やけに大きく見える黒目が健気さを強調している。

「おばあさん、パパとママはお星様になったんですか?それなら、お星様
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    「前を見て、真っすぐ進みなさい。きっと良いことが待っているから」和子が言ってくれたその言葉を、綾は大切にしていた。先になにがあるというのだろう?パパとママと過ごす日々より、素晴らしいことなんてあるの?でも、綾は和子を信じていた。和子は自分に可愛い服を買い与え、お正月の贈り物まで用意してくれるからだ。自分を大切にしてくれる人は、決して嘘をつかない。捨てられるのではないかと怯えていた綾だったが、中野家で三度目のお正月を迎える頃には、そんな不安はすっかり消え去っていた。和子は自分を愛し、兄たちが持っているものは自分にも用意してくれたし、それ以上のものまで贈ってくれるのだ。特に湊は、良いものを何でも分け与えようとしてくれた。中野家に来た最初の年、二人は同じ小学校に通うことになった。湊のおかげで、学校中の生徒が綾を「湊の妹」として知っていた。小学校最後の授業を終えて校門へ向かうと、遠くで白いTシャツに黒いズボン姿の湊が、こちらに向かって大きく手を振っていた。降り注ぐ陽射しを浴びて、その姿はひときわ輝いて見えた。明里が綾の肩を小突いて、照れくさそうに笑った。「ねえ、私が綾の『お義姉さん』になってもいい?」「いいよ。でも、もう少し大きくなってからね」小学6年生の綾は中野家に守られて育ち、まだ「少女の淡い恋心」など知らなかった。ただ、明里が家族になってくれるのは嬉しいことだと思っていた。「約束だよ!ゆびきり!」明里が小指を突き出すと、ちょうどそこに湊が駆け寄ってきた。湊は背負っていた綾のランドセルをさらりと取って、自分の肩に掛け直した。「陽射しが強いな。車に乗れよ。日に焼けるぞ」「明里、またね!」湊に手を引かれ、綾は車へと乗り込んだ。制服姿の湊を見て、綾は不思議そうに尋ねた。「まだ学校は休みじゃないはずでしょ?」「昼休みだけ抜け出してきたんだ。送ってから戻るよ」「だからそんなに急いでるの……別に大した日じゃないし、わざわざ迎えに来てくれなくてもよかったのに」「自分の妹の小学校最後の授業だぞ。来ないわけないだろ?ほら、ジャジャーン!」湊は手品のように背中から花束を取り出し、綾に差し出した。綾は目を輝かせて両手でそれを受け取った。「ありがとう!」「それと、一つ残念なお知らせがある。俺

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    和子は縁側に立ち、雪遊びをする二人を見守っていた。綾が湊を慕う姿に、ふうっと溜息をつき、安堵の表情を浮かべる。幸子が笑いながら言う。「湊様が朝から綾様を叩き起こして、雪だるまを作ろうと誘っていたんです。二人とも本当に仲がいいですね」湊は綾よりも頭一つ分背が高く、目鼻立ちもはっきりしている。子供らしい表情の中に、妹を想う時だけ時折、大人びた色が浮かぶ。和子は心温まる思いで二人を見つめた。「湊には事前に、綾ちゃんを頼むって言っておいたの。湊、いたずらっ子だけど根は優しいから」家にいて綾を構ってあげられない今、幼い湊を頼りにするしかなかった。中野グループの仕事は多忙を極める。目を離せば、中野家の重鎮たちが歳をとった者や若すぎる者を見くびり、権力争いを仕掛けてくるからだ。朝食を終えると、和子は綾を呼び寄せた。「綾ちゃん、これからおばあさんは仕事に行かなきゃならないの。お家では湊といてね。何かあったら山下さんを呼ぶのよ」綾は賢く頷いた。ほっそりした頬と、やけに大きく見える黒目が健気さを強調している。「おばあさん、パパとママはお星様になったんですか?それなら、お星様はずっとそこにいますか?」和子は絶句した。半年前に息子夫婦を亡くした時、同じ言葉で湊をなだめた覚えがあったからだ。湊は逆にそれを「嘘つき」と言った。人が死んだら何も残らず消える、と。この子は幼い頃から本ばかり読んでいて、哲学的な現実主義者だ。そんな嘘で誤魔化せるはずもなかった。自分の信じてもいない嘘で綾をなだめようとする湊を思い浮かべ、和子は苦笑いした。「ええ。ずっといるわよ」和子は身をかがめて綾の頬にキスをし、湊のところへ行かせた。綾が来たことは、案外湊にとっても良かったのかもしれない。両親を亡くしてからというもの、もともと大人びた性格だった誠はますます口数が減り、人を寄せつけなくなった。一方、湊は遊び相手もいなかったため、本ばかり読んで過ごしていた。子供向けの本ならまだしも、11歳にして哲学書を広げる日々だった。人生経験のない歳で哲学にのめり込むのは、いいこととは言えなかった。綾が呼ばれ、書斎の床に座り込んでいた湊に近づいて言った。「ねえ、山下さんが帽子とマフラーを持ってきてくれたの。雪だるまさんに着せてあげよう」「いいよ。そうし

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    湊は綾が微笑んだのを見て、カーテンを閉めた。「さあ、おやすみ。明日は早く起きて雪だるまを作ろう」綾はウサギのぬいぐるみを抱いて布団に潜り込んだ。顔を覗かせた大きな瞳はまだ赤かったが、先ほどのような悲痛な色は消えていた。「おやすみ」と告げて部屋を出てから、湊がドアから再びひょっこりと顔を出し、小声で真剣に言った。「隣の部屋にいるから。壁をドンドンと叩いてくれれば、すぐに聞こえるよ」綾は布団の中で頷いた。けれど、壁を叩くなんてしない。良い子は何かに頼ったりしないからだ。湊がドアを閉めて去った少し後、綾のベッド横の壁を小さく叩く音がした。コン、コン、コン。続いて、辺りは再び静まり返った。壁を叩く音で綾は目を覚ました。ベッドサイドの時計は朝の6時半を指している。起きるべきか迷っていると、ドアが静かに開いた。湊が入ってきて、さっとカーテンを開け、常夜灯を消して言い放った。「早く歯を磨いて顔を洗って着替えろ。マスクと手袋、マフラーも忘れずに。風邪でも引いたら、おばあさんに怒られるからな」その急かすような真剣な口調に、綾は考え込む間もなく、体が自然と反応していた。大急ぎで身支度を済ませ、厚手のダウンを着てブーツを履き、帽子と手袋、マフラーで完全防備した。その姿はまるでおぼつかない子熊のようだった。着替え終えた湊が戻り、綾の全身をぐるりと確認してから満足げに合図を送った。「よし、出発!雪だるま作りだ!」湊に続いてリビングに向かう途中、窓の外の真っ白な景色が目に飛び込んできた。雪は止み、世界がまぶしいほど輝いていた。雪かきをしていた使用人が二人を見つけ、慌てて作業の手を止めた。「お二人、外に出るのは危ないですよ。体が冷えてしまいます」すると湊は即座に大きな声で言った。「綾が家を恋しがって泣くから、気を紛らわせようと思って雪だるまを作ることにしたんだ!」それを聞いた綾は焦って顔を赤くし、そんな理由じゃないと口を開きかけたが、言葉が出てこなかった。弁解する隙も与えず、湊は綾の手を引いて雪の積もる空き地へ駆け出した。「ちょうどいい場所だ。ここで作るぞ!俺が雪を丸めるから、綾は雪を集めてきてくれるか?」そう言って、湊は素手で雪を丸め始めた。その指示に従ううちに先ほどまでの動揺もどこへやら、「分かった!」と綾は

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    綾はこっそり和子を見て、何度も唇を震わせてから、小さな声で言った。「お家には、行けません」パパやママ、そして伯父を死なせてしまったみたいに、これ以上、他の人まで巻き込みたくなかったからだ。和子は少し戸惑った様子で、優しく問いかけた。「私と住むのは嫌かしら?お家には二人の男の子もいるのよ。一緒に遊べるわ」綾は下唇を噛み締め、しばらく沈黙したのち、思い切って告白した。「私は疫病神だから、お家の人まで不幸にしちゃいます」和子は呆然として、すぐにその言葉の意味を理解した。驚きよりも先に、胸を締め付けられるような切なさがこみ上げた。この8歳の子が、過去半年間でどれほどの傷を負ってきたら、一人ですべての罪を背負おうとするのか?それを考えると、胸が潰れそうだった。「そんなことないわ。綾ちゃんは誰も不幸になんかさせない」和子はその小さな背中を優しくさすり、毅然とした声で言い聞かせた。「うちに来てくれたら、幸せを運んできてくれるだけよ。うちには、あなたみたいな小さな福の神が必要なの。私のお願い、聞いてくれる?」この人は、パパやママの先生だ。そんな人が嘘をつくはずがない。綾は和子の真剣な眼差しを見て、小さな声で、「うん」と頷いた。退院の日、和子は新しい服に靴、手袋やマフラー、それに帽子まで揃えてくれた。綾はふわふわのマフラーに触れながら、戸惑いを隠せなかった。自分だけの新しい服をもらうのは、ずいぶん久しぶりだったからだ。中野家の屋敷に着いて車を降りると、話に聞いていた二人の兄弟が駆け寄ってきた。背の高い方と低い方。どちらも肌が白くて、驚くほど美しかった。「こちらがお兄ちゃんの誠。こっちが弟の湊よ」和子はさらに二人に重々しく言い含めた。「今日からこの子はうちの家族よ。しっかりと守ってあげなさい。分かった?」二人は、「分かりました」と返したが、綾にはどうしても近づき難かった。凜のように、さっきまで笑っていたのに、次の瞬間には冷たい態度が変わって、からかったりいじめたりするんじゃないかと怖かったからだ。中野家に来た初日、綾はほとんど口を開かなかった。和子は仕事で忙しく、綾は二人の兄と一緒に過ごすことになった。綾が話しかけない以上、二人からも特に近づいてくることはなかった。年長の誠は落ち着いた様子で、静かに本を

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    凍りつく冬の夜、東都の街角では、冷たい風が狼のように唸りを上げていた。8歳の少女は、裸足のまま寒さに震えて隅に縮こまっていた。赤くなった頬には、乾いた涙の跡が痛々しく残っている。どこへ行けばいいのか分からない。親戚には「悪い子だから、誰にも引き取られない」と突き放されたのだ。意識が遠のく中、暖かい光に包まれた両親が迎えに来てくれたような気がした。でも、もう体は芯まで冷えきり、両足の感覚はすでになかった。ついに、少女は目を開ける力すら尽きてしまった。その時、遠くから必死に名前を呼ぶ声が近づいてきて、温かな腕が少女の体を引き上げた。次の瞬間、凍える寒さが消え、心地よいぬくもりに包まれていく。目を覚ますと、そこは病院のベッドの上だった。50代くらいの女性がそばに座り、胸を痛めた表情でこちらを見つめている。「おばあさん……」綾は枯れた声で震えるように呟いた。和子は優しく応え、凍えて腫れ上がった小さな手を握った。「覚えていてくれたのね」綾は小さくうなずいた。「パパとママの、先生ですよね」和子は綾の頬を優しく撫でた。「あなたの両親と同じくらい賢い子ね」和子は綾のやつれた顔を見つめ、胸の奥が締め付けられるのを感じた。かつての教え子だった二人が事故で亡くなり、その娘の綾は親戚に引き取られたと聞いていた。新しい家庭で、穏やかな日々を送っているものだとばかり思っていたのだ。しかし、他の生徒から綾が虐げられているという話を聞いた。和子が慌てて駆けつけると、親戚の女性は悪びれもせず、綾が勝手に飛び出したから探しもしなかったなどと言い放った。もし自分が早く見つけていなければ、綾はそのまま路上で凍死していただろう。両親の死からまだ半年しか経っていないのに、遺された子がこんな惨状にある現実に、和子の胸は張り裂けそうだった。「綾ちゃん。私と一緒に住まない?これからは一緒に暮らすのよ」痩せ細った、綾の黒い瞳には、まだ深い戸惑いと恐怖が宿っていた。身を縮めながら、綾は小さな声で訴えた。「私、泥棒じゃないです……悪いことしませんから」和子は胸が張り裂けそうになり、怒りと涙をぐっと飲み込みながら、綾をそっと抱きしめた。「分かっているわ。そんなの嘘よ。あんな悪い人たちに負けちゃいけない」当時、綾の両親が急

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