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第 3 話

Penulis: 柏璇
真理はまるで雷に打たれたかのように、信じられないという顔をした。

「若葉……どうしてそんなふうにママを陥れるの?」

その傷ついた瞳を見て、蒼司は娘が嘘をついていると思った。

彩乃をかばうために、わざと真理を悪者にしているのだと。

母親が自分の子を傷つけるはずがない。

蒼司は諭すように言った。

「若葉、子どもが嘘をつくもんじゃない。それに、彼女は他人じゃない。君と陽翔の実の母親だ。彼女がいなければ、君たちはこの世にいなかったんだ」

「嘘なんかついてない!」

真理は涙をにじませながらも微笑み、蒼司をなだめる。

「いいのよ、子どもは嘘なんてつけないわ。ただ一番近しい人を守ろうとするだけ。彩乃さんを好きでいてくれるのは、彼女が優しくしてくれた証拠。それで十分よ」

子どもは嘘をつかない。

そうなると、彩乃が子どもにそう言わせたのだろうか。

真理の瞳に浮かぶ切なさと耐えるような表情に、蒼司の苛立ちは一層増した。

「家政婦は?」

呼ばれた家政婦が慌てて入ってくる。

蒼司は彩乃を見据えた。

「子どもたちを連れて行け」

彩乃から子どもたちを引き離す、ということだ。

家政婦が二人の子どもを連れて出て行くと、蒼司は怒りを残したまま真理と共に部屋を後にした。

彩乃はひとりその場に立ち尽くした。

相手は実の父親と実の母親。

自分に何を言う権利があるというのだろう。

床に転がる血のついた綿棒が目に入り、胸が締め付けられる。

けれど、それ以上に心に刺さったのは、失望だった。

結婚して六年、家庭と子どもを守り、蒼司が仕事に専念できるよう全力を尽くしてきた。

彼は浮ついた噂もなく、夫としての責任を果たしてくれていると、彩乃はどこか信じていた。

だが、それは真理が現れる前のこと。

たった一晩で、真理をかばう蒼司の姿は、この六年間で彩乃をかばってきた時よりも多かった。

そう考えると、これまでの「優しさ」など、滑稽に思えてしまう。

夜ー

彩乃が入浴を済ませてベッドに入ると、ほどなく蒼司もシャワーを終えてやってきた。

二人は背を向け合い、沈黙が落ちる。

やがて蒼司が口を開いた。

「真理はただ子どもに会いたかっただけだ。なのに君はあんなに拒絶して、挙げ句に子どもに嘘をつかせた。今日みたいなことは、もう二度とするな」

二度とするな?

彩乃は歯を食いしばる。

「私は六年間、あの子たちを育ててきたのよ。生まれた時から、誰よりも安全で幸せに過ごせるように願ってきた。それなのに、私がそそのかしたって言うの?」

「じゃあ真理が嘘をついたっていうのか?」蒼司の声は冷たい。

「わかっているよな、真理はあの子たちの実の母親だ」

その言葉は矢のように彩乃の胸を貫いた。

六年の全てが真理の涙ひとつに負けるというのか。

では、この年月はいったい何だったのか。

翌朝。

目を覚ますと、蒼司の姿はすでになかった。

休日の今日は「家族の日」で、彼は仕事を休んで子どもと過ごすはずだ。

階下に降りると、執事である木村が気まずそうに声をかけた。

「奥さん……朝食の用意ができております」

ダイニングに入った彩乃は、その理由を知った。

朝食を作ったのは真理だった。

「彩乃さん、おはようございます。どうぞ召し上がって」

その笑顔は柔らかく、蒼司の目には彩乃に歩み寄る善意として映ったらしい。

「そんなに気を遣う必要はない。ここは君の子どもの家なんだ。遠慮せずにいていい」

彩乃の足が一瞬止まり、頬が熱くなる。まるで平手で打たれたようだった。

真理は笑って、「ええ」とだけ答える。

彩乃が席に着くと、真理が勧めた。

「これ、ぜひ食べてみて。味噌汁は昔から得意で、蒼司も大好きなの。今日はあなたと子どもたちにも食べてもらいたくて」

蒼司は確かに味噌汁が大好きだった。

「腕が上がったな。お疲れさま!でも無理して作らなくてもいい。彩乃も作れるから」

蒼司は惜しみなく褒め言葉を口にした。

お疲れさま……

彩乃も作れるから……

だから真理はやらなくていい、自分にやらせばいいってこと?

彩乃は黙って味噌汁の入った椀を見つめた。かつて陽翔が病に倒れたとき、二晩も付きっきりで看病し、目が真っ赤になるほど眠らずに過ごした。それなのに、あのときの蒼司は一言も「お疲れさま」と一言すら言わなかった。

反論したい気持ちを必死に抑え込み、ただ蒼司が真理を客として礼儀正しく扱っているのだと、自分に言い聞かせた。

「ええ、私も作れます。でも、若葉は味噌汁が嫌いだから食べられません」

「嫌い?」真理は驚いた顔をして蒼司に向き直る。

「それは小さい頃の体質管理が足りなかったのね。子どもの過保護はダメよ。いろんな菌に触れて免疫をつけるべきなの」

蒼司は彩乃を見たが、それ以上は口を挟まなかった。

彩乃はこの数年間、子どもたちに対しては本当に非の打ち所がなかった。

だから今回は蒼司も真理の言葉にあえて乗ることはしなかった。

真理も蒼司の沈黙に気づき、話題を変えた。

「今日は子どもたちを連れて出かけたいの。蒼司、付き合ってくれる?」

そして彩乃に向き直る。

「彩乃さんも一緒にどう?」

「彼女のことは彩乃と呼べばいい」蒼司が横から口を挟む。

「……わかったわ、彩乃」

二人のやり取りは、彩乃の返事を求めることもなく進んでいく。

「私はいいわ。友達と会う約束があるから」

「君に友達なんていたか?」

「以前の友達よ。桜峰市に引っ越したから、会いに行くの」

彼女には友達が多かったが、蒼司と結婚して桜峰市に引っ越してからは、首都・朝霧市にいる友達とはほとんど交流がなくなっていた。

蒼司はそれ以上何も言わず、「気をつけて帰ってこい」とだけ告げた。

彩乃が部屋を離れると、蒼司は真理に料理を取り分けた。

「もう体は大丈夫か?」

「ええ、心配しないで」

「……今まで大変だったろう」

「そうね。でも、もう苦労も報われたわ」

実際のところ、彼女は苦労などしておらず、むしろそこそこ満ち足りた暮らしを送っていた。

ただ、過去の出来事だけは決して口に出せないだけだった。

子どもたちが起きると、彩乃は出かける準備を手伝った。

水筒、ウェットティッシュ、子ども用カメラ、着替え。

「今日はママは行けないけど、パパの言うことを聞いて、走り回っちゃだめよ」

「じゃあ、誰が一緒にいてくれるの?」陽翔が唇を尖らせる。

「パパと……あなたたちの実の母親よ」

「やだ!ママが実の母親じゃないなんてありえない!あの人が嘘ついてるんだ!」

「若葉、彼女は本当にあなたたちの母親よ。拒めばパパが悲しむわ」

渋々うなずいた二人だったが、心の中の拒絶は強まるばかりだった。

階下に降りると、彩乃はテーブルに一枚の紙を置いた。

「食事の好みとアレルギー食品はここに全部書いてあるわ」

そう言い残し、彩乃は外出した。

夕方まで、彩乃は友人の経営するバーで過ごしていた。

「家族の日なのに、珍しいわね、こんなに長くいられるなんて」石田美玲(いしだ みれい)が果物を運んでくる。

「一家四人でお出かけよ。私はやることないもの」彩乃は自嘲気味に笑った。

美玲はため息をつく。

「あなたはもっと自分の仕事をすべきよ」

「桜峰市には、私の仕事はないの」

彼女は金融投資の専攻だが、ここには彼女の能力を活かせる大型プロジェクトはない。

最も見込みがあるのは水野グループだが、彩乃は蒼司の仕事に口を出したことはない。

美玲は惜しそうに首を振った。

「もったいないわ。十七歳で投資の現場に立って、あれだけの利益を家にもたらしたのに」

だからこそ、彩乃が未婚で二人の子を抱える蒼司と結婚すると決めた時、実家は猛反対し、勘当までしたのだ。

学生時代からずっと憧れていた男が、今は夫になったのだから、全身全霊で尽くすのは当然のこと。

そのことに関しては、美玲も特に非難する理由はなかった。

しかし、こうしたことを蒼司は何ひとつ知らなかった。

彼は、彩乃がただの普通の家庭の出身で、実家が辺鄙で遠く離れているため、この何年も両親が一度も姿を見せなかったのだとばかり思っていた。

「……少し酔ったみたい。もう帰るわ」

その時、スマホが震えた。

蒼司からの電話。

彼が電話してくるのは珍しい。いつもはメッセージで済ませるのに。

「もしもし?」

低く冷えた声が返ってくる。

「すぐ、児童病院に来い」

彩乃は美玲に別れも告げず、外へ飛び出した。
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