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第4話

Penulis: まめだれ
病室は、点滴の落ちる音だけが聞こえるほど静かだった。

麻酔の効き目が、少しずつ薄れていく。

私は個室のベッドで身を丸めていた。

冷や汗で、すでに病衣はぐっしょりと濡れていた。

そのとき、廊下から慌ただしい足音と、声を潜めた会話が聞こえてきた。

「久世教授、特別室は本当に満床なんです。一般病棟は人の出入りも多く、相馬さんのパニック発作もまだ治まっていませんし……」

「分かりました。では、302号室を空けてください。妻が使っていますが、話せば分かるはずです」

聞き慣れた冷ややかな声に、心臓が強く縮んだ。

病室のドアが開く。

律人が大股で入ってきた。

いつも隙ひとつない彼の腕には、顔色の悪い若い女性が横抱きにされていた。

美羽だった。

美羽は律人の襟元を強くつかみ、目尻にはまだ涙の跡が残っていた。

私の姿を見た瞬間、さらに深く律人の胸元へ顔を埋める。

その怯えに気づいた律人は、きつく眉を寄せた。

やがて顔を上げ、私を見た。

それでも、妻を案じる気配は微塵もなかった。

向けられたのは、冷えた視線だけだった。

「詩織」

律人が口を開いた。

「荷物をまとめて、このベッドを空けてくれ」

聞き間違いかと思った。

下腹部の激痛で息をすることすら苦しく、私は重いまぶたをどうにか持ち上げ、7年間愛してきた夫を見つめた。

「今……何て言ったの?」

「この病院の特別室は満床だ」

律人の声は冷えきっていた。

「美羽は今朝からのネット上の騒動で、重度の抑うつ状態とパニック発作を起こしている。さっき救急外来では、自傷しようとする様子まであった。今は神経が極度に過敏になっていて、少しの物音にも耐えられない」

律人は私を見ながら、値踏みするように目を細めた。

「受付で確認した。婦人科の救急を受診しただけで、ホルモンバランスの乱れによる腹痛だそうだ。詩織、限られた病床は、本当に危険な患者に優先して使うべきだ。大人なんだから、こんなときまで嫉妬で意地を張るな」

私は下唇を強く噛んだ。

指先が皮膚へ食い込むほど、拳を握りしめる。

そうだった。

今朝、家を出たとき、私は濃い色のロングスカートをはいていた。

血はすべて裾へ染み込んでいた。

律人は美羽を守ることしか頭になく、私のことなどろくに見てもいなかった。

そのあと、私はひとりで「子宮内容除去術同意書」に署名した。

家族がいなかったため、病院の記録には、連絡できる緊急連絡先すら登録されていなかった。

「私が、譲らないと言ったら?」

弱々しく問い返した声は、風のようにかすかだった。

律人の我慢は、もう尽きたらしい。

片腕で美羽を抱いたまま、もう片方の手でブリーフケースから書類を取り出し、私の掛け布団の上へ冷たく投げつけた。

「ラジオ局からの『出演停止・契約解除通知書』だ。局の法務顧問として、君がもたらした損害をすでに算定した。詩織、君は無期限の出演停止になっただけではない。申請していた海外研修の枠も、局の判断で取り消された」

頭の中で、何かが弾けた。

一瞬ですべてが真っ白になった。

海外研修。

それは、何度も夜を徹し、必死に努力して、ようやくつかんだ機会だった。

「この子のために、私の道まで断ったの?」

書類を見つめていると、ついに涙がこぼれ落ちた。

「自分で断ったんだ」

律人の目は、ぞっとするほど冷たかった。

「俺は法的な手段で、大人としての責任を取らせているだけだ。美羽がこの件を乗り越えるまで、必要なら公の場でも謝罪してもらう。それが君の責任だ」

律人は一度言葉を切り、私の青ざめた顔へ目を向けた。

「今すぐベッドを空けろ。点滴は廊下の長椅子で済ませて、終わったら家に帰れ。警備員を呼ばせるな。これ以上、恥をさらしたくないだろう」

彼は、どこまでも合法的な手段で、私の尊厳を踏みにじった。

その瞬間、不思議ともう悲しくはなくなった。

苦しみが限界を超えると、人の心は本当に死ぬのだ。

「分かった」

自分の声が、恐ろしいほど静かに聞こえた。

私は掛け布団をめくった。

身体を内側から引き裂かれるような痛みに耐えながら、ベッドの縁につかまり、ゆっくりと立ち上がった。

幅の広い病衣が血の跡を隠し、震える脚まで律人に見せずに済んだことだけが救いだった。

私は手を伸ばし、手の甲に刺さっていた点滴針をためらいなく引き抜いた。

血が一気にあふれ、真っ白な床へ滴り落ちる。

律人の目が、わずかに見開かれた。

「何をしている。針を抜くだけで血まで流して……詩織、そんな自傷まがいの芝居は見苦しい」

「久世先生のおっしゃるとおりですものね」

私は顔を上げ、力なく笑った。

「限られた病床を私が使い続けるのは、よくない。このベッドは、あなたたちに譲るわ」

美羽には一度も目を向けなかった。

私は一歩ずつ、病室の外へ向かった。

「待て」

突然、律人の声が飛んできた。

「どうしてそんなに顔色が悪い。いったい、何の病気なんだ」

私は振り返らなかった。

「ただの腹痛でしょう。久世教授が、もうお調べになったんじゃないの?」

病室のドアを押し開ける。

廊下から流れ込んだ冷気と消毒液の匂いが、正面から私を包んだ。

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