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第8話

作者: もち米とりんご飴
初音はその光景を見つめながら、ふと大学時代の出来事を思い出した。

ある同じ学部の男子学生が彼女に好意を寄せてきた時のことだ。

彼女が「きっぱりと断ったし、恋人がいることもちゃんと伝えた」と宗介に説明したにもかかわらず、宗介は処分を受けるリスクを冒してまで一番早い列車に飛び乗り、彼女の大学までやって来た。

そして、わざとらしく彼女と手を繋いでキャンパスを歩き回り、初音は自分の女だと誇示した。

今、その強い独占欲は別の女に向けられていた。

初音は息苦しさを覚え、皆に別れを告げて個室を後にした。

これが最後の対面だというのに、まさかこんな茶番で終わるとは思ってもみなかった。

レストランを出て、道端で迎えの車を待っていると、背後から宗介の極度に焦った声が聞こえてきた。

「初音、説明させてくれ!

さっきの言葉は、橘杏奈を助けるためについた嘘だ。彼女は俺の部下なんだから、隊長としてセクハラされているのを黙って見過ごすわけにはいかない。分かってくれるだろう?」

彼は額に汗をにじませ、まるで一秒でも遅れれば目の前の女が消えてしまうと恐れるように、早口でまくし立てた。

初音は冷静に自分の腕を引き抜き、彼に向かって微笑んだ。

「説明しなくていいわ。全部痛いほど分かっているから」

それが、あなたの本心なのだということが。

望んでいた答えを得たはずなのに、宗介は少しも安心できなかった。胸の奥に再びあの焦燥感が湧き上がり、彼は彼女の手首を掴もうとした。

「初音、どうして君は……」

彼の言葉が終わらないうちに、杏奈が泣きそうな声で追いかけてきた。

「宗介、家まで送ってくれないかしら。またあの男に付きまとわれたら怖くて」

それを聞いて、宗介は一瞬だけ躊躇した。

ちょうどその時、初音を迎えに来た車が到着した。

初音はその二人を振り返ることなく、車に乗り込んでそのまま立ち去った。背後で自分の名を呼ぶ男の声を残して。

家に戻った初音は、すべての荷物を南黎市へ発送し、手元には小さなトランクを一つだけ残した。

その時、外から激しくドアを叩く音がした。

次の住人が来たのかと思い、彼女は立ち上がってドアを開けた。

だが扉を開けるなり、怒りに燃える宗介が彼女の手首を強く掴んだ。

「俺は必ず君と結婚すると何度も言ったはずだ。橘杏奈はただの補佐官なのに、なぜ君は彼女の家族を買収して、彼女を無理やり故郷に連れ戻して結婚させようとしたんだ!」

彼の背後には、涙で顔を濡らした杏奈が立っていた。

「私は結城さんから彼を奪おうとなんてしていないわ。ただ宗介の側にいて、彼を見つめていたいだけなのに、結城さんにはそれすら許せないの?私がどれだけ苦労してあの田舎から抜け出してきたか知ってる?田舎の独身男なんかに無理やり嫁がされたくないのよ!」

突然の理不尽な非難を浴びた初音だったが、彼女には何が起きているのか全く身に覚えがなかった。

「家族を買収したなんて、私は何も知らないわ!」

宗介は初音が言い逃れをしていると決めつけ、心の中の怒りの炎をさらに燃え上がらせて氷のように冷たく言い放った。

「まだ嘘をつくのか。彼女の家族が、結城と名乗る女から金を渡されて来たのだと直接白状したんだぞ。俺が彼女を家まで送って、たまたまその場に居合わせなかったら、彼女はとっくに家族に田舎まで連れ戻されていたんだ!」

そう言うと、彼は勢いよく手を離した。

バランスを崩した初音は床に倒れ込み、手のひらを擦りむいた。

だが彼女は痛みなど感じていないかのように、口元に自嘲の笑みを浮かべた。

「鷹司宗介、二十年以上も一緒にいたのに、あなたの心の中では私への信頼なんて少しもなかったのね」

宗介の両手は無意識に強く握り締められたが、杏奈の瞳に浮かぶ涙を見ると、彼の心は再び硬く冷たくなった。

「百聞は一見に如かずだ。どうやって君を信じろと言うんだ?

どうやらここ数年、俺が君を甘やかしすぎたせいで、君はつけ上がり、俺の部下にまで手を出すようになったらしいな。今すぐ、俺の補佐官に謝れ」

初音は小さく吹き出し、彼の視線を真っ向から見据えて少しも怯まなかった。

「私は何も間違ったことはしていないわ。どうして謝らなきゃいけないの?」

彼女が全く反省の色を見せないため、宗介の顔色はさらに冷たさを増し、最後通牒を突きつけた。

「総長は、そんな悪辣な心を持った女が、俺の妻になることを決してお許しにはならないだろう。結城初音、よく考えるんだな」

そう言い残し、彼は杏奈の手を引いて一度も振り返ることなく立ち去った。

初音はよろめきながら立ち上がり、彼の去りゆく背中を見つめながら、極めて皮肉な笑みを浮かべた。

「私だって、もうあなたとは結婚したくないわ」

携帯の通知音が鳴った。母からのメッセージだった。

【初音、結婚式の準備はすべて整ったわ。招待状も発送済みよ。あなたはただ帰ってきて、美しくて幸せな花嫁になればいいのよ】

画面を消し、初音はトランクを引いて駅へと向かった。

これからの彼女は、自分の新しい幸せな人生を歩み始めるのだ。

そしてその幸せな人生の中に、もう宗介の姿はない。

一方その頃、宗介は杏奈を連れて医療センターへ行き、さっき彼女の家族ともみ合った際にできた擦り傷の手当てを受けさせていた。

彼の親友がちょうどこの医療センターの医師をしており、知らせを聞いて駆けつけてきた。

看護師が杏奈の傷を手当てしているのを見て、親友は宗介を廊下へ連れ出した。

「お前、一体どういうつもりなんだ?本当に愛しているのは初音さんなのか、それともこの女なのか?」

「当然、初音だ」

宗介は一切の躊躇なく答えた。

「ただ、何年もの間、俺はずっと初音の後を追いかけてきて、少し疲れてしまったんだ。でも杏奈は違う。こいつの目には俺しか映っていない。長く一緒にいるうちに、どうしても彼女に同情してしまって、離れたくない、守ってやりたいと思うようになったんだ」

親友はため息をついた。

「分かったよ。でも、もし初音さんが本気で怒ったらどうするんだ?どうやって機嫌を取るつもりだ?」

宗介は少し沈黙し、硬い声で言った。

「機嫌は取らない。今回はさすがに初音のやりすぎだ。ちょうど今夜から南黎市へ行くらしいから、向こうで数日頭を冷やさせればいい。

それに、立ち去る前に俺は婚姻申請のことを仄めかした。彼女の最大の願いは俺と結婚することだ。南黎市から戻ってきたら、必ず俺のところに謝りに来るはずだ。杏奈に頭を下げさえすれば、この件は水に流してやる」

親友は彼を説得できないと悟り、眉をひそめて話題を変えた。

「なあ、聞いたか?南黎市の九条家にいる、あの最年少の上級幹部が結婚するらしいぞ。俺のところにも招待状が届いたんだ。やれやれ、あいつは一生結婚しないと思っていたのにな。一体どんな女があいつを射止めたのか、見てやろうと思ってな……」

親友の言葉は途中で途切れ、彼は何か恐ろしいものでも見たかのように目を丸くした。

宗介はその異変に気付き、興味本位で招待状を手に取って開いた。

「誰なんだ?」

次の瞬間、新郎と新婦の名前が彼の瞳に鮮明に飛び込んできた。

新郎は九条蒼。

新婦は結城初音。
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