LOGIN私が死んでから3年目、遠藤仁(えんどう じん)が墓参りに来た。 墓石の周りには、たくさんの百合の花が咲いていた。仁の表情は暗かった。 「これは一体どういうことだ?」 「社長、お墓に百合の花が咲くのは、亡くなった人が来世の伴侶を見つけたしるしだと言われています」 「刈り取れ!」 仁の声は冷たく、酷く苛立っているようだった。 「社長……何を、刈り取るのでしょうか?」 「ここの百合を、一輪残らず全て刈り取れ!」 仁はこの墓地を丸ごと買い取った。 そして、そこに埋葬されている男性の墓を、7歳の子どもから80歳の老人まで全て移転させた。それだけでは飽き足らず、ペットの犬の墓までもだ。 「茜(あかね)、死んでも大人しくしていろ。もし他の男の亡霊といい仲になんてなってみろ、俺が死んだ後、ただじゃおかないからな。 待っていろ。俺が死んだら、また夫婦になるんだ……だから、もう少しだけ待っていてくれ!」
View More仁の胸が、ぎゅっと締め付けられた。「茜は……どうなんですか?」医者はため息をついた。「もう片方の腎臓ですが……事故のときの強い衝撃で、壊死する可能性があります」「そんな……」仁は目の前が真っ暗になり、その事実が信じられなかった。医者は続けた。「もし、もう片方の腎臓も壊死してしまったら、奥様は一生透析を受けることになります。それに……」仁は思わず医者の肩を掴んだ。「先生なら、茜を助けられるんでしょう?俺の腎臓を……」医者は、掴まれた肩に顔をしかめつつも、辛抱強く説明を続けた。「以前こちらで検査された記録がありますが、遠藤社長の腎臓は、奥様には適合しませんでした。現状、最も良い方法は、できるだけ早く適合するドナーを見つけて、移植手術を行うことです」仁は呆然と呟いた。「全部、俺のせいだ。俺があんなことをしなければ……」仁は突然向きを変えて診察室を飛び出すと、走りながらスマホを取り出した。「今すぐ全国の病院に連絡しろ!どんな手を使っても、適合するドナーを見つけるんだ!」電話の向こうから、秘書の困ったような声が聞こえた。「社長、それは既に関係各所に連絡済みですが……今のところ、適合者はいません」仁は怒鳴った。「だったら海外で探せ!いくらかかっても構わん!」電話を切ると、壁にもたれかかった。心身ともに、もう限界だった。茜に残された時間は少ない。このままドナーが見つからなければ……その先を考えるのが怖かった。医者が追いかけてきた。「遠藤社長、実はもう一つだけ方法があります!」仁は、はっと顔を上げた。「どんな方法です?」医者は少し言い淀んでから、口を開いた。「奥様のご両親です。彼らであれば、適合する可能性が最も高いかと」仁の胸は、再び締め付けられた。茜の両親は、数年前に二人で海外旅行へ出かけ、飛行機事故で亡くなっていたのだ…………私はベッドに横たわりながら、窓の外でカサカサと落ちる落ち葉の音を聞いていた。体からは全ての力が抜けきってしまい、指一本持ち上げるのも難しい。私の命は、砂時計の砂のように、音もなく静かにこぼれ落ちていく。仁はベッドのそばに座り、かすかに震える手で、私の手を強く握っていた。目を開けなくても、今の仁の顔が目に浮かぶ。いつも冷静沈着なあの目が、今はきっと血走って
彼の眼差しに、紗奈は思わず身震いした。「仁……話を聞いて……」「説明だと?」仁は鼻で笑うと、紗奈の首を締め上げた。「お前はずっと俺を騙していたんだろ?茜の腎臓なんて、移植してないんだな?茜の腎臓を待たないと助からないって話も、全部お前の嘘なんだろうな?」紗奈は首を締め上げられて息も絶え絶えだったが、不敵な笑みを浮かべた。「ええ……そうよ、あなたを騙してた……茜には、死んでほしかったから!」仁は、紗奈の首を絞める手に、さらに力を込めた。「どうしてだ?」紗奈はヒステリックに叫んだ。「茜が憎くてたまらなかったからよ!私たち10年も愛し合ってきたのに、あなたはあの女を選んだ!納得なんてできるわけない!だから彼女に死んでほしかったの!」手術室に、紗奈の甲高い笑い声が響き渡った。彼女は仁の青ざめた顔を見て、さらに狂ったように笑い続けた。仁が強く握りしめたこぶしから、ゴキリと音が鳴った。仁は紗奈の胸ぐらを掴んで、引きずり起こした。「茜の腎臓はどうした?」紗奈は小首をかしげ、無邪気な表情を浮かべた。「もちろん……ゴミみたいに……捨てちゃった。医療廃棄物とか、手術で切除された腫瘍とかと……一緒にね……腐らせて、燃やしたのよ……」ドンッ。仁は壁に拳を叩きつけ、その指の関節から鮮血が滴り落ちた。目は充血し、まるで怒り狂った獣のようだった。「よくもそんなことを……」仁は紗奈を床に叩きつけ、恐ろしいほど震える声で言った。「茜によくもそんな仕打ちができたな……」紗奈は激しく咳き込みながらも、なおも食ってかかった。「私がやらないとでも思った?」紗奈は金切り声をあげた。「あなたを奪った彼女が悪いのよ!自業自得だわ!」仁は紗奈を冷ややかに見下ろした。その眼差しは、凍てつくように冷たかった。振り返り、ボディーガード一に「こいつを連れて行け」と命じた。3日後、とある非合法クリニックにて。紗奈は手術台に縛り付けられ、マスクをつけた医者を怯えた目で見つめていた。「何をする気?」医者は無表情で、まるで血と死を見慣れた機械のようだった。「決まってるでしょう、あなたの腎臓、あと、心臓と肝臓も……」「いやっ!」紗奈は狂ったように身をよじった。「やめて!私にこんなことしないで
仁の顔が一瞬で真っ青になった。まるで頭から冷水を浴びせられたかのようだった。彼はよろめきながら一歩後ずさりした。喉の奥から絞り出したような、ひどくかすれた声だった。「どう……どうしてそれを知ってるんだ?」「どうしてって?あの日の病院で、まだ意識が少しだけあったの。あなたと紗奈が話していたことは、全部はっきりと聞こえていたわ」仁の瞳孔がぐっと収縮し、全身が激しく震えだした。「紗奈に健康な体をあげるって言ってたわね……遠藤家の跡継ぎは、彼女が産んだ子だけだって……だから、私から子宮を奪ったんでしょ……」私は慌てふためいて後ずさりする仁を見ながら、一歩、また一歩と詰め寄った。「やめてくれ」仁は突然その場に崩れるように膝をつき、両手で頭を抱えた。「頼むから、もうやめてくれ……」私は仁を見下ろしたけれど、悔しくも涙がこぼれ落ちてきた。「仁、あの時の私がどれだけ絶望したか分かる?手術台の上で、あなたたちが私の体をどうするか話し合ってるのを聞いてたの。まるで、ただの肉の塊みたいにね……あの交通事故でさえ、あなたたちが仕組んだことだったんでしょう……」「すまない……本当に、すまない……」仁は膝立ちのままにじり寄り、私の足にすがりつこうとした。「俺が悪かった……本当に、自分が間違っていたと分かったんだ……」私は一歩下がって、その手を避けた。「謝って済む話だと思うの?腎臓を一つ失う気持ちが、もう二度と自分の子どもを産めない気持ちが、あなたに分かるの?」「返すよ!」仁は勢いよく顔を上げた。その目には、狂気じみた光が宿っていた。「俺の腎臓をやる!国内一の医者を見つけて、俺のを移植するんだ……」私は冷静に仁を見つめて言った。「それで償いになると思ってるの?」「なるとは思ってない……」仁の声は涙で詰まっていた。「でも、俺にはこれしか……子宮は返せないけど、腎臓なら……茜、頼む、俺にチャンスをくれ……」地面にひざまずいて号泣する仁の姿を見ていたら、急にすべてがバカバカしくなってきた。かつて、あれほど威張り散らしていた遠藤グループの社長が、今は乞食みたいに私の前にひざまずいている。「もう行ってちょうだい」私は仁に背を向けた。「もうあなたの顔なんて見たくないわ」「いやだ!」仁は突然
「それに、見つけ出したところで、どうなるっていうの?」紗奈は突然、意地悪く嘲笑うような声で笑った。「自分の子宮と腎臓を切り取った男なんて、誰が愛せるっていうの?」仁はまるで全身の力が抜けてしまったかのように、椅子に崩れ落ちた。「それなら、茜に腎臓を返せば……」仁はそう呟くと、突然、紗奈の肩を掴んだ。「茜の腎臓を返してやれ!俺の命だってくれてやる!」「頭がおかしいんじゃないの!」紗奈は仁の手を振りほどき、甲高い悲鳴を上げた。「自分が何を言ってるのか、分かってるの?死んだ女のために!?」仁は、ふと顔を上げた。その瞳には狂気と、揺るぎない決意が宿っていた。「何度言ったら分かる。茜は死んでない!俺は必ず、茜を見つけ出す……」紗奈は心の中で悪態をついた。見つけたところで、どうなるっていうの?「もし茜が真実を知ったら、自分の手であなたを殺したいくらい憎むはずよ!」仁は突然、紗奈の首を締め上げた。その目は、獣のように凶暴だった。「このことを茜に少しでも漏らしてみろ。お前の腎臓を二つともえぐり出してやる」紗奈は首を締め付けられ、息ができなかった。必死で仁の腕に爪を立てる。その目は恐怖に見開かれていた。「ごほっ……ごほっ……あなたに……私を……殺せるわけが……」仁の目つきは、微動だにしなかった。指の力が、ゆっくりと強まっていく。「俺がやらないとでも思ったか?茜のためなら、今の俺はなんだってできる」紗奈の顔はみるみるうちに真っ赤になり、目には涙が浮かび始めた。「仁……本当に……狂ってる……」紗奈が、もう窒息して死ぬと思った、その瞬間。仁は、ぱっと手を離した。紗奈はその場にへたり込み、ぜえぜえと激しく息を吸い込んだ。その瞳には、憎しみが燃え上がっていた。だが仁は、そんな彼女が目に入っていないかのように立ち上がると、自分の服の乱れを直した。「俺が言ったことを覚えておけ。さもなければ、どうなるか分かってるな」青山村の空気は、いつもお茶の淡い香りに満ちている。私は竹かごを腕にかけ、露に濡れた茶の葉をそっと指でなぞった。「茜ちゃん、今日摘んだ一番茶、茜ちゃんのために一かご取っておいたよ!」近所の老婦人が、遠くから私に向かって手を振っていた。私は笑顔で返事をすると、茶畑のあぜ