千億の遺産

VIP病室に着くと、成川健吾（なるかわ けんご）が橋本美沙（はしもと みさ）の手を握りながら優しく語りかけていた。

彼はまるでドラマの主人公のように泣いていた。その涙が枕を濡らしていた。

さすが彼の「初恋」だ。今日は彼女の誕生日だ。

成川健吾は一人あたり約六万円の高級レストランを予約し、七桁の高級バッグをプレゼントして祝うつもりだったらしい。

しかし誕生日を祝うつもりが、交通事故で大量出血して入院することになるとは、なんとも皮肉な話だ。

私を見るなり、成川健吾は涙を止め、露骨に嫌悪の表情を浮かべた。

「やっぱりお前は口だけだな。素直にミサに献血するわけないと思ったよ」

「だからお前の親を呼んだんだ。彼らに甘えてみろよ」

父が目で合図を受け取ると、いきなり私を叱りつけてきた。

「この役立たずが！少しの我慢もできないのか！会社の仕事で忙しいのに、お前の問題まで処理しなきゃいけないなんて、いい加減にしろ！」

母は心配そうなふりをして言う。「咲良（さくら）、成川家との契約がもうすぐ切れるのよ。お父さんは成川くんのご両親を招いて食事をしながら、契約を延長したいって思ってるの。だから、血を献じて成川くんの機嫌を取ったらどうかしら？」

彼らの芝居じみたやり取りを冷たい目で見つめた。まるで彼らが本当の家族で、私は外から来た部外者であるかのようだった。

「私、生理中だから献血は無理だよ。したくても、病院が許可してくれるわけないでしょ？」

成川健吾は苛立ち、「美沙は俺を助けようとして怪我をしたんだ！彼女には絶対に何かあっちゃいけない。病院には俺が話を通してある。言い訳するな！生理中だろうが死ぬわけじゃないし、献血に影響なんてないだろ！」と怒鳴った。

父はすぐに彼に媚びて頭を下げた。

「問題ないですよ、成川くんの友人なら、咲良にとっても友人です。友人が困っているなら助けるべきでしょう」

私は無表情で部屋を出ようとした。

すると成川健吾が声を荒げた。「咲良！お前、俺の言うことを聞かないなら、明日すぐに契約を切って、離婚してやる。お前の家族は破産だ！」

父はさらに焦った。「咲良！そんなことをしたら、鐘田家を潰す気か？」

振り返り、バカを見るような目で言った。「病院には話を通してるんでしょ？じゃあ、献血してくるよ」

成川健吾は一瞬呆然とし、私がこんなに素直に言うとは思わなかったのだろう。

「何か企んでるのか？」

私は笑った。「何を企む必要があるの？もちろんあなたのためを思ってのことよ。橋本さんは大事な人なんでしょう？早くしないと」

彼は知らないだろう。私は昨日、転生ばかりだということを。

前世、私は泣きながら献血を拒み、結局成川健吾と父に腕を押さえつけられ、400mlもの血を無理やり抜かれた。

しかしそれが幸運にも転機となった。献血のDNAサンプルが病院に注目され、親子鑑定が行われたのだ。

なんと、私はこの病院の裏のオーナーである焦山家の孫であり、百億円もの資産を持つ焦山お爺さんの唯一の相続人だということが判明した。

前世の私は、成川健吾にまだ期待していた。そしてその喜びを彼に真っ先に伝えたのだ。

しかし、彼は美沙の怪我の心配で頭がいっぱいで、私の話を信じなかった。

「この病院は焦山グループの経営だぞ。俺ですら父に頼んでようやくVIP病室を取れたんだ。お前が焦山家の後継者だって？笑わせるな。俺が焦山家の創設者って言うのと同じくらいあり得ない話だ！」

その後、焦山グループの現社長である焦山一樹（しょうざん かずき）が直接訪ねてきた。彼はお爺さんの病状が悪化する前に、オーストラリアにいるお爺さんに会いに行くようにと私を説得した。

成川健吾はようやく私の話を信じたが、それを機に彼の心は歪んだ。遺産を相続したら離婚し、全財産を譲渡する契約を強要してきた。

私が拒否すると、彼は私を寝室に閉じ込め、3日間も監禁した。水も与えられず、喉が渇いて死にそうになったところを、焦山一樹が異変に気づき、急いで戻って私を助け出してくれた。

しかしその間に、お爺さんは異国の地で亡くなり、生涯想い続けた孫娘に会うことは叶わなかった。