朝方に眠ると、蘭瑛《ランイン》はいつも同じ夢を見る。
この切り取られた夢は、蘭瑛の奥底に眠る悲しみを、容赦なく抉り出す…。 ・ ・ ・ 「蘭瑛、早く来なさい。その子も連れていくの?」 「うん。だって友達だもん!どんな時も一緒にいなきゃ」 蘭瑛の母・瑛珠《インジュ》と、白いウサギを抱えた8歳の蘭瑛は、六華鳳宗《ろっかほうしゅう》の弟子たちの誘導を受けながら、華山の奥へと逃げる。 「どうして、こんな事になっているの…」 「宋長安《そんちょうあん》の朝廷から宗主を打首にすると…」 「どうしてよ…。主人が何をしたっていうのよ…」 弟子の言葉に瑛珠は泣き崩れ、蘭瑛は震えているウサギを抱えながら、母の慟哭な姿を眺めていた。 「父上はどうなっちゃうの?」 「大丈夫ですよ。小蘭《シャオラン》様。何があっても、御父上は必ず私たちを守ってくださいます」 弟子たちに小蘭と呼ばれていた蘭瑛は、その言葉に、勇気づけられたが、状況は一変する。 蘭瑛の父・鳳鳴《ホウメイ》と遠志《エンシ》、双子の弟・法志《ホウシ》が駆けつけたが、宋長安の修仙者たちが、カチャンカチャンと凍てつくような冷たい鍔音を立て、続々と背後から迫ってきているのが分かった。 蘭瑛は、その物々しい空気に怖気付いてしまい、瑛珠と一緒に大きな岩の後ろに隠れ、うさぎの体に顔を埋めた。 ついに、追い詰められた六華鳳宗の全員は逃げ場を失い、宋長安の者たちと対峙する。 もう終わりだと皆が思った刹那、鳳鳴が皆の前に出た。 「玄天遊鬼の責任は六華鳳凰の末裔として私が担う。しかし、ここにいる者たちの命だけは取らないでいただきたい」 鳳鳴は跪き、頭を下げた。 その瞬間、鳳鳴の首を目掛けて一本の剣光が一閃する。 鳳鳴を庇うかのように、瑛珠は蘭瑛を残して岩から飛び出し、一閃の中に飛び込んだ。 「父上!母上!」 ・ ・ ・ 蘭瑛は自分の声でハッと目を覚ました。 激しい鼓動を抑えるように胸に手を当て、ゆっくりと呼吸を整える。 しばらく落ち着くまで、蘭瑛は無機質な天井を、ただただぼんやりと眺めた。 15年前の春。玄天遊鬼《げんてんゆうき》は封印されていたものの、その年の冬は玄天遊鬼の傀儡《かいらい》が多く出没し、多くの命が犠牲となった。 その為、当時宋長安《そんちょうあん》の皇帝だった宋長帝《そんちょうてい》が、玄天遊鬼が元六華鳳凰の弟子だったことを理由に、玄天遊鬼にまつわる所業の責任を六華鳳宗の宗主だった蘭瑛の父・鳳鳴に、全て擦りつけたのだ。 「不当な誅殺だ…」 蘭瑛はむくっと起き上がり、涙の玉を潰すかのように目尻を押さえた。 思い出すだけでも、胸が苦しくなり、それと同時に憎しみや殺意も芽生えてくる。いつか必ず、この手で両親の仇をうってやろうと心に決めているが、誰があの一閃を打ち出したのかは未だに分からない。ただあの時、血まみれになった両親を、雪片のような冷たい視線で見つめていた者が居たことだけは、今も忘れられないでいる。 すると、現実に引き戻すかのように、双子の弟子・鈴麗《リンリー》と鈴玉《リンユー》が声を掛けてきた。 「蘭瑛姉様、起きていらっしゃいますか?遠志宗主がお呼びです。至急、客室に来るようにと」 「うん。分かった。着替えたらすぐに行く」 蘭瑛は新しい衣に着替え、髪を一つに結いながら、客室へ向かった。 扉を開け、そっと中に入ると馴染みの声が聞こえてくる。 薬の行商人・暁明《シャオミン》だ。 しかし、普段とは違う重苦しい雰囲気を肌で感じ、蘭瑛は何事かと尋ねた。 「すみません、お待たせしました。何かあったのですか?」 「あぁ〜、蘭瑛先生!こんにちは。先程も、宗主にお伝えしたのですが…。隣の新安《しんあん》で、赤潰疫が出たと報告を受けまして、こちらに」 蘭瑛は驚愕した。 噂程度だと思っていた赤潰疫が、まさか隣町の新安にまで来ているとは、露ほども思っていなかったからだ。 遠志が立ち上がり、口を開く。 「蘭瑛。私たちもすぐに新安へ向かおう」 「分かりました。すぐに準備してきます」 蘭瑛は自室に戻り、六角形の結晶が刺繍された六華鳳宗の衣を羽織る。 そして、昨日作った赤沈薬《せきちんやく》を胸元に忍ばせ、遠志たちと新安へ向かった。 華山と宋長安との間にあるこの新安は、行商人が多く行き交い、宿屋などが多い。江湖郎中《こうころうちゅう》と呼ばれる『安くて早くて便利』が売りの流医が多いことでも知られている。しかし、今回の赤潰疫は、三大名家の法術の薬でしか効果がない為、暁明《シャオミン》曰く、江湖郎中たちはなす術がなく、困っているんだとか。 暁明は、とある寺院に蘭瑛たちを案内した。 話を聞いていると、どうやら遠志と馴染みがある寺らしい。 何歩か進むと、手入れの行き届いた大きな寺院に到着する。 蘭瑛は、直感的に嫌な予感がした…。 恐る恐る本堂に入ると、やはり、見るに耐えない惨状が目に飛び込んできた。 顔や手足の皮膚が赤くただれ、熱を浴びるような痛みで、泣き叫ぶ子供たち。中には、意識がなく瀕死状態な子どもが何人も横たわっていたり、顔に布を被せられている子どもが隅の方に置かれていたりした。子どもを抱える母親の腕にも赤潰疫が表出し、苦痛の表情を訴えている。 蘭瑛は赤潰疫のあまりの恐ろしさに、眼球が揺れるほど絶句してしまった。 だが、遠志はどんな時も泰然自若《たいぜんじじゃく》だ。 言葉が出ないほど呆然としていた蘭瑛の肩を軽く叩き、これから何をするか指示を出した。 「蘭瑛。落ち着きなさい。まずは赤沈薬を塗って、その後に寛解《かんかい》の術を。私はその後ろから、癒合《ゆごう》の術を施していこう。布を被っている子には、黄泉の国へ行けるよう、六華導《ろっかどう》を施してあげよう。暁明と尊師殿も手伝いを頼めるかい?」 「もちろんです」 「はい宗主。私もお手伝いいたしましょう」 暁明は赤沈薬が入った大きな瓶を持ち、蘭瑛と遠志は塗擦と法術を、寺院の住職は布を巻くという作業を始める。触れてしまうと感染してしまう為、直接触れないように一人ずつ丁寧に手当をしていく。特殊な赤沈薬の効果はすぐに発揮し、子供たちの泣き声が少しずつ止んでいった。 人数があと少しとなった頃、宋長安の朝廷に支えているという、目鼻立ちの整った二人の男が寺院を訪ねてきた。 住職と遠志は手を止め、その者たちの元へ向かう。 「宋長安の永憐《ヨンリェン》と申します。こちらは、私の遣いである宇辰《ウーチェン》。お忙しい中恐れ入りますが、どのような状況かお聞かせ願いたい」 二人は両手を前に出し、丁寧に拱手した。 どうやら、宋長安の朝廷から赤潰疫の報告を受け、薬師の住職がいる寺院があると聞き、ここを訪ねたいう。 目立たない衣といえども、庶民とは違う身分であることは明白だ。 面長で、切れ長な目に、澄んだ瞳。 低く、安心感のある声音。 背丈も八尺(約184㎝)ぐらいあるだろうか。 まさに、容貌矜厳《ようぼうきんげん》と言われる修仙者だ。 住職と遠志が、その二人と赤潰疫の経緯などを話している奥で、蘭瑛はその間も塗擦を続けた。 すると、隣にいた暁明がコソコソ話すように、小さく口を開く。 「蘭瑛先生、あの方をご存知ですか?」 蘭瑛は首を振り、赤沈薬を塗り続ける。 「知らないんですか。めちゃくちゃ有名な、宋長安の国師、永豪君《よんごうくん》ですよ。とても偉い方なので、なかなかお目にかかれないんですけど、いやぁ〜、お噂通りの秀麗さですね。でも、冷酷無情でも知られていて、とても怖い方なんだとか。全く笑わないって噂ですよ」 (さすが、流医一の情報屋だ) 蘭瑛は適当に相槌をうち、永憐の姿をチラリと見た。 確かに愛想は皆無に等しく、玉のような肌をしただけの人形のようだ。 暁明はまだ続ける。 「それでも、あの方の妻になりたいと願う女子《おなご》が後を絶たず、毎日縁談の木簡や書簡が届くんだとか」 蘭瑛は思わず小さく鼻で笑ってしまう。 (毎日って?そんな男のどこがいいんだか。いくら顔が良くても、笑わない男と結婚したってつまんないじゃん。まぁ、宋長安の男と結婚なんて、私は御免だけど…) 蘭瑛はそんな事を思いながら、淡々と赤沈薬を塗り続けた。 そうしていると、突然、床を蹴る音が聞こえてくる。 音の鳴る方に目をやると、永憐たちの側にいた童子が、余りの痛さに暴れ回り、気を取り乱しながら永憐の足元に飛びかかったのだ! 永憐は避けることができず、飛び出してきた童子を抑えるように、童子の手に触れてしまった。 それを見ていた蘭瑛は、咄嗟に「離れて!」と叫ぶ。 目の前いた遠志が、慌てて童子を引き寄せ、こちらに赤沈薬を持って来るよう、蘭瑛を呼び寄せた。 蘭瑛は、鳥のような速さで永憐の元へ走っていき、永憐の手を瞬時に掴んで、自作の赤沈薬を塗る。 「あなた様も赤潰疫になってしまいますから、念の為、塗っておきます」 永憐はあまりの突然のことに動揺していたが、手を引っ込めようにも引っ込められず、蘭瑛にされるがまま手を預けるしかなかった。 「しばらく濡らさず、そのままにしておいてください。もし、感染しても直ぐに治りますから」 蘭瑛は素っ気なく伝え、永憐の硬った手を離す。 永憐は腕を戻し、小さく「すまない」と伝えた。 何事もなかったかのように、蘭瑛は最後の患者の元へ行き、また赤沈薬を塗り始める。永憐たちは、遠志と住職と二言三言話したあと、風が抜けるように去っていった。 しばらくして、一通り手当を終えた蘭瑛たちも、寺院を後にする。暁明とも別れ、蘭瑛と遠志は六華鳳宗がある華山の方向に向かって歩き始めた。 すると、遠志が突然立ち止まり、蘭瑛の名を呼んだ。 「ん?叔父上、どうしました?」 蘭瑛は顔を前に出し、尋ねるような眼差しを向ける。 遠志は顔を穏やかにして蘭瑛に微笑みかけた。 「今日は露店の串焼きでも食べようか?」 「ふぇ?どうしたのですか?急に」 蘭瑛は目を丸くして驚く。遠志は更に微笑む。 「今日は疲れただろう。好きな物を食べたらいい」 遠志は、今日の惨事を見て、心を痛めてしまった蘭瑛を、少しばかり気遣っているのだろう。 しかし、目の前にいる蘭瑛はというと、そんな感情は1ミリも感じていないように、目を輝かせてはしゃいでいる。 「え〜叔父上〜、何食べます?私は、串焼きに、抄手《チャオショウ》、餡入りの包子《パオズ》に、羊肉串《ヤンロウチュアン》。あ、餡餅《シャーピン》も食べないと!」 「そ、そんなに食べるのかい?」 遠志の顔が、段々と引き攣っていくが、蘭瑛はまだ食べ物の名前を続けようとする。 遠志は「うんうん」と蘭瑛の話に耳を傾けながら、二人は実の親子のように仲睦まじく、賑わっている宿屋の方面へと向かっていった。朝方に眠ると、蘭瑛《ランイン》はいつも同じ夢を見る。 この切り取られた夢は、蘭瑛の奥底に眠る悲しみを、容赦なく抉り出す…。 ・ ・ ・ 「蘭瑛、早く来なさい。その子も連れていくの?」 「うん。だって友達だもん!どんな時も一緒にいなきゃ」 蘭瑛の母・瑛珠《インジュ》と、白いウサギを抱えた8歳の蘭瑛は、六華鳳宗《ろっかほうしゅう》の弟子たちの誘導を受けながら、華山の奥へと逃げる。 「どうして、こんな事になっているの…」 「宋長安《そんちょうあん》の朝廷から宗主を打首にすると…」 「どうしてよ…。主人が何をしたっていうのよ…」 弟子の言葉に瑛珠は泣き崩れ、蘭瑛は震えているウサギを抱えながら、母の慟哭な姿を眺めていた。 「父上はどうなっちゃうの?」 「大丈夫ですよ。小蘭《シャオラン》様。何があっても、御父上は必ず私たちを守ってくださいます」 弟子たちに小蘭と呼ばれていた蘭瑛は、その言葉に、勇気づけられたが、状況は一変する。 蘭瑛の父・鳳鳴《ホウメイ》と遠志《エンシ》、双子の弟・法志《ホウシ》が駆けつけたが、宋長安の修仙者たちが、カチャンカチャンと凍てつくような冷たい鍔音を立て、続々と背後から迫ってきているのが分かった。 蘭瑛は、その物々しい空気に怖気付いてしまい、瑛珠と一緒に大きな岩の後ろに隠れ、うさぎの体に顔を埋めた。 ついに、追い詰められた六華鳳宗の全員は逃げ場を失い、宋長安の者たちと対峙する。 もう終わりだと皆が思った刹那、鳳鳴が皆の前に出た。 「玄天遊鬼の責任は六華鳳凰の末裔として私が担う。しかし、ここにいる者たちの命だけは取らないでいただきたい」 鳳鳴は跪き、頭を下げた。 その瞬間、鳳鳴の首を目掛けて一本の剣光が一閃する。 鳳鳴を庇うかのように、瑛珠は蘭瑛を残して岩から飛び出し、一閃の中に飛び込んだ。 「父上!母上!」 ・ ・ ・ 蘭瑛は自分の声でハッと目を覚ました。 激しい鼓動を抑えるように胸に手を当て、ゆっくりと呼吸を整える。 しばらく落ち着くまで、蘭瑛は無機質な天井を、ただただぼんやりと眺めた。 15年前の春。玄天遊鬼《げんてんゆうき》は封印されていたものの、その年の冬は玄天遊鬼の傀儡《かいらい》が多く出没し、多くの命が犠牲
春陽の候。 華山《かざん》の麓では桜が咲き誇り、ちょうど見頃を迎えていた。 六華鳳宗《ろっかほうしゅう》の開祖・六華鳳凰《ろっかほうおう》が植えたとされる桃色の色鮮やかな百本の桜並木は、誰の目にも美しく映り、まるで華麗な舞踊を見ているかのように煌びやかだ。 「綺麗だなぁ〜」 蘭瑛《ランイン》も足を止め、桜の木を見上げる。 何かを思い起こさせるかのように、ひらりと舞い降りてきた二枚の花弁が、蘭瑛の手のひらに乗った。 「父上、母上。今年も素敵に咲きましたよ」 春になると、毎年思い出してしまう。 両親を失くしてしまったあの日のことを…。 蘭瑛は手のひらに乗った二枚の花弁を、吹かれた風に差し出し、自然に還らせた。風に乗って飛んでいく花弁を見送ったあと、蘭瑛はハッと我に帰る。 「いっけない!早く行かなきゃ。また、叔父上に怒られる〜」 六華鳳宗の現宗主・叔父の遠志《えんし》に頼まれていた約束の問診を思い出し、蘭瑛は急ぎ足でそこへ向かった。 山を降りた華山の町は、栄えている宋長安《そんちょうあん》より人口は少ないが、食材が豊富な為、食材を求めて近隣の町から人が流れてくる。町は露店で賑わい、蘭瑛はいつも問診が長引いたと嘘をついて、露店の店先で寄り道をしていた。 美味しい物に目がない蘭瑛は、もちろんこの後も、こっそり串焼きを食べるつもりだ。 「こんにちは〜。六華鳳宗の蘭瑛です」 「あ、蘭瑛先生どうぞ〜。ごめんなさいね、こんな所まで来てもらって」 もうすぐ臨月だという、腹が大きく膨らんだ亭主の妻に、笑顔で迎え入れられる。 「いえいえ、とんでもない!私は何処まででも飛んでいきますから〜」 亭主の妻とたわいもない挨拶を交わし、蘭瑛はいつも通り問診する。 六華鳳宗は名医の三宗と言われているが、朝廷に所属する御用医家ではなく、市医の医家として生業を立てている。こうして、依頼を受けた場所に出向かい、町の人々の命を守りながら歩き回っているのだ。 「今日も落ち着いてらっしゃいますね」 「蘭瑛先生のおかげだよ〜」 横になっている亭主の腹を触診し、深傷を負った腹部の傷に六華術の一つ、癒合《ゆごう》の術を施す。 「蘭瑛先生、知ってる?」 亭主の妻がお茶を淹れながら少し怪訝そうに尋ねた。 蘭瑛は首を傾げ、亭主の妻の方を向く。 「あの物騒な閉山《へいざ
●はじめに本作には、古代中国修仙界の世界観において、現代社会では不適切である、流血を伴う激しい暴力や拷問、差別表現や性別の有無を問わない性描写を含みます。上記をご留意の上、お読みいただけますと幸いです。・・・月の光を遮るように、漆黒に渦巻く妖雲が、強力な妖魔や邪祟が眠る閉山《へいざん》を煽っていた。 とある一画に、男十人でも動かすことのできない巨大な碑石で封じられた洞窟がある。一枚の強力な呪符が貼られているにも関わらず、その洞窟からはただならぬ霊気が漂い、風が吹くたびに不気味さが際立つ…。 だが、そんな靄のような霊気など感じまいと、何者かが碑石に近づき、貼られた呪符を見つめている。 そして、その呪符をゆっくり撫でるように触れ、口を開いた。 「そこに眠る者よ、復活するがよい!」 その者は、念仏を力強く唱えるように、決して剥がしてはならない呪符を勢いよく剥がした。 良識のある者が目にしていたら、今頃この者は間違いなく腹を斬られていただろう。 辺り一面は、瞬く間に轟くような地鳴りを呼び起こし、地面を揺らす。この世の終わりを知らせるかのように、巨大な碑石がガタガタと小刻みに揺れ始め、その者は碑石の前から三歩ほど下がった。 天を突き抜けるかのようにヒビが入り、碑石は遂に重苦しい破壊音を立てながら真っ二つに割れた。 砂塵が舞い、暗闇の中視界が眩む。 しばらくすると、中からあの魑魅魍魎《ちみもうりょう》と謳われた妖魔・玄天遊鬼《げんてんゆうき》が腰を据えた様子で姿を現した。 顔は全く見えていないが、確かにこちらを向いていることだけは分かる。 しばらくその様子を伺うと、玄天遊鬼のドス黒く掠れた声が聞こえてきた。 「私を解放するとは何が望みだ?」 「統治を乱す者を消してもらいたい」 「ならば、お前は私に何を差し出せる?」 「何でも。あなたの仰せのままに…」 玄天遊鬼は口角に残忍な笑みを見せる。 そして、何も言わずゆっくり立ち上がり、二言三言交わした後、その者を洞窟の中へ呼び寄せた。 この洞窟の中へ足を踏み入れたら最後、二度と戻ることはできない。 その者が意を決して入るや否や、瞬く間に唸り声と、聞くに耐えないほどの残虐な音が、暗い洞窟の中で響いた。 ・ ・ ・ ・ 「赤潰疫《せっかいえき》だ!どいてくれ!」 身体
━︎━︎医家術・三宗名家━︎━︎◆『六華鳳宗《ろっかほうしゅう》』 所在地‥華山《かざん》・華蘭瑛《ホア ランイン》 23歳六華鳳宗の開祖の末裔。六華術を持つ市医の医家。華山の乱を起こした宋長安《そんちょうあん》に嫌悪感を抱いている。六華術以外にも、末裔にしか持てないとされる慧眼術《けいがんじゅつ》を持っている。・華遠志《ホア エンシ》 58歳六華鳳宗の現宗主。蘭瑛の叔父である。穏やかで物腰が柔らかく、誰からも慕われている。六華術はもちろん、漢方薬に詳しい。・華法志《ホア ホウシ》 54歳遠志の双子の弟である。足が不自由である為、鳳明葯院《ほうめいやくいん》で主に薬の調合をしている。・鈴麗《リンリー》・鈴玉《リンユー》 16歳蘭瑛が可愛がっている双子の弟子。◆『玉針経宗《ぎょくしんけいしゅう》』 所在地‥橙仙南《とうせんなん》・玉晩正《ギョクワンジョン》 50歳玉針経宗の現宗主。針脈《しんみゃく》や手術を得意とする。六華鳳宗とは良好な関係を築いている。・王林杏《ワンリンシー》 50歳玉晩正の妻。薬膳茶に詳しい。蘭瑛を可愛がっている。・玉秀沁《ギョクシウチン》 30歳玉晩正と玉林杏の一人息子。眉目秀麗で頭が良く、明るい性格から人気者の医家である。蘭瑛の兄的存在。◆『清命長宗《せいめいちょうしゅう》』 所在地‥ 青鸞州《せいらんしゅう》管轄の函谷《かんこく》・清雲《セイウン》 60歳清命長宗の現宗主。病を清めたり、予防医学に力を入れている。六華鳳宗とも玉針経宗とも仲が良い。・地《ジー》先生・広《グアン》先生・元《ユエン》先生清雲の三人の弟子。・林《リン》先生 秀綾の父◆その他・暁明《シャオミン》 28歳六華鳳宗へ薬草を届けてくれる薬の行商人(情報屋)江湖郎中《こうころうちゅう》と呼ばれる流医━︎━︎四国《よんごく》━︎━︎◆『宋長安《そんちょうあん》』 ‥雷術《らいじゅつ》(守護術、探知術、神札の術、弓術)・王永憐《ワンヨンリェン》(字)天藍《テンラン》(号)永豪君《ヨンゴウクン》 32歳宋武帝の息子を救って以来、宋長安の国師として宋武帝に仕えている。剣心極道《けんしんごくどう》出身の剣豪である。誰もが羨むほど眉目秀麗だが、冷酷無情で女を寄せ付けず、堅物である。雷術の他に悟心術《ごしんじゅつ》を