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第4話

作者: 幸月
洸平は、彼女と蒼介の関係を知る数少ない人間の一人だ。蒼介からの信頼は厚い。

洸平のネクタイに留められたサファイアのタイピンでさえ、少し前に杏奈が厳選して蒼介の誕生日に贈ったプレゼントだった。

そして今この瞬間、そこには彼女の背後にある巨大スクリーンのニュースが映り込んでいる。

【新進気鋭のジュエリーデザイナー藤本紗里、本日、吉川グループ代表吉川蒼介と来月のジュエリー展に参加予定。二人のゴールインも間近との噂】

「だから!」

杏奈が呆然としている隙に、追いついてきた美南が彼女の手から封筒を奪い取った。

「一体何をするつもり?その幼稚園レベルの落書きで兄さんを騙して、あんたのデザインだって言うつもり?信じてもらえると思ってるの?」

美南の慌てふためく様子を見て、杏奈は気を取り直す。「信じないなら、何を怯えてるの?」

「誰が怯えてるって言うのよ?兄さんの気を引くための手段でしょ。兄さんが信じるわけないじゃない」

「信じる信じないは、開けて見てみればわかることよ」

杏奈が相変わらず平然としているのを見て、美南は何か違和感を覚えた。封筒を開け、中を一瞥する。

一目見ただけで、彼女は固まった。

離婚協議書?

自分の、見間違い?

杏奈が自ら蒼介と離婚するなんて、ありえない。

まあいい。デザインじゃなければそれでいい。

封筒を洸平の腕に放り投げ、美南は軽く笑いながら杏奈を見た。

「これがあんたの新しい手段?無駄な努力はやめときなさい。兄さんを本気で怒らせたら、家にも帰ってこなくなるわよ。泣きを見ることになるわよ」

「好きに言えばいいわ」

杏奈はこれ以上言い争う気にもなれず、洸平に視線を向けた。

「できるだけ早くサインして返してもらえるよう伝えてください。待ってますから」

そう言うと振り返りもせずに立ち去った。美南は苛立ちを隠せない。

「何なの?自分で姑息な手を使うだけじゃ飽き足らず、小林さんまで巻き込むつもり?もし兄さんが本気で怒ったら、叱られるのは小林さんよ。あんたって本当に悪質ね」

けれど何を叫ぼうと、杏奈は振り返らなかった。

美南は悔しげに足を踏み鳴らしたが、結局追いかけていった。

洸平は手にした封筒を見つめ、先ほどの美南の言葉を思い返す。

この数年、杏奈は蒼介の気を引くために様々な手を尽くしてきた。今、蒼介はまさに紗里のことで忙しい最中だ。こんな時に、杏奈のくだらない手段のために邪魔をすれば、クビになりかねない。

そう考えると、洸平は鼻で笑い、封筒をデスクの下の棚に放り込んだ。

蒼介が紗里の件を片付けて、機嫌のいい日を見計らって渡せばいい。

どうせ渡さなくても、杏奈は返事が来ないと分かれば、また何か新しい手を考えるだろう。一つくらい無くても変わらない。

吉川本社ビルを出ると、杏奈はタクシーを拾おうとした。美南がついに我慢できなくなり、力任せに彼女の腕を掴む。

「デザインを渡しなさい。今度こそ本当に、兄さんに取り成してあげるから」

ラインストーンの飾られた爪が、腕の古傷に食い込む。杏奈はぼんやりと思い出した。新婚二日目、美南も同じように自分の腕を掴んで、卒業制作の修正を頼んできたことを。

あの時は「お義姉さん」と呼んでくれていたのに、今は……

「もう必要ないわ」

杏奈は相手の指を外し、薬指の根元に残る淡いピンク色の指輪の痕を露わにした。

「蒼介がサインさえしてくれれば、私と吉川家は、もう何の関係もなくなるの」

美南は、杏奈がそんなことを言うとは思わなかった。コンテストの締め切りを思い出し、顔色を変えた。

「あんた、いい加減にしなさい!本気でコンテストの邪魔をするつもりなら、すぐに兄さんに離婚してもらうわよ!」

杏奈がそんな強気に自分から離婚するなんて信じられない。

コンテストまでまだ時間がある。夜まで待つ必要もない、きっと杏奈の方から完成したデザインを持ってくるはずだ。

こんなことは今までだってあった。蒼介に無視されれば、杏奈はすぐ低姿勢になり、あの手この手で機嫌を取り、蒼介に自分のいい評判を吹き込んでもらおうとする。

実際は何も言わないし、蒼介も気にしていないけれど。

ただ、杏奈が今日持ってきた離婚協議書で、美南は別のことを思いついた。

そう遠くないうちに、蒼介は本当に杏奈と離婚して紗里と結婚するかもしれない。だったら今のうちにデザインのストックを作っておいた方がいいんじゃないか?

杏奈が簡単には離婚に同意しないことは分かっている。いや、たとえ本当に離婚したとしても、美南が必要とすれば、きっとまた描いてくれるはずだ。でも念のため、先に蓄えておいた方がいい。

そんなに多くなくていい。一枚あれば、離婚直後の三日間くらいは何とかなるだろう。

下手をすれば一日も経たないうちに、杏奈の方から頼みに来るかもしれない。

その時は、何枚デザインを描けと言っても、彼女は作り笑いで引き受けるしかなかった。

そう考えると、美南の気分も少しは晴れた。踵を返して戻り、杏奈が頼みに来るのを待つことにした。

吉川グループを離れた杏奈は、生活必需品といくつか画材を買った。

家に戻って荷物を片付け、この数年間のデザイン作品を整理する。

徐々に輝きを失っていく作品を見つめながら、杏奈は信じられない気持ちだった。これらが全て自分の描いたものだなんて。

美南のために会社に提出する作品で、家のこともあったから、多くの作品に十分な全力を注げなかった。

大きな間違いはないけれど、光るものもない。

当時は気づかなかったけれど、今改めて見ると、自分の才能がほとんど擦り切れていることに気づいた。

デザインを置いて、杏奈はすぐに番号を押した。

「来月のジュエリー展の招待状が欲しいんだけど」

電話の向こうが一瞬止まり、続いて男の冷淡な声が聞こえた。

「本気か?これまで何度勧めても聞かなかったのに、今回はどうして心変わりしたんだ?」

濱海市では毎年定期的にジュエリー展が開催される。ここ二十年は、国内経済の急速な発展により、展示される宝飾品も増え続け、最初は数百のブースだったものが、今では千を超え、国際的にも名声を博している。

そのため、多くの著名なジュエリーデザイナーが自信作を出展し、新進気鋭のデザイナーたちも、作品を出展できなくても、何とか見学してインスピレーションを得ようとする。

けれど杏奈だけは、ここ数年ずっと、娘のことだ夫のことだと言い訳をし、招待状を家まで届けてもらっても、会おうともしなかった。

それが今、自ら行きたいと言っている。

「当時は頭の中がお花畑だったのよ。今はもう目が覚めたわ」

相手は何も言わなかった。しばらくして、電話が切れる。

けれど杏奈には分かっていた。これは承諾の印だ。

杏奈は口元を歪め、電話を置いた。

実は、まだ言っていない決意がもう一つある。本当に、復帰するつもりなのだ。
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