Mag-log in「…………」
「……なにさ?」 「…………」 「……あー、もう!!」 持っていたナイフとフォークを放り出して、とうとうメルランスが声を上げた。 手元には湯気の立つ鉄板の皿が置いてあり、その上にはいまだに油を跳ね上げるベーコンステーキが乗っている。 血走った目でそのベーコンステーキを見つめながら、南野はじゅるりとよだれをすすった。 「なんなのさっきから!? そんなに見られてちゃ食べにくい! 言いたいことあるならさっさと言いなよ!」 びし!とナイフの先端を南野に突き付けて、メルランスは苛立たしげに言った。 南野が返答するより先に、ハラの虫の方がぐう、と鳴る。 呆れたようにため息をついて、カウンターに肘をついたメルランスが南野に問いかけた。 「……どれくらいお肉食べてないの?」 「……こっちの世界に来てからずっと、パンと野菜のスープだけです……」 「あんたね……そんなに甲斐性ないとこの世界じゃ死ぬよ?」 「おにく……オニク……タンパク質……」 とうとう片言になった南野は、穴が開くほどベーコンステーキを見つめている。 たしかに、肉が食べたくて食べたくて死にそうだ。なんなら得体のしれないモンスターの肉でもいい。とにかく肉が食べたい。 そんなあわれな状態の南野を見やって、メルランスは不意にふっと微笑んだ。 「……まったく、しょうがないなあ」 「ああ、メルランス様……!」 狂信者ばりの輝く眼差しでメルランスを見つめて、南野は目に涙を浮かべる。とうとう肉が、お肉様が口の中に……! しかし、肉に切れ込みを入れたメルランスのフォークが向かった先は、彼女自身の口の中だった。もぐもぐと肉汁を満喫しては頬に手を当てて、 「んー、おいしーい! やっぱりブランチは肉に限るわ!」 ……だまされた。 ……ウラギラレタ。 南野の目から光が消えうせる。 「あああああああああああああああ!!」 そのまま頭を抱えてスツールから転がり落ち、床をのたうち回った。そしてがくがくと痙攣して動かなくなる。 「おーい、生きてる?」 肉を噛みしめながらつま先で南野のからだをつつくメルランスに、がばっと立ち上がった南野は縋り付くような格好で半狂乱になった。 「ひどくないですか!? ひどくないですか!?!?」 一方で、メルランスはまったく悪びれもせずに残りの肉を食べ、 「ひどくないもーん。あたしはお金持ってる、あんたは一文無し。経済力の圧倒的勝利ってやつだね」 「マルクスは死んだ!!」 「まるくす……?」 頭を抱えて叫ぶ南野に、メルランスは不審そうな目を向けた。 今にも泣きだしそうな南野だったが、この守銭奴性悪女には泣き落としは効かないだろう。あきらめて涙をぬぐう。負けるな、俺。 「それで、今日の獲物は?」 肉をひとりで平らげたメルランスは、満足げに腹をさすりながら問いかけた。いまだに恨めしげな視線を送りながらも、南野は『レアアイテム図鑑』をカウンターの上に開く。 開いたページの上にぼやりと浮かんできたのは、水汲み場のような風景だった。 「……『サバラの泉』。『その泉は枯れることなくわき続け、その水を浴び、飲んだものはどんな病も傷も治癒するという』……」 「ああ、ここ。有名だよ。たしか西のダンジョンの中にあるっていう」 「ルルドの泉みたいなものか……」 「るるど?」 「俺のいた世界にもあったんですよ。どんな病気も怪我も治す奇跡の泉が」 「へえ、どこの世界にもあるもんだねえ」 感心した声を上げるメルランスに、南野はうなずき返した。 「とにかく、今回はバケモノとかそういうのが相手じゃなくて助かりました」 「……そうは言ってられないかもよ?」 「え、それってどういう?」 「ま、行ってみればわかるでしょ。ほら、行くよ」 メルランスに促され、南野は疑問を抱えたまま図鑑のページに手を置いて渋々と目を閉じた。 ……次に目を開けたときには、荒野に立っていた。 正確には目の前には古びた遺跡のような入り口が開いており、下へと続く階段が見える。湿気や瘴気が立ち上ってくるようで、南野は思わず吐き気をこらえて口元を抑えた。 「あちゃー、やっぱり……」 「やっぱり、って?」 途方に暮れたように額に手をやるメルランスに尋ねると、彼女はうんざりしたような口調で説明してくれた。 「ダンジョンに張られてる結界だよ。『緑の魔女』の転移魔法も、結界に阻まれてダンジョンの入り口までしか運んでくれない。つまり、ここから先は『サバラの泉』まで自分たちの足で行かなきゃいけないってこと」 「ああー、なるほど…………ってことは、ダンジョンの中のモンスターとか罠とかは自分たちでなんとかしろってことですか!?」 「そゆことー」 絶望的な声を上げる南野に、メルランスは気楽げに返した。 「どうするんですか! ダンジョンって言ったらあれでしょ!? ゾンビとか動く鎧とかが襲い掛かってきて、凶悪な罠がそこら中に仕掛けられてて、最下層までたどり着いたはいいけど薬草もポーションも切れちゃってああもうこのダンジョンの奥深くで俺たちは朽ち果ててゆくのみ!みたいな!」 「薬草とかぽーしょん?がなんだかわかんないけど、おおむねそんなとこだね」 「ああああ! 終わった!」 ダメだ、こんなのRPGの世界じゃないか。 勇者でもない自分が飛び込んだら、間違いなく死ぬ。 ダメだ、今度こそ終わった。 しかしメルランスは、希望を手放そうとする南野の肩を叩き、握りこぶしを作って見せた。 「なぁに言ってんの! こちとらそれなりに場数踏んでる冒険者だよ? ダンジョン攻略だって何回か経験あるし。落ち着いて挑めば平気平気!」 「……本当ですか?」 「舐めてもらっちゃ困る。それに、西のダンジョンは初心者向けだよ。出てくるモンスターもたかが知れてるし、罠だってわかりやすい。そんなに怖がることないよ」 なだめるように言うメルランスに、南野は途端に勇気づけられた。絶望に打ちひしがれていた背中をしゃんと伸ばして、表情を改める。 「……わかりました。ここはメルランスさんにすべて委ねます」 「それでよし。まあ見てなよ。ちょちょいのちょいと片付けてやるから……それに、『サバラの泉』を持ち帰ることができたら、売りさばいてそれなりのお金が手に入るしね」 「結局はそれですか……」 呆れたようにつぶやく南野をよそに、メルランスはずかずかとダンジョンの入口へと入っていった。仕方なしに、南野も慌ててそのあとに続くのだった。メルランスは早速砂まみれになっているキーシャの襟首をひっつかんで拘束した。リードを引かれる犬のような有り様だ。「そう深くにはもぐらないはずだから、体の一部が露出してるはず。よく目を凝らしてそれを見つけて……」 言いかけて、メルランスが口をつぐんだ。何事かと問いかけようとすると、し、と人差し指をくちびるに当てる。「……どこかで剣戟の音がする……」 言われて耳を澄ませてみると、たしかにどこからか、きん、きん、と金属質のもの同士がぶつかり合う音が聞こえてきた。近い。 誰かが戦っているのだ。「助けないと!」 気が付いたら、南野は音のする方へ駆け出していた。釣られてメルランス、キーシャも走り出す。「ちょっと、大蠍はどうすんの!?」「だって、だれかが戦ってるんですよ!? 助けないと! それに、うまくすれば謝礼がもらえるかもしれませんよ!」「そんな不純な動機でいいんですかー!?」 謝礼云々はどうでもいいとして、とにかく誰かが剣を振るっているのだ。近くにいる以上、加勢するのが筋だと南野は考えた。 とはいえ、南野にはなんのちからもない。結局はメルランスたちのちからをかりることになるのだが。 砂丘をひとつ越えたところで、砂塵の向こうで躍動する人影が見えた。その人影が対峙している相手は、3メートルほどの大蠍だ。「ビンゴ! 獲物まで見つかるなんてラッキーじゃん!」 ぱちん!と指を鳴らすメルランスに、砂嵐の向こうへ目をこらした南野が告げる。「戦ってるのはひとりですね!」「よーし、謝礼として『大蠍の尾』もらっちゃおう! 労せずして目的完遂!」「メルランスさん、加勢をお願いします!」「任せて!」 走りながら会話をしているうちに、砂塵に紛れてよく見えなかった人影がはっきりと見えてきた。 白い詰襟のような服を着て、赤いマントをたなびかせた男だ。整った顔をしており、耳が長い。怪我をしているのか、片目は眼帯でふさがっており、左腕にも包帯を巻いている。「……あれ、エルフですね……」 後ろの方でぜいぜい息を切らせているキーシャがつぶやいた。 エルフ。ファンタジーでよく耳にする種族だ。森に住み、強大な魔法を操り、美しい容姿をしているという。 エルフの青年は両手に一本ずつ構えた細剣で大蠍の攻撃を防いでいる。ざっ、と砂を蹴り、鋭い眼光で大蠍を睨みつけていた。
「『大蠍の尾』?」 朝食のBLTサンドを食べ終わり、指に残ったソースを舐めながらメルランスが怪訝そうな顔をした。「ええ、次の獲物です」 南野はモップを片手に、ページを開いた『レアアイテム図鑑』をカウンターの上に置く。「なになに……『3メートルを超える巨大な蠍の尾。その尾には象をも一撃で昏倒させる毒が宿っており、しばしば暗殺のための毒薬として使用される』……なるほどね」「私も知ってます、強力な魔法薬の材料としても使われます」 隣で市場で買ってきたらしいリンゴをかじりながら、キーシャが便乗する。 うーん、とうなるメルランスの顔の険しさを見て取り、南野は不思議そうな顔をした。「なにか問題でもあるんですか?」 すると、メルランスは結い上げた金の髪を掻きながら、「多分、この毒がないとレアアイテムとは認められないんだろうね……この毒、大蠍が死ぬと活性を失うんだ。ってことは、生きた大蠍を仕留めてすぐに尾を切り離さないといけないってこと」 そう言って、メルランスはエールのジョッキをぐっと傾けた。 それを聞いた南野の顔色が青ざめる。「さ、3メートルの大蠍を、ですか……?」「そ。まあ、ある程度経験を積んだ冒険者ならそんなに難しい獲物じゃないけど」「じゃあ、私が魔法でお手伝いします!」「ダメ。あんたの場合は必要な尾まで爆砕させちゃうでしょ」「ううう……!」 図星を突かれたキーシャは悔しそうにリンゴをがじがじと噛みしめている。「熟練の冒険者……だったら、メルランスさんがいれば大丈夫じゃないですか」 南野が言うと、メルランスはジョッキを干してから深いため息をついた。「……あたし、虫って苦手なの」「……へ?」 いきなり出てきた意外な言葉に、思わず間の抜けた声がこぼれてくる。 メルランスは言い訳をするようにまくし立てた。「だってなんなの!? あのうじゃうじゃした脚とか、妙につやつやした外骨格とか、なに考えてるかわかんない複眼とか! そりゃあ、ダンジョンとかで遭遇したらきちんと倒すけど、あんまり積極的に戦いたい相手じゃないの!」 メルランスにも苦手なものがあるのか……となんとなく感慨深く感じた南野。 とはいえ、相手はまだ年端もいかない女の子だ。虫くらい苦手な気持ちもわかる。今までずっと頼り切りだったが、彼女だって得手不得手くらいあるのだ。「
メイドに取り次いでもらって、南野たちは早々に以前と同じ屋敷の応接間へと通された。あるじは首を長くしていた様子で、「おお、待っていたよ。この街で一番まずいものはできたかね?」「ええ、ここに」 身を乗り出すあるじに、南野は皿に乗ったキーシャ作のカレー(?)を差し出した。「ああ、ついに、ついに……!」 感涙しそうなあるじは、スプーンを片手にカレー(?)を口にする。もごもごとかみ砕いて、そして。「…………がふbふぁgfdん」 味帝王と同じく、奇声を上げてばたりとソファの上に倒れ込んでしまった。「旦那様!? 旦那様ー!!」 メイドたちが慌てふためき、屋敷は一気に騒がしくなる。 もしかしたらとんでもないことをしでかしてしまったのかもしれない……と南野が罪悪感を覚えているうちにも、あるじは寝室へと運び込まれていった。 小一時間ほどしてから、あるじはようやく目を覚ました。目を覚ました瞬間にすごい勢いで水差しから水をがぶがぶと飲み、ふう、と一息つく。「…………すばらしくまずかった…………」「そ、それはなによりで」 まだ放心した状態のあるじがつぶやくと、南野はぎこちない笑みを浮かべた。 あるじは、うむうむと満足げにうなずきながら、「あれほどまでにまずいものがこの世にあるとは……いやはや、期待以上だった。南野君、よくやってくれたね」 『よくもやってくれたな』と言われてもよさそうな場面なのに、なぜかお礼を言われた。世の中にはいろいろなひとがいるものだ。「それでは、例の『オーロラスパイス』は……」「ああ、約束通り、あれは君たちに譲ろう。私にはもう必要のないものだ。これからは美味も不美味も味わっていこうと思う」「ありがとうございます!」 一礼する南野の元に、メイドが小瓶を持ってきた。褐色の粉が入ったスパイスポットだ。それを大事そうに抱えると、南野はもう一度だけあるじに一礼する。 屋敷をあとにした三人は、『レアアイテム図鑑』を使ってもとの酒場に戻ってきた。 時刻はもう夕暮れになっていて、酒場は冒険者たちでにぎわい始めている。「ああー、どうなることかと思った。よくあんな策思いついたね」 ほっとしているメルランスに向かって、南野は至極真面目な顔で返答する。「いえ、以前会社のレクリエーション活動で提案して即却下された案でして……」「れく……?…
『まず最初は! ロメイユさんの作ったカレーからいただきましょう!』 景気の悪い顔をしたさすらいのコックのロメイユさんは、一歩前に出て審査員席に皿を配った。銀のふたを開けると、そこには……「ほう、これは……」「い、一応カレーの形はしていますわね」 色も形もカレーの体裁は保っている。審査員たちは一安心したようにほっと溜息を漏らした。『それでは、実食たーいむ!!』 司会の掛け声でスプーンを口に運ぶ審査員たち。口にした瞬間、眉根をひそめる。「これは……野菜くず?」「下水で煮込んだのか?」「この舌に絡みつくような甘さは……?」「くさい、とにかくくさい」 散々な言われようだった。ロメイユさんは『またか……』とばかりにがっくりと肩を落としている。 そんな中、味帝王だけがぱくぱくとカレーを食べている。会場中の驚嘆の視線が集まった。『さ、さすがは味帝王! ちょっとやそっとのまずさではびくともしません!』 カレーを完食した味帝王は、ふう、と息をついてまた腕を組んで瞑目した。やはり大物の貫禄だ。『ロメイユさん、くさい野菜くずという名のカレーを作りました! 一応はカレーです! これでは味帝王のこころはつかめません!』 ロメイユさんはコック帽を握りしめて涙ながらに退場していった。『続いては主婦のミレッタさん! 今度はどんなカレーが飛び出してくるのかー!?』 審査員たちの隣に並んだミレッタさんは、笑顔で皿を供していく。もうここまで届くほどのむせかえるような悪臭が胸やけを誘った。「みなさん、私の特製カレー、召し上がってくださいな」 にっこり微笑んで銀のふたを開けると、そこには……『こっ、これはぁぁぁぁ!?』 司会が吃驚の声を上げる。 ……それはもはや、カレーではなかった。 紫色の液体から緑色の泡がこぽこぽと立ち上り、皿からは触手のようなものがはみ出ている。ライスはなにで染まっているのか真っ赤になっており、時折どこからか『ぎぎいいいいい』と悲鳴じみた声が聞こえてくるような気がした。「うっ……!」「なんてこと……!」 これからこれを食べる審査員たちは今すぐにでも逃げ出したい気分だろう。しかし、引き受けた以上、そして群衆たちがそれを期待している以上、逃げるわけにはいかない。 すえたようなすっぱい悪臭に鼻を覆いながらも、審査員たちは果敢にスプーン
交渉が成立して部屋を出ると、屋敷内はばたばたとあわただしく動いていた。 外に出ると、もうすでに『本日14時、まずいもんコンテスト開催!!』とのビラがあちこちに張られている。「よっぽどまずいものに飢えてたんですね……」「あたしにはちょっとわかんないな。オカネモチの考えることって」 例によって、メルランスはオカネモチ相手には手厳しい。呆れたようなため息をついてやれやれと肩をすくめる。 対してキーシャは怪訝そうにして、「けど、おいしいものならともかく、まずいもので誇らしげに大会に出場するひとっているんですかね?」「誇らしげかどうかはわかりませんが、あのあるじのことです、それなりの賞金を懸けるでしょう」 南野の回答に、キーシャは、ぽんと手を打った。「なるほど、それに釣られて選手が集まるんですね!」「そうだ、キーシャ、あんたも出てみれば?」「ええ!? 私ですか!?」 いきなり水を向けられて、キーシャは裏返った声を上げた。「この際だから賞金もいただいちゃおう。大丈夫、あんたならできるって! 前の『スライムゼリー』の出来栄え、なかなかのものだったじゃん。ね?」 視線で発言を求められ、南野は深々とうなずいた。「……あれは、思い出したくないくらいの素晴らしい……いや、なんというか、素晴らしい出来栄えでしたね……」 暗に『信じられないくらいの激マズだった』という感想を述べられ、キーシャが涙目になる。「うう、これでも魔法薬学の成績はいい方なのに……!」「薬学と料理は違いますよ」「けどけど! これって優勝しちゃったら、私の料理はまずい!ってことになるんでしょ!? それって乙女的にすっごくフクザツなんですけど……」「細かいことは気にしない! まずい料理を作れるって一種の特技じゃん! ってことで、早速エントリーしに行こう!」「うううううう……!」 メルランスは会場となる公園へと、不服そうな顔をするキーシャを引きずっていった。 ……そして迎えた午後二時。 会場にはそれなりの観客が集まっていた。ほとんどが物珍しさの野次馬だろう。『さーあ、やってまいりました、『まずいものコンテスト』! この街で一番まずい料理を作れるのは誰だ!? 栄えある優勝者には金貨10枚が贈られます! みんなー! まずいものが食いたいか!?』『…………』 やたらテンション
「げbぶしゃああ!!」「ぼぶrrっら!!」「おbgぶぅぅぅ!!」 抜けるような青空の会場に、審査員たちの嘔吐音がこだまする。 あらかじめ用意されていたバケツに胃の内容物をぶちまける審査員たちに、観客たちは、ごくり、と生唾を飲んで青ざめた。『こ、これは……!』 実況者すら息をのみ、言葉も出てこない。「…………すごいな」 ぽつり、南野がつぶやく。壇上にいるキーシャは涙目になっていた。 なぜこんなことになったかというと……「『オーロラスパイス』?」 朝からカウンターでリブステーキとエールを飲んでいたメルランスが首をかしげる。 南野はそれをうらやましそうに横目で見ながら、視線を『レアアイテム図鑑』に戻した。「『どんなにまずい食べ物でもこれを振りかけると途端に至上の美味に変わる』……らしいです」「なんだか、料理人の立場がなくなる一品ですね!」 今日もキーシャは身もふたもないことを元気よく口にする。「そうですね。けど、希少なものですから料理人の仕事はなくならないと思います」「だったらよかったです!」「あー、それはいいんだけど、そんな便利なもの、所有者がやすやすと手放すとは思わないなあ」 リブステーキの骨をぽいっと壺の中に投げ捨て、メルランスがエールを飲みながらぼやく。「そこはまた、あんたの交渉術次第ってことになるね」「うう、自信はないんですがなんとかやってみます……」 泣き言じみたことを口にする南野の背中を、ばーん!とメルランスが叩いた。「なに言ってんの! さあ、善は急げだよ、さっさと片付けよう!」「私、その『レアアイテム図鑑』の転移魔法も気になってるんですよね……!」「それはまた今度。さ、行こう!」「は、はい!」 そうだ、ここでへこたれていても仕方がない。 南野たちは『レアアイテム図鑑』のページに手を置いて目を閉じた。 ……最初に目に入ってきたのは、街のざわめきだった。 どうやら高級住宅街らしく、あちこちに豪奢な一軒家が立ち並んでいる。 三人がいるのは、ひときわ豪華な大豪邸の前だった。なんだかデジャブだ。「ここですか……」「まあ、そんな『おいしい』もの、オカネモチが持ってるに決まってるよね」 ほえー、と屋敷を見上げるキーシャに、メルランスが肩をすくめる。「一体いくらふっかけられることやら……」「不吉なこ







