Masuk「いいじゃないですかメルランスさん、手伝ってもらいましょうよ」
「……探索の経験は?」 対してメルランスは渋い顔だ。キーシャは言葉に詰まったように黙ってから、ぽつりとこぼした。 「……ないです」 「足手まといがふたりに増えるってこと? 冗談じゃない」 「メルランスさん……!」 「いくら魔法が使えても、ダンジョンで役に立たないんじゃ話にならない。ただでさえこいつで手一杯なのに、ふたりになってどうすんの?」 「うう……! けど! 私がんばりますから!」 「がんばりでなんとかなるほど、ダンジョンは甘くないよ」 一人前の冒険者が言うと重みが違う。キーシャはしゅんとして肩を落とした。 「わかったらさっさと学校に帰りな」 「…………」 しかしキーシャは動かない。わなわなと拳を震わせ、メルランスにぐっと詰め寄る。 「私には魔法やモンスターの知識があります! きっとお役に立てるはずです! 足手まといだと思ったらすぐに放り出してもらっても構いません!」 「まあ、それは強みだけど……」 「ほら、メルランスさん、そこまで言うんだからちょっとくらい……」 「あんたは黙ってて」 ぴしゃりと言われて南野は慌てて口を閉じた。 「魔法生物についての知識があるって言ったね?」 「はい!」 問いかけたメルランスが少し意地悪そうな顔をする。それからスライムの入った瓶を掲げ、キーシャに笑いかけた。 「こいつをゼリーにしたいの。食べられるやつ。できるんなら、考えてあげてもいいよ」 「これを、ゼリーに……? スライムですよね、これ?」 「そうだけど?」 どうせできやしない、と高をくくっているのか、メルランスはどこまでも意地悪だ。しかしキーシャは腕まくりをし、スライムの瓶を手に取った。 「やってみます……!」 「は? え、ちょっと、あんた、できるの……?」 「やるだけやってみます!」 どうやら情熱は本物らしい。しかし情熱とできるできないは別物だ。魔法学を学んだ魔法使いの卵、お手並み拝見と行こうか。 シンクを明け渡したメルランスの前で、キーシャは首をひねった。 「うーん、普通のスライムですけど……ゼリー……食べられるやつ……」 さすがの魔法学生もモンスターを調理するのは初めてのことなのだろう、悩んでいる。 「そうだ! まずは瓶ごと温めてみましょう!」 「殺してヘドロにしたら許さないからね」 「大丈夫です!」 そう言って、キーシャは両手で包み込むように瓶を持った。 「『第三十六楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護のもと、我が手にともしびの熱を与える旋律を解き放て』」 印を切って呪文を唱えると、瓶を持ってしばらくじっとする。 やがて瓶の中のスライムが激しく動き始めた。のたうつようにうごめき、赤になったり蒼になったりしながらだんだんと緩んだ餅のようになっていく。 しばらくしてだらりとゲル状になったスライムは、瓶の中でおとなしくなった。 「やった……!」 キーシャが小さく快哉を上げる。たしかに、生かさず殺さずで調理はしやすくなるだろう。 しかし、そのときだった。急激な熱に耐えきれなくなったのか、瓶が唐突に割れる。 「あっ、ああーっ!!」 でろりとこぼれたスライムは、床に落ちるとそのままもぞもぞと元通り動き始める。 「待てー!」 すりこ木を装備したキーシャが追いかけまわすと、本能的に危機を察知したらしいスライムはさささーっと逃げ出した。しかし熱の余韻がまだ残っているのか遅い。 「このっ! このっ!」 すりこ木を振り回すキーシャがスライムを仕留めようとするが、なかなかうまくいかない。それどころか、工房の設備にがんがん当たってとこどろころ壊している。 「うわっ、なんだ!?」 「なんでこんなところにスライムが!?」 他の冒険者たちの間を縫ってすりこ木無双をするキーシャが、ようやくスライムをぶっ叩き、スライムは動きを緩めた。 「えいっ! えいっ!」 何度も連打で殴りつけるうち、完全に動かなくなる。死んではいないのか、ヘドロにはなっていない。 ふぅ、とため息をつきながら額の汗をぬぐうキーシャの頬には、スライムのゲル状物体が飛び散っていた。 「ふふふ……動物はね、苦痛を与えてやることで、うまみ成分が増すんですよ……」 据わった目で語るキーシャは殺しを終えた殺人鬼に見えた。 ……大丈夫かこの子……? 肩入れしてしまった手前なんとも言えないが、とてつもない不安に襲われながらも、南野にはことの成り行きを見守ることしかできないのだった。『まず最初は! ロメイユさんの作ったカレーからいただきましょう!』 景気の悪い顔をしたさすらいのコックのロメイユさんは、一歩前に出て審査員席に皿を配った。銀のふたを開けると、そこには……「ほう、これは……」「い、一応カレーの形はしていますわね」 色も形もカレーの体裁は保っている。審査員たちは一安心したようにほっと溜息を漏らした。『それでは、実食たーいむ!!』 司会の掛け声でスプーンを口に運ぶ審査員たち。口にした瞬間、眉根をひそめる。「これは……野菜くず?」「下水で煮込んだのか?」「この舌に絡みつくような甘さは……?」「くさい、とにかくくさい」 散々な言われようだった。ロメイユさんは『またか……』とばかりにがっくりと肩を落としている。 そんな中、味帝王だけがぱくぱくとカレーを食べている。会場中の驚嘆の視線が集まった。『さ、さすがは味帝王! ちょっとやそっとのまずさではびくともしません!』 カレーを完食した味帝王は、ふう、と息をついてまた腕を組んで瞑目した。やはり大物の貫禄だ。『ロメイユさん、くさい野菜くずという名のカレーを作りました! 一応はカレーです! これでは味帝王のこころはつかめません!』 ロメイユさんはコック帽を握りしめて涙ながらに退場していった。『続いては主婦のミレッタさん! 今度はどんなカレーが飛び出してくるのかー!?』 審査員たちの隣に並んだミレッタさんは、笑顔で皿を供していく。もうここまで届くほどのむせかえるような悪臭が胸やけを誘った。「みなさん、私の特製カレー、召し上がってくださいな」 にっこり微笑んで銀のふたを開けると、そこには……『こっ、これはぁぁぁぁ!?』 司会が吃驚の声を上げる。 ……それはもはや、カレーではなかった。 紫色の液体から緑色の泡がこぽこぽと立ち上り、皿からは触手のようなものがはみ出ている。ライスはなにで染まっているのか真っ赤になっており、時折どこからか『ぎぎいいいいい』と悲鳴じみた声が聞こえてくるような気がした。「うっ……!」「なんてこと……!」 これからこれを食べる審査員たちは今すぐにでも逃げ出したい気分だろう。しかし、引き受けた以上、そして群衆たちがそれを期待している以上、逃げるわけにはいかない。 すえたようなすっぱい悪臭に鼻を覆いながらも、審査員たちは果敢にスプーン
交渉が成立して部屋を出ると、屋敷内はばたばたとあわただしく動いていた。 外に出ると、もうすでに『本日14時、まずいもんコンテスト開催!!』とのビラがあちこちに張られている。「よっぽどまずいものに飢えてたんですね……」「あたしにはちょっとわかんないな。オカネモチの考えることって」 例によって、メルランスはオカネモチ相手には手厳しい。呆れたようなため息をついてやれやれと肩をすくめる。 対してキーシャは怪訝そうにして、「けど、おいしいものならともかく、まずいもので誇らしげに大会に出場するひとっているんですかね?」「誇らしげかどうかはわかりませんが、あのあるじのことです、それなりの賞金を懸けるでしょう」 南野の回答に、キーシャは、ぽんと手を打った。「なるほど、それに釣られて選手が集まるんですね!」「そうだ、キーシャ、あんたも出てみれば?」「ええ!? 私ですか!?」 いきなり水を向けられて、キーシャは裏返った声を上げた。「この際だから賞金もいただいちゃおう。大丈夫、あんたならできるって! 前の『スライムゼリー』の出来栄え、なかなかのものだったじゃん。ね?」 視線で発言を求められ、南野は深々とうなずいた。「……あれは、思い出したくないくらいの素晴らしい……いや、なんというか、素晴らしい出来栄えでしたね……」 暗に『信じられないくらいの激マズだった』という感想を述べられ、キーシャが涙目になる。「うう、これでも魔法薬学の成績はいい方なのに……!」「薬学と料理は違いますよ」「けどけど! これって優勝しちゃったら、私の料理はまずい!ってことになるんでしょ!? それって乙女的にすっごくフクザツなんですけど……」「細かいことは気にしない! まずい料理を作れるって一種の特技じゃん! ってことで、早速エントリーしに行こう!」「うううううう……!」 メルランスは会場となる公園へと、不服そうな顔をするキーシャを引きずっていった。 ……そして迎えた午後二時。 会場にはそれなりの観客が集まっていた。ほとんどが物珍しさの野次馬だろう。『さーあ、やってまいりました、『まずいものコンテスト』! この街で一番まずい料理を作れるのは誰だ!? 栄えある優勝者には金貨10枚が贈られます! みんなー! まずいものが食いたいか!?』『…………』 やたらテンション
「げbぶしゃああ!!」「ぼぶrrっら!!」「おbgぶぅぅぅ!!」 抜けるような青空の会場に、審査員たちの嘔吐音がこだまする。 あらかじめ用意されていたバケツに胃の内容物をぶちまける審査員たちに、観客たちは、ごくり、と生唾を飲んで青ざめた。『こ、これは……!』 実況者すら息をのみ、言葉も出てこない。「…………すごいな」 ぽつり、南野がつぶやく。壇上にいるキーシャは涙目になっていた。 なぜこんなことになったかというと……「『オーロラスパイス』?」 朝からカウンターでリブステーキとエールを飲んでいたメルランスが首をかしげる。 南野はそれをうらやましそうに横目で見ながら、視線を『レアアイテム図鑑』に戻した。「『どんなにまずい食べ物でもこれを振りかけると途端に至上の美味に変わる』……らしいです」「なんだか、料理人の立場がなくなる一品ですね!」 今日もキーシャは身もふたもないことを元気よく口にする。「そうですね。けど、希少なものですから料理人の仕事はなくならないと思います」「だったらよかったです!」「あー、それはいいんだけど、そんな便利なもの、所有者がやすやすと手放すとは思わないなあ」 リブステーキの骨をぽいっと壺の中に投げ捨て、メルランスがエールを飲みながらぼやく。「そこはまた、あんたの交渉術次第ってことになるね」「うう、自信はないんですがなんとかやってみます……」 泣き言じみたことを口にする南野の背中を、ばーん!とメルランスが叩いた。「なに言ってんの! さあ、善は急げだよ、さっさと片付けよう!」「私、その『レアアイテム図鑑』の転移魔法も気になってるんですよね……!」「それはまた今度。さ、行こう!」「は、はい!」 そうだ、ここでへこたれていても仕方がない。 南野たちは『レアアイテム図鑑』のページに手を置いて目を閉じた。 ……最初に目に入ってきたのは、街のざわめきだった。 どうやら高級住宅街らしく、あちこちに豪奢な一軒家が立ち並んでいる。 三人がいるのは、ひときわ豪華な大豪邸の前だった。なんだかデジャブだ。「ここですか……」「まあ、そんな『おいしい』もの、オカネモチが持ってるに決まってるよね」 ほえー、と屋敷を見上げるキーシャに、メルランスが肩をすくめる。「一体いくらふっかけられることやら……」「不吉なこ
朝日が昇るころ屋敷にたどり着き、メイドに取次ぎを要求する。出てきた主人は寝起きなのか、パジャマにガウン姿だった。「約束通り、山賊たちに話を付けてきました」 南野が代表して報告すると、主人の目が丸くなる。「……本当かね?」「ええ。これでふもとの別荘地は安全です」 南野がにっこりと断言すると、主人はふーむ、とうなってからうなずいた。「わかった。では『嘆きのミセリコルデ』は、約束通り君たちに譲ろう」 商談成功。書斎に引き返した主人は、鞘に収まった銀の短刀を持って戻ってきた。「こんなもの、なにに使うのかは知らないが……私が持っていても仕方がない。どうか大事にしてくれたまえ」「ありがとうございます」 短刀を受け取った南野の手には、ずしりとした重みがあった。ひとを傷つける刃物の重みだ。 が、このミセリコルデは違う。 屋敷を出たところでメルランスが『嘆きのミセリコルデ』を奪い取って鞘から抜いた。「な、なんのつもりですか!?」 いきなり抜剣された側はたまったものではない。うろたえる南野に、メルランスは意地悪そうに笑って見せた。「ふっふー、毎回恒例の実験だよ」「だから言ったでしょう! レアものは新品未開封が至高だって!」「あの主人の手にあった以上、新品未開封ではないでしょ!」 よく研ぎ澄まされた刃は朝日を浴びてぎらりと光っている。これがひとを傷つけないというのはあまり信用できない。「まあまあ、死ななそうなところ刺してあげるから、万が一のことがあっても大丈夫だって」「へ?」「やぁっ!!」 そのままメルランスは南野の腹にミセリコルデの切っ先を突き立てた。「いづっ!?」 やられた!と時代劇の斬られ役ばりに倒れようとしたところで……「……あれ? 刺さってない……?」 衝撃はあったものの、『嘆きのミセリコルデ』は一ミリたりとも南野のからだを傷つけてはいなかった。相変わらず刃は研ぎ澄まされた光を放っており、触れたものは傷つけそうなものなのに。「不思議ですね……まだちょっと痛いけど」「そりゃあ、『緑の魔女』のレアアイテムだもん」 当然のように言うメルランスにミセリコルデを返してもらって、改めて矯めつ眇めつ眺める南野。 不思議なものだなあ、と感心していると、ふとキーシャがつぶやいた。「……刃はあっても、ひとを傷つけない……」 ずっと
「とにかく、散開して森の中に潜んで! 道が狭いからまだ一体多数は避けられる!」 メルランスの言葉に、三人は散って夜の森の中に駆け込んだ。 とにかく何も見えないので、つまずきかけながらも走る。時折木にぶつかりながらできるだけ元の地点から離れないようにぐるぐる逃げ回った。「男の方はあっちだ!」「ちくしょう、ぶっ殺してやる!」 背後から聞こえる怒声に背筋をビビらせながら、とにかく逃げ回った。「きゃー!!」 ほど近くからキーシャのものらしい悲鳴が聞こえる。次に聞こえたのは、ずん!と大地を揺るがすような衝撃だった。ぎゃー!!などと今度は山賊たちの悲鳴が聞こえる。「来ないでー!!」 ばん!ばん!と大爆発の音と上がる火の手の明かり。どうやらキーシャは恐慌状態に陥って魔法を乱発しているらしい。 あの威力で連射されたら山の一角が焦土と化しそうだ。マズいと踏んだ南野は、急いで元の場所に戻った。 戻ってきた掘立小屋は、もうそこにはなく、根こそぎ消し飛んでいた。あたりには負傷した山賊たちが呻きながら倒れ、残った数人の山賊たちもキーシャをなにか恐ろしいモンスターでも相手にしているかのように遠巻きに警戒している。「キーシャ!」 メルランスも状況を危ぶんだのか、すぐに戻ってきた。「うわああああ!! 『第百五楽章の音色よ! 創生神ファルマントの加護のもと、巨人の鉄槌を大地に振り下ろすがごとき旋律を解き放て!』」 印を切る手と呪文詠唱だけは正確なのは魔法学生らしいと言えるだろうか。どぉん!と音がして、不可視の重力波が地面をへこませた。「やめなさい! これ以上は人死にが出る!」「やめて来ないでええええ!!」 完全にパニックに陥っているキーシャに、メルランスの言葉は届かない。 どうすればいいか。南野が頭を悩ませていると、メルランスが駆け出す。 疾風のような勢いでキーシャの懐に滑り込み……そのまま体当たりするように、ぎゅう、と彼女のからだを抱きしめた。「大丈夫だから! 落ち着いて! 私たちがいるでしょ!」「……あ、う……」 突然の抱擁に呆気にとられたのか、キーシャはぽかんとして動きを止めた。ぱたり、魔法を乱発していた腕が落ちる。「大丈夫。怖いことなんてなにもない。だから、落ち着いて」「……あ、ああ……私、わたし……」 次第に我に返っていくキーシャは、辺
話を変えよう。南野はふと思いついたことを口にしてみた。「そういえば、キーシャさんは魔法学を勉強してるんですよね?」「はい、教会学校で魔法について学んでいます」「じゃあ、俺にも魔法、教えてくれませんか?」 少しでも魔法が使えれば足手まといを脱却できるとの考えだった。果たして異世界人の自分に魔法が使えるのかどうかはわからないが、ダメ元だ。 キーシャは難しそうにうなると、「そうですね……魔法を使うには、まずは適性が必要になるんです。からだじゅうの魔力を形にするちからですね。信仰心はあんまり関係ないですけど、教会で加護を受けなければいけません。あとは精神修養に、魔力を具現化する構成力の訓練です。これは一週間でできるひともいれば数年かかるひともいます。だから、今すぐに使うことはできません」「そうですか……」 考えが甘かったらしい。一朝一夕で魔法が使えるなんて虫のいい話はないのだ。魔法を使うにも努力や修練は必要らしい。 少し落ち込んだ様子の南野をフォローするように、キーシャが付け加える。「あっ、でも! もしかしたら異世界のひとにしかない特別なちからとかあるのかも!」 慰めるようにかけられた言葉には、ひとつ思い当たることがあった。 『サバラの泉』で感じた、アイテムのちからを最大限以上に引き出すちから。 あれが勘違いでなければ、自分にだってできることはあるのかもしれない。 しかしあくまでも勘違いの可能性が高いので、キーシャには黙っておいた。 そのあとふたりはなんてことない世間話などをしながら休み、メルランスを待った。 彼女が帰ってきたのは日が沈んでからだった。帰ってくるなり水を飲みながら、分析の報告をする。つくづくタフな女の子だ。「あの主人が言った通りの戦力っぽいね。くっさそうな野郎どもが30人くらい。みんな武装してるけど、魔力の気配はない。この辺の地形なら奇襲は簡単だよ。あの掘立小屋もボロ屋だし、山賊どもが寝静まって、見張りのやつが数人出てきたらそっから片付けよう」 疲れを感じさせない調子でてきぱきと言うメルランスに、休んでいたふたりはうなずき返した。 それから携帯食で夕食を済ませ、言葉少なに体力を温存していると、やがて夜がやってきた。三日月が昇り、辺りは暗闇のしじまに沈む。「……出てきた」 掘立小屋から出てきて焚火を起こし、酒を飲み







