LOGIN「さ、まずはこのスライムをすりつぶします!」
むんずとスライムをつかんだキーシャはすりこ木とすり鉢を用意してスライムをすりつぶし始めた。時折ぶちぶちと何かがちぎれる音がしたり、ぐじゅるぐじゅるとうごめく音がするが気にしないでおこう。 メルランスが煮溶かしておいた寒天らしきものにすりおろしたスライムを投入すると、青色の粘液がこぽりこぽりと鍋で煮えた。まるで魔女の釜だ。 しばらく煮てからバットに流し込み、氷室へと運ぶ。小一時間待って、ようやく完成だ。 「できましたー!」 じゃじゃーん!とバットを差し出すキーシャだったが、まだゼリーがうごめいているような気がする。スライムが死んでいないということはこれはこれでいいことなのだろうか。 「スライム自体に毒性はありませんから、食べても問題はないですよ!」 そこはさすがに魔法学生、モンスターにも詳しい。切り分けて、半分をもとの瓶に戻しておく。 「あの、賞味期限とかは……?」 「スライムが生きてる限り大丈夫です!」 冷や汗を流す南野の問いかけに、キーシャは快活に答えた。 残り半分のスライムゼリーを前にしていると、彼女は屈託なくそれを差し出してくる。 「せっかくですし、食べてみませんか?」 「え? 俺が?」 「ええ、さっきも聞きましたけど、異世界のゼリーとなにが違うのか感想を聞きたいです」 氷室で冷やしている間に南野の素性はあらかた話し終えた。作り手としてはわからないでもない心理だ。 「じゃあ、ちょっとだけ……」 スライムゼリーのひとかけらをつまみ、口に運ぶ。 次のリアクションまでは秒だった。 「おrrrrrrrrrrr」 南野は盛大に吐いた。吐き散らした。胃の中のものまですべて床に嘔吐する。 「大丈夫ですか!?」 「…………まっず…………」 蚊の鳴くような声でつぶやくと、キーシャは首をひねる。 「おっかしいなあ。ちゃんと作ったのに……あ、そうだ、お砂糖とか入れなかったからですかね?」 「……そういう、もんだいじゃ、ないとおもいます……」 えぐみと酸味と苦みと生臭さが絶妙なハーモニーを奏でて、これまで食べたものの中で一番のマズいものとなった。ここまでマズいものは食べたことがない。 「メルランスさんもいかがですか?」 「あ、あたしお腹減ってないから……」 微妙に目をそらすメルランス。話題を変えるようにしてキーシャに向き直る。 「と、とにかく! 一応スライムゼリーはできたから、条件はクリアね。まあ、魔法は使えるらしいからこいつよりは足手まといにならないでしょ。けど自分が探索初心者だってこと、忘れないでよね」 「はい! ありがとうございます!」 嬉しそうに頬を染めて微笑むキーシャ。可憐な笑みだが、なんとなく危ないにおいのする子だ。 しかし、南野の蒐集行にとっては心強い味方ができたと言えるだろう。 「これからよろしくお願いしますね!」 右手を差し出してくるキーシャに、ようやく胃が落ち着いてきた南野が握手で応じる。 「うん、よろしく、キーシャさん」 ……かくして、南野一行に新しい仲間が増えた。 これが良い方向に転ぶのか、悪い方向に転ぶのか、まだ誰も知らない。 しかし、これも『縁』だ。 キーシャの手のあたたかさとやわかさをたしかめるように、南野は改めてその手をにぎるのだった。「さ、まずはこのスライムをすりつぶします!」 むんずとスライムをつかんだキーシャはすりこ木とすり鉢を用意してスライムをすりつぶし始めた。時折ぶちぶちと何かがちぎれる音がしたり、ぐじゅるぐじゅるとうごめく音がするが気にしないでおこう。 メルランスが煮溶かしておいた寒天らしきものにすりおろしたスライムを投入すると、青色の粘液がこぽりこぽりと鍋で煮えた。まるで魔女の釜だ。 しばらく煮てからバットに流し込み、氷室へと運ぶ。小一時間待って、ようやく完成だ。「できましたー!」 じゃじゃーん!とバットを差し出すキーシャだったが、まだゼリーがうごめいているような気がする。スライムが死んでいないということはこれはこれでいいことなのだろうか。「スライム自体に毒性はありませんから、食べても問題はないですよ!」 そこはさすがに魔法学生、モンスターにも詳しい。切り分けて、半分をもとの瓶に戻しておく。「あの、賞味期限とかは……?」「スライムが生きてる限り大丈夫です!」 冷や汗を流す南野の問いかけに、キーシャは快活に答えた。 残り半分のスライムゼリーを前にしていると、彼女は屈託なくそれを差し出してくる。「せっかくですし、食べてみませんか?」「え? 俺が?」「ええ、さっきも聞きましたけど、異世界のゼリーとなにが違うのか感想を聞きたいです」 氷室で冷やしている間に南野の素性はあらかた話し終えた。作り手としてはわからないでもない心理だ。「じゃあ、ちょっとだけ……」 スライムゼリーのひとかけらをつまみ、口に運ぶ。 次のリアクションまでは秒だった。「おrrrrrrrrrrr」 南野は盛大に吐いた。吐き散らした。胃の中のものまですべて床に嘔吐する。「大丈夫ですか!?」「…………まっず…………」 蚊の鳴くような声でつぶやくと、キーシャは首をひねる。「おっかしいなあ。ちゃんと作ったのに……あ、そうだ、お砂糖とか入れなかったからですかね?」「……そういう、もんだいじゃ、ないとおもいます……」 えぐみと酸味と苦みと生臭さが絶妙なハーモニーを奏でて、これまで食べたものの中で一番のマズいものとなった。ここまでマズいものは食べたことがない。「メルランスさんもいかがですか?」「あ、あたしお腹減ってないから……」 微妙に目をそらすメルランス。話題を変えるようにしてキ
「いいじゃないですかメルランスさん、手伝ってもらいましょうよ」「……探索の経験は?」 対してメルランスは渋い顔だ。キーシャは言葉に詰まったように黙ってから、ぽつりとこぼした。「……ないです」「足手まといがふたりに増えるってこと? 冗談じゃない」「メルランスさん……!」「いくら魔法が使えても、ダンジョンで役に立たないんじゃ話にならない。ただでさえこいつで手一杯なのに、ふたりになってどうすんの?」「うう……! けど! 私がんばりますから!」「がんばりでなんとかなるほど、ダンジョンは甘くないよ」 一人前の冒険者が言うと重みが違う。キーシャはしゅんとして肩を落とした。「わかったらさっさと学校に帰りな」「…………」 しかしキーシャは動かない。わなわなと拳を震わせ、メルランスにぐっと詰め寄る。「私には魔法やモンスターの知識があります! きっとお役に立てるはずです! 足手まといだと思ったらすぐに放り出してもらっても構いません!」「まあ、それは強みだけど……」「ほら、メルランスさん、そこまで言うんだからちょっとくらい……」「あんたは黙ってて」 ぴしゃりと言われて南野は慌てて口を閉じた。「魔法生物についての知識があるって言ったね?」「はい!」 問いかけたメルランスが少し意地悪そうな顔をする。それからスライムの入った瓶を掲げ、キーシャに笑いかけた。「こいつをゼリーにしたいの。食べられるやつ。できるんなら、考えてあげてもいいよ」「これを、ゼリーに……? スライムですよね、これ?」「そうだけど?」 どうせできやしない、と高をくくっているのか、メルランスはどこまでも意地悪だ。しかしキーシャは腕まくりをし、スライムの瓶を手に取った。「やってみます……!」「は? え、ちょっと、あんた、できるの……?」「やるだけやってみます!」 どうやら情熱は本物らしい。しかし情熱とできるできないは別物だ。魔法学を学んだ魔法使いの卵、お手並み拝見と行こうか。 シンクを明け渡したメルランスの前で、キーシャは首をひねった。「うーん、普通のスライムですけど……ゼリー……食べられるやつ……」 さすがの魔法学生もモンスターを調理するのは初めてのことなのだろう、悩んでいる。「そうだ! まずは瓶ごと温めてみましょう!」「殺してヘドロにしたら許さないからね」「
「あの、水場で顔を洗ってもいいですかね?」「好きにしなよ。ダンジョンの水はたいていきれいだから大丈夫」 返事をもらえて、南野はスーツのジャケットを脱いでシャツの袖をまくった。水に腕をつけるとひんやりと冷気が伝わってくる。 冷たい水で顔を洗い、少し気分がしゃっきりした。喉が渇いたので水を飲みたい。獅子のレリーフから流れ落ちる水に手を差し伸べた、そのときだった。 ぼちゃん、と手の中に何かぶよぶよした透明なものが落ちてくる。いくらきれいだからといってもダンジョンの水だ、不純物が混じっているのかもしれない。少し顔をしかめて不純物を捨てようとする。 すると、ぶよぶよしたものは水を蹴立てて跳ね、勝手に南野の顔に張り付いた。「ぶばっ!?」 悲鳴を上げてしりもちをつく。半液状のものが張り付いて息ができない。ばたばたと暴れているとメルランスがようやく南野の異常に気付いた。「うげっ、なにやってんの!?」「ぶばばばばばば!!」「スライムじゃん……まさか水場に潜んでるとはね」 彼女は冷静に印を切り、呪文を唱えた。「『第二十八楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護の元、小人のたいまつに明かりをともす旋律を解き放て』」 顔ごと焼き尽くされると思っていたが、メルランスが発現させた魔法は小さな火種の魔法だった。その火種を南野の顔に使づけると、スライムはべちゃりと床に落ちる。「スライムは火を嫌う。ほら、赤くなってきた。これは攻撃色だよ」 言った通り、スライムは透明な色からほんのりと赤く色づいている。ぐちゃぐちゃとうごめきながら広がり、こちらの様子をうかがっているようだった。「さっさと済ませよ。生け捕りにしなきゃいけないからね、瓶の準備しといて」 まだ驚きの抜けない南野はこくこくとうなずいて指示に従い、リュックから大きな瓶を取り出してふたを開けた。「こういうとき、凍結の魔法が使えればいいんだけど……」 どうやらメルランスにも使えない魔法があるらしい。しかも軟体なので剣も聞かないという。どうやって生け捕りにするのか。 彼女は簡単な印を切ってまた魔法を使った。「『第百十五楽章の音色よ。創生神ファルマントの加護のもと、幼子に福音を与える旋律を解き放て』」 ぽわ、と紫色の光がともり、スライムに向かって一直線にぶつかる。すると、スライムはもぞもぞと動いたかと思うと、
時折罠を感知したメルランスに歩き方を指示されたりしながら、特に強力なモンスターにも出会わず第二階層へと続く階段を降りることになった。 相変わらず石造りの厳めしい廊下を歩きながら、ふたりは黙って辺りを警戒する。「この辺りからだね、スライムが出そうなのは。水場に近づけば出てくるでしょ」「水場?」「スライムは95%が水分でできてるからね、水を好むってわけ」「ああ、そういう……」 きゅうりみたいなものだな、とのんきなことを考えながら、南野はメルランスに続いて角を曲がった。 その先で、ぷぎぃ!と何かの鳴き声がする。ぼろきれをまとって刃こぼれした斧を持った、豚に似た二足歩行の生き物。前にも見たオークだった。今回は三体いる。「三体か……仲間を呼ばれると厄介だから、ここでケリをつけるよ」 斧を構えて臨戦態勢のオークたちを前に、メルランスは素早く印を切って口早に呪文を唱えた。「『第百二十五章の音色よ! 創生神ファルマントの加護の元、空を切る透明な刃の旋律を解き放て!』」 短剣を振り下ろすと、ぶぅん、と音がして、風がないはずのダンジョン内に強い風が吹いた。厚みのある風は見えないカマイタチとなってオークたちに襲いかかり、その緑色の皮膚を浅く切り裂く。 ぷぎぃ!と悲鳴を上げてひるむオークたちの中に飛び込んで、メルランスは短剣を振るう。一匹の頸動脈を切り裂くと、紫色の血しぶきが上がった。 残った一匹が振るった斧は鈍重な一撃だった。短剣でそれをいなすと、回し蹴りでそのずんぐりむっくりしたからだを吹き飛ばす。吹っ飛ばされたオークは壁に叩きつけられた。 最後の一匹が飛びかかってくる。このオークという生き物、素早さはあまりないらしく、子供の喧嘩のような勢いだ。 メルランスはそれを簡単にかわすと、すり抜けざまに心臓に短剣を突き立てる。ブーツの底でからだを蹴り飛ばすと短剣が抜け、オークは血を吹きながら転がった。 壁にたたきつけた一匹はまだ床でもがいている。その背中に容赦なく刃を突き立てると、最後の一匹も動かなくなった。「……ふう。こんなもんかな」 ところどころ紫色の血にまみれながら、メルランスは額の汗をぬぐった。「……よく躊躇なくやれますね」 対して、南野はなんとか吐き気をこらえていた。 モンスターとはいえ、目の前で生き物が血を吹き出しながらあっけなく殺され
スライム。 RPGのモンスターと言われて誰もが最初に思い浮かべるであろうモンスターだ。レベル1でも倒せる程度の弱さで、特に魔法など使わないザコキャラ。「今回は楽に行けそうですね」 いつか来た西のダンジョンに再び訪れて、南野は気楽そうに言った。 対して、メルランスは苦い顔だ。お説教をするような口調で、「あんた、スライム舐めてない?」「え? だってあの、青くてきょろっとした目のかわいらしい最弱モンスターですよね?」 有名なRPGのビジュアルを思い浮かべて、南野はきょとんとした。大きくため息をこぼすメルランス。「そりゃあ、低層階に出るなんてことないモンスターだけどね。割と厄介な相手だよ? 半液状で物理攻撃はほとんど効かない。分裂していくらでも再生するし、残らず魔法で焼き尽くさなきゃならない」「けど、そんなに害はないんじゃ……」「まさか。近づく熱源に反応して奇襲してくる。どこからともなく降ってきて、べっちゃり張り付いて、溶解液を出して獲物を溶かして吸収する。あれは結構貪欲なモンスターだよ」 思っている以上に難敵らしい。某RPGの最初の敵のアイツは脳内から除外しなければならない。それにしても、溶解液とはまた凶悪な。「ともかく、低階層とはいえダンジョンはダンジョン、気を引き締めていかなきゃ」 言ってから、メルランスは印を切り呪文を唱えて明かりを生み出した。明かりを先行させて石造りの古びた遺跡に踏み入る。 そのあとをおっかなびっくりついて歩きながら、南野の問いかける声が反響した。「あの……スライムって、食べられるんですか?」 今回のターゲットは『スライムゼリー』とあった。『スライムを原料としたゼリーで、滋養強壮の効果がある』とだけ書いてあった。 いまいちモンスターを食べるという行為にピンとこないのだが、生き物である以上食べられないことはないのだろう。毒があるかないかはわからないが。「さあね、実際に料理してみないとわかんないよ」 床や壁をこつこつと短剣で叩きながら、メルランスは慎重に進んだ。「うん、新しい鎧もいい感じ。今日は魔力の巡りもいいし、上々」「それはなによりです」「前みたいに急に飛び出したりしないでよ?」「うっ……気を付けます」 前回のダンジョン探索で怪我をさせてしまった負い目から、つい小声になってしまう。メルランスは意に
夜も更けて、酒場がすっかり冒険者たちでにぎわう中、今日の買い物の品をずらりとテーブルに広げる。「まあまあの値段でいいものが手に入ったかな。あんたの服もあたしの鎧も明日までかかるから、明日はお休みってことでいい?」「ええ、構いませんよ。俺もこっちに来てからずっと動きっぱなしで休日が欲しかったところですから」「体力ないなあ……」「面目ない……」 しゅんとする南野を前に、メルランスが『聞き耳頭巾』を手に取ってみる。「これ、ホントにひとのこころの声まで聞こえるのかな?」「本物だったら、ですけどね」「よーし、試してみよう!」 三杯開けたエールの勢いなのか、彼女は勇ましく言って頭巾をかぶろうとした。慌てて止める。「ダメですよ!!」「えー、なんで?」「コレクションは基本新品未開封こそが至高なんですから! 中古だと価値が下がります!」「この蒐集狂……どっちにしろ、砂漠のダンジョンに落ちてたやつでしょ? どうせ誰かもう使ってるよ」「それでも可能な限り現状維持をですね……!」「本物かどうか確かめなきゃらちが明かないでしょうが!」「けど……あっ、ああああああ!!」 南野の言葉を振り切って、すっぽりと頭巾をかぶってしまうメルランス。かわいい赤ずきんは彼女によく似合っていた。ひょこり、飾りの耳が揺れる。「どれどれ……?」 わくわくと耳を澄ませる彼女に、早速南野のこころの声が届いた。『洗濯板』「はあああああああ!?!?」「えっ、なんですか!? なにか聞こえたんですか?」『ド貧乳、詐欺レーズンパン、平ら胸、大平原、銭ゲバ、悪徳高利貸し、守銭奴、毒舌、性悪、根性ねじ曲がってる、ガサツで色気なし』「なんだとおおおおおおおおお!?!?」「ちょっ! やめてくださ……ぐふっ!」 南野の胸倉をつかみ上げてがくがく揺さぶるメルランス。顔を真っ赤にして怒っているメルランスに対して、南野の顔色は青紫色だ。 しかし、すべてはこころの声だ。実際面と向かって言われたわけではないが、そこまでクソミソな感想を抱いているとわかれば首も絞めたくなる。「悪かったな!! けどそこまで言うことなくない!?!?」「……なにも……いってまひぇん……」 首を締め上げられて南野は虫の息だ。周りの冒険者たちは痴話げんかかなにかと思って遠巻きに笑って見ているだけだ。 ……いや、聞