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危篤の母より元カノ?最低男を捨て宿敵の妻へ
危篤の母より元カノ?最低男を捨て宿敵の妻へ
Author: 風太

第1話

Author: 風太
霜月咲希(しもつき さき)は海鳴市で最も影響力のある秘書として知られ、並みいる経営者たちも彼女の前では頭を垂れる。

なぜなら、九条グループのトップである九条泰誠(くじょう たいせい)が、毎年咲希に惜しげもなく十億単位の投資をし、ついにはプロポーズまでしたからだ。

しかし、咲希にとってかけがえのない母親・霜月杏(しもつき あん)の容態が急変し、病院から危篤を告げられたその日に、泰誠は派手なパーティーを主催した。

会場では音楽が鳴り響き、まるで祭りのような賑わいだった。

「泰誠さん、本気出しすぎだろ!子どもの頃を思い出して紙飛行機大会をやっただけなのに、玲奈ちゃんが勝ったからって、そこまで祝うか?高級ワインに海岸の打ち上げ花火、有名バンドまで呼んで、おまけにプライベートジェットまで贈ったなんて!」

「そんな景気のいい話があるなら、俺も一日中、一番飛ぶ紙飛行機の折り方を研究してたのに!」

「お前が何をしたって無駄さ。あの仕事中毒の泰誠さんが、普段は食事の時間すら惜しんでるのに、1週間も時間を割いてまで紙飛行機を折り続けたんだからな。千個の中から一番よく飛ぶものを選んで玲奈ちゃんに贈って優勝させて……

ただの余興で参加したんじゃない、玲奈ちゃんを喜ばせるために本気でプレゼントを用意してたんだよ」

「さすが初恋の人だな。5年間も連絡が途絶えてたのに、帰国した途端、この扱いだ」

一人が声を上げた。「泰誠さん、俺も初恋の人になりたいよ!」

会場の中心にいた男は厳しい表情を崩さなかったが、隣の女性に話しかけられると、その目にはほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。

急いでパーティー会場へ駆けつけた咲希は、その光景を目の当たりにして足が止まった。耳に当てた電話口の声に返事をすることさえ忘れて、ただ立ち尽くすことしかできなかった。

「お姉ちゃん!泰誠さんに一体何があったの?病院まで運転手が迎えに来て、そのまま連れて行かれるなんて……もしもし?お姉ちゃん、早く帰ってきて。お母さんが……もう長くないのよ」

我に返った咲希は、痛いほど強く拳を握り締めると、声を震わせながら「今すぐ行く」と告げた。

そんな咲希に気づいた泰誠が、大股で歩み寄ってきた。

何も持っていない彼女を見て、泰誠は眉間にしわを寄せた。「玲奈のドレスはどうした?大きく裂けてしまって、君が持ってくる予定の特注のドレスを待っているんだ……今のままじゃ玲奈は踊れない」

「踊れない」その一言が、鋭いナイフのように咲希の胸を突き刺し、声が出なくなるほどの痛みを走らせた。

自分の母の命が消えかかっているというのに、この男は別の女が踊れないことを気にしているのか?

おそらく事前に、泰誠からメッセージか、あるいは運転手経由で伝言があったのだろう。だが、咲希は母の命が危ないという知らせに頭が真っ白になり、全く受け入れていなかった。

咲希が無言でいると、泰誠は冷たい声で責めた。「咲希、最近は一体どうしたんだ?いつもどこか上の空じゃないか?」

咲希は力を振り絞った。「お母さんが……」そう言いかけたが、続きの「もう長くない」という言葉が喉の奥で詰まり、どうしても吐き出せなかった。

だって、以前にも何度も言ったはずだったから。

1週間前、杏が脳梗塞で倒れた。

それからの7日間、咲希は何度も泰誠に頼み込み、第一線の脳神経外科医を紹介してほしいと伝えていた。

泰誠はそのたびに承諾していたが、話が全く進む気配はなかった。

連日の忙しさを見て、てっきり大きな仕事に追われているのだと信じ、頭を抱えるほど焦りながら、それでも健気に待っていたというのに。

泰誠は会社で別の女と紙飛行機遊びをしていたというのか?

千個も折る時間があるなら、少しでも医師探しに協力してくれていたら、母は死ななくて済んだのではなかったのか?

咲希の虚ろな眼差しを見た泰誠は、冷静に言った。「何かあったのか?知っての通り、俺は物忘れがひどいんだ。大事なことは何度も言ってもらわないと忘れてしまう」

「忘れ……た?」咲希は声を張り上げた。「お母さんが死にそうなの!私の大切な家族がいなくなるのよ!」

「泰誠!ドレス、持ってきてくれた?」一ノ瀬玲奈(いちのせ れいな)が、ほころびかけた服を抱えて小走りでやってきた。

「特注品は間に合わなかった。すぐに代わりの手配をするよ」咲希の言葉を遮るように、泰誠は無意識に振り向いて答えた。

そして彼は部下に電話をかけ始めた。

「すぐにダンス用のロングドレスを届けてくれ。色はカナリアイエロー、柄なし、サイズはS、身長165センチに合うものを……」

用件を済ませると、泰誠は再び咲希に向き直り、何かを思い出すように聞いた。「何の話をしていたっけ?」

咲希が抱えていた絶望、怒り、そして悲しみ。そのすべてが、あまりに残酷な一言に胸の奥で塞き止められた。

泰誠には、記憶障害がある。そうだ、そうなのだ。

自分の母が病気であることも、何度も約束した「忘れない」という言葉も、医師を紹介するということも、どれも彼は覚えていなかった。

けれど、5年も会っていないはずの玲奈のことはすべて記憶している。玲奈の負けず嫌いなところや、ちょっとした遊びでも一番を取りたがるところ。どんなご褒美が好きで、どれほど派手なことを好むかさえも。

咲希は唇を噛み締め、口の中に血の味が広がるのを感じた。「いいえ、もういいわ」

彼女は震える体を引きずり、壁を伝いながらその場を去った。

泰誠は金銭的には自分に惜しみがなかったから、てっきりそれが愛だと思い込んでいた。

今やっと分かったのだ。この男のような富裕層にとって、何より貴重なのは時間、最も惜しくないのは金なのだと。

病院へ戻る車の中で、咲希は5年前に亡くなった泰誠の母親・九条洋子(くじょう ようこ)のことを思い出していた。

あの頃は、泰誠にとってどん底の時期だった。

父親の九条光生(くじょう こうき)が病に伏し、会社では技術が盗まれ、敵対勢力に市場を食い荒らされる中、当時の恋人であった玲奈には「構ってくれない」と責められ、別れを告げられた。彼女はその後あっさりと海外へ行き、歌手の男と付き合い始めたのだ。

泰誠を支え続けたのは、秘書として隣にいた咲希だった。

本当なら、咲希こそ泰誠のもとを去るべきだったかもしれない。

かつての事故で泰誠をかばって大怪我を負い、集中治療室に三度も運び込まれて、ようやく命を取り留め、泰誠から半年の休職を与えられていたのだから。

けれど、主治医に止められていたにもかかわらず、わずか1週間でギプスを巻いたまま会社に戻り、仕事に復帰した。

咲希は泰誠のそばで会社と家族の両方を支え、日に日に衰弱して死へ向かう光生を見守る苦しみに寄り添い、かけがえのない家族の最期を共に見届けた。

胸を引き裂かれるような不安を一番深く理解しているはずの泰誠が、今、自分の苦境にはそこにいない。

咲希の瞳から、涙が静かにこぼれ落ち、やがて押し殺したような嗚咽に変わった。

泰誠のそばで、8年も時間を費やしてきた。

最初の3年間は休む間もなく働き続け、直属の秘書に昇進した。

4年目に泰誠をどん底から救い出し、恋人の座を得た。

そして8年目にプロポーズされ、人目を忍ぶ関係から、公に認められた恋人になった。

ずっと遠くから泰誠を見つめるだけだった片思いから、ようやく隣へ歩めたというのに……すべてを手に入れたようでいて、結局は何ひとつ手にしていなかったのかもしれない。

その時、スマホが鳴った。知らない番号から画像が送られてきた。

1ヶ月前に玲奈がネットで自慢していた、他の歌手とのプロポーズ写真だった。

何の意味があるのかと思いつつ投稿日を見て、咲希は体が凍りついた。

泰誠が自分にプロポーズをした日と全く同じ日だったのだ。彼が自分に指輪を渡したのは、玲奈のあのプロポーズ写真から3時間後だった。

4年にわたる秘密の関係。疲労困憊で眠る自分を夜10時に起こして行ったあの慌ただしいホテルでのプロポーズ、適当な装飾、サイズが合っていなかった指輪……

すべての答えがそこにあった。

関係を公表しなかったのは、玲奈が戻ってくるのを待っていたから。

自分を婚約者にしたのは、もう玲奈とは無理だと諦めたからだ。

自分はただの、本命を逃した代わりの「当て馬」に過ぎなかったのだ。

泰誠は最初から、自分に真心などなかったからこそ、自分の母の病もどうでもよく、記憶にも留まらないのだ。

自分が愛だと思い込んでいたもののせいで、母の治療を遅らせてしまったのだ……

胸の奥から突き上げるような激痛が止まらなかった。

病院に着いて車を降りる時、ふらついて立っていられなくなった咲希を気品のある女性が支えてくれた。

咲希はぼんやりと見て、相手が泰誠の宿敵である御堂弦(みどう げん)の母親・御堂裕美子(みどう ゆみこ)だと気づいた。

裕美子は、じっと咲希を見つめ、ひどく満足そうな表情を浮かべた。

「咲希さん。私の方で、脳疾患の第一線で活躍する専門医たちを集めて、あなたのお母さんの治療方針を立てさせたわ。お母さんはまだ救えるわ。

ただ条件が……半身不随になってしまったうちの息子の妻になってもらうことよ」

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