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第384話

Author: 青山米子
「大きくなったら、兄弟みたいに、姉妹みたいに仲良くなるのよ。もし男の子と女の子だったら……幼馴染として育って、将来恋に落ちたりしたら、最高じゃない!」

千陽はうっとりと、これからの育児生活に思いを馳せ始めた。

その言葉はあまりに具体的で、一葉の心にも思わず未来への憧れを芽生えさせた。

人の考えというものは、本当に年齢と共に変わっていくものだ。若い頃の一葉は、結婚は愛する人とするものだと信じて疑わなかった。

けれど今の彼女は、生活のために、誰かとパートナーシップを組むことを考えている。

もしどうしても良い相手が見つからなければ、体外受精という選択肢だってある、とさえ思う。

かつて命よりも大事だと思っていた愛情が、今の自分にとっては、もはやそれほど重要なものではなくなっていた。

もっとも、千陽は自分とは正反対のようだ。

自分はかつて一途だったが、今は割り切って、相手の質さえ良ければ誰でもいいと考えるようになった。

彼女は昔こそ遊び人だったが、今は真実の愛に目覚めたらしい。

あれほど数々の恋愛を経験し、恋に傷心することなどなかった彼女が、今ではすっかり恋の沼にハマって、抜け出せないでいる。

休暇で数日会えないだけで寂しがっては、毎日ビデオ通話をしているのだ。

画面越しに見せてもらったその博士の彼は、いかにも温和で育ちの良さそうな、優しげな男性だった。

細やかな気遣いのできる、心優しい人なのだろう。

結婚相手としては申し分ない。

あっという間に十日が過ぎたが、まだ理想の相手は見つからない。もうこれ以上時間をかけるなら、いっそのこと体外受精に踏み切ろうか、と一葉が考え始めていた矢先のことだった。

どこから聞きつけたのか、染谷源が一葉が結婚相手を探していることを知っていた。

その日、二人は仕事の提携について話し合っていた。

契約書の細かな条項をすべて確認し終えた後、ふいに、源が一葉をじっと見つめ、真剣な口調で切り出した。「一葉さん。俺じゃ……ダメかな」

一葉は一瞬、言葉を失ったが、すぐに笑顔を取り繕って応じた。「源さんは、すごく素敵な方だと思っています」

以前、源からの告白を断りはしたが、その後も二人の良好なビジネスパートナーとしての関係は続いている。彼が本当に良い人間であることは、一葉もよく分かっていた。

「だったら、なんで結婚して子
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