Share

第7話

Author: 七瀬秋
柊真は自分の席に座り、何の通知もないスマホの画面をぼんやり見つめていた。

これ以上LINEを送ったらブロックすると結月に言われてから、すでに2日が経っている。

まだ怒っているだけだと思っていた。

気が済めば、きっと結月のほうから連絡してくる。

これまでも、何度もそうだった。

どれほど腹を立てても、2日もしないうちに、何事もなかったように笑いかけてきた。

けれど今回は、これまでにない焦りが消えなかった。

あの日、個室で自分を見つめていた結月の目が、頭から離れない。

笑ってもいなければ、怒っても、責めてもいなかった。

自分とは何の関係もない他人を見る目だった。

以前なら、怒って、泣いて、感情をぶつけてきた。

「もう私のこと、好きじゃないの?」

そう何度も聞かれるたび、正直、面倒だと思うこともあった。

それでも内心では、少しうれしかった。

それだけ結月が自分を好きだということだから。

何をしても、結月は離れていかない。

いつの間にか、そう思い込んでいた。

その気持ちに甘え、最後には必ず許してもらえると思っていた。

陽葵に何かあれば、結月との予定を後回しにし
Continue to read this book for free
Scan code to download App
Locked Chapter

Latest chapter

  • 台風の日、女同僚を送った彼と別れると決めた   第9話

    同僚は呆れたようにため息をついた。「私に聞かれても困ります。ご自分で考えたらどうですか」そのまま苛立ちを隠さず続ける。「私が知ってるのは、結月が彼氏の迎えをずっと待っていたのに、いつまで経っても来なくて、会社に取り残されたことだけです。オフィスの窓ガラスまで割れて、休憩室に逃げ込んで、1人で朝まで耐えたんですよ。あの夜、どれだけ怖かったと思います?その頃、鷺坂さんは何をしてたんですか?」柊真は首を横に振った。「そんなはずない……結月が会社にいたって、どういうことですか。俺はちゃんとLINEを送った」震える手でスマホを開き、結月とのトーク履歴を遡った。やがて、台風の日に送ったはずのメッセージが見つかった。【結月、急に用事ができた。タクシーで帰って。気をつけてな】そのメッセージの横には、未送信を示すマークが残っていた。柊真の指が止まる。メッセージは、結月に届いていなかった。何も知らない結月は、会社で自分が迎えに来るのを待ち続けていたのだ。それなのに、柊真は最後まで迎えに行かなかった。足元がふらつき、顔からさっと血の気が引いた。翌朝、家へ戻ったとき、リビングの窓が割れていないことを不思議に思った。あの電話で結月が言っていたのは、自宅ではなく会社の窓ガラスだったのだ。柊真はうつむき、喉の奥から押し殺したうめき声を漏らした。同僚は最後まで冷たい口調を崩さなかった。「結月は今、休みを取ってご両親と過ごしてます。Instagramも見ましたけど、隣にいた男性のほうが結月には合ってると思いますよ。もう、邪魔しないであげてください」柊真は信じられないように顔を上げた。すぐに、その男性が食事の個室にいた男だと気づく。慌てて結月のInstagramを開こうとした。けれど、プロフィールは表示されない。そこで初めて、自分がブロックされていることに気づいた。胸が詰まり、しばらく画面から目を離せなかった。結月を本当に失ったのだと、ようやくわかった。……柊真が私を見つけたとき、私は父と母の写真を撮っていた。惟人はそばに立ち、私のコートとバッグを持ってくれていた。柊真はその手元を見つめ、わずかに表情を曇らせた。以前なら、私の荷物を持つのは柊真だった。少しだけ時間をくれな

  • 台風の日、女同僚を送った彼と別れると決めた   第8話

    その場にいた同僚たちも、そろって目を丸くした。柊真が陽葵の頼みを断った。そんなことがあるとは、誰も思っていなかったのだろう。みんなの前で拒まれ、陽葵の頬がみるみる赤くなった。目にはうっすらと涙が浮かび、声にもかすかな鼻声が混じった。「どうしてですか?今日は車で来てますよね……」柊真が振り返り、冷ややかな目を向ける。その視線に、陽葵は思わず息をのんだ。「彼女を迎えに行くんだ。送ってる暇なんてない」苛立ちを隠そうともせず、柊真は言い切った。すると、周囲の同僚たちは一斉に仕事の手を止めた。向かいの席にいた同僚が少しためらったあと、好奇心に負けたように口を開く。「あの、鷺坂さん。前はいつも、『結月さんはしっかりしてるし、1人で帰れるから迎えなんて必要ない』って言ってませんでした?」柊真は目を瞬かせた。「俺、そんなこと言ってたか?」周りの同僚たちが、そろってうなずく。そこへ、1人の女性社員が何かを思い出したように続けた。「去年の結月さんの誕生日も、最初は『いい店を予約した』って話してましたよね。でも結局……」意味ありげな視線が、陽葵へ向けられる。「午後になって星名さんが高熱を出して、鷺坂さんが病院まで連れていくことになった。私たちが『彼女との約束は?』って聞いたら、『食事なら明日でもいい。結月ならわかってくれる』って」女性社員は口元だけで笑った。「そのとき、鷺坂さんの彼女って、本当に理解があるんだなって思いました。私なら、そんな彼氏は絶対に嫌ですけど」言葉の棘には、誰もが気づいた。陽葵は居心地悪そうに顔をこわばらせ、すぐに言い返す。「でも、同じチームなんですから、困ったときに助け合うのは普通ですよね?ね、柊真さん?」陽葵は縋るように柊真を見た。けれど、柊真は何も言い返せなかった。周りはとっくに気づいていた。自分だけが、見ようとしてこなかったのだ。もう仕事を続ける気にはなれなかった。柊真は早退を申し出ると、そのまま車で結月の勤務先へ向かった。運転しながらこれまでを思い返し、結月を迎えに行かなくなってから、すでに2年以上経っていることに気づく。3年前、車を買ったばかりの頃は、得意げに約束した。「結月、これからは雨の日も風の強い日も心配しなくていい。俺

  • 台風の日、女同僚を送った彼と別れると決めた   第7話

    柊真は自分の席に座り、何の通知もないスマホの画面をぼんやり見つめていた。これ以上LINEを送ったらブロックすると結月に言われてから、すでに2日が経っている。まだ怒っているだけだと思っていた。気が済めば、きっと結月のほうから連絡してくる。これまでも、何度もそうだった。どれほど腹を立てても、2日もしないうちに、何事もなかったように笑いかけてきた。けれど今回は、これまでにない焦りが消えなかった。あの日、個室で自分を見つめていた結月の目が、頭から離れない。笑ってもいなければ、怒っても、責めてもいなかった。自分とは何の関係もない他人を見る目だった。以前なら、怒って、泣いて、感情をぶつけてきた。「もう私のこと、好きじゃないの?」そう何度も聞かれるたび、正直、面倒だと思うこともあった。それでも内心では、少しうれしかった。それだけ結月が自分を好きだということだから。何をしても、結月は離れていかない。いつの間にか、そう思い込んでいた。その気持ちに甘え、最後には必ず許してもらえると思っていた。陽葵に何かあれば、結月との予定を後回しにして駆けつけた。陽葵が落ち込んで仕事に支障が出れば、同じチームの自分まで困る。そう言い訳していた。それだけではない感情があることにも、薄々気づいていた。けれど、考えないようにしていた。結月なら、少し機嫌を取れば大丈夫だ。ケーキを買って、ミルクティーを渡して、やさしい言葉をいくつか並べればいい。そうすれば、また許してくれた。7年も続いた関係が、こんなことで壊れるはずがない。7年。その言葉が頭に浮かび、柊真はふと動きを止めた。そうだ。自分たちは、付き合って7年になる。結月は毎年、記念日を楽しみにしていた。記念日をきちんとやり直せば、今回も許してくれる。そう考えると少し気持ちが軽くなり、慌ててスマホのカレンダーを開いた。日付を確認した瞬間、息が止まった。椅子に座ったまま、指一本動かせなくなった。顔色がよほど悪かったのか、向かいに座る同僚が不思議そうにのぞき込んできた。「鷺坂さん、どうしたんすか。顔色、相当やばいですよ。何かあったんですか?」柊真は答えなかった。画面に表示された日付を見つめたまま、血の気が引いてい

  • 台風の日、女同僚を送った彼と別れると決めた   第6話

    惟人と別れたあと、私は両親とホテルへ戻った。その夜、柊真からのLINEは途切れることがなかった。電話には出ないとわかっているのか、ひたすらメッセージを送り続けてくる。【陽葵のために説明してくれって頼んだこと、そんなに腹が立ったのか?結月がそこまで気にするとは思わなかった。投稿はもう消させた。それとも、打ち上げのこと?あれは部署のみんなで決めたんだ。嫌だったなら、今後ああいう集まりには参加しない。怒ってもいい。殴っても、怒鳴ってもいい。でも、別れるなんて言わないでくれないか。今までだって……どれだけ怒っても、別れるとは言わなかっただろ】そうだ。あの頃は、この関係を手放せなかった。私にきちんとしたものを食べさせたいと、手をやけどしながら料理を覚えてくれた柊真を、忘れられなかった。体調を崩して落ち込んでいると、どうにか笑わせようと、あれこれ考えてくれた柊真が好きだった。何気なく「あれが食べたい」と口にすれば、何軒も店を回って買ってきて、背中に隠しながら「何だと思う?」と笑っていた。私が手放せなかったのは、まっすぐで、誠実だった頃の柊真だ。けれど、社会人になって陽葵と出会ってから、柊真は少しずつ変わっていった。私が好きだった、あの頃の柊真の面影は、もう残っていなかった。空が白み始めた頃、目が覚めた。スマホを見ると、通知はすでに99件を超えている。トーク画面を開いたあとも、新しいメッセージが次々と届いた。小さく息を吐き、最後に一通だけ返す。【もう送らないで。決めたことだから。これ以上続けるならブロックする】ようやく通知が止まった。すぐに既読がついた。返信が来るかと何度か画面を見たが、結局、何も届かなかった。大きく伸びをして、窓辺へ向かう。カーテンを開けると、嵐が過ぎ去った空はきれいに晴れていた。会社には数日休みをもらっている。せっかく両親が凪浜市まで来てくれたのだから、ゆっくり街を案内するつもりだった。その話を知った惟人から、よければ自分も一緒に回りたいと連絡が来た。小さな会社を経営していて、時間の融通は利くらしい。少し考えた末、【お願い】と返した。惟人も一緒なら、両親もきっと喜ぶ。柊真のことで、いつまでも気を揉まずに済むはずだ。返事を送ると、すぐに

  • 台風の日、女同僚を送った彼と別れると決めた   第5話

    個室には父と母、それから柊真の知らない若い男が座っていた。その男――蓮見惟人(はすみ ゆいと)は私の隣にいて、柊真が入ってきたとき、ちょうど料理を取り分けてくれていた。向かいに座る母が、父に笑いかける。「惟人くんは昔から変わらないわね。本当に気が利くんだから。結月は辛いものが苦手だって1度話しただけなのに、辛くない料理をちゃんと選んで、取り分けてくれてる」父も嬉しそうにうなずいた。柊真が抱えていた紙袋が、どさりと床に落ちる。両親と私を見回し、口を開いたものの、うまく言葉が出てこないようだった。「あの……結月、これは……どういうこと?」そこで初めて、皆の視線が柊真へ向いた。母はすっと笑みを引っ込め、何も言わない。父も冷めた目で1度見ただけだった。両親が柊真を快く思っていないのも無理はない。2年前、父と母は柊真に会ってみたいと言った。その頃には、私たちは付き合って4年以上になっていた。柊真も最初は快く応じ、両親は凪浜市までの航空券を取った。ところが直前になって、急に都合が悪くなって会えないと言い出した。理由を聞かなくても、誰のためなのかはわかっていた。それでも当時の私は、まだこの関係を大切にしたかった。両親には、私の都合が悪くなったとだけ伝えた。けれど、それが1度、2度、3度と続いた。3度も続けば、さすがに両親も原因に気づいていた。柊真が3度目の約束を破ったとき、母から電話がかかってきた。「結月、そこまで柊真くんのことが好きなの?お母さんもいろいろ経験してきたからわかるけど、本当に大切に思ってくれる人なら、何度も結月を困らせるようなことはしないよ」それでも私は、ここまで続けた関係を諦めきれなかった。昔の柊真の優しさにしがみつき、もう少しだけ信じようとしていた。けれど今は、その気持ちも残っていない。沈黙に耐えきれなくなったのか、柊真は納得できないという顔で私を見た。「結月、遅れたことは悪かったよ。でも、だからって知らない男を呼んで、ご両親との食事に同席させることないだろ」箸を強く置いた。乾いた音が、個室に響く。「私の友人よ。失礼な言い方はやめて」冷たく見返し、そのまま続けた。「それに柊真、私たちはもう別れたの。私が誰と何をしようと、あなたには関係

  • 台風の日、女同僚を送った彼と別れると決めた   第4話

    柊真は入口から目を離さないまま答えた。「言い忘れてたけど、陽葵が担当してたプロジェクトが無事に成功したんだ。上司からも昇進の話が出てるらしい」「じゃあ、これは陽葵のためのお祝いってこと?」柊真は入口ばかり気にしていて、私の声がいつもより低いことにも気づかなかった。「そうだよ。前に、同僚の集まりに自分だけ呼ばれないって言ってただろ?だから今回は結月も誘ったんだ」「柊真、今日が何の日か覚えてる?」柊真は、何を聞かれているのかわからないという顔でこちらを見た。私は小さく笑って、うなずいた。「柊真、別れよう」その瞬間、再び扉が開いた。パンッ!「陽葵、プロジェクト成功おめでとう!」パーティーポッパーの音と歓声に、私の声はかき消された。柊真はもう陽葵のもとへ駆け寄り、片腕で抱き寄せている。もう、笑うしかなかった。そのまま背を向け、個室をあとにした。スマホを開くと、30分ほど前に母からLINEが届いていた。【お父さんともう飛行機に乗ったよ。結月がやっと決心してくれて、お母さんも安心した】母が紹介したいと言っていた男性もちょうど凪浜市にいて、水曜の夜に一緒に食事をしてくれることになったらしい。【わかった】そう返して、両親を迎えるため凪浜空港へ向かった。……翌日、私は両親を連れて凪浜市内を案内していた。最初の観光スポットを見終えたところで、柊真から電話がかかってきた。出ると、居場所をしつこく尋ねられた。無視するつもりだった。けれど、あまりに切羽詰まった声だったため、仕方なく現在地を送った。ほどなくして、柊真が慌ただしく駆けつけた。なぜか、その後ろには陽葵までいた。私のそばに両親がいることに気づくと、柊真は一瞬足を止めた。すぐに腕をつかまれ、2人から少し離れたところまで連れていかれる。「どういうことだよ。水曜は陽葵に付き添うから、ご両親との食事には行けないって言っただろ」声を潜めて問い詰めてくる柊真を、冷めた目で見返した。「あなたが来ないなら、ほかの人を誘っちゃいけないの?」柊真は、私が腹を立てて適当なことを言っているとしか思わなかったらしい。返事もせずにスマホを取り出し、Instagramの投稿を開いた。そして、1つのコメントを指さす。「

More Chapters
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status