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夫が私を最も憎んでいた時に、私は死んだ

夫が私を最も憎んでいた時に、私は死んだ

By:  匿名Completed
Language: Japanese
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私・桐原美玖(きりはら みく)は、夫・桐原朔也(きりはら さくや)に最も憎まれていた時に死んだ。 彼の冷たい態度に耐え切れず、自ら命を絶ったのだ。 葬儀場で、夫は私の遺骨が入った骨壺を手にすると、珍しくわずかに笑った。 「こんな汚れた人間、まともに弔ってやる必要なんてありませんから」 次の瞬間、骨壺が地面に叩き落とされ、私の遺骨が辺り一面に散らばった。 彼はずっと、かつて彼が想いを寄せていた女性を死なせたのは私だと思っていた。 だから彼は長い年月をかけて私に近づき、私を愛しているふりをして、慎重にすべてを奪うことにしたらしい。 念願の復讐を果たした夫は、私の遺骨を踏みつけ、そのまま立ち去った。 ところがそれから間もなく、彼は葬儀場で膝をつき、私の遺骨を返してくれと懇願することになるのだった。

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松坂 美枝
松坂 美枝
最初から調べろよ…なあ… といういつものアレ男だったけど主人公もこんな男見限れよ…泣 両親が気の毒すぎて そんで死んだ後会えたのかもわからんのがまた
2026-10-15 09:36:07
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8 Chapters
第1話
朔也が私を最も憎んでいた時に、私は死んだ。数え切れないほどの睡眠薬を飲み込んだときも、私はまだ考えていた――今夜、朔也は帰ってくるだろうか?意識が完全に闇へ沈む直前まで、私はスマホの画面を見つめていた。着信もなければ、メッセージもない。残っているのは、昨日私が送った13件の未読メッセージだけ。彼は今ごろ、何をしているのだろう?会議かもしれないし、誰かと会食しているのかもしれない。それとも宗方風花(むなかた ふうか)と一緒に撮った写真でも眺めながら、彼女を思い出しているのだろうか?どちらにせよ……私のことを考えているはずがない。私が死んでから1週間経っても、朔也は帰ってこなかった。そして7日目、私の遺体は腐敗し始めていた。「死者、桐原美玖。32歳。現時点では自殺とみられます」警察が悪臭を放った私の遺体にかけられた毛布をめくった頃、朔也は会議室で16億円の契約書にサインしていた。彼のスマホが数度震え、秘書の吉川智樹(よしかわ ともき)が小声で知らせる。「社長、奥様の件で警察からお電話です」朔也はペンを止めることすらなかった。「放っておけ」そして、そのままさらに1週間が過ぎた。朔也がようやく姿を現したのは、私が火葬され、骨になった日。黒い革靴が大理石の床を鳴らす。カツ、カツ、と響く足音は、まるで私の弔いの鐘のようだった。すでに魂だけの存在になったというのに、私は思わず朔也のそばへ寄った。相変わらず、頭からつま先まで隙なく整っている。その顔も冷静で、どこまでも淡々としていて、私が死んだことを悲しんでいるようには見えなかった。よかった。私は昔から、朔也がつらそうにするのを見るのが一番嫌だった。だから、これなら少し安心できる。「桐原様。こちらが奥様のご遺骨です」葬儀場のスタッフが、私のすべてが収められた骨壺を丁寧に差し出した。その隙に私は近づいて、朔也の頬に触れようとしたけれど、魂になった私の手は、その顔をすり抜けてしまう。そして、朔也が突然身震いした。驚いて、私は慌てて手を引っ込めた。次の瞬間、朔也は冷たく笑った。彼の爪が骨壺の表面を擦り、耳障りな音を立てる。「奥様?あいつが俺の妻だって?」朔也が私を好きではないことくらい、ずっと前から知っていた。それでも長い間そばにい
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第2話
葬儀場で朔也に会ってから、私の魂はなぜか彼のそばから離れられなくなっていて、朔也を中心に、ごく限られた範囲しか動けない。仕方なく、仕事の打ち合わせへ向かう彼についていくことになったのだが、車が目的地へ向かう途中、朔也が突然、智樹に告げた。「会議はキャンセル。今日の午後の予定も全部断って、今すぐ家に戻る」智樹は驚いたものの、理由を尋ねることなく、すぐに対応する。「社長、すべて明日の14時以降に変更しました。これからエラン・ヒルズへ戻られますか?」朔也は流れていく街並みをしばらく眺め、淡々と答えた。「桜葉台へ向かってくれ」私は一瞬、耳を疑った。桜葉台……そこには、私たちの家があり、私が死んだ場所でもある。けれど朔也は、今日までの1か月間、一度もそこに帰っていなかった。……玄関を開けた瞬間、朔也の眉間に深い皺が寄った。まだ完全には消えていない腐敗臭が一気に流れ出し、鼻を覆っても隠しきれない苛立ちが顔に浮かぶ。私はその後ろに漂いながら、朔也が玄関へ足を踏み入れるのを見ていた。朔也はひどく面倒そうに家事代行サービスへ電話をかけた。ほどなくして、何人ものスタッフがやってきて、家中の片づけを始めた。リビングのローテーブルには、私が飲み残した水が半分ほど残っていて、その隣には、空になった睡眠薬の容器。ソファに置かれた毛布はぐしゃぐしゃで、警察が遺体を運び出したときについた汚れも残っている。朔也は見向きもせず、その横を通り過ぎてキッチンへ向かった。後ろからついてきたスタッフが、小声で呟く。「キッチンのものまで全部傷んでる……ずっとこのままだったのね」明かりがついた瞬間、私は思わず動きを止めた。コンロの上には、蓋をしたままの土鍋が置かれていた。隣の皿には、すっかり冷めた魚の煮つけ。煮汁には白く脂が固まっている。「こちらも全部、処分してしまってよろしいですか?」スタッフがコンロを指さした。朔也は「ああ」と短く答え、何気なく土鍋の蓋を開けた。その瞬間、濃厚なきのこの香りに、腐った臭いが混じって広がる。それは私が4時間かけて作った、松茸と鶏肉の煮炊きものだった。朔也の動きが止まった。「今日は何日ですか?」突然聞かれ、スタッフは戸惑いながらもスマホを確認する。「6月7日です」
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第3話
朔也は筋金入りの仕事人間で、昔から家にいてもすぐに会社へ戻って仕事をしようとする人だった。それとも単に、私のいる家にいたくなかっただけなのかもしれない。でもまさか、私が死んだ後でさえ、あの家にいられないとは思わなかった。会社に戻るなり、朔也は山積みの書類に埋もれるように仕事を始めた。表情は見えなかったが、時折その肩が小さく震えている。私が死んで、せいせいしたとでも思っているのだろうか。やることもない私は、静かにそばに漂いながら、仕事に集中する朔也の横顔を眺めていた。朔也が真実を隠さなくなってから、こんなふうに穏やかな時間を過ごすことはなくなった。ずっと昔、結婚したばかりの頃には、こんな時間もあった。私は朔也を抱き枕代わりにするのが好きで、冬になると手も足も絡めてぴったりとくっついていた。私たちは抱き合っていながらも、それぞれ別のことをしていた。抱き合ったまま、私はスマホをいじり、朔也は本を読む。あるいは二人で寄り添って映画を見たりもした。思えば、そんな些細な思い出だけを支えに、私は何年も何年も朔也を愛し続けていたのだ。「社長、奥様のご両親がお見えで、奥様のご遺骨を引き取りたいと、下でお待ちになっています」ノックして入ってきた智樹が、丁寧に一礼する。朔也はペンを持つ手を一瞬止めたものの、顔も上げずに答えた。「わかった。待たせておけ」だが、彼は日が落ち始めても私の両親に会いに行こうとはしなかった。その間、智樹が何度か確認に来たが、朔也は手が離せないから待たせておけと繰り返すばかり。もう仕事なんて残っていないのに。私は朔也をじっと見つめながら、急に目の前の男がひどく遠い人に思えた。母が腰を痛めたとき、わざわざ人に頼んで海外の湿布を取り寄せてくれた人が、今は私の両親を会社のロビーで5時間も待たせている。気が気ではないまま辺りをうろついていると、すっかり日が暮れた頃になって、ようやく朔也が秘書に両親を通すよう指示した。部屋に入ってきた母は、朔也の顔を見るなり涙をこぼした。「朔也さん、葬儀場の方から、美玖の遺骨はあなたが持って帰ったって聞いて……私たち、美玖を家に連れて帰りたいの……」「ここにはありません」朔也が冷たく遮ると、母は呆然とした。「ここにないって?」「ええ
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第4話
全員がいなくなると、社長室は不気味なほど静まり返った。大きな窓の向こうには、どこまでも暗い夜空が広がっている。朔也は黄ばんだ1枚の写真を手にしたまま、もう20分もそんな外をじっと眺め続けていた。写真の中では、制服姿の風花が朔也に向かって笑い、木漏れ日がその顔に細かな光を落としている。「風花……」朔也は写真の中の風花の顔を指先でそっとなぞった。その声は、まるで夢から覚めてしまうことを恐れているかのように小さかった。私は朔也の後ろに漂いながら、彼が引き出しの奥から色褪せた青い封筒を取り出すのを見ていた。それは、風花が最後に朔也へ書いたラブレターで、便箋は年月を経て、今にも崩れそうなほど傷んでいる。「風花。今日で、君がいなくなって15年と3か月だ。美玖もそっちへ行ったけど……もう会ったか?」胸が強く痛んだ。けれど私には、顔を両手で覆う朔也を見ていることしかできない。その肩は小さく震えていた。それでも顔を上げたときには、いつもの隙のない表情に戻っている。ただ、赤くなった目元だけが、さっきまで泣いていたことを物語っていた。突然、朔也が車の鍵をつかんで立ち上がった。その勢いでコーヒーカップが倒れ、茶色い液体が書類の上へ広がっていく。茶色い液体が書類に染み広がる様子は、まるで、あの日の路地に広がっていた血のようだった。物音を聞きつけた智樹が、不安そうに顔を覗かせる。「社長?」「明日の会議は全部キャンセルしてくれ。墓へ行く」智樹は窓の外に目をやった。「今からですか?」「ああ、今から」エレベーターを待つ間、朔也は無意識に左手の薬指を何度も撫でていた。そこには本来、私たちの結婚指輪があるはずだったのだが、今はもう、うっすらと跡が残っているだけ。それでも、何の痕跡も残せなかった私よりはましなのかもしれない。風花の墓は他県にあり、朔也は墓参りのたびに丸2日も予定を空けていた。向かう途中で雨が降り始めた。濡れた高速道路を朔也の車が速度を上げて走るたび、私は気が気ではなかった。幸い、翌朝には無事に到着したし、彼は途中で風花に供える花を買うことも忘れなかった。雨粒が風花の墓石を叩き、小さな飛沫を上げている。白いバラの花束を抱えて近づいた朔也が、不意に足を止めた。墓前にはすでに、黒い傘を差した女
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第5話
朔也の指は震え、キーボードのスペースキーすらまともに押せなくなっていた。「そんな……あり得ない……」勢いよくUSBメモリを抜き、もう一度差し込む。まるで、そうすれば今度こそ、違う映像が流れるとでも思っているように。社長室の大きな窓には、激しい雨が叩きつけている。突然、朔也が立ち上がり、椅子が床を擦って、耳障りな音を立てた。スマホをつかむと、すぐさま電話をかけた。「井上刑事、15年前に第三高校の裏路地で起きた傷害事件の記録を全部確認したいんです!今すぐお願いします!」井上刑事が資料を持ってオフィスへやって来たとき、朔也はデスクの下でうずくまっていた。シルクのシャツは見る影もなく皺だらけで、いつもの傲然とした面影はどこにもない。「桐原さん、ご希望の資料です」井上刑事はその姿に一瞬戸惑ったものの、すぐに古びた数枚の写真を取り出した。「こちらが当時の現場写真です。路地が暗かったこともあって、周囲にいた人たちは桐原美玖さんが犯人だと思い込んでいました。でも、実際は……」写真には、私の制服の背中が激しく引っ張られ、乱れている様子がはっきり残っていた。一方、風花の刺し傷はすべて正面から受けたものだった。そして最後の調書にも、私は事件に関与した犯人ではなく、風花を助けようとして警察へ通報した人間だったと、一つひとつ明確に記録されている。朔也には、真実を知る機会が何度もあったのに、それでも憎しみに囚われ、何一つ見ようとしなかった。私と向き合おうともせず、心にはいつも風花しかいなかった。だから私が何を言っても、朔也には言い訳にしか聞こえなかったのだろう。朔也の唇が震えていた。15年間抱き続けてきた憎しみが一気に崩れ落ち、その下から残酷な真実だけが姿を現した。「美玖……」雨に洗い流される血の跡のように、過去の記憶が少しずつ鮮明になっていく。私もふと、結婚して3年目のことを思い出した。朔也が熱を出した夜、私は一晩中ベッドのそばで看病していたのだが、朔也は朦朧としたまま風花の写真を見つめ、「風花がいてくれたらよかったのに」と呟いた。目に涙を浮かべながら部屋を出ていったあの日の私と、15年前、路地から警察に連れていかれた私の後ろ姿が、今になって朔也の中でぴたりと重なる。真実を知った朔也は、何かに取り憑かれたよう
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第6話
朔也がふっと笑った。けれど笑っているうちに、その声はいつしか泣き声に変わっていく。激しい雨の中、朔也は桜葉台にある、かつて二人で暮らした家へ戻った。雨が降り続いた深夜、朔也は突然熱を出した。40度の高熱で意識も朦朧とし、ベッド脇の水を数度も倒した末、とうとう彼自身までカーペットの上に転がり落ちてしまった。こんなに弱りきった朔也を見るのは初めてだった。かつて二人で眠ったベッドの上で、朔也は体を丸め、シルクの掛け布団にくるまりながら、それでも寒そうに震えている。「美玖……」私は思わず動きを止めた。今、私を呼んだ?もう一度、朔也の口から名前がこぼれたことで、聞き間違いではなかったと分かった。けれど、どんな気持ちで受け止めればいいのか、自分でも分からない。ふと、結婚して3年目の雨の夜を思い出した。あのときも朔也は、今と同じように高熱を出していた。私は一晩中そばを離れず、つきっきりで看病していた。喉の痛みが少しでも楽になるようにと、温かいはちみつレモンティーを持って寝室へ戻ると、朔也はスマホを開き、写真に写る見知らぬ女性を見つめながら小さく呟いていた。「風花がいてくれたらよかったのに」そのとき手が震え、熱いはちみつレモンティーが腕にかかった。「風花って、誰?」思わず口にしてから、聞くべきではなかったのだと気づいた。熱で赤くなっていた朔也の顔から、すっと血の気が引いた。さっきまで高熱に浮かされていたとは思えないほど、その目だけが冷たく冴えていた。「見たのか?」それが私たちの最初で最後の、本音のぶつかり合いだった。朔也は裸足のまま床へ下りると、金庫から風花の写真を取り出してベッド脇に置き、静かな声で言った。「15年前のあの路地で、死ぬべきだったのはお前だ」私は口を開き、必死に説明しようとした。けれど突然、ベッド脇のランプをつかんで投げつけてきた朔也。「お前とキスするたび、どれだけ吐き気がしたか知ってるか?毎回、愛してるなんて言われるたびに、その口を引き裂いてやりたかった!」ガラスのシェードが足元で砕け散ったというのに、私はその瞬間でさえ思っていた。裸足だから、破片を踏んでしまったら大変なことになる。ゴロゴロと、雷鳴が轟いた。雷鳴とともに朔也が勢いよく目を開け、私の意識も過去
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第7話
けれど、同じ材料を使い、同じように火加減を調整したはずなのに、出来上がったものは苦みを感じるほど塩辛かった。やがて朔也は、調味料入れに私が貼った付箋を見つけた。【朔也は胃が弱いから、塩は3分の2くらいにすること】たぶん私は、朔也が思っていたよりずっと、彼のことを愛していた。残念ながら、朔也は一度もそれに気づかなかったけれど。朔也と過ごした十数年は、彼の憎しみと嘘にまみれたものだった。それでも私たちは確かに、学生時代に出会い、やがて結婚した。朔也は新婚旅行で海へ行ったときに撮った写真を見つけた。写真の裏には、私の字でこう書いてある。【朔也がずっと誰かに愛されますように】あの頃の私は、この人がずっと自分のそばにいるのだと心から信じていた。その言葉を見た途端、朔也は堪えきれないように泣き出し、写真を胸に強く抱きしめた。一番つらい罰は憎まれることではなく、かつて自分を愛してくれた人の想いを、自分の手で壊してしまったと気づくことなのかもしれない。たった3日で、朔也は目に見えて痩せてしまった。もともと悪かった胃もさらにひどくなり、夜になると胃を押さえながら泣いていた。痛くて泣いているのか、今も忘れられない風花を想っているのか、それとも、もういない私のためなのか……それは私にも分からない。私は涙のついた彼のまつげにそっと触れ、小さくため息をついた。泣かないでよ。私は昔から、あなたが泣くのを見るのが一番つらいんだから。家に戻って4日目、朔也は突然、まだ最後の望みが残っていることを思い出したように車の鍵をつかみ、葬儀場へ向かった。年配の職員は、真っ赤に充血した朔也の目に気圧されたように、誰を捜しているのかと尋ねた。「桐原美玖です!美玖の遺骨はどこですか?お願いします……返してください……」「桐原美玖さん?」声を聞きつけた別の職員が奥から顔を出した。「桐原美玖さんのご遺骨は一部しか残っていませんでしたが、残った分はすべてお父様が引き取られましたよ」朔也は雷に打たれたように立ち尽くした。やがて足から力が抜け、そのまま大理石の床に膝をつくと、あの日の遺骨がどこかに残っていないか必死に探し始める。「まだ残ってませんか……ほんの少しでいいんです。お願いします……美玖に会いたいんです……」今度は、私の
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第8話
それからしばらくして、朔也は少しずつ立ち直ったように見えた。彼は半年をかけて自分の会社を大きく成長させ、国内でも名の知れた経営者になった。会社の懇親会が予定されていたその日、朔也はシャワーを浴び、以前と変わらない隙のない姿に身なりを整える。それどころか機嫌もよさそうにジュエリーショップへ立ち寄り、ダイヤのカフスボタンを一組買った。奇しくもそれは、私が最後の結婚記念日に朔也へ贈ったものと、まったく同じ品だった。私の顔など見たくないだろうと思い、あのときは会社へ直接送った。それでも朔也は一瞥しただけでゴミ同然に扱い、清掃員にそのまま回収させてしまった。私は行くあてもなく歩く朔也のあとをついていく。風に髪が揺れるたび、生前、彼のそばにいると感じていたミントの香りをかすかに思い出した。やがて大きな橋へたどり着くと、朔也は欄干の外側へ出て足を止めた。50メートルほど下では川が激しく流れている。それを見ていると、あの日、床一面に散らばった自分の遺骨を思い出した。そして、朔也が店員に頼んでカフスボタンの表面に刻んだ日付が、日の光を受けて冷たく輝く。そこに刻まれていたのは、私たちにとっての最後の結婚記念日。この半年間、朔也は思いつく限りの方法で罪を償おうとしていた。会社の株をすべて両親へ譲り、風花の墓前では彼女の写真をすべて燃やした。そして、私が常々彼に言っていたように、自分の体を気遣って暮らすようにもなった。それでも夜中に目を覚ませば、隣には誰もおらず、残っているのは、私が使っていたシャンプーの香りだけ。「社長!」突然、背後から智樹の声が響いた。「やめてください!そんなことしないでくださいよ!」朔也は振り返り、10年もの間そばで働いてきた智樹を見ると、ふっと笑った。「吉川、美玖のこと覚えてるか?」智樹が握るスマホには、まだ発信されていない警察への通報画面が表示されていた。「美玖が会社に俺の昼飯を届けに来るたび、君の分までお菓子を持ってきてたよな」朔也のつま先が、わずかに外へ動く。「あの時の俺、何て言ったっけ。『食べるな、捨てろ』だったか?」橋の上を吹き抜ける風が、薄い服を激しくはためかせる。この半年で、朔也は別人のように痩せてしまっていて、細くなった手首には、青紫色の血管まで浮き上がっている。
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