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第二話

مؤلف: 麻木香豆
last update تاريخ النشر: 2025-10-21 07:37:12

 これは、今から半年前――寧人に起きた出来事である。

 寧人(よしと)は大学を卒業して以来、ずっとベクトルユーという中堅IT企業に勤めている。職種はSE。几帳面で真面目、与えられた仕事は黙々とこなすタイプだ。いくつかのヒットしたアプリやシステムの開発にも関わってきたが、彼の名前が表に出ることはほとんどない。なぜなら、彼は人との距離を測るのが極端に下手だった。

 会議で意見を求められても口ごもる。ようやく言葉にできたころには、すでに他の誰かが同じ提案をしてしまっていて、彼の言葉は空気に溶けていく。

 その結果、いつの間にか「黙って指示を待つ人」として扱われるようになった。頼まれれば断れない、どこか要領の悪い男――それが職場での寧人の立ち位置だった。

 そんな彼にとって、リモートワークという働き方は救いだった。誰にも会わずに済む。無言で画面を見つめ、与えられたタスクをこなす。朝から夜まで、ほとんど椅子から動かない。

 それでも一番の難関は、週に数回行われるオンラインミーティングだった。画面越しのやりとり、相手の表情の間(ま)、言葉の温度――それらがどうにも掴めない。

「なんで……みんな、わかってくれないんだろう」

 小さくつぶやく声が、薄暗い部屋に溶けていった。

 寧人は仕事そのものは丁寧にこなす。けれど、予定外のことにはとことん弱い。応用が利かない。人に何かを伝えるのも苦手。自分でも「ダメな男だ」と思っている。

 そのせいで、いつの間にか彼には単純作業ばかりが回されるようになった。だが寧人にとって、それはむしろありがたかった。余計な考えをせずに済むからだ。

 結果、彼は昇進のチャンスを逃し続け、同期のSEたちは次々と上に行った。気づけば彼だけが取り残され、給料もほとんど据え置きのまま。

 それでも、寧人は気にしなかった。向上心という言葉が、彼の辞書にはないのだ。

 部屋の中は、仕事の進捗と反比例するように荒れていた。床には空のペットボトル、脱ぎっぱなしのシャツ、山のようなレシート。

 洗濯物の山の隣には、空の弁当容器が積み上がっている。だが彼はそれを見ても何とも思わない。見慣れすぎて、風景の一部と化していた。

 料理など、もちろんしない。

 食事はすべて宅配。冷凍食品ですら面倒で、アプリひとつで完結させる。

 その日も、作業の手を止めた寧人はスマホを取り出した。

「……今日は麻婆丼でいいか」

 開いているのは、いつものフードデリバリーアプリ〈フードジャンゴ〉。トップに表示された写真をポチッと押す。

 一日三食どころか、一食の日もある。食にこだわりなどなく、空腹を埋めるためだけの行為だった。外食も、あらかじめメニューを決めてから店に行き、黙って食べて、黙って帰る。人と関わらないための習慣のようなものだ。

 注文を終え、再びデスクへ戻る。

 あごに手を当て、無精ひげをなぞる。ジョリッという感触が落ち着く。風呂も、頭からお湯をかぶるだけ。シャンプーをいつ使ったかも覚えていない。

 そんな生活が、もう何ヶ月も続いていた。

 ピンポーン――。

 呼び鈴が鳴った。寧人は顔を上げることもなく、キーボードを打ち続けた。

 玄関前に置いてもらう設定にしてある。だから応答する必要はない。音がして、配達員が置いていけばそれでいい。

 ――どさっ。

 軽い音。袋が床に落ちる音で、配達員の性格がわかる。雑な人と、丁寧な人。その違いを寧人は耳で聞き分けていた。

 だが今日は、音がしない。いつまで経っても、置かれた気配がない。

「……遅いな」

 椅子を回し、画面から目を離した。

 誰かが立っている気配。

 インターホンを確認するのも面倒で、玄関の方をぼんやり見た。

「はぁ、めんどくさい……いっそオプションで“部屋まで配達”とかつけてくれればいいのにな」

 苦笑いしながら呟いた、その瞬間。

「持ってきましたよ」

 声がした。

「そうそう、ありが……えっ?」

 顔を上げた寧人の視界に、見知らぬ男の姿があった。

 玄関口――いや、もう部屋の中に、フードデリバリーの宅配員が立っている。

「お届けに参りました!」

 長身。肩まで伸びた髪を緩く編んだお下げ。

 軽やかな笑みを浮かべ、どこか芝居がかった口調でそう言う青年。

 寧人は、声を失ったまま固まった。

 彼の部屋には、久しくなかった“他人”が入り込んでいた。

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