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四人で囲むテーブル

Author: 中岡 始
last update Last Updated: 2025-07-01 16:02:38

カフェの入り口の扉が開いたとき、瑞希はレジ奥で花束を整えていた手を止め、顔を上げた。ガラス越しに、志乃が夫を伴って入ってくるのが見えた。瑞希はエプロンの裾をさっと払って出迎えると、口元に柔らかな笑みを浮かべた。

「いらっしゃい。早かったね」

「うん、ちょっと早めに出たの。ここ、思ったより近かった」

志乃がそう言いながら軽く頷き、その隣にいた男性へ視線を向ける。身長は高く、白の開襟シャツにベージュのジャケットを合わせた姿は、いかにもこなれた都会の大人という印象だった。短く整えられた髪、浅く刻まれた目尻の笑い皺、深く落ち着いた声で「はじめまして」と言った彼の姿に、瑞希は無意識に背筋を伸ばした。

「夫の祐一です。須磨祐一」

「塩屋瑞希です。今日は来てくれてありがとう」

握手を交わす手のひらが、少し温かかった。

その数秒後、厨房のほうからもうひとりの男性が姿を現した。カフェのスタッフ用の入口から現れたその人影に、志乃がふっと声を弾ませる。

「もしかして、彼が?」

「うん。夫の理仁」

塩屋理仁は、優雅な仕草で頭を下げた。黒髪を後ろに流し、シンプルなシャツと細身の黒のパンツを着こなしている姿は、店内の空間に溶け込むように美しかった。肌は白く、まつ毛は長く、声は低く落ち着いていて、その場にいる誰もが自然と彼に視線を向けた。

「どうも、初めまして。塩屋理仁です。志乃さんのお話は、妻からよく聞いてました」

「はじめまして。須磨祐一です。…あ、なんか、ちゃんとした場だと照れますね」

須磨はそう言って、少し照れたように笑った。その笑い方は柔らかく、人を油断させる空気を持っていた。

四人は奥の予約席へと向かった。カフェの一角、ガラス窓に沿ったテーブルには、昼下がりの柔らかな光が差し込んでいた。ドライフラワーのアレンジがテーブルの中央に置かれていて、その静かな彩りが、場の緊張を少し和らげてくれる。

最初は当たり障りのない話題から始まった。仕事のこと、都内での生活、共通の趣味について。塩屋は控えめに相槌を打ちつつも、会話の流れを読みながらタイミングよく話題を補う。その言葉選びとリズムには知性が滲んでいた。

「建築関係の仕事って、自由で楽しそうですね」

塩屋がそう言うと、須磨は笑いながらグラスの水を一口飲んだ。

「自由、って言えば聞こえはいいけど、まぁ…全部自分次第だから、結構胃にもくるよ。税務も自分でやらなきゃいけないし」

「税務…僕、会計士なんで、もし何かあれば、相談だけでも」

「え、マジで? いや、それ、めちゃくちゃありがたい」

会話のテンポが少しずつ速くなる。須磨は、自分の話に自然と引き寄せられていく塩屋の姿をどこか新鮮に感じていた。話すときの瞳の動き、指先のしなやかな仕草、微笑んだときの口元の陰影。どれもが妙に印象に残る。

志乃がグラスを持ち上げながら言った。

「祐一、バイク乗るんだよ。大型のやつ」

「へぇ、意外…ですね」

塩屋が素直に驚いた顔をする。すると須磨が頷いた。

「見た目で決めちゃいけません。真面目そうな顔してても、ちゃんと遊んでるんで」

「いや、それ、完全に自虐ですから」

そう言って笑い合ったふたりの間に、一瞬の沈黙が訪れた。ほんのわずかな呼吸のズレ。けれど、それはどこか“他の誰にも届かないもの”のように感じられた。

瑞希はその瞬間、会話のリズムが不自然に止まったことに気づき、ふと塩屋の横顔を見た。目線の先、須磨と視線がぴたりと交差していた。何かを確かめるような目だった。だが、それが何を意味するのかまでは、まだ分からなかった。

「バイク、いいですね。実は、ちょっと興味あったんです」

「マジで? 乗ってみる? 今度二人乗りで走ってみる? 一度乗ったら、たぶん世界変わるよ」

「…本当ですか。じゃあ、覚悟しておきます」

ふたりは軽口を交わしながら笑った。だがその笑いの奥にある熱を、瑞希は捉えきれずにいた。志乃もまた、自然な空気の中に何の疑いも見せなかった。ただ、瑞希はほんの一瞬だけ、言葉のリズムがずれるのを感じ取っていた。

やがて食事が進み、テーブルにはデザートが運ばれてきた。話題は共通の旅行先や、好きなカフェの話になり、ふたりの妻たちがふわりと笑い合うなか、男たちは視線を交わした。

須磨が笑った。塩屋も笑った。そのとき、ふたりのあいだに流れたものは、たしかに空気とは違う何かだった。まるで、ふたりだけが知るコードのように、言葉よりも先に気配が交差していた。

瑞希は、何も言わなかった。言えなかった。ただその残像のような呼吸が、どこか胸の奥に引っかかったまま、消えなかった。

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